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1997年05月

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5月22日──陰界・龍城路

 その後何事も無く、リトルと俺は龍城路の街──重慶花園の出口へとたどり着いた。
 勿論、七宝刀を持っている以上、俺独りでも胡同から出る事は出来る事になる。しかしそれが彼の仕事だ。そのプライドに俺は準じた。
「次に胡同に入る時には、ちゃんとあんた名義で雇ってくれよ」
 えび剥き屋の前まで来たところで止まり、リトルはビークルの向きを180度転換させた。
 彼はこれからもう一度重慶花園に潜り、鏡屋のナビに行かねばならない。
「そうだ、どうせあんたこの辺りの胡同、全部巡るってことになるんだろ?」
 リトルは気楽な声で俺に問いかけた。
 確かに鏡屋の台詞を鑑みるに、(まったくもって嬉しい事じゃあないが)どうやらひとつずつ巡って、邪気だ鬼律だと格闘しなければならなくなりそうだ。
「…かもな」
 曖昧に言葉を返した。<出来ればそんな面倒な事にならなければいい>という希望を多少、込めて。
「そんじゃ依頼人があんただったら、その地域の全胡同一括契約にする様に社長に云っとくよ。それでいいかい」
「料金は」
「一個ずつ巡るよりはまぁ、多少割安だぜ。ああそうだ、あんたにはこっちのがいいのか」
「何だ」
 脳内で手持ちの紙紮を勘定していたところに、リトルからの意外な一言がきた。
「金のかからない方法だよ」

「へぇ、そんなのがあるんだ」
 少年は、えびの殻を剥きながら、そう感想をもらした。
「要するに、両方良いとこ取りになるんだよな。俺だったらどうなるんだろう。えびを剥いてやる代わりに獲ってきて貰うとかかなぁ?」
「えび剥き位、誰でも出来るんじゃないか?」
「甘いなぁ。これだって色々コツがあるんだよ。俺、一応プロだよ?」
「手伝い、なんだろ」
「キャリア考えてよ、キャリア。俺、生まれた時からえび剥き屋なんだからね」
 リトルと別れてすぐ、えび剥き屋の子供に出会った。重慶花園への出入り口が袋小路にあり、しかもその道なりにえび剥き屋が有る以上当然だが。
 呼び止められた俺は、世間話宜しい会話に興じ、そして案内屋との契約内容をおおざっぱに話して見せたのだ。
「けどさあ、いい手だと思うよ。案内料と邪気封じ料と、チャラにしようってんだろ?」
「まあ、元々俺は料金を貰おうとしてた訳じゃないからな。その辺は、案内屋が気を利かせてくれた様なもんだが」
 大体料金を取るとしても、さてそいつをどこに請求したらいいのか甚だ疑問だ。
「一応、規定としてあるらしい」
「規定?」
「"案内屋の案内により、案内屋自体が多大な恩恵を被る場合"なんていう、但し書きの一文だそうだ。──まあ、書類やらで見せられた訳じゃ無いから、実際は甲がどうで乙がどうでって云い回しなんだろうけどな」
「ふうん? 俺にはあんまりピンとこないや」
 そういえば、と、彼は続けた。手は相変わらずえびの殻を剥き、笊により分けている。
「これから、あんたどうするんだ?」
「取り敢えずは錠前屋だな。鏡屋の事を知らせなきゃならない。後は──鏡屋が戻るまで、俺に出来る事でも探すしかないな」
「じゃ、ぜんまい屋に行くと良いよ」
「何かあるのか」
「鏡屋の向かいなのさ」一笊分のえびをむき終え、腰掛けていた柵の縁から少し勢い付けて降り、通路の先を指差して見せた。「ここをまっすぐ行くと、シャッターがあるだろ? …ええと、シャッターの向こう側、どの辺まで判る?」
「歩くだけならある程度彷徨いたが、どこが何屋なのかはさっぱりだな」
「なんだ、あんたあっち側殆ど知らないんだね」少年は、何故か心底楽しそうに笑ってみせた。「シャッター超えてそのままびん屋の前を通り過ぎて行った突き当たりが鏡屋さ。ぜんまい屋はその左隣、角に店を構えてるんだ」
「で?」
 どうしてそれを勧めるのか。短く先を促した。
「ぜんまい屋は、ここのKn(クーロネット)の管理をしてるんだ。鏡屋が戻ってきたら、それをメールして貰えばいいよ。そうしたら、あんたがどこにいたって、平気だろう? 良いアイデアだと思わないかい?」
「ちょっと、待ってくれ」
 また、知らない単語が現れた。前後の話から、おおよその予想は付けられたが。
「そのネットって云うのは、誰でも出来る物なのか? IDだパスだ使用契約だのの手続きは要らないのか」
「陽界にはKn、無いのかい? まあ詳しい事はぜんまい屋で訊いてよ。俺も詳しいところまでは知らないしね。それはぜんまい屋の仕事だから」

