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Category: プレイ記

0023-03 (0047)

 そもそもが。
「…有り得ないわよね」
 全く同感だ。
「どうしてこの厳戒態勢というかやりすぎ態勢の状況で、通り魔を行うなんて気になるのかしら」
 昨晩。通り魔はしっかりと現れていた。居合わせた数名の衛士達(中には雇われ者も含まれていたが)を無惨な姿に変え、まんまと逃げおおせたという。
「じゃーぼくらのすることはひとつだよね」
 云うと、チャクはパンっと両掌を合わせた。
「…何の真似だ?」
「厄介事が振ってきません様に、神頼み」
 無神論者じゃなかったのか、お前。そう口を挟もうとした時。
 ごう、と。唐突に音が沸いて出た。
 一斉に振り向く。と、そこには巻き上がる枯葉、そして──もう一つ、上り詰めたその物体は、街路を形作る石畳に鈍い音を響かせて頭から潰れた。ああ、昔、あんな蟾蜍を見た。そんなどうでもいい情景が頭に浮かぶ。
「純白樺の杖」
 チャクがぽつりと声を響かせる。潰れて落ちたモノの先、ローブを纏った棒立ちの人間が、薄ら白く輝く杖を持っていた。それを持つ事を杖に許される為には、少なくともある程度の腕前が要求されるのだという。
 そんな物は先の竜巻を見れば判る。あれだけ大きな突風を魔力の干渉を感じさせずに(そちら側の感覚が鈍い俺だけでなく、マリスもチャクも何も感じ取っていなかったのだから)作り上げる能力を持っているのが明らかなのだ、こちらの身構え方も変ろうというものだ。
「イーサ干渉を弱める膜を張ります」
 マリスが云う。
「魔法使い相手じゃ、直接攻撃の方がいいかしら」
 センリが踏み込みの態勢を取る。
「んじゃぼくはなんとかアレの気を逸らせてみるよ」
 チャクが水晶を構える。
 …となると、俺に出来るのはいつも通りの小細工というわけだ。

「あー、だいじょぶ? ユキヤくん」
 まだ気分が悪い。
「びっくりしたなー。ぼくはああいうのもう楽しくて仕方ないんだけど、ユキヤくん全然駄目なんだねぇ。ちっちゃい頃なかった? 飛行願望みたいなの」
 願望を持つのと、実際体が耐えられるかという現実とは、常に一致するとは限らないに決まってるだろうが。
 憲兵が来るのを待つ間、魔術師であった塊を眺めながら、俺は石畳に座り込み無理矢理気分を落着かせようと努力していた。

 やけに機械的な緩慢さ(例えるならば、紐で手足を吊られた操り人形だ)で杖を振り上げた男は、それでも詠唱の速度だけは直前に見せた魔力同様優れていたのか、俺達が行動を起こす前に小竜巻を作り上げていた。センリとマリスが風に煽られたが、二人とも自身の行動を止めることなく、センリは男に殴りかかり、マリスは魔術防御の膜(イーサバリア)を張った。そしてチャクが雷を喚び、それに紛れて俺が男に襲いかかろうとしたところで、唐突に足場が消えた。
 いや、足場の方が消えたのじゃない。俺達が足場から離れたのだ。
 男は熱気を纏った風を巻き起こし、俺達を中空へ打ち上げた。内臓から自身が持ち上げられる様な感覚を初めて味わい、そしてその異質さをはっきりと脳が認識する前に、今度は冷気の塊が体に衝撃を与えた。落下を受け身でなんとかやり過ごしてから、せめて一太刀浴びせようと奴の首筋をかっ切った所で──異様な吐き気に襲われた。膝を突いた自分に叱咤を飛ばそうとした時、杖の立てたカランという乾いた音が響き、そのすぐ後に、どさりという重さを耳にし──
 思わず、安心して、吐いた。

