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Tag: 商都テュパン

0004-02 (0009)

 奇跡だ。まさか、30分で講師が来るなんて。

 いや、解っている。普通人を待たせるにあたり、30分でも長すぎると思うなんて事くらいは。しかし一昨々日に1時間、一昨日は2時間、そして昨日の3時間――いくら俺でも快哉を叫びたくもなる。
 昨晩大人しく修繕を行っておいて良かった。もし2時間(平均を取った)も待たされるのであれば、その時間を使った方が効率も良く、また睡眠時間も長く取れるはずだ。一時そう思ったのだが、それを(結果的に)留めたのは、同室の男だった。
 俺が部屋に戻ると既にふんふんと(昨日同様)読書をしていたチャクは、「おかえりー」と挨拶するやいなや、上衣に開いた穴に興味津々たる声を上げた。説明を求められ、今日あった事を話して居たのだが、いつまで経っても矯めつ眇めつ穴を見続けるチャクにうんざりしてきて、服をひったくる様に奪ってから修繕を始めたのだ。
「ああごめんね、直したかったんだ。そりゃそうだね~」
 買ったら高いしねぇ。のほほんと云うチャクに、コイツがパーティメンバーだったとしたら、まぁ特に気を遣う必要はなさそうでいいかもしれないなどと、(針を動かしながら)ぼんやり思った。ただ単に感情のベクトルを無理矢理上方へ持っていっただけかもしれないが。

 話を今日に戻そう。
 今日の講師はジャネットと云った。「探索の基本」という講座名が示す様に、探索用と思われる道具やらをごてごてと装備して、それをじゃらじゃら鳴らしながら前方を歩いている。話によれば、これから洞窟に向かうらしい。
「ちょっと生活じみた話になるけれど」
 冒険者として登録したからには、やはり何らかの目的が有るものだ。それは金品であったり、好奇心を満たす為であったり、俺より強い奴に会いに行くなんて物であったり。その代表的(と思われる)目的の1つ1つに簡単なアドバイスを頂戴した。主に斡旋公社の利用と道具の個人売買の話だ。
 そんな話を聞きながら岩場に差し掛かった頃、ふと「そこ危ないわ」と前方から声。え、と思う間もなく、足を降ろした岩が崩れ、前方に向かって華麗なダイビングを決めてしまった。
「ごめん、遅すぎたわね」
「いや、俺の不注意ですから」
「ん、でもね」
 彼女も俺同様探索系ギルドの人間ではあるが、“スペランカー”というクラスで登録されている。その名の示す通り、洞窟系の探索に優れているのだそうだ。そういうクラスの人間をパーティに一人入れておけば、こういった探索ではその知覚力に信頼を寄せられるという。逆に、対象クラスたる人間は、その信頼になるたけ答えようとするべきだろうと、ジャネットは云った。
「それで、どこまで話したかしらね」
 そうそう道具の話、と、彼女は腰にくくりつけられていた小袋の1つから、握り拳程度の石を取出した。道幅らしき物が狭くなるにつれ段々と脇に迫ってきていた岸壁に、その石を叩きつける。すると、石の廻りが俄に明るくなった。ランタンや松明と比べ明らかに小型で手軽なこの石(輝石というそうだ)は、今回のような洞窟探索時等に重宝するらしい。《虹色の夜》以降、確かに妙な事は増えたというが、斡旋公社の充実やこれらのアイテム等、職業冒険者にとってはいい環境と云えるんじゃないだろうか。
 暫く歩くと、空虚な穴に出会った。ぱっと見1つの穴に見えるのだが、どうやら二叉路になっている様だ。ジャネットはどちらに進むかは俺に一任するという。ヒヨコにそんな事をやらせると言う事は、彼女はこの場に何度も訪れているか、事前学習の様な事をしてきているかのどちらかだろう。
 とはいえ、自分の責任程度自身で負えないようでは、今後冒険者としてやっていく上で危険に繋がる。気持ち緊張してから、選択を告げた。

0005-01 (0010)

