ハニーレディ
で、イベント後、と。
通販はまだやってます。あと数冊残ってるんで…( '080529現在)
Category: 九龍風水傳
で、イベント後、と。
通販はまだやってます。あと数冊残ってるんで…( '080529現在)
九龍風水傳オンリーイベント「陰界Deep」前ですね。
行けなかったことを、未だに悔やんでいます。悔やめるモンでもないんだけど。事情的には。
↓こんなメッセージ達が出せます
以下のスクリプトで計算・算出できるモノは
「太陽暦で納音が霹靂火になる日・またはその日までの日数」
です。
「太陽太陰暦&納音が霹靂火(&日の干支が戊子)」なんて事は(取り敢えず未だ)しておりませんのでご注意下さい。
(太陽太陰云々で出る物が、九龍風水傳での「ファイアの日」です)
尚、納音につきましてはご自分でお調べ下さい。いや、詳しく知らんので、免責ちゅ事で。
因みにGoogleで「納音」で検索するとこうなります。参考までに。参考?
因みに、1日目の霹靂火が、陽界ファイアの日と云えなくもないかも(日の干支が戊子なので)。
3. をひとかたまりと見て、<font>とか<b>とか<i>とか使うと
──
みたいな。(「──」はHTMLで書いてますヨ。ソース参照)
あー、分断してタグ使いたい時はスクリプト弄ってください。基本的にdocument.writeのトコに書き足すだけですんで。
このスクリプトに関してのご要望などありましたら、
お気軽にメールやメニューのツッコミ板などでどうぞ。
(実現性は、スキルに掛かってますが……)
「そうか、鏡屋は無事なんだな。それは良かった」
重慶花園での一幕を簡単に語り終えた後の錠前屋の第一声がこれだった。
「これから、どうするんだ?」
「鏡屋が戻ってくるまで特に何も無いが…まあ、適当に辺りを散策でもしてるさ」
「なら、フロントの様子を探ってみるといい」
そういえば、リトルとの話の中でも出てきていた。
フロント。陰界九龍城の中心。
「あそこは全ての街の中心だ。他で何か有れば、フロントに必ず情報が来る。…邪気が蔓延してるのは、龍城路に限った事じゃないらしい。七宝刀なら、大概の邪気の元はどうにか出来るはずだ」
「フロントってのは、今は無事なのか」
「さあ。取り敢えず変な話は聞かないが──そうだ、フロントへ向かう前に、まずぜんまい屋に行くと良い」
「Knについて、と云われても…俺は、全部なんてとても把握していないよ」
ぜんまい屋は、(少なくとも商品を床置きにしていた錠前屋なんかと比べれば)“店を構える”という形容が似合う程度には、店舗然としたものを構えていた。
「ただ他の連中はあまり使うつもりが無いようだし、俺はお得意がこの街じゃないから、それでKnを使う機会が多かっただけなんだ。
それで気付けば他の連中のメールまで管理させられてるような状態で」
全部なんて俺も(冗談じゃないが)把握したいと思わない。ただ、メールやなにかの使い方だけ軽く知りたいだけだ。そう伝えると、錠前屋はほっとした様に喋りだした。
「カードが要るんだ。フロント辺りに行けば手に入る。そのID宛に言葉を入れたり出したりするだけだよ。難しくはないんだ」
なのに、街の連中と来たら。そう続けるので、そこから先は愚痴の領分だろうと、勿論そんなもん聴きたいとも思わない俺は慌てて遮る。
「運営会社みたいなのに登録でもすりゃ良いって事か? 陰界の人間じゃなくても、なんとかなるのか」
「会社っていうか…Knで広告とか店みたいなのとか…そういうのやってる所では新規で発行してるんだろうが…俺達のは、あまり良くは」
「良くは?」
「気付いたらあったからなあ。判らないんだ」
気付いたら、だと?