「どっちかっていうと、持ち上がる時より落っこちる方がダメってひと多いけど、ユキヤくんは逆なのかな? それとも三半規管がああいう感覚全部に慣れてないのに突然また通常の重力用に引っ張り戻されちゃったっぽいからそれもでっかいのかもなぁ。いきなりあんなに動くんだもん、自殺行為っちゃ自殺行為だね。んね、具体的にはどんなだった?」
 具合の悪い人間を前に長文を聞かせるな質問を投げかけるなとにかくお前は黙る事を憶えろ莫迦が。
 他、思いつく限りの罵詈雑言を脳裏で展開させていたのだが(今考えればそれは十分気を紛らわせるという役目を果たしたのだが、精神衛生的には5割増でよろしくない)、チャクの服から逸らした目線の先、倒れている男の更に向こうに、俺と同じように肩で息を吐くセンリと、今漸く起きあがろうとしているマリスが見えた。
「あ、だいじょぶ。二人とも怪我結構あったけどそれは治したから。ただ体力の消耗は激しいっぽいけど、一晩寝れば治るんじゃないかな。てゆかさ、肉体的な部分ではユキヤくんが一番軽傷なんだけど、知ってる?」
 …皮肉でもなんでもなく、これがこいつの素の感想だというのがいい加減判っているからこそ、云い返し辛い事この上ない。

0023-02

「買っちゃった! 見て! ねぇ見て!」
 喜色満面という単語以外思いつかない様な表情で、チャクが詰所の雑魚寝部屋(今日も夜間勤務である以上、宿を取るのは面倒だと考えた。一応男女別だ)に駆け込んできた。そのまま、体を伸ばすために俺が使っていた一角に向かって来ると、ばふっと音を立てて座り込んだ。
「…お前、もう少し人の迷惑顧みろよ」
 勿論、俺の云う“人”には、寝ていたところ騒がしさに起こされて憤慨していそうな辺りの連中だけでなく、そんな奴等の怨念籠もった目線を集める羽目に陥った俺自身も含まれる。
「まぁまぁまぁまぁ。ねぇほら。んね見てよ。凄いでしょコレ」
「なんだ…水晶か? 随分黒光りしてる玉だな」
「ん、水晶かどうかはわかんないけどね、これ呪われてんの! ついにぼくも呪われ仲間に入っちゃったよ!」
 わぁいと、およそ直前の台詞と合わない声を上げて「もぉこれ呪われてるから面白い位意識のすり替えが起こっちゃったりして他の杖とかを魔術の媒介に出来無くなっちゃうんだよぼく。んもどんな原理なのか全然わからないけどだからそれが面白くって」延々と喋りまくるので、ここで俺がその玉を叩き割ろうと引っ掴んで投げたりしたらどうなるだろうという辺りを想像しかかったのだが、慌てて思考を戻した。というか、もう既にこの思考の流れ方自体、大分こいつに汚染されてきている様な気がしないでもない。
 ちなみに“呪われ仲間”とは、俺・マリス・センリがそれぞれ、何某かの“呪われた装備品”をつけていた事による。俺は外套であったし、マリスは強力な魔力の籠められた短刀であり、センリは鎧であったりした。
「…まぁ、確かに色んな付加効果が有ったり、防御面やら攻撃面で優れてるのは実感してるが…そんなに呪われたかったのか、お前」
「だってダークプリーストだし。常時呪われてなくちゃ!」
 もう訳が判らない。
 とにかく廻りの迷惑になるから黙れとチャクに云い置いて、俺は詰所を出る事にした。あの視線の集まりっぷりに耐えられる程、俺の神経は図太過ぎやしなかったらしい。

0023-01 (0046)