 この養成所に来て初めて、魔獣との戦闘というものを正しく意識しながら戦った様に思う。
 分かれ道たる洞穴の左側に潜り、暫く進んだ所で、半ばが水没した地点に出た。そこには以前、あの椰子の実を採った時に出会した魚と鮫が、食料を求めて待ちかまえていた。全部で4体。
 ふと、思い立った事がある。クラスチェンジ後に行われた講習で説明された、相手を攪乱する為の動き。それを試してみる事にした。踏み込みと膝による、ある種のフェイント。
 ジャネットが鮫を屠ると同時に動く。なんとか巧くいった様に思う。俺に襲いかかろうとしていた魚のアゴは空を虚しく噛み砕いた。そのまま背後に回ると、魚の腹に小刀を突き刺し、振り払った。魚の落ちた辺りが朱色に染まる。ジャネットに振り向くと、彼女は丁度最後の魚を仕留めた所だった。

「今回はどちらに行っても同じだった様だけれど」
 そこは2本有った入口の、合流地点だった。ジャネットはその2つを交互に指差してから続けた。
 「選択する」という事は、必ず「その先」に影響を及ぼす。時間を戻せる道理が無い以上、常にその精神を忘れない事だ、と。
「そんなに重大な事になるなんていうのはさすがに殆ど無いけれどね…でも、ゼロじゃないわ」
 一瞬、そう語る彼女の表情が歪んだ気がした。しかし、途端にすこぶる笑顔を見せると、さぁ行きましょうと歩き出した。何故だか俺は一度振り返り、先の二叉路を眺めてから、彼女の後を追った。

 洞窟は自然の物であったが、その内部にはある程度、人の手が入っていた。例えばそれは先人が残した道標であったり、渡りづらい泥濘の上に敷かれた板であったりしたのだが。
「えーと、ここ」
 ガコン。ジャネットが何の気無しに(と、俺には見えた)壁を触った途端、そんな音がして壁がずれた。その先には、今居るところよりも遙かに狭く天井も低いが、立派な、側道と呼べるものが走っていた。こんな仕掛けが有るという事に、「何故」という事への理由は幾らでも付けられるだろうが、「誰が」となると違ってくる。少なくとも、それだけの知識・知恵・力と理性を持った何かに因るものだ。その「何か」が、出来れば友好的なヒト(マンカインド)である事を、本能の部分で思う。
「さて、この奥には洞窟の主が居るわ。装備は万端?」
 ごつごつした岩肌を、体をくねらせながら何とか避けつつ、先へ進む。
「装備はまぁ…著しい破損なんかは有りませんけど、主、ですか。何者なんです?」
「そうね。端的に云えば」
 勿論、先程の仕組みの件もあり、俺の脳裏では色々な想像が渦巻いていたりしたのだが。
「タコ」
 つまりテュパンは、伊達に海産物の収穫量が多いという訳ではないという事だ。
 (因みに件の収穫量に付いては、旅の船上で読んだ「グローエス・タイムズ」の経済面による)

 まさか、あの仕組みは、あのタコを閉じこめておく事にあったんだろうか。…まさかな。
 館に戻るとすぐ、浴場に向かった。湯船にのんびり浸かりながら(時間が巧い事合致したのか、人気は少なかった)痺れの残る二の腕をさする。そして、洞窟奥での戦闘を思い返した。
 着実に斬りつけ、ダメージをタコ(サイズ的にはルリエフナイト並みだろうか。まぁ、どこからどう見てもタコはタコなんだが)に入れていったまでは良かったが、丁度俺の突き刺した小刀が目を突き破った時、(多分引きはがそうとしたんだろう)その吸盤まみれの脚に上体を絡め取られ、思い切り締められたのだ。直後、ジャネットによってタコは息絶えたのだが、彼女の力を借りても絡みついた脚はなかなか取れなかった(吸盤同士が貼り付いてたりもした)。
 額ににじみ出てきた汗に、湯船の湯を掬って顔を大雑把に流し、また、湯船にもたれ掛かる様に座り直す。

