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Category: プレイ記

0016-02

「助かりました」
 俺は向かいの女性に頭を下げた。
「いえいえ、困った時はお互い様ですしね」
 女性はふんわりと穏やかに微笑む。
 ガレクシンに着いた頃、遂にチャクの足腰が立たなくなった。どうやってこいつと荷物を両方抱えようと迷っていたところに、この女性が荷運びの方を引き受けてくれたのだ。おかげでこうして、チャクを宿の部屋に叩っ込み(勿論毒消しも飲ませた)、一息吐く事が出来ている。現在、宿の1階部分(昼間は軽食屋だ)で、その礼代わりに飲物を奢っているところだ。
 聞けば、彼女は預言者ギルドにクラス登録を行っているクレリックなのだそうだ。現在サマナーとしてクラス登録をしている仲間が一人いるとの事。
「そういえば、あなたもペットを連れてるんですね」
 因みに現在、ウサギは俺の肩に腹這いになってぶら下がっている。
「わたしの仲間も、ペットを連れているんですよ。その子は猫なんですけど」
「その猫も卵から孵ったんですか」
 思わず言下に続けてしまった。
「…猫が、ですか? いいえ、そういう話は聞いてませんけれど」
 そうだ。普通どう考えたって、哺乳類(と思われる物)が卵から孵ることはまずないのだ。どうもこのウサギが現れてこっち、ついそういった常識を忘れそうになる。
 “猫も”ということは、その子は卵から孵ったんですか? そう聞かれ、かくかくしかじかと事情を説明してみる。あらまあ、私の仲間もその卵、持っているんですよ? というので、じゃあその人も船で──と聞こうとしたところで、声が振ってきた。
「もう、やっと見つけた、マリス」
「あらセンリ。お買い物終わったの?」
 現れたのは、蜜色の髪を短く切り揃え、薄茶のローブを纏った女性だった。足下に猫がいる事からも、多分この女性が彼女(マリスと云ったか)の仲間なのだろう。
 センリと呼ばれた女性は、何故か俺をじろっと睨むと(顔立ちが整っているので、凄みが妙に増した)、あろう事かこう云ってのけた。
「何、ナンパ?」
「は?」
 予想だにしなかった台詞だ。呆気にとられた俺に、センリは言葉を継ぐ。
「悪いけど、人の仲間勝手にナンパなんかしないでくれる? マリスはこの通りのほほんとしてるから騙しやすいとかなんとか考えたのかも知れないけどお生憎様、そう簡単にはいかないんだから」
「いやちょっと待て、何を勘違いしてるんだ?」
「何よすっとぼけて。全くアナタみたいなのってどうしてこうごろごろごろごろ良くも転がってるのかしらね、いい迷惑だわ」
 今現在いい迷惑を被っているのは、どう考えても俺だと思うのだが。
「大体──」
 と、更に続きそうな文句を止めたのは。
「ぅゎっ、猫! ふかふわ!」
 うわーうわーと叫びながらてててててと階段を駆け下りてくるのは、先程部屋に放り込んだはずのチャクだった。あれだけ今にも死にそうなほどの容態だったのに、もう毒素が抜けたとでもいうのだろうか。いやまぁ、アレを見ている限りどう考えてもそうとしか思えないが信じ難い。
 チャクは呆然としたままの俺達の卓へ来ると、そのまましゃがみ込んで、センリの足下に居た猫に向かい、またもうわーうわーとはしゃぐ。
 そして、一言。
「ユキヤくん、猫ナンパしたんだ!?」
 お前こそ俺の事をなんだと思ってるんだ。

0016-01 (0032)