首を捻っていると、だからさ、と軽く声を掛けられた。
「あまり…深く考えたこともないんだ。KnはKnだよ。それで俺達は困らないし…」
それでも詳しいことが知りたいんなら、やっぱりフロントじゃないか。あそこは雑多な人間が集まりやすい。
街毎にある程度棲み分けがされているそうなのだが(例えば龍城路では部品の雑貨取り扱いを営む者が圧倒的に多い)、全ての中心とも入口とも云われるフロントなら、例えばKnの何かを生業にしている人間も要るんじゃないか。そういう話だった。
「フロントには、どこから?」
「兄さん、生きてたのか…」
くつくつと、びん屋が嗤った。
ぜんまい屋の云っていたフロントへの通路、それがこのびん屋の前のシャッターだった。丁度、俺が陰界からやってきた時、《道》が通じていた場所。
「お陰様でな。フロントってのはここの道から行けるんだろ? 開けて良いのか」
「あんた、フロント行くのか?」
否定も肯定もせず、シャッターの方へ歩き掛かった俺の背に「いい話、訊かせてやろうか?」そう声が当たった。
「…いい話?」
「ああ。三尸(サンシー)だよ」
「死体が、なんだって?」
食いついた、そう見られたのだろうか。びん屋は大層おかしそうに口元を歪め、ついでに俺の精神を逆ベクトルに歪ませた。
「邪気で出来た尸(しかばね)が、3つ、こっちの方に来たそうなんだ…。てっきりアンタ、それを集めてるんじゃないかと思ったんだが…金になるらしいじゃないか。剥製屋もなかなかやる…」
―――龍城路に現れた、3体の邪気の固まり。そいつを剥製屋が金を使ってなんとかしているらしい。そう勝手に解釈する。
「それで?」
「捕まえに来た奴ら、皆胡同から戻ってこない…俺の三尸用の瓶もな。三尸は三尸の瓶じゃないと捕まえられないんだ…剥製屋がみんな持ってっちまった」
―――金を稼ぎたいなら、まずフロントで剥製屋に行き、この“三尸捕獲コンテスト”(勝手に付けた)でもやったらどうだと。まぁ、大方そんな所だろう。
大体のところが(不本意にも)理解出来たところで、俺はもう一度背を向けた。
「気が向いたらな」
云って、シャッターに手を掛けた。フロントへ向かう為。
この時は本当に、なんの気にも留めては居なかったのだ。
その後何事も無く、リトルと俺は龍城路の街──重慶花園の出口へとたどり着いた。
勿論、七宝刀を持っている以上、俺独りでも胡同から出る事は出来る事になる。しかしそれが彼の仕事だ。そのプライドに俺は準じた。
「次に胡同に入る時には、ちゃんとあんた名義で雇ってくれよ」
えび剥き屋の前まで来たところで止まり、リトルはビークルの向きを180度転換させた。
彼はこれからもう一度重慶花園に潜り、鏡屋のナビに行かねばならない。
「そうだ、どうせあんたこの辺りの胡同、全部巡るってことになるんだろ?」
リトルは気楽な声で俺に問いかけた。
確かに鏡屋の台詞を鑑みるに、(まったくもって嬉しい事じゃあないが)どうやらひとつずつ巡って、邪気だ鬼律だと格闘しなければならなくなりそうだ。
「…かもな」
曖昧に言葉を返した。<出来ればそんな面倒な事にならなければいい>という希望を多少、込めて。
「そんじゃ依頼人があんただったら、その地域の全胡同一括契約にする様に社長に云っとくよ。それでいいかい」
「料金は」
「一個ずつ巡るよりはまぁ、多少割安だぜ。ああそうだ、あんたにはこっちのがいいのか」
「何だ」
脳内で手持ちの紙紮を勘定していたところに、リトルからの意外な一言がきた。