 そもそもが。
「…有り得ないわよね」
 全く同感だ。
「外区で通り魔事件が多発。だから警備の人員を補充する。それはいいわよ。それにしたって、物には限度って物があるわよね。私が通り魔なら、絶対こんな時に人襲ったりしないわ」
 センリの言がもっともなのは、昇ってきた朝日が証明した。今日という日は、まるで何事もなく始まったのだ。
 ルアムザは同心円状の横路とその中点で交差し円を8等分する大通りとで出来ているわけだが、道をほんの一本隣に動いただけで俺達同様に見張りを行っている人間に鉢合わせる様なこの状況で、一体どんな通り魔が暴れるというんだろうか。
「ですけれど、犯罪の抑止にはなりますよね」
「根本的な所は見事にずれてるけどな」
「むつかしい事は偉い人が考えてくれるよ」
 チャクがふわわと大あくびをひとつしてから、むにゃむにゃと呟いた。
「ぼくらは云われた事きちんとやったんだし、いいじゃん。早く寝よ。依頼って2日拘束でしょ? 今日の夜中もやるんでしょ? だったら早く体力戻さないとねだよ。ああ眠いねむい。おハダが荒れちゃうよ」
 うんとこしょと口にしながら伸びをして「行かないの~?」詰め所へ戻ろうとするチャクに、俺達は肩を竦めて顔を見合わせた。全くもって奴の云う通りだ。無駄な事はせず、とっとと戻って今夜に備えるべきだろう。

0022-03 (0045)

「警邏がいいなぁ」
「理由は?」
「楽してお金かせげそう」

 …ということで、都内の警邏を行うという依頼を受けた俺達は、宿をキャンセルして詰め所へと向かう事にした。因みに前述の“理由”を口にしたのは勿論チャクなのだが、全員が全員似た様な感想を持っていたので、誰も何も云わなかった。不謹慎であるのは百も承知だ。
 警邏の時間は深夜から早朝に掛けて。荷物だけ置いて詰め所を出た。夕飯の為だ。
「そういえば」食事を終えてコーヒー(さすがに仕事前にアルコールを摂る趣味はない)を飲みながら、ふと思いついた事を口にしてみた。「お前の卵、一体いつになったら孵るんだろうな」
「ん~そうなんだよねぇ。ぼくとしては早くふかふわ~なのに出会いたいんだけど」
 ねぇハクヒ、と、チャクは足下で青菜を頬張っていたウサギに話しかけた。
 今現在、俺達のパーティで卵を持っているのは二人、チャクとセンリだ。センリの方は雅が居る関係上、出来れば動物に生まれて欲しくないという事でチャクとは対照的だ。勿論、その中身がアイテムな事もあるのだが、それは外側からはちっとも判らない。ちなみに、物理的に割るという事がどうやらこの卵は不可能らしい。とすると、やはり卵が開く(亜獣(ディオーズ)と限らない以上、孵るよりこちらのがいいだろう)のには、何らかの形でイーサが関係しているのかも知れない。例えば、持ち主の思考や何かに因る様な。動物が欲しけりゃ動物とか、アイテムが欲しけりゃアイテムとか。
 とはいえ。
「…だとしたらどれだけ有難かったか」
「…? どうかされました?」
「いや。独り言」
 浮かべた例は、見事に俺自身が破っているので(今でもアイテムの方が良かったと思っている)、全く信憑性のカケラもないのは明白だった。
「そういえばその卵、結構なレアアイテム扱いらしいな」
「え。そうなの?」
「市場でやたら高価取引されてるだろ。いっそのこと、お前それ売りに出した方がいいんじゃないか。そうしたら懐事情が一気に解決だ」
 ええ~。ん~。でも、いや~、アレは~、んでも、違うよ~。訳の判らない声を上げながらやたら逡巡していたようだが、結局孵るのを待つ事にしたらしい。まったく気の長い事だ。

0022-02 (0044)