「ヒトって、補い合いながら生活しているじゃない?」
 洞窟を出た頃、ジャネットが零した。今、テュパン、いやグローエス全土には、数多くの冒険者が居る。熟練者であれ、初心者であれ、誰かが誰かを補っているという事実は変わらない。例えばそれは未知なる物への情報であったり、戦利品を市場オークションで融通することであったり。
「そういうのって、ふとした拍子に、なんだか感じ入るのよね」
 二叉路の合流地点。ジャネットが一瞬見せた表情を思い出す。
「ま、この稼業を続けるのなら、そのうちキミも思うのかもね」
 近いのか、遠いのか。それは未だ解らないけれど。

 ふと潜りたくなって、ざぶんと頭のてっぺんまで湯に沈んだ。ゆらゆらと揺れる天井を眺めてから、ゆっくり浮上した。

0005-02

「あれ、ひょっとして、今日最終試験なんじゃないの?」
 朝食を摂ってから部屋に戻る道すがら、やおらチャクが口にした。
「チャクは今日4つ目なんだろ」
「そうだね」
「俺とチャクは、俺の方が1つ先だろ」
「そうだね」
「じゃあ確認するまでもなく、そうなんじゃないか?」
「ん~、ひょっとしたら1日くらいのんびりするかも、とかね」
 お前じゃあるまいし、と、口の中だけで云う。
 まぁそれはひとまずさておいてね。チャクは云いながら、さておくジェスチャーを交えた。それを横目で見ながら、宿泊部屋の扉を開ける。
「んでさ、パーティの件は結局どう?」
 部屋の中は、カーテンを開け忘れていたので薄暗かった。窓際に行って、勢いよくカーテンを開ける。気持ちのいい陽射しが、部屋中に染み渡る。
「そう聞くって事は、そっちからみて俺は特に問題無いわけだ」
「ん。特には無いかなぁ。そうだねぇ、寝相が面白かったよ」
 …なんだって?
「寝相?」
「そう、寝相。キミってさ、ベッドを対角線に使って、それで両足だけ必ず上掛けから出してるの。多分夜中とか、眠りが深い時だけそうなんじゃないかな? 朝見たら元に戻ってるんだよ」
 あれ、知らなかったんだ? それじゃあぼくは良い事を教えたかもしれないねぇ。
 チャクはそういってにこにこと笑い、俺はといえば半ば呆然と自分のベッドを見ていた。…確かにシーツの寄り方が、若干、斜めになっている様な気もしないでもない。
「ねぇねぇ、それでぼくの質問は結局どうなったのかな」
「え、ああ、そうか。…いや、俺もまぁ、特には」
「そう。良かった。じゃあ講座が終わったら、よろしくね」
 差し出された手を握り返しながら、今後の道行きを思う。
 …少なくとも、新たな発見に困る事は無さそうだ。

0005-03 (0011)

 今までを考えるならば、やはり試験は実技なのだろうか。まぁ、待たされてるのが庭って事は、実技か。
 そんな事を考えながら、初夏に近づく陽光を浴びていた。ここは洋館の中庭だ。ベンチも有ったが、大きめの木の根本、草の丁度良く生えた箇所を選んで、そのまま腰を下ろしていた。かいた胡座に両肘を乗せて、ぼんやりと思考が走るに任せる。
 そういえば。ふと思い立って、顔を少し上げた。この中庭へ通された時の扉の前には、普段は確か布が垂れ下がって居なかっただろうか。そしてその布の前にはティーセットの乗った丸テーブルと、椅子が2脚。しかしアレは洋館で暫く寝起きをする様な者に解放されているものでは(少なくとも、気軽にそれらを使える雰囲気では)なかった。じゃあ、あの布と卓は何の為に? どう考えてもあれは、何も知らぬ者から、あの扉の存在を排除する為ではないのか。
 今から行われる事は確かに“最終試験”の名を冠されているのだから、つまりカンニングを防ぐ為ではあるのだろうと思う。しかし――
「お待たせ致しました」
 声に振り向くと、そこには。
「最終試験では、私と戦って戴きます」
 初見時、“よく云えば落着いた雰囲気”だと感じた筈の女性が、凛とした立ち姿を見せていた。