「金のかからない方法だよ」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
少年は、えびの殻を剥きながら、そう感想をもらした。
「要するに、両方良いとこ取りになるんだよな。俺だったらどうなるんだろう。えびを剥いてやる代わりに獲ってきて貰うとかかなぁ?」
「えび剥き位、誰でも出来るんじゃないか?」
「甘いなぁ。これだって色々コツがあるんだよ。俺、一応プロだよ?」
「手伝い、なんだろ」
「キャリア考えてよ、キャリア。俺、生まれた時からえび剥き屋なんだからね」
リトルと別れてすぐ、えび剥き屋の子供に出会った。重慶花園への出入り口が袋小路にあり、しかもその道なりにえび剥き屋が有る以上当然だが。
呼び止められた俺は、世間話宜しい会話に興じ、そして案内屋との契約内容をおおざっぱに話して見せたのだ。
「けどさあ、いい手だと思うよ。案内料と邪気封じ料と、チャラにしようってんだろ?」
「まあ、元々俺は料金を貰おうとしてた訳じゃないからな。その辺は、案内屋が気を利かせてくれた様なもんだが」
大体料金を取るとしても、さてそいつをどこに請求したらいいのか甚だ疑問だ。
「一応、規定としてあるらしい」
「規定?」
「"案内屋の案内により、案内屋自体が多大な恩恵を被る場合"なんていう、但し書きの一文だそうだ。──まあ、書類やらで見せられた訳じゃ無いから、実際は甲がどうで乙がどうでって云い回しなんだろうけどな」
「ふうん? 俺にはあんまりピンとこないや」
そういえば、と、彼は続けた。手は相変わらずえびの殻を剥き、笊により分けている。
「これから、あんたどうするんだ?」
「取り敢えずは錠前屋だな。鏡屋の事を知らせなきゃならない。後は──鏡屋が戻るまで、俺に出来る事でも探すしかないな」
「じゃ、ぜんまい屋に行くと良いよ」
「何かあるのか」
「鏡屋の向かいなのさ」一笊分のえびをむき終え、腰掛けていた柵の縁から少し勢い付けて降り、通路の先を指差して見せた。「ここをまっすぐ行くと、シャッターがあるだろ? …ええと、シャッターの向こう側、どの辺まで判る?」
「歩くだけならある程度彷徨いたが、どこが何屋なのかはさっぱりだな」
「なんだ、あんたあっち側殆ど知らないんだね」少年は、何故か心底楽しそうに笑ってみせた。「シャッター超えてそのままびん屋の前を通り過ぎて行った突き当たりが鏡屋さ。ぜんまい屋はその左隣、角に店を構えてるんだ」
「で?」
どうしてそれを勧めるのか。短く先を促した。
「ぜんまい屋は、ここのKn(クーロネット)の管理をしてるんだ。鏡屋が戻ってきたら、それをメールして貰えばいいよ。そうしたら、あんたがどこにいたって、平気だろう? 良いアイデアだと思わないかい?」
「ちょっと、待ってくれ」
また、知らない単語が現れた。前後の話から、おおよその予想は付けられたが。
「そのネットって云うのは、誰でも出来る物なのか? IDだパスだ使用契約だのの手続きは要らないのか」
「陽界にはKn、無いのかい? まあ詳しい事はぜんまい屋で訊いてよ。俺も詳しいところまでは知らないしね。それはぜんまい屋の仕事だから」
「あんた…胡同に入ってもなんともなかったのか」
まず錠前屋へと報告に向かおうと思っていた俺は、えび剥き屋からの細道を抜けたところで男の声に呼び止められた。
黙って通り過ぎるのもあれだと思い、そこで足を止めた。
声の主は、編笠を深く被った、痩せぎすの男だった。大きめの壺の間に挟まる様にしゃがみ込んだまま、頭だけが俺を向いていた。