「んで、んで、んで、名前なににしたの?」
 ルアムザへの道中、クラスチェンジの経過報告がてら雑談に興じていたのだが(変な事務員がいたとかなんとか)、突然チャクが食いついてきた。勿論、ウサギの名前の下りでだ。そんなに気になるか?
「はくひ」
「ハクヒ? また面白い名前だねぇ。なんか意味あるの?」
 こいつに面白いと言われるのは心外だが、別に大した意味じゃない。さあさあさあと鼻のとがった事務員に命名を強要されながらコイツの毛の色をぼんやり眺めているうちに、実家の池で見た薄氷(うすごおり)を思い出しただけの事だ。
「…で、“薄氷”と書いて、“はくひ”」
「ふーん。雅とおんなじで、東方の字なんだ。ん? ユキヤくんてそっちの人?」
「実家は」
 チャクはへーほーとひとしきり(神経を逆撫でしそうな方向の)声を上げてから、んじゃあユキヤくんは今度はなにを育てられる人なの?と訊いてきた。
「いや、ウサギの使役方法は一通り判ったから、テイマーは辞めてきた」
「え? そうなの?」と、これはセンリ。「私てっきり、一通り上位までこなすのかと思っていたけど」
 そもそもテイマーになったのはこのウサギ…いや、薄氷の扱いを覚える為で、別に他に何か使役したいという願望は全くないのだ。だったら、きちんと前衛として戻った方がいいだろう。そう思っただけの事だ。
「じゃあ、ユキヤさんは探索者ギルドに戻られたんですか?」
「いや、そのまま、戦士ギルドに寄ってきた」
「え?」
 さすがに全員の顔が一斉に俺の方を向くというのは、あまり気分のいいものじゃない。
「あれ、だってユキヤくんて、力任せにどっかーんっていうの、あんまり好きじゃないんじゃなかった?」
 そこはそれ程変わってない。ただ、一応俺はこのメンツの中では前衛だ。だったらそれに多少なりと沿った転職をした方がいいんじゃないかと思い、手っ取り早く筋力でも多少付けようかというだけの話だ。
 戦士ギルドで転職傾向の一覧を眺めていたら、スカウトを終えてからなれる職に格闘術を使ったものがあった。それは、懐に潜り込んで戦うタイプである俺と方向性は合致している。
「というわけで、暫く目端がどうとかいう辺りでの期待には添えないと思う。だから悪いが、当分はそういう類の依頼とかは無理だ」
「まぁでも、それはルアムザの公社次第よね。ひょっとしたら、ユキヤが戻る前に私がスカウトになってるかもしれないし」
「…そうなのか?」
 問うた俺に、センリはそろそろ上位クラスの残りが複合型ばかりになってきていて、さらに残りのうち2つがスカウトとの複合なのだと云った。そういえば探索者ギルドの上級職も、戦士との複合型が多いのだという。そういった相関的な部分が、どこかにあるのかもしれない。
 のんびりと歩いていたら、ルアムザに着いたのはもう日暮れ前に差し掛かる時だった。公社へ行くのと宿を取るのとで、2手に別れた。

0022-01

「そういえば」
 と、調教師ギルド出張所の人間に云われた。やけにとがった鼻の、単眼鏡を付けたひょろりとしたその男は、書類を見ながら続けた。
「シフォーラビットを飼ってらっしゃるとの事ですが、勿論その肩のディオーズですな?」
「ええ」
「名前の所に“未定”とありますが、未だに?」
「まあ」
「いけませんな」
 男は、何故か俺ではなく肩のウサギにぬぬぬと顔を近づけた。…整髪剤でテカった髪が顔の側に寄るというのは、なかなか気分の宜しくないものなのだが。
「貴君は実のところ、仰る通りクラスチェンジが可能であるのですが」
「はあ」
「いや、いけませんな」
 ……なかなか疲れる事務員だな。
「それは俺が下位クラスをマスターするのに、こいつに名前をつけてやらんとまずいって事ですか」
「ム、それは偉大なる勘違いですな」
「…端的にお願いしたいんですが」
「そこなるウサギに、きちんとお名前を付けてやれば宜しい」
 ……いや、そこまで戻らなくていい。
「じゃあ逆に、付けないとどうにかなるんですか」
「なに、大した問題ではありません」
 男は単眼鏡を外すと、胸元のハンカチーフ(どうして調教師ギルドの人間であるのにこの男はぴっちりとした燕尾服を着ているんだろう)でもってレンズを磨きながら、俺の肩を落とす発言をした。
「我がポリシィというやつですな」
 ……受付がこんな男だった事を恨む為には、その前に俺の運を呪うべきなのだろうか。