 今俺が目指しているのは、数日前に俺の講師を務めてくれた男が待って居るであろう部屋だった。
「あちらに」
 あの庭。慌てて立ち上がったまま、だが何をしていいのか全く解らない(情けない事だがテンパっていた)俺に、女性は、す、と涼やかな音を立てる様に指先を持ち上げ、出入り口――俺がやってきたものとは反対にある扉を示した。
「貴方の講師を務めて下さった方々が、それぞれ別室にて待機しています。最終試験にあたり、彼らから助力者を一人求める事を許可致します」
 そして、淡く光る白衣を纏った女性は淡々と告げる。自身の弱点、衣の効果、主な攻撃方法、装備による耐性。それらを一通り口にすると、指し示していた指先を、顔の前に立てた。
「現在より、最長1時間お待ち致します。貴方の行動を決定して下さい」
 頷くと、踵を返した。彼女が口にした情報を反芻しながら。

 扉には講座の順を示す数字が書かれていた。「3」と記された部屋の前に立ち、静かにひとつ、深呼吸をした。
 扉をノックする。その音が、やけに響いた様な気がした。

0006-01 (0012)

 気が付いたのは、ベッドの上だった。少なくとも自分が寝泊まりしていた部屋ではない。なぜなら窓から中庭が見えたから。宛われる寝室・客間等は全て館の外側に窓が有ったので、どうやったって部屋からは中庭が見えるわけもない。そういった事を認識した途端、結果だけは取り敢えず悟った。

 まぁ、つまり、落ちたのだ。試験に。

 上半身を起こした。少しふらついてる気はしたが、多分それは寝ていたからで、外傷の所為ではないと(朧気ではあったが)直感した。大きく大きく息を吸って、細く長く吐いた。大分意識がはっきりしたところで、脇机に乗った水差しとグラスに気が付いた。手を伸ばし、水を注ぐ。するとかちゃりとドアが鳴り、受付の女性、つまり最終試験の試験官――講師達の云っていた、メイア。それが彼女だった――が入ってきた。

 今回は残念でした。第一声がそれだ。助力者の選択は悪くなかったかと思いますが、ご自分で敗因はおわかりですか? と。ええまぁ、なんとなく。口の中がやけに乾いていたので、水を一口飲んでから答えた。
「攻撃方法にばかり目が行って、撃たれ弱さというものを軽視していました。魔法使い同士なら、魔法に対する耐性は戦士より上なんじゃないかと、妙な認識があって」
 耐性という言葉の掛かる物が知識であれば正解だろうが、ことダメージという点については、他のクラス同様防具や基礎体力等に因るのだと云われた。ともすれば、戦士系のクラスの方が“堪える”という事に慣れている為、乗り越える確率が高いのじゃないかと。それを聞いて、俺の二者択一は、少なくともひとつ前の段階までは正しかったのだと踏んだ。そう、二者択一だ。ベルグにするか、それとも――という所までは、実にスムーズに思考を走らせる事が出来たから。
「貴方の能力に見込がないとは思いませんよ」メイアの口調には、多少なりと慰めの色が見えた。「私があの魔法を使うまで耐えてらしたことからしても」
 ですが試験の合格基準は、私が気絶する事でしたから。そういう彼女に、俺は曖昧な笑みを返すしか出来なかった。何せ俺が受かる可能性を真っ先に潰したのは他でもないこの人の一撃だったからだ。初撃、走った光にベルグは吹き飛ばされ、そこであの男は気絶した。海老やら蟹(と、俺の髪少々)を焼いた炎の魔法頼みだったのだが、その希望は見事、開始五秒で潰えた。
 それからは何とか一太刀、という思いのみで動いた。試験の開始を告げられる数瞬前から感じられた威圧感は未だに残っていた(どころか増していた)し、それをはね除けてどうこう出来るだろうという思考が持てる程、俺には自信も無謀さも無い。
 俺が4・5合(だと思う)打ち掛かった後だろうか。突然大きなエネルギーの塊(多分、辺りに漂う魔力の集合体)に、肌がヒリつくのが解った。解ったと同時に、衝撃らしき物が体というより脳に走り、それを反射以外で認識する前に視界が多分暗転して、意識も消えていた。先程から多分多分というのが多いのはつまり、その辺曖昧にも程があるからだ。
 今回のは、運もありました。そう云う彼女に、運も実力のうちと云うんだから、俺にはまだ実力が足りないんですよと苦笑した。
「では、実力を付けてからまた、是非いらして下さい。挑戦をお待ちしています」
 メイアが出て行ってから、もう一度布団に潜り込んだ。養成所を出るのは、もう少し体調を戻してからでも遅くない。