「取り敢えず、生きてここに戻って来られた程度にはな」
「胡同なんて…怖くて、俺はもう…何年も入った事ないのに……」
「わざわざ必要のある場所じゃないんだろ? 俺はそう聞いてるが、あんたあそこで商売でもしてたのか」
男が心持ち俺の方に身を乗り出した様に見えた。
「なぁ」躊躇いがちに、口を開く。「富善苑(フーシンコート)って知ってるか?」
「いや」肩を竦めてみせる。「聞いた事もないな。何せ、まだ陰界(ここ)に来てから1時間と少しの、新参者だ」
「なんだ、知らないのか……」
それきり、男は黙り込んだ。話す気配が無くなったと感じた時点で、俺は踵を返した。
「…永直…」
人の名前だろうか。先程の男の声だった。
やけに思い響きの音を背に、その場を後にした。
「便乗?」
「ああ。料金は、とりあえず鏡屋にツケだ」
「聞いた事ねえよ、そんなやり方」
フライビークルの運転席で、ナビ──リトル・フライは、大仰に肩を竦めて見せた。
話は、七宝刀を渡された処まで遡る。
ひのふの、と、この部屋を開けるのに取ってきた鍵束(鏡屋の云うとおり、隣の部屋に鬼律付きで有った)に付いた鍵を、何度も数えながら「…やはりひとつ足りないな」鏡屋は、その度に同じ台詞を呟いていた。
「どっからどう見ても3本しかないぞ、それは」
「そうらしいな。あと1本、大鍵があるはずなんだが…」
ふむ、と、鏡屋は一息吐き、そうして「君は先に戻っていてくれないか?」云った。
「残りの鍵のある場所には、心当たりがある。俺はそれを探しに行ってくる。…もう、鬼律は、きれいさっぱり、いなくなったんだろ?」
「まぁ、多分な」
“鬼律”と口にした途端、突然口調が弱まった鏡屋に、思わず笑みが漏れた。不謹慎かも知れないが、何となく、ほっとしたのだ。
「それにしても」鏡屋の手元を見ながら、口を開いた。「その鍵は、そんなに大事なモンなのか」
それぞれ色の違う鍵が、ひとつの輪に繋がっている。どこにでもありそうな鍵束だ。とてもじゃないが、わざわざ探しに行く様な物には見えない。
実際、床にぽつんとすっ転がっていたのだから。
「これは鍵穴中心の結界を解くのに必要なんだ」
「鍵穴中心?」
「そうだ。八卦鏡の部屋に入るには、その結界を解かなければならない」
八卦鏡。八卦碑の中央を鏡にしたものを、そう指す。
正しい角度で置けば、邪気を跳ね返す強力なアイテムとなるが、逆に、間違った角度に向けてしまうと、そこに邪気が寄ってくる。
鏡屋が元々この重慶花園に来たのは、この龍城路の邪気蔓延を正す為、正確には、蔓延った原因を調べる為だと云う事だった。
ここで風水と関係する道具の名が出てくるのはもっともな気がした。同時に、見知った物に対する、安堵が胸の裡を占めた。
「…まぁ、詳しい事は物を手に入れてから話すとしよう。俺は最後の大鍵を探しに行くよ。
ああ、そうだ、ひとつ、付け加えておこう」
「なんだ」
「ナビを雇ってあるんだ」
「ああ、それは錠前屋から聞いた」
もっとも、どんな連中なのかはとんと判らないが。
「胡同から出る時は、ナビが居た方がいい。…いや、居ないとまずい」
「どういう事だ」わざわざ云い直す、というのが、気にかかった。「入ってきたところから出るだけだろう。出口で手続きでも要るのか?」
「その辺の事は、ナビに訊いてくれ。その方が早いだろう」
鍵を懐にしまいながら、鏡屋が云う。
「来た方向に歩いていけば、ナビが君を見つけるだろう。俺はまだ暫く胡同に居ると伝えてくれるか?
