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2004年05月01日

0004-01 (0008)

「ルリエフナイト、という」
 ゆっくりと姿を現していくそいつに目線を据えたまま、ベルグが俺に告げる。
「アレは見ての通り装甲が硬い。お前の小刀程度ではろくなダメージは通らんだろう。俺が魔法でしとめる。お前は俺の壁になれ」
 勝手な事を云い放つと、ベルグは俺が文句を云う隙間も許さずに、詠唱準備に入った。
 海中からやって来たそれは“ナイト”と冠されてはいるが、まぁ、ぶっちゃけた話“カニ”だった。ただしその身体を覆う甲羅は食欲をそそる赤ではなく、陽光を多分に反射し(それは頼んでもいないのに、西日の強さをこれでもかと教えてくれた)薄く朱に染まっている。多分日中の光には青白く――曇らせた白銀の様に見えるのかもしれない。そう、騎士の甲冑さながらに。成程そう考えると、この巨体(俺が3人並べる程の横幅がある)に相応しいサイズの鋏は、騎士の持つ槍と評してもおかしくはない。
 勿論、勿体ぶった説明を付けたところで、カニはカニだが。

 簡単に片付けてしまったが、戦闘はといえばそうは問屋が卸さなかった。俺が先程内心呟いた声を聞いたのか否か、ベルグの放った雷撃呪文(プラズマハープーン)は、騎士、いやカニの甲羅を一直線に目指したものの、その鈍く輝く白銀(さすがにこの装飾過多な云い回しにも飽きてきたな)に、見事な屈折率を見せられたのだ。何故先刻の海老の様に焼いてやらなかったんだと心中で悪態を付きながら、俺はやや大仰にカニの前に立ち塞がった。
 ベルグの云うとおり、俺の構える小刀ダガー程度では何の役にも立たない。通って目玉位だろうが、それを狙っていける程の腕は今の俺には(悔しい事だが)無い。となれば、俺の集中すべきはあのバカでかい鋏ただ一点。アレの目標になりながらも、出来る限り自分へのダメージを低く抑える事こそが、今俺に出来る役目だ。
 カニの初撃は、まずその分厚さを利用した打撃だった。標的になるべく小刀を振るった直後、すぐさま腕を縮め、やってくるであろう荷重を減らす。重く痺れの来そうな一撃ではあったが、これはしっかりとした認識を持ったまま堪えられた。そして背後から俺を飛び越える様に冷気が走る。――それに、俺の意識が緩んだ。
 思えば、この講師陣が何かやらかした後何事も無く向かってくる魔獣というものに、俺は出会った事が無かったのだ。全て一撃の元に屠られ、飛ばされ、或いは焼かれ――後には死骸が残るのみ。
 しかし、何事にも例外という物はあり、今回はそれが当てはまった。
 冷気に晒され一時動きを止めたカニに息を吐いた数瞬後、尖った切っ先が腹を抉り込む様に唸りを上げた。当然崩れた状態から防御に持っていける余裕は無く、思わず翳したダガーがカニの腕(…と云うのだろうか)を多少かすめたのとほぼ同時に、俺は見事に吹き飛ばされた。腹の熱さが痛みに変わる直前、倒れた俺の頭上を今日2度目の炎が走った。そして今度こそ、カニは息絶え、動きを止めた。
「まぁ、気を失わなかっただけ上出来だ」
 回復薬らしい液体の入った小ビンを俺に投げて寄越すと、ベルグは何事もなかったかの様にカニの死骸へと近づいていき、その鋏をもいだ。今回の換金アイテムは、俺の腹(と、弓と同時に買った鞣し革の服)を抉ったあの憎々しい鋏であるらしい。
「動けるか?」
 なんとか、と答えると、用事は済んだから戻るという。その意見には全く持って賛成(何せ、この抉られて出来た上衣の大穴をとっとと直さねばならない)であったので、一も二もなく付いていく。
「そうだ、云い忘れていたが」
 俺の腹を見ながらベルグが云う。職人系クラスの人間がパーティに居れば、こういった修繕を旨くこなしてくれるのだという。成程、俺に出来る修繕なんて、この穴をなんとか塞ぐ程度だが、専門知識の有る人間には、新品の様な状態に持っていく事も可能だろう。他、商人系クラスの人間が居れば、戦利品の換金や装備の下請けに有利であるとか、突然生活密着型の情報を教わった。同時に、メンバーが多い事での簡単な気の遣い方も。…まさかこの男に気遣いを説かれるとは思わなかったが。