0006-02 (0013)

「そういえば私、荷物の中でこんなのを見かけたんだけど」
 テュパンに宿を取って、さて一息吐こうかと云う時に、突然リトゥエが両手を差し出した。その掌の上には、薄水色の卵。因みに現在、リトゥエには専用の“リトゥエ袋”というものが存在する(多分面と向かって自身の寝床をそう呼ぶと怒るだろうから、一度もリトゥエにそう云った事は無い)。更に因みに、俺が準備したわけではなく、養成所に居る間に妖精手ずから調達していた。そのマメさ(と、初見時に見せたあの魔術)があるならば、わざわざ俺と共にいる必要は欠片も無いと思うのだが。
「お前が食うのか?」
 まさか。そう口にしたリトゥエは、さすがに俺の台詞が冗談だと解っているのか、憤慨した様子は無かった。まぁいいから持ってみなよ。そう卵を渡されてしげしげ眺める。そして、漸く正体を思い出した。
「ああ、貰い物だ」
「まさか地元で別れを惜しむ彼女がくれたとか」
「…流翼種は想像力旺盛だな。生憎だが違う。テュパンに船が着いてすぐ、お前が激突するちょっと前に、記念だとかで」
 卵は丁度、俺が両手ですっぽりと包めるサイズだ。鶏のものよりも、一回り大きい程度か。それはそれとして。
「それで何の卵なんだ?」
「知らないの?」
「知らないから訊いてる。何なんだ?」
「私も知らないから“こんなの”扱いなんだけれど」
 揃って唸ってから、ひとまずリトゥエ袋に保管する事で話が付いた。他にもこれを渡された人間は大勢居るのだし、酒場当たりで誰か適当な人間を見つけて訊ねればいいだけの話だ。ひょっとしたら、リトゥエの体温で卵が孵るかもしれない。…有精卵かどうかすら、現時点では不明だが。

 さすが商都というだけあって、市場通りはとても賑わっていた。商人ギルド直営の店を端に置き、そこからずらりとそのギルド員たる面々の商店が建ち並ぶ。熱心に呼び込みをする者も居れば、常連を大事に扱って行く様な店も有り、また活気づいた店も有れば、敢えてそれをせずにいようとしている様な店も有り。
 チャクにはテュパンで待つと伝えてある。居場所については冒険者専用の大酒場の掲示板を見ろと云っておいた。ここに来るまで最短でもまる一日。あいつの身支度等を考えても、明日の午後までは時間があるだろう。それまでのんびり観光をするつもりだった。
 考えて見れば、グローエスに着いて以来、まともな休息日を取っていなかった。幸い観光案内も(役に立つかは解らないが)腰の袋に常備されている。これを有効活用しない手はない。
 早速、商店を片端から冷やかして回った。オークション会場を見るというのも面白そうだ。酒場で一杯やりながら名物を口にするのも悪くない。そういえば闘技場が有るんだったか。明日辺り腕試しも良いかも知れない。

 結局、夜が更けるまで街のあちこちを見て回った。肉体的にはともかく、精神的には大いに休息と云えた。

0007-01 (0014)