それと、君を送り届けたら、急いで俺のナビに戻ってくれ、と」
「ああ、解った」
「つまり、俺がアンタに“送り届けて”貰うのは、鏡屋の要請だからな。その分追加料金でもなんでも鏡屋に請求すればいい」
「ま、どんなんだろうと、俺としちゃ、ちゃんと代金が貰えればそれでいいけどさ」
ちかちかと、フライビークルのライトが点滅する。まるで、リトルの意見に肯定を返す様に。
「んで、あんたどうするんだ。龍城路に戻るんだろう?」
「それについて、ひとつ訊きたいことがある」
「なんだい?」
「鏡屋が云っていたんだ。“胡同を出る時は、ナビが居ないとまずい”と。その理由は、何だ?」
「あんた知らないのかい? まぁ陽界から来たって話だし、それじゃ無理もないかもな」
と、リトルはビークルのエンジンを切った。けたたましい音は鳴りやみ、ビークルもゆっくり、地上に降り立つ。
着地してから、リトルはかけていたごついゴーグルを額まで上げた。
それまでの、胡散臭い雰囲気──ごつい大きさの航空帽、着ぶくれした様なごわついた服、それと、顔全体を覆う、ゴーグルと(これもまたサイズがやたら大きいのだが)マスク──は、現れた瞳の幼さに、一転した。
澄んでいるのに、どこか光のない曇った瞳。それに射抜かれる事の、気味の悪さ。
「それじゃあうちの会社について説明させて貰うよ。それと、あんたの質問にも答えないとな」
少し長くなるよ。そう前置きして、リトルは話し出し、俺は生返事をしながら手近な壁に寄りかかった。
「まず。うちは『案内屋』だ。通称ナビ。あんたが知ってるのは、多分この程度だろ?」
「まぁ、そうだな」
「屋号の通り、俺達―――ああ、うちは俺ひとりでやってるんじゃないよ。零細企業だけどね、俺は宮仕え。勿論社員は俺の他にも居るさ。
で、話を戻すけど、俺達は『案内』が商売だ。胡同なんか、得意中の得意さ。ここがメインみたいなもんだからね。
昔っから、まぁ今程じゃ無いにしろ、胡同には性質上邪気が溜まりやすいから、安全に廻れるようなところじゃなかった。鬼律だってそれなりにいたもんだ。
なんにせよ、普通住人には、胡同なんて大して行く用事もないのさ。殆どが捨てられた路地や建物だからな。生活には必要ない。
けど「それでも胡同に行く用事がある」なんていう人間とかが偶に居る。さっきのおっさんなんか良い例だな。
だから、俺達はそんなやつらの為の案内、つまり、相手にある程度の道順を教えるのさ。進むか進まないかは、お客さんが決めればいいだけの話だからな。
さて、ここまでは良いかい?」
リトルの話を聞きながら、陰界で俺が出会った、所謂『商売人』には、ある種の共通点が有る──そんなことを考えていた。
自分の思考が『陰界の人間分析』と『案内屋の意義』に二元進行しているのを感じつつ、「続けてくれ」リトルに話の続きを促した。
「さっきもちょっと云ったけど、最近、胡同内の邪気がやたら強くなった。龍城路に限らず、他の場所──フロントを囲んでる街は軒並み、そんな事態に陥ってる」
「フロント?」
「ああ、陰界九龍の中心にある、まぁ繁華街みたいなもんさ。その辺は他で聞いてくれよ。俺も担当じゃないしね。胡同の話に戻すよ。
胡同っても、普通に道に面してる。邪気が有ってもなくても、入ろうと思えば好き勝手入ったり、散策しようと思えば簡単に出来るところさ。
けど、こんなヤバくなってきた今、一般人が紛れ込んじまったら、案内屋である俺達でも対処が面倒になってくる。実際、妄人になったやつも増えた。
だからって、封鎖する訳にもいかない。ここは俺達の大事な仕事場だし、第一、そこまでの権限は俺達にもないからね。
で、うちの社長がひとつ策を講じた。すぐ邪気にやられそうなやつは、俺達──ナビと一緒じゃないと胡同に出入り出来ないようにしたんだよ」
「…俺は、普通に入れたが」
「云ったろ? “すぐ邪気にやられそうなやつ”ってな」
あんた、どう見たって邪気にぽっくりは逝きそうに見えないぜ、と、リトルは嗤った。
「判別方法は、俺達──少なくとも俺は、知らない。明確に理解してるのは社長だけさ。だからあんたがその条件で入ったって確信は俺には無い。