0021-02 (0043)

 テヌテに戻った俺達は、早々にガレクシンへと向かっていた。路銀の乏しい二人が地道な集貨活動したいと申し出たのだ。…とはいえ。
「…ガレクシンで、短期間で稼げる物はごく僅かだった様な気がするんだが」
 折良く通りがかった荷馬車の中で、俺達は互いに公社で受けた仕事のあれこれについて、情報交換を行った。結果、出た結論がコレだ。
「そうですね…。それでは、一度、ルアムザの方へ出ませんか? グローエスの中心ですし、これからの動きも取りやすいでしょう」
「ルアムザか~。あそこいいよね。風のニオイとか。ちょっと古臭い感じで」
 膝の上に雅とウサギの二匹を乗せたチャクが、これ以上ないという様な幸せ顔の目尻をさらに下げた。
「古臭い?」
「そう。なんていうかなぁ、こう、ちょっと昔の図書館の中みたいな。落着いた感じの。ユキヤくんにはわかんない? あーぼく、ああいうところでのんびりおいし~い紅茶でも飲みながら思いっきり読書に耽りたいよ」
 …そんな事しているから、金がいつまで経っても貯まらんのじゃないだろうか。

「そういえば、チャク、そんなローブ持ってたの? 初めて見るけど」
 さすがに遅い時間にガレクシンに着いた為、ルアムザへ出発するのは明朝という事になった。そこで久しぶりの木賃宿に部屋を取り、金銭の乏しい二人に会わせて宿の定食で晩飯を摂る事になったのだが、そこに現れたチャクはセンリの云う様に、今までの淡い紫のローブではなく、上から下まで濃いグレーに取って代わっていたのだ。勿論、髪だけはいつもの通り薄い金だったが。
 どうやら誰かに突っ込んで貰いたい所であったらしい。途端目を輝かせたチャクに、俺はああまた長くなるなとぼんやり思いながら、ウェイターにビールを頼んだ。
「あ、これ? ほらぼく、テヌテで一旦ギルド行ったじゃない? それでプリーストに転職したんだけど、んーと、ほらサマナーってクラスマスターするとさ、上級悪魔の召喚出来るでしょ、それぼくの夢のひとつだったんだけど、それはまぁ置いといて、プリーストっていうとこう、なんかすごくこう、正直者が莫迦を見るみたいな感じだけど、ん、ちょっと違うか、まあとにかく、ぼく無神論者だし、その上悪魔なんか喚んじゃうし、これはもうあれかな、ダークプリーストとか呼ばれちゃう方を目指そうかなーなんて」
 …こいつの脳が突拍子ない方向なのはいい加減判ってはいたが、さすがに最後の一言だけにはツッコミを入れるべきだろうか。

0021-01 (0042)