 ガレクシンの山々は皆緑豊かであるのだが、このロックバイトだけは別だ。この禿げた岩山は昔、墓地として用いられていたらしい。そして、過去葬られた死体になんらかの作用が働いたものか、徒党を組んで周辺を襲っているのだという。
「んね、ユキヤ、くん」
 背後から聞こえてきた、息も絶え絶えといった声に、俺は首だけで振り向いた。
「あと、どれくらい、で、山、につく、のかな?」
「……いや、山はともかく」いくらこいつでも、ここまでの道程でこれだけ息を荒げるというのは、どう考えても。「お前、どこかおかしくないか?」
 さすがに立ち止まり、チャクの顔を覗き込んだ。熱は無さそうだが、目が充血しているし唇が青い。元々あまり良くない顔色も更に悪くなっていた。
 辺りを見回す。と、丁度、腰を下ろせそうな岩がすぐ側に有った。引きずる様にそこまで連れていき、荷物を降ろさせてから座る様に云う。
「突然風邪をひき始めたとかじゃあ…ないとも云いきれなさそうだが、寒気とかそういうのはないのか?」
「さむ、け? ん~、ええと、背骨と、腰骨の、番い目が、痺れるってゆか…ぞくぞくは…してそうな、してない、様な……あ」
「どうした」
「ひょっと、したら、さっきの」
「さっき?」
 山への道筋には、鬱蒼と木々の繁る森林地帯があった。直射日光に辟易していた俺達は、その森にいたく感激し、そちらへと足を踏み入れた。理想的な木漏れ日の中、しばし歩む。
 ──と。巨大な影が上空を過ぎった。俺とチャクは顔を見合わせ、空を睨む。すると聞こえてきたのは力強い羽搏きと、喉の奥から絞り出す様な鳥類独特の声。襲いかかられる。そう思った時には、俺もチャクもその場から飛び退いていた。数瞬後そこに舞い降りたのは、鶏を巨大化させた様な巨大鳥だ。
 と。鳥はごぅという音と共に、口からもの凄い勢いで呼気を吐き出した。俺は慌てて口元を押さえてから背後に回り、チャクはその場に立ちはだかったまま詠唱を完成させ精霊を操った。精霊に鶏が怯んだ隙に、俺の薙いだ爪(呪いの外套と共に鉄爪を買っていた)が足の腱を断つ。
 それで鶏はどうと横に倒れた。俺達も息を吐いて、じゃあまた山に向かおうと歩を進めたのだが──
「あれ、たぶん、コカトリスだった、んじゃ、ないかな。んで、ブレス、まともに受けた、し、そすると、今のぼく、の症状も」
「…毒か」
「たぶん、ね~」
 ねー、じゃない。俺もチャクも、毒消しなんぞ持っていないのだ。
「悪いが、俺は荷物とお前を同時には抱えられないからな」自分の荷と、チャクの荷を背負う。「なんとか街まで歩いてくれ」
「んね、そういう、時はさぁ、荷物を捨ててでも、ぼく、をこうさ」
「ああ、ウサギに移すなよ」
「移らない、よ~」
 血でも媒介しないととかなんとか、チャクはいちいち云い訳している。あれだけ口が回っているうちは死ぬような事はないだろう。出来る限りで急ぎガレクシンへ戻る。

0015-04 (0031)

「ああ、お前に丁度良さそうなのがあるな」
「ん、ホント?」
 夕闇の濃くなってきたガレクシンは街の廻りを囲む山々の表情が昼間とは一変し、鋭い牙を剥いた様にも見える。
 ガレクシンは天然の要塞を持つ都だった。専有面積も五王朝随一を誇るこの国は軍事面においても抽んでている。なんでも通常の士団の他、最新鋭の機甲技術を用いた“銃士団”という物を備えているのだそうだ。
 とはいえそんな事態が気に掛かる様になるのは五王朝間(或いは隣国)で戦が起きた時くらいの物であり、もっぱら俺達にとっては、こうして公社で日々の糧の為の第一歩を踏み出す事こそが肝心なわけだが。
「……どの辺がちょうどいいの?」
「悪魔だ呪いだに興味を持ってる様だから、てっきりそっち側もお前の範疇かと」
「……あのさぁユキヤくん。ひょっとしてひょっとすると、ぼくに死体愛好の気があるんじゃとかまで思っちゃってない?」
 チャクはむぅと唸って俺を睨んだ。俺の差し出した依頼メモには《屍鬼討伐・動く死体の掃討》と書かれていたのだ。
 まぁさすがにそこまで思っちゃいないがと前置きして、それで死体関係はどうなんだと訊ねると、あんまりね~と、さほど興味を覚えていない様な声。一体悪魔だなんだとどの辺がどう違うんだ? すると一言。
「だってほら、蛆とか湧くし、死体(コープス)って」
 結局蟲絡みだけなのか。お前の興味を削ぐ要因は。

 晩飯を摂り、一風呂浴びて部屋に戻ってくると、ウサギはしっかり俺の布団の上を陣取っていた。せっかく作りかけていた囲い紛いに持っていこうかと思ったのだが、眠気と疲れの方がそれに勝った。
 仕方ないのでころころ脇に転がしてシーツに潜り込む。すると暫くして、(多分転がされて起きたのだろう)ウサギはもぞもぞと懐に入ってきた。くすぐったい。億劫だったので、片目を薄く開け、尻が俺の顔を向いていない事だけ確認してから、再度目を瞑った。

0015-03 (0030)