 オークションというものをやってみた。
 冒険者組合(単純に云うと、ギルドを統括する様な組織だ)の主催しているもので、不要品の整頓であったり、戦利品を手っ取り早く金に換える手段としてであったり、様々な種類の物品が出品されている。
 冒険者登録証さえ提示すれば、どんな商品にも入札が可能だ。誰がどの商品に幾らで入札しているのかは逐次更新され、目当ての品を得る為に何度でも入札が可能となっている。入札は商品1つ毎にカツンと小槌を叩くようなものではなく、長時間かけて行う入札方式だった。入札対象商品達には、入れ替わり立ち替わり値が付けられて行く。確かに、常にその場に居なければならない様なリアルタイムの入札方式では、いつ何時何があるか解ったものじゃない冒険者相手には有用ではないだろう。
 テュパンの場合、入札棟はホーヴローヴェ大通り(南海沿いに走る、主要道路のひとつ)と市場通りの交差する地点に、海を向いて立っている。市場通りは昨日見て回ったところだが、ホーヴローヴェ通りには、終端に冒険者ギルド(正式には斡旋公社と呼ばれている)がある為、中間点たるこのポイントには、常に大勢の人間がひしめき合っている。今や遅しと、品物を競り落とす瞬間を待ちかまえている者が大半だろう。
 入るとまず目に付くのは、直近落札者一覧。基本的に、自身が逗留している場所は各冒険者ギルド或いは組合に連絡を入れるという暗黙の了解がある為(それは主に生死の判断に用いられるのだが)、品物はそのルートから落札者に届けられる事が多い。それでもやはり、自分で待ち構えて受け取りたい、とやってくる人間が多いのだろう。入り口でそれを見てから、受け渡しカウンターへ向かう者は少なくなかった。
 入札の場合は、競りたい商品によって受付が異なる。例えば一般的な武器防具であったり、珍しい装飾品、或いは愛玩動物ペットとしての魔獣や回復薬などの消耗品まで、そのジャンルの多さには全く恐れ入る。
 まず、自分の欲しい種別のカウンターに行き、そこで一覧を受け取る。出品者の名と同時に、通番、アイテム等の名称、使用・未使用の有無などの情報がずらりと並んだそれ(全く日に何度新しくなるのだろうと思ったが、終了したものに対しては一覧上に取消線を引き、ある程度は再利用している様だった)を元に、受付にて希望の品を伝える。すると現在の入札額が判るので、それを元に上回る金額を申告する。ちなみに一口幾らであるとかいう事は全くなく、通貨の最小単位たる1リーミルから、増分も1リーミル単位で可能である。
 なかなかまどろっこしい手続きではあると思うが、しかし扱う商品の量が量である以上致し方ないと思う。何せ武器防具などは各種常時1000を越える様な出品ペースであるのだから。

 目当ての品に対して取り敢えず入札をしてから、その入札終了時間を覚えつつ入札棟を出る。今度は闘技場に向かってみた。
 闘技場という名からは勝敗賭博(トトカルチョ)が想像されるであろうが、ここでいう闘技場とは(これもまた)組合が発足した、つまり組み手大会の様なものだった。
 自身の力量(この場合クラスの上位下位はまったく関係ない)、そしてパーティの人数に合わせて決められたランクに対して、勝ち抜き戦を行うというもの。俺も2度程参戦して、4・5位辺りに一度は食い込んだ。その後どうなったかは知らない。狙っていた商品の入札時間が近づいていたからだ。商店を軽く覗きながら、入札棟へと向かった。
 結果、手裏剣を手に入れた。手裏剣と言うよりは苦無に近い形状のものだ。飛び道具としても、接近戦での武器としても使える。少なくとも今持っているダガーよりは、格段に使い勝手が良さそうだ。丁度いいと、街を出てすぐ辺りに出てくる亜獣ディオーズ相手に、模擬戦の様な事をしてみた。いやまぁ、向こうにしてみれば模擬もなんでもなく、俺はただの食料だろうが。
 一息着いた頃には昼を回っていたので、出店で適当に昼飯を購入してから宿に戻った。そろそろチャクが到着していてもおかしくない。

