Entry

2004年04月

0002-02 (0005)

 一寝入りして起きたら昼を回っていた。この洋館に戻った段階で日付を回っていたとはいえ、見事なまでの寝過ぎだ。そういえば船を下りて最初の夜だった事に気付く。自身は高揚していて(多分。そうでないと説明が付かない)気付かなかったが、しっかりと疲労が溜まっていたという事だろうか。そんな事を考えながら気持ち慌てて受付に行き、二つ目の講座を申し込んだ。
 昨日は気付かなかったが、この建物には外からの規模に相応しいだけの客間や寝室が備え付けられている。客間に限っても、俺が昨日通された他に少なくともあと10は軽く有るだろう。つまりそれだけ需要が有るという事で、俺が昨日ここで自分以外の受講者に会わなかったのは入れ替わり立ち替わりが激しいからで、つまり空いている講師=熟練冒険者が少ないのだろう。
 だからきっと、今現在でそろそろ2時間茶を飲み続けているという事態は、なんらおかしい事は無いのかもしれないのかもしれないが。

 講師たる人間がやってきたのはそれから更に十数分後だった。講師を連れてきた受付の女性は息を切らせていた。そういえば昨日もそんな感じだった様な気がする。やはり空いている講師が少ないという結論で正しいのかもしれない。だからって、2時間待たされた気分が落着くかと云えば、そうでもないわけだが。
 今、俺は講師――ハナさん(身近で「ハナ」と呼ぶ相手がいた所為で、どうにも名前に慣れない)とふたり、海辺へと向かっている。最近現れたという小島に生えた椰子の実を採るのだそうだ。
 今回、道中は講義ではなく、終始世間話に費やされた。講義らしきものは、あの客間で茶を飲みながら一通り行われている。自身が戦闘で身につけた特技スキルを、その後どう活用していくかという内容だ。それはつまり、自分がしっかり今後のヴィジョンを持ちながら行動しなければ、意に添ったスキルを身につける事は出来ないという事だ。道中、キミは確かにスカウト系向きだねと云われた。道すがらの会話から、彼女は俺の向き不向きを看破でもしたのだろうか。だとしたら俺は相当「読みやすい」人間という事になるが…少し自分の行動を改めた方が良いかもしれない。

 そこは「小島」というより、「引き潮で現れた砂地」という程度の場所だった。これを島と呼ぶのはさすがに憚られる気がする。
 沖合のその島まで向かう途中(なんと徒歩だ。水量が膝上程度だったからまだ良かったが)、ふとハナさんが「蚊がいるから気を付けてね」と漏らした。蚊ぐらいどうとでもと思ったところで「ぶーん」という独特の羽音。
「ホラ来た」
 声に振り向いた俺、唖然。明らかに想像していたものの十数倍の大きさだった。
 弓を構える前に「ちょっと避けてね」との声。慌てて腰を落とすと、頭上を空気の固まり(竜巻に近い)の様な物が奔ったのが解った。それは前方の海蚊シーモスキート目指して一直線に進み、粉砕した。
「例えば」
 剣を収めながら、ハナさんの講義が再開された。スキルと武器はほぼ1対1の関係にある。例えば小回りの利かない両刃剣で懐に潜り込んで急所を突く様な真似には適さない、というような。
「今のアレだって、こういう形の剣だから出来たまでだしね」
 せっかく身につけたスキルを生かすも殺すも自分次第なのだと諭された。それと、臨機応変という意味の重要性を。
「ほら、向こうからまたお客さんが白波立ててやってきたわよ。…その弓でいいの?」
 さすがに、突撃してくる鮫に向かって弓を構える気は起きない。腰にくくり付けていた小刀を手に、白波に向き直った。

0003-01 (0006)

 向かって来たのは大型の魚が2匹とやや小さめの鮫だった。
 大振りだろうと魚は魚、小振りだろうと鮫は鮫だと小刀を握りしめたら、横からコイツらの弱点は雷なのよなんてのほほんとした声。いや今そんな事云われたって俺にそんな器用な芸当は――と思ったら、光が奔った。

 ――つまり俺がこの日学んだ最大のポイントは、この講座の講師たる人間達は、「ああ俺もいつかあんな技を持とう」とか「いつかあんな風に強くなろう」と思わせようとする反面、「自分で戦わなくてもコイツらが何とかしてくれるからいいや」という、妙な依存心を強めるのじゃないのか、ということだ。魚類の真白い腹がぷかぷか3つ並んで浮かぶ様は、なんというかとてもシュールだった。
「さあ、あの椰子の実を採りに行きましょうか」
 全部を全部おんぶにだっこという訳にも(俺の気持ちが)行かなかったので、採取作業は俺が引き受けた。椰子の実は一般的なものよりもやや大きめで、実がしっかりと詰まっていそうだった。帰りに話を聞いたところ、今は物珍しさからそこそこ高値で売れる(養成所が買い取る)そうなのだが、この椰子の実は毎日必ず実を付ける為に、そのうち価値が薄れるだろうとのこと。しかし、食料としてはまずまずの品になるのじゃあないだろうか。まぁ、椰子の実で飢えを凌ぎたいとは余り思わないが。