「あれそういえば、ユキヤくんそんな服持ってたんだ? ぼくそれ初めて見るよね?」
「…いや、先刻市場で落としたんだが…」
 俺達はガレクシン方面へ向かう荷馬車に乗っている。街道を行こうとしたところで丁度出会し、途中まで運良く載せて貰える事になったのだ。というわけで、荷台の最後尾、踏み台部分に腰を掛け、ゆっくりと遠ざかるルアムザの街並をぼんやり眺めている。因みにウサギは俺の膝の間に収まっている。なかなかどうして、こいつの耳の付け根を指でひっかくのは癖になるなという辺りを学んでいる最中だ。
 チャクの云う“そんな服”とは、今俺が纏っている外套の事だ。起毛革のような見た目の鈍色の布は、陽光に黒く光っている。朝飯を食べた後、入札会場まで行って引き取ってきたものだ。今まで纏っていた物よりも性能的に魔法防御に優れる物だったので、(少し勢いに乗って)大金を叩いた。…まぁ、大金といっても“普段の俺からしたら”という条件付き程度のものだが。
 …思えば、その時商品名で気付けば良かったのだ。
「…どうやらな」
「ん」
「この外套だが」
「ん」
「呪われてるらしい」
「ん…え? ええええ?」
 途端、チャクは俺の外套の裾を持って、ばたばたと振り始めた。その後表地を眺め、裏地をめくり上げ──
「どの辺がどう呪うの?」
 …俺に訊く質問として、その内容は些か間違っちゃいないだろうか。
「知るか。俺が作った訳じゃない」
「だって呪われたって判ってるんでしょ?」
「それと“どこがどう呪うか判る”ってのは別だろ」
 …このまま喋っていても禅問答になりかねないな。諦めてひとつ息を吐いた。
「チャクは朝起きたらどうする」
「え? 顔洗ってご飯食べて歯を磨くけど?」
「…判った。悪かった」訊きたい解答が欲しければ、大人しくそのものズバリを訊けという事か。「朝起きたら着替えるよな」
「ん、ユキヤくんはそうだよね。そのまんまで出たら痴漢行為になっちゃうしね」
 …こいつに何か説明をする場合は、逐次同意を求めるのではなく、ただ単に事例を事例として話す方が良いらしい。俺の精神衛生上にも。
「…取り敢えず、着替えようとする」
「うん」
「普通に着替えを済ませた後、例えば今まで使っていた外套を付けようと考える」
「うん」
「すると次に気付いた時には、これを纏っている」
「うん。──え? なにそれそれなに!? 嘘だぁ!」
「事実だ」
 実際驚いた。引き取ってから試着してみて、まぁただ街道を行くだけなら今まで着ていた物をそのまま使おう──と、着替えた筈なのに、何故かそのまま同じ物を羽織っていたのだ。全くの無意識で。
 当然俺は焦った。突然健忘症にでもなったのかと疑いもした。が、その原因が“呪い”にあるだろうと理解したのは、外套に付けられていた名称を思い出したからだ。
 商品名は、“エルアヴェルデの呪い(カースオヴエルアヴェルデ)”と云った。市場でろくに気にも留めていなかったのが、完全に裏目に出た。
「…道理で、性能の割に俺に手が出そうな金額で落とせるわけだよな」
 そう肩を落とす俺にチャクが向けたのは「へぇ~………今度ぼくも買おう」どう考えても、憧憬の眼差しだった。
 …まぁ、人の好みは人それぞれだから別にそれ自体を悪いとは思わないが、しかし呪いなんぞに興味を持ち、あまつさえそれを自ら体験したいと思う様なのが隣にいるというのは、なかなか居心地が宜しくない。

 そんな居心地の悪さを、荷馬車を降りた頃にやって来た隼(連れてるウサギをエサにするつもりだったのだろうか)と、おこぼれ狙いらしい大鴉を倒す事で晴らしながら、日暮れ前にガレクシンに着く事が出来た。
 公社に解呪を試したい人間の依頼でも有ればいいが…無理だろうな、やはり。