 道中、細身の四足獣(後で知ったのだが、赫く輝く毛を持ったコイツらはスパルカといって、その毛皮が高値で売れるのだそうだ。損をした)に襲われたが、センリが爪に引っかかれた程度で(直後マリスが回復魔法を掛けたので全く大事には至らなかった)、無事、件の“祠”に辿り着く事が出来た。
 そこは祠として態々誂えたというよりは、元々有った小さな洞穴を有効活用した様な場所だった。但し、昨日一昨日と飲んだくれていたあの老爺達がこまめに手入れをしているらしく、辺りの景観を鑑みるに、そこだけが無闇矢鱈と片づいている。まさに「小綺麗」という単語が相応しい状況だ。
「…なにもないねぇ」
 チャクの呟いたその言葉は多分、誰に向けられたものでもなかったのだが、何故か俺がぎくりとした。…一応俺にも良心というものくらいある。勿論。当然。ここの情報を持ってきたのは、紛う事なく俺なのだ。
 なにもないねぇって。云いながら、センリは首を傾げながらチャクに向いた。
「チャク、一応預言者ギルドの人間でしょう? 何かこう、神様~っていう感じ、しないの?」
「ぼく、無神論者だし」
 …それで良くギルドに登録出来たものだ。
「マリスは? 判らないか」
「私が仕えているのはイテュニス神ですけれど…万一その眷属の神仏であれば、或いは、判ったかもしれませんね」
 つまり、判らんて事か。溜息を吐いて、もう一度辺りを見回そうとした時。
『居ないよ、ユキヤ』
 唐突に、声の様な物が脳に響いた。
『あー、声じゃないよ。思考をイーサの波に直してからそれに指向性を持たせて流してるの。んで、その波の反射の時に、ちょっとユキヤの思考も届くかな』
 …人の知らん内に、この妖精はまたなんだか勝手な事を。
『知らない内にはならないって。今し方伝えたでしょ。まず私が思考を流さないと反射しないんだってば。だから勝手に受信は出来ないし、安心していいよ。…てまぁ、そこは取り敢えずさておくけど、とにかくこの祠──』
 もし神がこの祠に居着いているのだとしても、残存思念だとかそういう類を鑑みると、ここ数日は全く帰ってきていないはずだ。腰袋に入っている筈の流翼種はそう云った。
『だから云いにくいんだけどすっごい無駄足』
 …云いにくいというのなら、まず云い淀む位の事をして見せろ。
 成程、意志疎通を思考のみで行うというのは、思考をいちいち言語に直すのではなく、そこから派生したイメージが勝手に飛び交う様なものであるから(俺は今受けた情報をいちいち言語として直して脳に反芻したが)、口に乗せる会話と異なり、もの凄く高速で済むらしい。この間、瞬きひとつ程度の時間しか掛かっていない。
「んーまあ、それじゃあたのしいミニ旅行だったってことで、帰ろうか~」
「まぁ、宿代だけが無駄に掛かって、お前の貧乏ぷりに拍車が掛かったって事だな」
「ぅぐ」

 現実を思い出してよっぽど堪えたのか、村を出る前に摂ったチャクの昼食は、普段よりも随分と質素なものだった。

0020-02 (0041)

 むかしむかしのこと。ひとりの男がおりました。
 男には水も食料もすでになく、もはやいきだおれ寸前でした。
 もうだめかもしれない。そう男が思ったその瞬間、とつぜん、あたりがほのかにかがやきました。
 その、意志を持つ輝きは、男のいのちを救ったのです。
 男はその意志を神と崇め、この地に祠をつくり、それを祀る事にしたのでした……。

「……という、出来の悪い伝承が有るんだそうだ」
 老爺達は、この“湖の畔で神様に助けられた男”の子孫であるらしく、故にこの地に居を構え、代々その“神様”を祀っている祠を護る守部(まもりべ)なのだという。信心深さから縁の遠い俺にしてみれば、そんな昔の神(しかもそいつはログレブルが《虹色の夜》によって汚泥の沼と化すのに目もくれなかった訳だ)を未だに崇めているというのはどうも信じられない。
「それじゃあ、何かあるとしたら、その祠という事になるのかしら?」
 マリスの言葉に、俺は頷いた。ちなみにウサギは今日よっぽどマリスに構って貰ったのか、彼女にいたく懐いている。
「小舟はどうだった?」
「動く事は動くし、まぁなんとか乗れるでしょうけど、信用を置けるかどうかというのとはまた別の話ね。さっきの元は死水だったって話も合わせて、祠に行く方が生産的だと思うわ」
 それじゃあと、今まで黙って話を聞くだけだったチャクが口を開いた。
「明日祠見に行って、それでなにもなかったら、帰らない? 時間も勿体ないしさ」
「成程。本音は?」
「ぼくそろそろ中位クラスになるはずだから、ちょっとギルドの出張所にでも寄りたいな~って、どうして本音がどうって聞くのユキヤくんは~」
 結局チャクの提言が通り、明日の予定が決まった。