0007-02

「あ、うん、ぼくも中位クラス登録したよ。んとね、コンジャラー。なんていうのかな、精霊召喚? まぁ召喚ていうより、まだ力をちょっと借りるっていう程度だけど。召喚するのは上位クラスにサマナーっていうのがあってね、ぼくは次それになるつもり」
 相変わらず、よく喋る。まあ、2日やそこらでやたら鬱ぐようになられても、今後暫く同行者になる以上、俺が困るが。
 今俺達は冒険者組合に向かっている。パーティ登録をする為だ。
 自身の居場所が生死判断に繋がるような現状、パーティ登録もそれと同じ様な理由で推奨されている。ほか、力をカサに着て一般の皆様方に迷惑を掛ける様な輩がいないとも限らないので、その牽制の意味もある様だ。事が起きた場合に、身分の割り出しが容易になるとか。
「あっ、そうだそうだ、ねぇ、あの最終試験ってちょっと詐欺っぽいよね」
 唐突にチャクが切り出した。
「だってぼく、気絶したのに合格しちゃったよ。なんか頼んだヒト?が気絶してなければいいみたいだね」
「…話からするとそうだな。俺の場合は逆だったが」
「ん? 気絶しなかったんだ?」
「いや…最後の最後、デカいのを喰らった。炎の魔法狙いで魔術師を連れて行ったら、そいつは初撃で潰れた。だからまぁ、落ちてるんだが……なぁ」
「ん?」
 合格したのなら悪いが、しかしこのままではなんというか、気分的に納まりが付かない。
「暫く公社で仕事だなんだした後、もう一度試験を受けに行っても良いか。合格…はまぁ、もうどうでもいい様な気がするが、どうせなら気絶せずに残りたい」
 多少ごねられるか、そう思っていたのだが、あっさりとチャクは首肯した。
「別にいいよ? じゃあそうしようね。とりあえず上位クラスになれるくらいまで簡単なディオーズ狩りでもしようか。ぼくも早くサマナーになって、ちゃんとしたの召喚してみたいしね~」
 召喚。どうも俺にはそういう方面はピンと来ない。
「召喚って、何が喚べるんだ? さっき云ってた精霊とかか」
「それもあるけどねぇ、上位の上位になると、必殺技でね、凄いのが喚べるんだよ」
 そうして、さらりとチャクは口にした。
「んね、上級悪魔って、見てみたくない?」

 今後パーティを組むにあたって、さすがに一抹の不安を覚えた。

0007-03 (0015)

 公社は元々、冒険者組合がまだ『組合』としての確固たる基盤を形作る前、つまり冒険者同士がただよりあって集まっていた頃に相互扶助を目的として作られた『冒険者ギルド』だったそうだ。その頃は“まあ何とかやれている”という程度のものであった様だが、あの《虹色の夜》が起きた。
 以後発生した様々な異変に対して柔軟に(というか勝手に)対応していく冒険者達に目を付けたのは、自警を前提とした金持ちではなく、そこをすっとばしてグローエス五王朝――つまり政府だった。多額の出資を行い各種手続きの制度化を実施、そして現在に至る、とのことだ。
「結構立派な建物だよね」
 赤煉瓦を見上げてチャクが云う。二階建ての重厚な建物は壁一面の赤煉瓦だ。海風によって風化し随分と歴史を感じさせる風合を醸し出していが、公社の成り立ちを考えるに、どちらかといえば新進の企業に当たるんだろう。
 掲示板は、一面“これが全て依頼なのか”という位に要件やら報酬が書かれた紙に埋め尽くされ、元の地の色(多分緑)が全く判別の着かない様相だった。依頼があるところに冒険者が居り、冒険者居るところ依頼有り――確かにテュパンは、交易が盛んな事から人の流れも激しい為、冒険者も情報を求めて良く現れるんだろうが――さすがに、ありすぎじゃないか。
「そこそこのディオーズ狩りディオーズ狩り……ん、あった。あったよ~。コレどう?」
 チャクの持ってきた紙には、<小鬼狩り>と大きく書かれていた。依頼元はテュパンの騎士団。近くの谷で、鬼種に対する討伐隊が逐次派遣されているのだとか。恐らく頭数合わせ程度のものだろう。
「いいんじゃないか。じゃあ申し込んでくる」
「よろしく~」