0015-02

「いっそのこと、取り敢えずグローエスを横断してみるのも悪くないな」
 今日の朝食は宿で摂った。ルアムザに旨いモノがないというわけではなく、単純にウサギを考慮しただけの事だ。
「ん~なんかおのぼりさん全開だね」
 サラダに入った豆と格闘しながらチャクが云う。多分その豆はフォークで刺すよりスプーンで拾った方が早いぞ、チャク。
「ん~と、北から西がカルエンス、北東にクンアール、んで南東にオルスか。どっち行こうか? いっそダイスで決めようか」
「誰が持ってるんだ、そんなもん」
 そっか~、そうだよねぇぁぁぁあ。
 首肯の声と同時に勢いよく豆にぶつけられたチャクのフォークは。豆を見事にすっ飛ばし、チャクの奇怪な声と共に、ウサギの鼻面に当たって跳ねた。ウサギが床に落ちたそれを食う。
「あ~勿体ない。でもまぁウサギが食べてくれたから良いか」
「…そういえば」ふと考える。「俺はコイツが菜食なのか肉食なのか雑食なのかも全く判らないんだな」
「ん? ペットフードあるからいいんじゃないの?」
「例えば、人間には今お前が飛ばした豆も大して味は濃くないが、こんなウサギに喰わせて塩分過多になったら面倒だろうとか」
「ユキヤくん、ホント変なところ律儀だよね」
 失礼な。
 脚にじゃれつくウサギを爪先で弄りつつ、側にやって来た給仕に食後茶を頼むと、卓上の地図に視線を戻した。
「それで、どうする。お前どこか希望無いか?」
「ん~さっきのユキヤくんの聞いて思ったんだけど、タレスに行かない?」
「タレス?」
 地図を辿る。有った。カルエンスの首都ガレクシンから南、砂漠の中だ。オアシスによって発展した町か何かなのだろうか。
「そこに何か有るのか? 砂浴びでもしに行くのか」
「…どうもユキヤくんて、なぜかぼくに凄い偏見が有るよね。そうじゃなくて、調教師ギルドって、そこか、えーと、ルルフォモ…ちがう、ルルホメ…じゃなくてえ~と、ん~、まぁいいや、そのルル何とかにしかないんだって。時間的に考えて、ユキヤくんもそろそろ上位職終わるでしょ? ていうか多分ぼくと一緒くらいだと思うんだけど」
「…ああ、かもな」
「そしたらさ、ウサギの事も考えて、次テイマーになったらどうかと思うんだよね。テイマーの技術身につけたら、戦闘に役に立つ事してくれる様に出来るっていうし、ウサギ。んね、せっかくだし、どう?」
 …まぁ、確かにその提案は悪くはない。と、思いはするのだが。
「ところで、お前は次どうするつもりなんだ」
「ん、ぼく? ぼく預言者ギルド行ってくるよ。神蹟と魔術でのイーサ干渉式の違いも気になるし、両方修めて初めて就けるクラスにも興味有るし」
「…成程」
 つまりこいつは自分の興味で精一杯なので、楽しいふかふかを弄り続ける為にも、手近な人間にその辺の事を頼みたいと。多分意識してそこまで考えちゃいないだろうが、その辺りが奴の深層心理なのだろう。
 ――そうだな、今までこいつを壁だの盾だのにした詫びとでも考えればいいか。
「判った。じゃあガレクシンに向かって、そこで依頼の1つもこなしてから、タレスに向かうか」
 …決して、ウサギに絆された訳じゃあない。
「やった~。良かったねウサギ! これで捨てられそうにないよ!」
 チャクは屈んでウサギの両前足を取り、上下にぶんぶんと振った。多分、ウサギは何云われてるか判ってないぞ、チャク。

0015-01

 おかしい。
 俺は確か、ルアムザの、冒険者専用の、(宿の主には悪いが)安っぽい木賃宿で、(これまた宿の主には悪いが)安っぽいシーツの敷かれた硬いベッドに潜った筈だった。その記憶は、確固たるものとして存在する。なら今、右頬に当っているこのふかっとしたものは、なんだ?
 思いつく限り、並べてみるか。
 1、チャクの毛…思考には入ったが数瞬で蹴った。冗談じゃない。取り敢えず、チャク本人のモノと思われる寝息が、隣のベッドの有るらしい位置から変なリズムに乗ってしっかり聞こえている。安堵と共に、再度解を蹴り飛ばした。
 2、枕が破れた…羽毛じゃない(多分穀物殻)ので外れ。敷き布も当てはまらない。
 3、……と、出してみたものの、さて一体後は何がある?
 そんな事をうつらうつらと考えながら眠気と理性との戦いが理性の勝利で終結しそうになった頃、観念して、目を開けた。するとそこには何故か、灰青の毛玉が、鎮座ましまし──…毛玉?
 腕を動かして、毛玉を少し転がしてみる。すると次に見えてきたのは真白い腹毛と、小さな爪。ああそうかと、まだ幾分寝惚けている頭は呑気に考える。俺は今ウサギを飼っていたんだった。
 いや、いたが。
 確かにウサギを部屋に入れた。それは覚えている。だがしかし、ウサギの寝床には、主に頼んで用立てて貰ったボロ切れを床に置いて、廻りに簡単な囲いを作って、エサと水を皿に置いて──思い返してみるに、随分マメに動いたな、俺は──そう、簡単な“ウサギ小屋”を作った筈だった。
 じゃあ何か、ウサギはそこから脱走して、自分の寝床を俺の顔の脇(しかも尻を俺の方に向けて、だ。クソ)だと決めたのだろうか?
 体を起こして元ウサギ小屋モドキを見やる。するとそこには何一つ変化のない囲いが残っていた。
 驚きの表情を浮かべながらウサギを見やると、俺の動きで目を覚ましたのか、鼻をぴすぴすと鳴らしながらじっと俺を見ている。
 ……まさかとは思うが、いや万に一つくらいの確率だろうが、このウサギはひょっとして、イーサ干渉で何か凄い事を──
「ぅぁふぁああぁぁぁああ、あ。あ~よく寝た。んん? あれ? あ~、なんだウサギそっちいっちゃったの? やっぱり飼い主は判るんだなぁもう。昨日あれだけぼくが横で寝ながら愛を送ってたのに効かなかったよ~。あ~おはようユキヤくん~。ん? どうかした?」
 擬音で表すなら多分、俺の首はぎぎぎぎぎと軋む音を立てていたに違いない。
「…………お前の仕業なんだな」
「ん? なにが? あ~おはようウサギ~。きょうもふかふかしてるねぇ~。このふかふか魔神~」
 ふかふかなんぞどうでもいい。俺の寝惚けた頭が勝手に走らせたこの思考の群れの責任をどう取ってくれるつもりだ。
 反射的にそう口にしそうになったが、その思考こそがまさに寝惚けた頭の産物以外何者でもない事を認識し、首をチャクから正面に戻した。とにかく顔を洗おう。一日はそこからだ。