「あんた…胡同に入ってもなんともなかったのか」
 まず錠前屋へと報告に向かおうと思っていた俺は、えび剥き屋からの細道を抜けたところで男の声に呼び止められた。
 黙って通り過ぎるのもあれだと思い、そこで足を止めた。
 声の主は、編笠を深く被った、痩せぎすの男だった。大きめの壺の間に挟まる様にしゃがみ込んだまま、頭だけが俺を向いていた。
「取り敢えず、生きてここに戻って来られた程度にはな」
「胡同なんて…怖くて、俺はもう…何年も入った事ないのに……」
「わざわざ必要のある場所じゃないんだろ? 俺はそう聞いてるが、あんたあそこで商売でもしてたのか」
 男が心持ち俺の方に身を乗り出した様に見えた。
「なぁ」躊躇いがちに、口を開く。「富善苑(フーシンコート)って知ってるか?」
「いや」肩を竦めてみせる。「聞いた事もないな。何せ、まだ陰界(ここ)に来てから1時間と少しの、新参者だ」
「なんだ、知らないのか……」
 それきり、男は黙り込んだ。話す気配が無くなったと感じた時点で、俺は踵を返した。
「…永直…」
 人の名前だろうか。先程の男の声だった。
 やけに思い響きの音を背に、その場を後にした。

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5月22日──陰界・龍城路

「そうか、鏡屋は無事なんだな。それは良かった」
 重慶花園での一幕を簡単に語り終えた後の錠前屋の第一声がこれだった。
「これから、どうするんだ?」
「鏡屋が戻ってくるまで特に何も無いが…まあ、適当に辺りを散策でもしてるさ」
「なら、フロントの様子を探ってみるといい」
 そういえば、リトルとの話の中でも出てきていた。
 フロント。陰界九龍城の中心。
「あそこは全ての街の中心だ。他で何か有れば、フロントに必ず情報が来る。…邪気が蔓延してるのは、龍城路に限った事じゃないらしい。七宝刀なら、大概の邪気の元はどうにか出来るはずだ」
「フロントってのは、今は無事なのか」
「さあ。取り敢えず変な話は聞かないが──そうだ、フロントへ向かう前に、まずぜんまい屋に行くと良い」

「Knについて、と云われても…俺は、全部なんてとても把握していないよ」
 ぜんまい屋は、(少なくとも商品を床置きにしていた錠前屋なんかと比べれば)“店を構える”という形容が似合う程度には、店舗然としたものを構えていた。
「ただ他の連中はあまり使うつもりが無いようだし、俺はお得意がこの街じゃないから、それでKnを使う機会が多かっただけなんだ。
 それで気付けば他の連中のメールまで管理させられてるような状態で」
 全部なんて俺も(冗談じゃないが)把握したいと思わない。ただ、メールやなにかの使い方だけ軽く知りたいだけだ。そう伝えると、錠前屋はほっとした様に喋りだした。
「カードが要るんだ。フロント辺りに行けば手に入る。そのID宛に言葉を入れたり出したりするだけだよ。難しくはないんだ」
 なのに、街の連中と来たら。そう続けるので、そこから先は愚痴の領分だろうと、勿論そんなもん聴きたいとも思わない俺は慌てて遮る。
「運営会社みたいなのに登録でもすりゃ良いって事か? 陰界の人間じゃなくても、なんとかなるのか」
「会社っていうか…Knで広告とか店みたいなのとか…そういうのやってる所では新規で発行してるんだろうが…俺達のは、あまり良くは」
「良くは?」
「気付いたらあったからなあ。判らないんだ」
 気付いたら、だと?
 首を捻っていると、だからさ、と軽く声を掛けられた。
「あまり…深く考えたこともないんだ。KnはKnだよ。それで俺達は困らないし…」
 それでも詳しいことが知りたいんなら、やっぱりフロントじゃないか。あそこは雑多な人間が集まりやすい。
 街毎にある程度棲み分けがされているそうなのだが(例えば龍城路では部品の雑貨取り扱いを営む者が圧倒的に多い)、全ての中心とも入口とも云われるフロントなら、例えばKnの何かを生業にしている人間も要るんじゃないか。そういう話だった。
「フロントには、どこから?」