ただ、あんたの場合“ナビと一緒じゃないと”ってとこの理由と、多分巧い事被ってるんだよ」
リトルはビークルの座席下に手をやり、ごそごそと何かを探しはじめた。そうして、数本の試験管を取出した。
そのひとつひとつは小ぶりで、但し、普通のそれよりは若干太めだった。全部で5本、中には何も入っていない様だったのだが。
「…邪気、か?」
「正解」
肉眼では当然判らない。正体を見極めたのはひとえに、スコープのおかげだった。
木火土金水、それぞれの属性の邪気がひとつずつ、その試験管には納められていた。
「『邪気を帯びた物、もしくは邪気そのものを持っていること』。社長の話じゃそれで見極めてるって事だ。何がそうしてるのかは知らないけどな」
「俺の場合、七宝刀──入った時は八宝刀だったが、つまりこれの所為って訳か」
「多分な」
俺は、喋りながら腰に佩いた(というか、カラビナを介してベルト通しにつけただけだが)七宝刀に目をやった。リトルもそれを追う。
「ああ、ひとつだけ忠告しておくよ」
思い出した様に、リトルが云う。実際、七宝刀に話題が移らなければ思い出さなかったに違いない。
「そいつは、勝手に邪気を吸収する。柄の裏、見てみなよ」
云われるままに、七宝刀を手に取った。
柄の裏には、五属性を示す文字が芒星をかたどって彫られていた。くすんで埋もれている文字の中、水と木の文字だけが仄かに点っている。
点っている文字の示す属性が、今この宝刀に宿っている邪気を示す。この辺りはさっきまで使っていた八宝刀と変らない。
「30分もその辺彷徨けば、多分なんかしらの邪気が増えると思うぜ。それとももう」
「ああ、増えてるな」鼻で息を吐いてから、七宝刀を戻した。「さっきまではコイツに邪気は溜まってなかった」
「気をつけなよ」
リトルが、七宝刀に顎をしゃくって見せた。気楽そうな声音が、ほんの少しだけ、沈んだ気がした。
「幾らあんたがしぶとくても、そいつに5つの属性全て溜め込んじまったら、問答無用で妄人になっちまうからな」
「…心するよ」
しかし、苦笑混じりにそう応えた俺の中に、ほんの一瞬、真逆の考えが浮かんでいた。
───妄人になりたければ、全ての邪気を溜めるだけでいいのか、と。
「さ、この辺でいいだろ」
ビークルが呻った。リトルがエンジンをかけたのだ。ファンが高速回転を始め、ゆっくりと、機体が宙に浮き始める。
どういう構造なのかは判らないが、傍目から見る程辺り構わず風圧に巻き込む仕様では無いらしい。
ゴーグルを目の位置に戻すと、指で俺を呼んだ。
「そろそろ出るぜ。俺にもあんたにも、まだ仕事は残ってるんだからな。付いてきな」
出口へと向かいながら、俺はさっきまでの二元思考──決着の付いていない、陰界の人間について、考えていた。
彼らは、自分の仕事に、誇りと、自分の全てと云っても良いだろうものを賭けている。
そして、自分の領分以外の事には手を殆どと云って良いほど出さない。陰界の人間は、どうやら、『境界』に拘るらしい。
そういえば。と、思い返す。リトルはしきりに「社長」と「社員」に拘っていなかったか。
「なぁ」
「なんだよ」
「お前は5属性の邪気を持ってるんだろ。何故妄人にならないんだ?」
「知らねぇよ。入れ物になんかあるらしいけどな。そいつは」
振り向いたリトルのゴーグル越しの瞳は、心なしかゆがんでいた。
「社長に訊いてくれ」
覆われた口元と殆ど変らぬ声音の所為で、それが笑みなのか苦面なのか、俺には判らなかった。
扉の向こうから妙な男の声がしたら、普通は逃げる。
少なくとも俺は、絶対逃げる。
むしろ、逃げた。
多分相手はそれをしっかり察知したのだろう。
「待ってくれ、頼む、待っていてくれ。捕まってしまっただけなんだ。君を捕まえるつもりはないんだ」
錯乱してるのか、話し方はおかしいし、声も焦っている。
…いや、声が焦ってるのは俺の所為か。
「…あんた、誰だ」
「鏡屋だ。龍城路で鏡を売っている」
この言葉が、俺の耳には天使のささやきにこそ感じられた。
そうか、こいつが。
「あんたがそうなのか。捜してたんだ」
やっとこれでこの胡同からおさらば出来る。