0014-02 (0029)

「お待ちしておりましたわ」
 出迎えは、朗らかな笑みを浮かべた老女の形を取っていた。本日は宜しくお願いします。深々とお辞儀をする女性に、俺は慌ててチャクを「ぅぁっ」引っ張って出した。
「すみません、講師として来たのは俺ではなくコレなんですが」
「んも何それ“コレ”ってひどいなぁユキヤくん突然ったぁ~~」
「あらまぁ、ごめんなさいね」
 ああこういうのが“花が香る様な笑み”とかなんとか云うんだろうなと思う。どうせ歳を取るのなら、こんな風に重ねていきたいと思わせる人だ。
 チャクに言葉と辞儀を掛けてから、老女は改めて俺を見た。
「では、貴方は?」
「付き添い兼子守です」
「うわぁ、そこはかとなくすらない酷い事云ってるよ」
 お邪魔じゃなければ、と付け加えると、老女は歓迎しますと、また穏やかに微笑った。どうぞこちらへと廷内を示し歩き出した老女に、俺とチャクも倣う。

 この学院は《封歌の庭園》という名前だった(詩的だね、とはチャクの談だ)。俺達の泊まっている宿と丁度同じ横路に位置している。一般的に内区の人間を種とするのが魔術学院というものの性質なのだそうだが(少なくともルアムザではそうらしい)、この学院は、主に外区の子供らを対象にしているとの事だった。
「珍しいんだよ、ホント。ふつうお金がかかるから、小さい頃から魔術の勉強だなんて、良いトコの子くらいしか無理なんだから」
 待合室に案内され、茶を戴いて暫し待つ間、チャクがそう説明してくれた。俺の場合は、昔近所に住んでいた人間から魔術という物の上っ面の方を聞いた事があるだけなので、その辺の事情的な話は良く判らない。そもそも俺の知っている理論が《虹色の夜》を経た地(グローエス)でも共通なのかという点は、多少気にはなるところだ。
「…そういえば」
 カップと擦れて、ソーサーがかちゃりと音を立てた。
「チャクも旅して来たんだよな、船で。その割に、お前随分この国に詳しくないか?」
「んもしっつれいだな。それはぼくが調査不十分のままふらふらふらりとワカメの様に漂って世の中渡ってるって云ってるのと同じだよ?」
「そう云ってる。違うのか?」
 最近ユキヤくんは随分ひどいなぁとしかめっ面を見せてから、チャクはびしりと俺を指差した。
「ぼくだってねえ、自分が初めて赴く先の下調べくらい、ちゃんとやるんだよ。変なコトして死にたくないもん」
 …そうは云うが、俺は特攻癖を前面に押し出した様な所しか見受けた試しがないのだが。
「ほら怖いし、宗教関係なんか特に」
 成程、目の付け所が違うんだな。色んな意味で。