 洋館に付いた時は、既に夜半を回っていた。受付がまだ開いていたので(随分遅くまで開いてるな)、明日の分の講座を申し込んでから、宛われた寝室に向かった。

0003-02

 寝室には、何故か知らない男が居た。
「あ~、ひょっとして、同室のヒト?」
 昨日はツインのこの部屋を一人で使うなんて優雅な状態だった。しかし入れ替わり立ち替わり以下略の状態では、この状況の方が相応しくはある。
 先客(部屋を使用したという時間的には俺の方が先客ではあるのだろうが)は、片方のベッドにごろりと寝っ転がり、持参しているらしい本をベッドの上にあちこちちらばせながら、読書を堪能していた様だ。
「ああ。宜しく」
 答えて、自分の荷物を漁り始めた。替えの服とタオルを探す為だ。早いところ埃を落としたい。浜で大分砂が入った。
「宜しく~。ぼくはメイジのチャク。きみは?」
 目的の物を手に取ってから、振り向いて答えた。
「ユキヤ。スカウトだ」
「へぇ、あんまり聞かない響きの名前だね。よそから旅してきた人?」
「船で。着いたのは昨日…いや、日付が変わったな。一昨日の朝だ」
「そっか。じゃあひょっとしたら同じだったのかな。ぼくも船なんだよね~、や~長かったよ~。ぼくもえ~と、一昨日。一昨日だね。それで着いたんだけどね、一日テュパンを観光して来ちゃった。さっき講座の最初のやつ受けたばっかり。んも長いよね。ぼく午前午後で一個ずつくらいとか思ってたのに、当て外れちゃったよ」
 この調子じゃ何日かかるのかなぁと、チャクは指折り数え始めた。随分のほほんとした中身のヤツだ。顔立ちがそうのんびりにこやかという風合いでもない事に、少しギャップを感じる。
「ユキヤくんは、こっちに直接来たの? んじゃあ2個目が終わってたりする?」
「ああ、今し方」
「そっか~。んじゃあ終わるのそんなに変わらないよね。一日違いになるのかな。講座の後って、どっか行くとか決まってたりする?」
 別に、と答えると、チャクは「それじゃあ」と切り出した。
「ぼくとパーティ組んでみない? ぼくも取り敢えずどこに行こうとか決めてないから、暫くはテュパンをうろうろするんだと思うけど。どうかな。スカウトとメイジだったら、んまぁそんなにおかしくもないと思うんだけど~」
「…また、随分急だな」
 別に一人旅に拘りがある訳じゃあないから、その辺は構わないのだが。しかし出会って5分程度の人間に突然持ちかける様な話ではないだろう。
「んでも、街の酒場で募集かけるより、今だったらホラ、お試し期間ていうのかな? こう、行動を共にするにあたっての向き不向きみたいなものが実践の前に解って良さそうだな~って思うんだよね。だからえ~と、ユキヤくんが講座終わるのがあと3日後? くらい? それまでに決めてくれればいいよ。そんでぼくが同行に向かないなーと思ったら断ってくれればいいし。ぼくも“あ~キミとは居らんないな~”なんて思ったら前言撤回するし。その位の軽い気持ち」
 先の先を考えているのかいないのかいまいち掴めないのだが、確かにこの男はメイジ向きなんだろうなとは思う。この理論先行ぶりはなかなかだ。
「解った。軽い気持ちでな」
「そうそう。軽い気持ち。その荷物、お風呂? 行ってらっしゃ~い。ぼくはお休み~」
 見送りの言葉を背に、路上で漫才くらいは出来そうだなと妙な想像をしながら(実際に行動するつもりはさすがに無いが)部屋を出た。

0003-03

 午前中は探索者ギルドの出張所へと足を向けた。

 養成所には、各種ギルドの出張所がある。テュパンにあった4ギルドだけでなく、他の街に行かねばないものも含まれているようだ。最も、この出張所では所属ギルドの変更(つまりクラス登録を根本から変えるわけだ)は出来ないので、現時点で自分が所属しているギルドにしか縁はないわけだが、
 自分の登録番号等を告げると、クラスチェンジですねと返された。驚きが口を衝いて出た。もうそんな力量(レベル)に達しているのかと。疑問をそのままぶつけると、下位クラスの場合であれば特に探索等をサボったりしていない限り、トントン拍子に中位に上がるのだそうだ。一体このシステムがどうなっているのか詳しい事は良く判らないが、大人しく倣って事にした。
 提示された中位クラスは4種。レンジャー、ローグ、ニンジャ、トレジャーシーカーだ。ここで希望した後、2~3時間の講義が行われる。選択したクラスに相応しい振る舞いを教わり、自身の認識を高めるというご大層な意義があるらしい。なんだかなと思わんでもないが、内容が案外面白かったから良しとしよう。
 俺が選んだのはニンジャだ。午後には講座を申し込んでいたので、余計な手間は掛けられない。その為にほぼ語感だけでクラスを決めたんだが、俺のこの選択は、俺の方向性ととさほどずれはない筈だという確信がある。
 まず宝物を発見してどうというところに食指が働かないので、トレジャーシーカーは論外。
 ローグなんていうと、小手先がどうとかよりもどうにも「破落戸」というイメージの方が強い。どちらかといえば破壊力よりだろう。
 レンジャーとニンジャで迷ったのだが、ふと浮かんだのが「遠距離攻撃」と「近接攻撃」という差違だった。この講座の序盤こそ俺は弓を使っていたが(以前多少なりと習った事があった)、実際の所、小刀で切り込む方のが性に合っている(というか、弓よりは心得がある)。実際、申請後行われた講義(因みに実践等は行われず、全くの聴講式だった。…それで本当にいいのかは、多少理解に苦しむ)を受けてみても、成程と納得する事の方が多かった。
 以上の事から俺はこれからクラス・ニンジャとして気持ちも新たに講座に向かうわけだが、やはりその時は勢いだけだった事を否定出来ない。今後はもう少し下調べという事に気を配ろう。そもそもこの出張所に足を向けた理由も、チャクからその辺りの仕組みを耳にしただけだという単純極まりないものだったからだ。