0020-01 (0040)

 結局リトゥエは帰ってこなかった。少なくとも、俺に意識のあるうちは。

 朝。マリスに具合を尋ねたら、一晩寝たら大分回復したとの事。安堵して、全員揃って朝食を摂った。そして状況確認を行う。
 はっきりしたのは、取れる方策が(帰還する事を除いて)当面2つあるという事だ。ひとつはこのまま情報収集を続けるというもの、もう一つは、泥海付近に有った小舟を使って湖の中央へと漕ぎ出して行ってみるというもの。この小舟は、昨日チャクが見つけてきた。
「小舟に乗るっていうのは、強度に因らない? 4人と2匹に装備品の重量があるのだから、それに耐えられないと」
「そっか。ん~、そこまではちょっとぼくには判らなかったんだけど」
 というわけで、センリとチャクは連れだって小舟の状態を見に行った。マリスは大事を取って待機となり(ついでに雅とウサギの世話を頼んだ)、俺は引き続き情報収集を行う事になった。丁度良い、リトゥエがどうなったか、見に行ってみるか。
 そう思ったのだが、俺はその考えをすぐ後悔する事になる。

 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。いや、それはさすがに言い過ぎの部類か。
 酔いつぶれた人間は勝手に寝、起きて酒が飲みたければ飲み続け、帰りたい奴は帰るし来たい奴は来る。そういう酒飲みの集まりであるらしかった。
「……帰るか」
「現れてすぐ帰らないでよ! ちゃんと説明手伝ってってば!」
 そんな中、ひとり素面を貫き通していたらしいリトゥエは、先程から盛んに何かを説明していた。妖精騎士がどうとか、なんとか。ニルフィエの女王に認められてどうちゃら、妖精騎士とはただ妖精を従えている訳じゃあないとかなんとか。
「ほれ、その小僧っこがお前さんがくっついとる騎士なんじゃろ?」
「ちっっがうんだってば! いつになったら判ってくれるの!!?」
 禿頭部まで赤くした様な老人は、俺とリトゥエを見比べながらがはははと笑った。まぁ確かにリトゥエがいいオモチャになるというのは良く理解出来るのだが(リトゥエ自身にその自覚が無いというのが拍車を掛ける)、いい加減それに付き合わされているのにも疲れてくる。ついでに、リトゥエの甲高い叫び声にも飽きてきた。
「だからっばも!」
 わめき立て続けるリトゥエの口(というか顔全体)を掌中で押さえてから、酔っぱらいの一団に質問を投げた。ログレブルについて、何でも良いから教えてくれ、と。そして判った事は二つ。あの変異は《虹色の夜》によって起こった物である事、そして元々死水であった湖は、人々の生活に大した影響をもたらしていないという事。
「生活用水は近くの川と地下水──あっちに井戸があるじゃろう、アレで足りとった。だからあの湖が沼になろうとなんだろうと、ワシらにゃあ全く関係ないんじゃよ」
「じゃあ小舟は? 死水だというなら、小舟程度じゃ進めないだろう。何の為に有ったんだ。漁か?」
「ん、ああ、まぁ、観光用、だなぁ。ただの死水じゃあなく、アレは毒性も持っとったからな、食える魚なんぞまずとれんかったわ」
 つまり、文字通りまともに生ける物のない“死水”であった様だ。
 と。俺の手から解放されたリトゥエがぽつり呟いた。そんな生産性のない湖の側に、何故集落を作る気になったのかと。そして、爺共の一人が、口を滑らせた。
「そらぁお役目を放り出す訳に──」
 放って置けばいいのに、その滑らせた老爺の口を、横から塞ぐ手が2本有った。それはつまり、少なくともこの老人達にとって重要な何かが、あの泥海に潜んでいるという事の象徴に他ならない。

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