 チャクの指が淡い光を放ちながら印章を刻んでいく。それはチャクの背後にある黒板に書かれた絵柄を丁寧になぞっていた。
「私はもう、術式を扱える身ではありませんから」
 あの待合室で、老婦人はそう云った。理論の教授は自分がやるが、実践部分を頼みたいのだという。今までもそんな調子で授業が行われていたのかと訊ねたら、ほんの数日前までは、専門で講師をして貰っていた人間がいたのだそうなのだが。
「突然連絡が絶えてしまって。お宅の方にも伺ったんですけれども、生憎」
 つまり、(もし講師だった人間が戻ってくるのならだが)一時的な代打(ピンチヒッター)として、魔術講師を捜していたのだそうだ。
 印章を描き終わったチャクがその軌跡の中心をとんと小突くと、掌サイズの小動物が現れた。今日の授業は召喚術の一環だったらしい。教室の一番後ろに居る俺からはよく見えないが、どうやらチャクが喚んだのは、齧歯類に似た動物の様だ。しかし、思い描いた物とは少々違ったのだろうか、チャクの表情が微妙に歪んだ。
 召喚魔術は、イメージが大事なのだという(今し方行われた講義の受け売りだが)。印章を正確に刻む能力(それと勿論記憶力)は当然要求されるもののひとつだが、一番重要なのは、理の流れ(イーサ)を自らの思い描く形に連れて行く手続きなのだそうだ。
 なかなか勉強になっていいな、こういう依頼は。そんなことを考えていると、窓際の一角にいた少年が「せんせい!」と自慢気な声を上げながら直立した。何でも自習の成果を見せたいのだとか。その指先は印章を辿っているが、黒板の物とは少々違う様だ。
 と。感心する様にそれをみていた老女とチャクが、あッと何かに気付いた様に目を見開いた。チャクが立てかけていた杖を取りながら俺を見る。それを受け、俺も小走りに教室の前へ向かう。
 そこで、みしり、と、嫌な音が響いた。
 生徒達が悲鳴を上げる。少年の描いていた印章は一度大きく震えると、その光の軌跡を纏ったまま、大型の四足獣へと形を取っていったのだ。
「ほぼまちがいなく人を襲うタイプだ」
 予断許さぬ様な表情(珍しい)で、チャクが俺に告げる。
「詳しい説明は後で訊く。俺が牽制するから、お前が撃て」
 俺の応えにチャクが頷くのを見てから、腰から脇差を抜いた。
 老女に従って、子供らは不定召喚獣(イーサライズビースト)の対角へ固まった。ケモノは武器を抜いて構える俺達を当面の敵と取ったか、大きく唸ると、俺達へ向かい跳躍した。

「印章による召喚って結局イメージに引っ張られるから、失敗すると術者の脳内イメージがなんとなーく形になっちゃうんだよね」
 あれから。
 なんとかケモノをただのイーサに戻す事が出来てふと辺りを見回すと、机は倒れ(1台ケモノの重量により見事に割れた)、椅子の脚も折れ(チャクがケモノの特攻を喰らって飛ばされた)、床は焦げ(チャクが場所を考えず雷を喚んだ)、そして子供らは泣き喚いていた。
 ケモノとの戦闘よりも、事態の収拾の方に時間を取られ、漸く片づき報酬(講師料というよりは退治料だな)を受け取った時には、既に日が暮れていた。そして、宿まで戻る10分足らずの間に、チャクから簡単な説明を受けていたのだ。
「あの子多分、冒険譚に良く出てくる様な、なんかカッコいいものが喚びたかったんじゃないかなぁ。それであんな形になっちゃって、んで廻りの怯えた感情に流されて、それを喰う側に回っちゃったんだとおもうんだよね」
「…結構厄介なんだな、魔術ってのは」
「んまぁ、そりゃね。イーサ干渉って、魔術だろうと神蹟だろうと結局なんだかんだ云ったって自然に反発するものだし。そうかんたんに出来ちゃったら逆にまずいと思うよ? 下手うったら地形が変わっちゃうなんて事もあるかもだし。《現出》みた──あ! そうだ!」
 人が、珍しく感心をしていたというのに。こいつは自らそれをひっくり返してくれた。
「ちょっと部屋着いたらウサギじっくり見せてよ。んもうぼくあそこでウサギに似たの喚ぶつもりだったのになんであんなにぶっさいくなネズミとカエルのあいのこみたいになっちゃうのかなぁもう~」
 まぁチャクはこの方が“らしい”な等と思いながら、宿の戸口をくぐった。さて、当のウサギは大人しくしていただろうか。

0014-01 (0028)