そんな俺の安堵を、鏡屋は言葉だけで萎えさせていった。
「そうか。俺は捜されていたのか」第一声から、これだ。「捜しているつもりだったのだが」
…平気なのか、こいつ。
ひしひしと、嫌な予感を感じた。それを振り払うかのように、俺は言葉を続ける。
「待ってろ、今、開け…」
「無理だろう。鬼律は戻したのか?」
「…どれのことだ」
鬼律なら、さんざか物に戻してきた。
今更そう云われたところで、鏡屋の云う鬼律がどれかなんて、判るはずもない。
「扉は、バチバチしてはいないか?」
「この扉か?」
…静電気でも発生してるってのか? …だとしたら、あまり触りたくは無いが…仕方ない。
おそるおそる触ってみたが、別段どうということはない。普通のノブだ。ただ。
「…鍵がかかってるくらいだ。こんなもの、壊せばすぐ」
「鍵はあるんだ」
「なら、とっとと出てくればいいだろう」
「違うんだ、俺が持って居るんじゃない。鬼律が取っていってしまったんだ。だから俺は出られない」
「鍵を落とした鬼律は知らないが」
「鍵は隣の部屋にある」
……回りくどい……。
頭を抱えた。
…どうして、陰界の住人てのはこう…。
花蘭より性質の悪い人間にこうも出くわすなんて、思いもしなかった。
「順序立ててから、一遍に話してもらえないか」
そういうと鏡屋は、待ってましたとばかりに話し出した。ただ、口調はあくまでも、穏和で緩慢。
「俺は鬼律に捕まってしまったんだ。鬼律は俺を動けないようにしてからご丁寧に鍵をかけて、しかも隣の部屋にその鍵を置いていってしまった。そうしてから自らの邪気でそこの扉を封印した。だから俺が助かるためには俺の戒めを解いてもらう必要があって、解いてもらうにはこの部屋の鍵が必要で、この部屋の鍵」
「判った、判った」
正攻法は通用しない。そう、痛感した。
なら、どうとでもなれ。適当に。そう、適当だ。
適して当たり前。なんて素敵な言葉なんだろう。
「つまりバチバチしてるってのは邪気の事で、だから向こうの扉を調べれば良いんだな」
「そう云うことになるな」
だから、どうして、この説明で判るんだ。
今、俺はまともな文章を喋ったと思ってない。順序立ても、接続詞だって間違ってる。
なのにどうしてこいつはそれで理解するんだ!!
「………待ってろ。向こうを見てくる」
とりあえず、一切合切諦めてみることにした。
妥協が美徳か。まったく、冗談じゃない。
「いや、助かった」
鏡屋はにこやかにそう云った。横で俺が疲れた顔をしてるってのに、まったくお構いなしだ。
観音開きの扉が開くと、鏡屋の顔が出てきた。
顔の横にはちびた蝋燭が2本。仏壇をすっぽり被った様な風体に出くわしたというのに、もう、大して疲れる気も起きなかった。慣れか。
そうとも。これはなんということもない事なのだ。なにせ、ここは陰界なのだから。
「君は、風水師なのか?」
「一応な」
例えば今頃会議から除名されていたとしても、俺がその辞令を聞いていない限り、一応は“職業・風水師”であるのだろう。
尤も、陰界に来た時点で、陽界での“俺”なんかなんの意味も為さないのかも知れないが。
「ならば、これを渡さなければならないな」
そう云って鏡屋、八宝刀よりは多少小振りな、しかし、酷似した「七宝刀だ」それを懐から取り出すと、俺に差し出した。
受け取り、グリップを確認するように、掌で転がしてみる。
何のことはない作業。
ただ、なんとなくそれが必要な気がして、まるで慣れ親しんだ様に、七宝刀を握りしめたり、手を移し替えたりしていた。
無意識に。操られるように。けれどそれにも大して気付かずに。
「それなら、邪気を吸うことも出来る。八宝刀では、放出するだけだっただろう?」
ああ、と生返事を返しながらも、俺の視線は七宝刀に注がれていた。
自身の何かが、吸い込まれているような妙な感覚。
けれど、どこか、懐かしいような。
「それを使って、この辺りの邪気を元に戻してくれないか?」
「俺が?」
「そうとも」
なぜなら。
鏡屋はそう前置きしてから、幾度と無く聞いたあのセリフを、言い聞かせるように俺に云うのだ。
「君は風水師なんだろう?」