 洋館に着くと、ベルグは「メイアに鋏を売ってくる」と、すたすた先に行ってしまった。そういえば昨日のハナさんもあの椰子の実を「メイア」に渡すと云っていた。…道具引き取りの人員に、メイアという人でも居るのだろうか。
 勿論、今の俺にはそんな事よりも服の修繕の方が大問題であったので、早々に部屋に引き籠もった。明日までにはなんとか形にしないといけない。

0004-02 (0009)

 奇跡だ。まさか、30分で講師が来るなんて。

 いや、解っている。普通人を待たせるにあたり、30分でも長すぎると思うなんて事くらいは。しかし一昨々日に1時間、一昨日は2時間、そして昨日の3時間――いくら俺でも快哉を叫びたくもなる。
 昨晩大人しく修繕を行っておいて良かった。もし2時間(平均を取った)も待たされるのであれば、その時間を使った方が効率も良く、また睡眠時間も長く取れるはずだ。一時そう思ったのだが、それを(結果的に)留めたのは、同室の男だった。
 俺が部屋に戻ると既にふんふんと(昨日同様)読書をしていたチャクは、「おかえりー」と挨拶するやいなや、上衣に開いた穴に興味津々たる声を上げた。説明を求められ、今日あった事を話して居たのだが、いつまで経っても矯めつ眇めつ穴を見続けるチャクにうんざりしてきて、服をひったくる様に奪ってから修繕を始めたのだ。
「ああごめんね、直したかったんだ。そりゃそうだね~」
 買ったら高いしねぇ。のほほんと云うチャクに、コイツがパーティメンバーだったとしたら、まぁ特に気を遣う必要はなさそうでいいかもしれないなどと、(針を動かしながら)ぼんやり思った。ただ単に感情のベクトルを無理矢理上方へ持っていっただけかもしれないが。

 話を今日に戻そう。
 今日の講師はジャネットと云った。「探索の基本」という講座名が示す様に、探索用と思われる道具やらをごてごてと装備して、それをじゃらじゃら鳴らしながら前方を歩いている。話によれば、これから洞窟に向かうらしい。
「ちょっと生活じみた話になるけれど」
 冒険者として登録したからには、やはり何らかの目的が有るものだ。それは金品であったり、好奇心を満たす為であったり、俺より強い奴に会いに行くなんて物であったり。その代表的(と思われる)目的の1つ1つに簡単なアドバイスを頂戴した。主に斡旋公社の利用と道具の個人売買の話だ。
 そんな話を聞きながら岩場に差し掛かった頃、ふと「そこ危ないわ」と前方から声。え、と思う間もなく、足を降ろした岩が崩れ、前方に向かって華麗なダイビングを決めてしまった。
「ごめん、遅すぎたわね」
「いや、俺の不注意ですから」
「ん、でもね」
 彼女も俺同様探索系ギルドの人間ではあるが、“スペランカー”というクラスで登録されている。その名の示す通り、洞窟系の探索に優れているのだそうだ。そういうクラスの人間をパーティに一人入れておけば、こういった探索ではその知覚力に信頼を寄せられるという。逆に、対象クラスたる人間は、その信頼になるたけ答えようとするべきだろうと、ジャネットは云った。
「それで、どこまで話したかしらね」
 そうそう道具の話、と、彼女は腰にくくりつけられていた小袋の1つから、握り拳程度の石を取出した。道幅らしき物が狭くなるにつれ段々と脇に迫ってきていた岸壁に、その石を叩きつける。すると、石の廻りが俄に明るくなった。ランタンや松明と比べ明らかに小型で手軽なこの石(輝石というそうだ)は、今回のような洞窟探索時等に重宝するらしい。《虹色の夜》以降、確かに妙な事は増えたというが、斡旋公社の充実やこれらのアイテム等、職業冒険者にとってはいい環境と云えるんじゃないだろうか。
 暫く歩くと、空虚な穴に出会った。ぱっと見1つの穴に見えるのだが、どうやら二叉路になっている様だ。ジャネットはどちらに進むかは俺に一任するという。ヒヨコにそんな事をやらせると言う事は、彼女はこの場に何度も訪れているか、事前学習の様な事をしてきているかのどちらかだろう。
 とはいえ、自分の責任程度自身で負えないようでは、今後冒険者としてやっていく上で危険に繋がる。気持ち緊張してから、選択を告げた。

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