「だいじょうぶかなぁ、あれで」
「街中程度ならともかく、ここに連れてくるわけにも行かないだろ」
「そうだけどさぁ」
 ルアムザは、大きく『外区』『内区』に分かれる。街の中央に、五王朝の中心たる宮殿“ロベルアムザ”を据え、そこから円を描く様に“横路”が、その円を8等分する様に“外路”が走る。内区はこのうち横路の内より3本目まで、それ以降を外区と呼ぶのだそうだ。内区は主に政治の中枢機関と貴族階級の住まい、外区には一般住居や酒場が並ぶ。そしてその境目に市場と、ルアムザという都市の性質を決定づける様な施設群──魔術学院が建ち並ぶ。とのことだ。俺達が寝泊まりする為の宿は、境からほんの少し外区へ入った所に有った。
 チャクが心配している原因たるあのウサギは現在、エサと水を床に置き、その廻りに囲い(のようなもの)を作って置いてきていた。しかし、豪気な事にペット可の宿だとは思わなかった。躾も済んでいないというのに良いのか? …いや、躾というものが必要なのかどうかすら、今の俺にはよく判らないんだが。
「んん、さっすが学院の多い所だよね。なんかこう、知的な依頼が多い様な気がする」
 護衛・討伐がメインだったテュパンに対し、ここ、ルアムザ斡旋公社──さすが首都だけあって、五王朝主要都市にある斡旋公社の総元締めだ──の依頼には、「自身の研究に役立つ品を持ってきてくれ」という類が圧倒的に多い。だがそれらに並ぶ品は、まるで俺の耳に届いた事のないものばかりだったので、当分その依頼は受けられない様な気がしたが。
「何か、お前に判りそうなのは有るか。こんな依頼群だと、俺は多分役立たずだろうからな」
「ええ~。いいじゃんいいじゃん、ユキヤくんもちゃんと見てよ。なんか良さそうなのあったらぼくに訊いてくれるとかでいいしさ、んね、ね?」
 チャクは“流れ流され”を信条とでもしているのか、どうにも他人に行動を依存する事が多い。つまりこいつが積極的にパーティを組もうとしていたのは、自身の行動にそういう方向性がある事をしっかり認識しているからなのだろう。…職業冒険者として、その傾向は危ういのじゃないかと思うのだが。
「──」
 ともあれ、ざっと依頼群を眺めてみる。××石を捜しています、○○山産の水晶求む!、**の依頼承ります……これはつまり実験台募集か。
「…ん」
 《魔術講師代行願う。魔術の講義と実践。魔術師の方限定でお願いします。》
「チャク、これ」
「あ、なんかあった?」
 どれどれと、俺の指差した紙を眺めるチャク。と、みるみる表情が歪んだ。
「…ぅぇえ。本気?」
「偶にはお前、人の役に立っても良いだろ。せっかくクラス登録がメイジ」
「サマナー! 召喚師!」
「…同じ魔術師ギルドなんだろ? だったらいいじゃないか」
 んんんん~。腕組みなんかして、真剣に悩み始めた。何がそんなに嫌なんだ?
「…そういえば」睨める様に、チャクは俺を見上げた。「ぼくがこれやってる時、ユキヤくんは何するの?」
「え?」
 …確かに、魔術理論の理の字くらいが何とか判る程度じゃ、見事に完全役立たずだ。と、ふととある単語が浮かび上がった。
「……まぁ、付き添い、だな」
「ぼくこれ自分からやりたーいって云った訳じゃないんだけどなぁ~」
 ぶつくさとぼやきつつも、チャクは紙をとって受付へと向かった。これはなかなか、見せ物としては面白くなるかもしれない。

0013-03 (0027)

「“シフォーラビット”っていうらしいね。分類上は」
 何が面白いのか、俺の後をぴょこたんぴょこたんと付いてくるウサギ。体長40cm強。耳を入れたらもう少し伸びるだろう。
 一体何がどうなったら、卵から孵ったばかりの物体が即座に動けるどころかこんなにデカいんだ(何せ、卵のサイズ自体には特に変化が見られなかった)とか色々云いたい事は有ったが、全て“《虹色の夜》由来の突然変異”で片付ける事にした。いちいち考えてたらやってられん様な気がする。
「んね、どうするのユキヤくん? このこ、このまま連れてくんだ?」
「まぁ本人が付いて来てる間は、せめて面倒くらい見るつもりだが」
「へぇ、見かけによらず律儀なんだねぇ、ユキヤくんは」
 テュパンでペットフード(その名も「タマまっしぐら」。名前から想像する通りの猫用というわけでもなく、愛玩用ディオーズ全般向けとの事)を安売りしている店を見つけ、2・3食程度買い置きをしてから、街道へと出た。向かう先はルアムザ。五王朝の首都グローエス国の中心に位置する都だ。
「んでもホントびっくりしたよ。ユキヤくんにそんな趣味が合ったのかと思っちゃった」
 どんな趣味だ。
「んね、ぼくの卵は何が孵るかなぁ? 邪魔そうだけどちょっとドキドキだよね~」
 話に聞く限り、卵からは必ずこのウサギが孵るという事はないのだそうだ。それは例えば別のディオーズ(ピクシィとか)であったり、珍品の類であったりするらしい。その話を聞いた時、どうして俺の卵はアイテムじゃなかったのだろうと真剣に思ったものだ。
「そうだそうだ。名前付けてあげようよ名前。何が良いかな~。ふわふわっぽいのがいいよねぇ」
 どうせならこの男が飼い主だった方がよかったのじゃないかと、この構い方を見ているとつくづく思う。とはいえ、このウサギを見た時のチャクの歓声後第一声は「燻製にでもするの?」だったのだが(「ええ~、だって旅に出るって云ってたからさぁ~」と本人は云い訳していたが怪しいモンだ)。
「ええとねぇ、んとねぇ。そうだ! “アカフハフ”ってどう!? ふわふわっぽくない!?」
「却下」
「ええ~」
 いくらなんでもその無理矢理な語感だけの名前、(付けるのはまだともかく)呼びたくはない。第一云い辛い事この上ない。