 帰り道、食堂に寄って晩飯を取った。しかし、テュパンの魚料理は全くどうして旨い。今まで刺身以外の魚料理(特に白身物)はあまり好んで食べてなかったが、これは宗旨替えするべきか。

0008-01 (0016)

 居たね。居たな。
 チャクと目線でやりとりをしてから、眼前の小鬼を再び注視する。茂みの奥、多分食事でもしているのだろう。数は4匹。
 もう一度、チャクに目をやる。チャクもそれに気付いてこちらを向く。
 軽く頷き合うと、一斉に躍りかかった。

 テュパン近郊の谷だ。そこには何故か、小鬼ゴブリンが頻繁に出没する。勿論、これも《虹色の夜》以降の事だった。
 さしたる実害が無ければいいが、商隊の行き交う様な場所の事、何も起こらないに越した事はない。とはいえ、その頻繁に出没する理由(例えば巣が有るとか繁殖が早いとかなんでも)が特定出来ない以上、手頃な冒険者を小鬼の出没並の頻度で騎士団が雇い、これを逐次駆逐しているという。小鬼であれば、駆け出し冒険者(勿論俺やチャクを含む)にとって格好の腕試し相手だ。依頼を受ける人間にも事欠かず、駆け出しがメインの対象である以上、報酬も安く済む。成程一石二鳥だろう。

「あ~、つかれた~」
 事が落ち着いた途端、チャクはへたっと地面に腰を下ろした。辺りには焦げた草木と、小鬼の死骸。
「んも酷いよね。なんでぼくばっかり狙うわけ? おかしくない?」
 戦利品を捜していると、チャクがぶつくさ云うのが耳に入った。
 確かに、チャクの云う通りだった。斬りかかった俺達に対し、小鬼は一斉にチャクに向かって攻撃していったのだ。
「いったいいたいいたいたい! どいてってば!」
 小鬼の内の一匹(丁度チャクの真正面にいた)が、チャクに与えたダメージに満足したか踏み止まった所で、俺はその足を引っ掴んで地面に押し潰した。すると辺りに熱気が立ちこめた。慌ててチャクから距離を取る。炎の精霊にでも助力を頼んだのか、小鬼の内の2匹はそれで息絶えた。
「ってまたこっちに来るし!?」
 その炎を驚異と思ったのか否か、残りの二匹が再度チャクにかかっていった。一匹は俺が横から斬りつけて、もう一匹はチャクが(一匹を振り払ってから)魔法で餌食にして、そこでやっと終結した。
「おかしいよ。ユキヤくん一発も喰らってないし。っていうかぼくが前衛っぽくなってるのがそもそもおかしいし。魔法使いだよぼく? 普通は後衛からばしばし魔法飛ばすだけじゃないの?」
 使えそうなのは剣が一振りと、奴等の纏っていた硬革の鎧と…
「んね、ちょっと聞いてる?」
「聞こえてる。なぁ確かゴブリンの爪とかは市場で売れるんだったな」
「ん? ああ、そうだね、なんか物作ったりする人が使えるとかって」
「じゃあそれなりに形の良い奴を何個か選ぶか」

 テュパンに着いてから物品の分配をした。武器は(平和的に)ジャンケンの結果チャクに、鎧は俺が貰って残りはチャクに。
 取り敢えず、チャクの打たれ強さは解った。これなら問題ない。
 チャクが延々と小鬼の打撃の的になっていたのには、俺が常に奴等の射程外或いは視覚範囲外に存在する様に務めていたことも多分に占めているのだろうとは思う。思うが、ひとまず当面のところ、俺の練習に付き合って貰おう。

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