0003-04 (0007)

 昨夜あの会話を交わした次の日がこの講座だとはなと思いつつ、今日も今日とて客間で茶を飲んでいる。そろそろ全種類制覇しそうな勢いだが、つまりこの洋館の各客間に茶葉の種類が豊富な訳は、そして更にその豊富な茶葉にやたらハーブティーが多い訳は、出来る限り精神を落ち着けて貰おうという養成所の願望が滲み出ているのだろう。因みに今日は3時間待った。段々自分の忍耐力に感心する。
 …もしかすると、それを鍛える意図があるのか? …まさかな。ひとまず、明日は4時間なんて事が無いように祈ろう。そうでないと、ここに戻ってくる時間がいつになるやら検討がつかなくなる。いや勿論、精神衛生上の問題も多分に有るが。

 今回も、受付の女性は息を切らせていた。駆けずり回って貰うのは確かに申し訳ないが、こちらとて十分過ぎる程に時間をロスしているので、特にそれを気に病む事は無いだろうと勝手に決めつける。
 今日の講師はベルグと云った。ウィザードだ。客間に現れるやいなや何とも不遜な表情で俺を眺めやった後、時間が無いから急ぐぞと告げ、さっさと歩き出してしまった。受付の女性に軽く頭を下げた後、俺もその後を追う。

 パーティを組みたいのならば、と、足早に歩を進める中(どうやら海辺へと向かっているらしい事は判った)、簡単な講義が始まった。大抵、各街には冒険者専用の様な酒場が有り、パーティメンバーの募集はそこでかけられているそうだ。やりとりは主に、掲示板に貼られたメモ。その中から条件に合った物を探し、そのメモを交渉の意志として指定の場所で話し合いミーティング、そこで合意が取れればめでたく結成…という訳だとか。《虹色の夜》以降、所謂“冒険者”向けの設備やらの充実度が飛躍的に上がったのと同時に、こういったある種のシステムの確立もまた加速度的だったのだそうだ。つい最近この大陸に来たばかりの俺にとっては、そんな苦労話(とはまた違うが)を聞かされたところで「はぁ」としか云い様がないのだが。
「気のない返事だな。さて次はパーティを組む際の注意点だが……その前に来客だ」
 前方からやってくるのは、固い殻を持っているであろう青いザリガニ。向かってくるのに合わせて、俺は小刀を構えた。やられたら時やり返せればという位に、防御に目一杯気持ちを持って。

 果たして、俺の行動は正しかった。何故ならばベルグが放った激しい炎ヴォルカニックフレアによって、ザリガニ達は鮮やかな赤にその殻の色を変えていたのだから(多少火加減の問題で焦げ付いては居たがそれはそれは食欲をそそる色だった)。しかし重ねて云うが、この講師達が俺達ヒヨコに向けた意図というものが全く読めない。普通こういう時は、余程こちらがピンチにならない限りは、出来るだけ力量を弱い方に合わせた状態で闘う物じゃないか?
「何だ、何か云いたげな顔だな。……まぁ良い。今のブルーロブスターは……」
 刃物の立ちづらい、固い物質を持った輩を相手にする時は魔法が有効だ。だからと云って、魔法使いばかりをメンバーに集めてしまっては脆さが全面に出てしまう。つまりパーティというものは、個々の能力を旨く集め、バランスを取ることが寛容なのだ。
 ――云っている内容の重要性はとても解るのだが、果たして、俺がその「相手の硬さを認識する」前に、すぱかーんと(リトゥエ談)この男が焼き払ってしまう理由になるのだろうか。
「さて」
 暫く歩いた後に、ベルグはぴたりとその足を止めた。
「――何か、待ってるんですか」
「ああ。多分そろそろ来るはずだ。さっきアレを片付けたからな。――そら」
 遠目に、自然に生まれた波とは違うものを見つけた。アレはどうみても、海中から何かがやってくる前触れだ。

Pagination

  • Page
  • 1
  • 2

Utility

Calendar

03 2004.04 05
SMTWTFS
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

Tag Crouds