 その後何度かチャクの命名案を却下しつつ(どうしてこいつはまともそうな名前を挙げてこないんだ。わざとか?)、現れたディオーズを伸しつつ(チャクが雷で威嚇して終わったが)、日が変わる前に、無事にルアムザに入る事が出来た。
 冒険者専用木賃宿は、ウサギの持込みが可能なんだろうか。

0013-02

 うっわー! 叫び声の割に声量の小さなそれに起こされた。市場で競った品(といっても薬草)と、出品したもの(先日の木材)の料金を受け取りに行って一寝入りしようとベッドに潜り込んだのが多分6時少し前。現在時刻は、と部屋を見渡して、室内には時計が無い事を思い出した。
「ちょっと! ユキヤ! どうしよ! えっコレ何ッ!?」
「…リトゥエか?」
 どうやら騒ぎの主は、神出鬼没のこの流翼種(フェイアリィ)の様だった。まだしゃっきりしない頭を無理矢理起こし、掛け布にくるまりながら立ち上がる。
 そして、唖然。
「……………いつ拾ったんだ?」
「私より大きい物を、私がどうやって拾うの!」
 そりゃそうだ。しかし目の前の物体を見たら、誰だって現実逃避したくなるのじゃないだろうか。
 物体。
 淡いブルーグレーの体毛。
 ふわりと丸まった尾。
 くふくふと動く、薄ピンクの鼻。
 あたりをきょときょとと見回す青い瞳。
 そして、長い耳。
「………ウサギ?」
「孵ったんだよ! ホラアレ! 卵!」
 ──なんだって?
「ちょっと待て、なんだ、グローエスじゃウサギは卵から孵るのか?」
「そんなわけないでしょ! …あっいやでも今この子は卵から孵ったんだけどえっとでも」
 …状況を、整理しよう。
 目の前にはウサギだ。卵から孵ったとかいう辺りは取り敢えずどうでもいい。現在2足歩行をしながらふんふん辺りを見回すこのウサギ、多分分類上はディオーズの一種なのだろう。とすると、良く市場で流れている、愛玩動物としてのディオーズ、に、なるのだろうか。調教師ギルドなんてのはコイツらを使役して、戦闘に使える様にも出来るらしいとかって話だ。いやそこは取り敢えず良いんだが。
 …そういえば、結構高値で取り引きされていた様な。
「…売るか」
 寝惚けた頭で出た解答に、リトゥエが大きく騒ぎ出した。
「ええっ、いきなりその結論に行くんだ!? オニ! アクマ! 人でなし!」
「飼い方が判らん」
「その位! エサあげて遊んであげれば良いのよ!」
「…何食うんだ。野菜でも適当にやってりゃいいのか?」
「わかった! リトゥエさんに任せなさい!」
 お前が食われるのか? そう云いかけた俺に、「調べてきてあげるわ!」宣言したリトゥエは、そのままぴゅーっと窓から(文字通り)飛び出して行ってしまった。
 残された、俺と、ウサギ。
「……どうしろと?」
 掛け布にくるまって寝惚け眼で多分寝癖で跳ねた頭の風体の男が、ウサギとお見合い。…なんと奇抜(シュール)な絵面か。
 テュパンの観光協会は一体、何故こんな物押しつけくさったんだ。溜息を吐き出したところに。
「あー! ユキヤくん! なにそれそれなに!? うっわー! ふかふかだ! うわー!!」
 煩いのが、満を持して戻ってきた。

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