「兄さん、生きてたのか…」
 くつくつと、びん屋が嗤った。
 ぜんまい屋の云っていたフロントへの通路、それがこのびん屋の前のシャッターだった。丁度、俺が陰界からやってきた時、《道》が通じていた場所。
「お陰様でな。フロントってのはここの道から行けるんだろ? 開けて良いのか」
「あんた、フロント行くのか?」
 否定も肯定もせず、シャッターの方へ歩き掛かった俺の背に「いい話、訊かせてやろうか?」そう声が当たった。
「…いい話?」
「ああ。三尸(サンシー)だよ」
「死体が、なんだって?」
 食いついた、そう見られたのだろうか。びん屋は大層おかしそうに口元を歪め、ついでに俺の精神を逆ベクトルに歪ませた。
「邪気で出来た尸(しかばね)が、3つ、こっちの方に来たそうなんだ…。てっきりアンタ、それを集めてるんじゃないかと思ったんだが…金になるらしいじゃないか。剥製屋もなかなかやる…」
 ―――龍城路に現れた、3体の邪気の固まり。そいつを剥製屋が金を使ってなんとかしているらしい。そう勝手に解釈する。
「それで?」
「捕まえに来た奴ら、皆胡同から戻ってこない…俺の三尸用の瓶もな。三尸は三尸の瓶じゃないと捕まえられないんだ…剥製屋がみんな持ってっちまった」
 ―――金を稼ぎたいなら、まずフロントで剥製屋に行き、この“三尸捕獲コンテスト”(勝手に付けた)でもやったらどうだと。まぁ、大方そんな所だろう。
 大体のところが(不本意にも)理解出来たところで、俺はもう一度背を向けた。
「気が向いたらな」
 云って、シャッターに手を掛けた。フロントへ向かう為。

 この時は本当に、なんの気にも留めては居なかったのだ。

at first@はじめに (00)

  • 面白半分に、クーロンズ・ゲート本編(つまりは、ゲーム内容)を小説っぽくしてみよう計画です。
  • 俺設定がじゃんじゃん出てきます≒オリジナル設定から敢えて道を外れている箇所が多分に存在します。以下例。
    • 愛萍が風水師の昔の彼女(のっけからこんなか)
    • 会議が必要以上に胡散臭く「組織」然としている。
    • 水銀屋が最初から完全に旅立ってます(精神的に)。
    等。
  • 上記「俺設定」には、オリジナル設定に対して何とか理屈をこねくり回して説明付けようとした「俺脳内設定考察」な面も多分に登場します。以下例。
    • Knの成り立ちから現在の体系まで。
    • 案内屋の体制と、彼らと胡同の関わり方。
    • ジツは愛萍は(略)
    等。
  • 目標は1年で4回くらい更新する事ですが、1回でも有ればもうけ物です(断言するなよ)。
  • 窓OSで、ネスケ以外は一応チェックしてます。
  • 紙屋ネタからは全く独立しています。というかむしろ、こっち側が俺脳内での'970522。あっちはパラレルの更に先。
  • 当然ながら、これら俺設定は、第三者に押しつける為に存在するものでは全くありません。
    黄緑色の邪気が胡同の一角に有る様なものだと思ってください。歩いてるとちょっと目に付くけどシカトゾーンみたいな。
  • 感想なんか戴けるとすげー喜びますのです当然。その為の媒体には拘りません。トップのツッコミ板だとレス早め。
    小話の感想より、「こねくり回し俺考察」の理屈付け(笑)に付き合ってくれる人も大募集ー。
  • …ええとその、本当に更新遅いんで……ゆっくりまったりのんびり10カ年計画くらいで(長すぎ)

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