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Tag: 武都テヌテ

0019-01

「そういえば、ぼくたちってパーティのリーダー決めてないね?」
 朝飯の場で、もごもごとパンをほおばりながらチャクが口にした。
「少なくとも、組合的にはマリスがリーダーだ」
「あら、そうだったんですか?」
 俺の言葉に、マリスがぽかんとした表情を浮かべる。頷いて、俺は言葉を続けた。
「形式上、俺達がそっちのパーティに入った事になってる。だから登録しているパーティ名も、マリスとセンリが登録していた名前のままだ」
「そうなんだ」
 付け合わせのサラダを食べ終え、センリはフォークを置いた。じゃあ、せっかくだからパーティ名とか、変えてみる? そう云われたが、特に俺もチャクも名称に拘りがないのでそのまま据え置く事にした。そもそも、闘技場だなんだも形式上このパーティ名──“虹彩の空を見上げる者”──で参加している以上、ころころと変える必要も感じられない。因みにパーティ名の“虹彩”は目の器官の方ではなく、後ろの“空”に引っかけて文字通り“虹に彩られた”の意味しかないのだそうだ。閑話休題。
「ん~、やっぱりさぁ、こういうのって年功序列なのかなぁ」
 ごちそうさまでした。とチャクは行儀良く両手を合わせた(こういうところ、チャクは拘るのだ)。
「そういえば、ぼく、みんなの歳知らないや。差し支えなかったら教えて貰っていい?」
「別に構いませんよ。私は今年19です。センリは確か17だったわよね?」
「ええ。ユキヤは?」
「20。今はまだ19」
「あれ、そうなんだ?」
 さて言い出しっぺの順番だという時になって、チャクは頓狂な声を上げた。
「…それは俺が年相応じゃないとかそういう話か?」
「そこはそれさておいてなんだけど、ぼくの云ったのはそうじゃなくてね」
 暗に俺の問いに肯定を返してから、チャクはとんでもない内容を口に乗せた。
「ぼくが一番年上だったんだ~と思って」
「……え?」
 俺を含めた残りの三人が異口同音に口にしたのは、どう考えても「そんなまさか」という意味合いが込められたものだった。つまり少なくとも、今俺が感じたものは、一般論としてかけ離れてはいないという事だ。
「…聞くのが憚られるんだが」なるべくなら確認したくはないのだが、この際だ。「幾つだ、お前。ひょっとして60過ぎの爺さんとかか」
 行きすぎていてくれれば何となく得心がいくだろうと出した数字に、うわ~いくらなんでもぼくそんな老人パワー溢れてないよ、もっと若さに充ち満ちてるってば、とチャクはあからさまな不満を見せる。じゃあ幾つなんだともう一度質問を投げたのだが。
「24」
 どうしてそこで、なまじっか真実味の有りそうな数字が出てくるんだ。
「すまない、聞き損じた。なんだって?」
「にじゅうよん」
「……じゅうよん?」
「ぼくが年上だって云ったじゃんか~。んもなに、そんなに信じらんない?」
 少なくとも、こんな挙動(今も雅をでろーんと伸ばして「酷いよねぇユキヤくんは」とかなんとか語りかけまくっている)の男が俺より5つも年長だというのを、どうやったら信じられると云うんだ。

0019-01 (0038)

 山道だ。
 そもそもテヌテは山に有る。裾野に広がるとは書いたが、テヌテの高低差というのは軽く山ひとつ分存在するのだ。
 そしてそのテヌテからどんどんと西へ向かい、山を更に数個越えると隣国ノティルバンへとの国境が有る。今回はその途中、山地の終端たる「マリウソス」と呼ばれる地点を南に降り、ログレブルへと向かうのだ。
「何かいいものがあればいいよねえ」
 雅を頭の上に乗せて歩くチャク(出がけにセンリに頼み込んでいた)は、にこにこと口にした。
「そうだな」確かに、そこに異論はない。「大分所得格差のある事だし」
「…どうせぼくは貧乏ですよ」
 基本、冒険者登録をしていれば、生活費には殆ど困る事がない。《虹色の夜》以降の国家的補助のある現在は、職業冒険者にとってこれ以上ない環境であるのだ。事実、俺やセンリは4桁を軽く越す所持金を抱えつつ移動している。
 ──だというのに。
「お前、まだ市場癖が抜けないのか?」
 “まだ”と付けたのは訳がある。こいつは以前、後先考えずに市場で入札をし、あろう事かその合計額が所持金を超過していたが為に、罰則として数日間の使用禁止を組合から云い渡された実績の持ち主なのだ。
「んんん~。そんなに無駄遣いしてるつもりはぜんぜん無いんだよ? フツーに杖が壊れたから買換えたりとかしてるだけだもん。なのにどうしてかぼくはいっつも300リーミルくらいしかお財布にないんだよねぇ」
 チャクの所持金は、ちょっと増えるとすぐに減り、少しも増えなくてもどんどんと減っていった。恒常的にエサを買う必要のある俺やセンリよりも所持金差が大幅にあるというのは、こいつの生活能力の無さを物語っているのじゃないだろうか。
「でもマリスさんも少ないよね? ね? ぼくだけじゃないよ?」
「私ですか? そうですね。センリやユキヤさんに比べたら、少ないかも知れませんね」
「…そこも不思議なんだよな。マリスは堅実そうに思えるんだが」
 あら、ありがとうございます。云って、マリスはいつものにこやかな笑みを浮かべる。
「でも、マリスはチャクの使い方とは違うわよ。ただあまり市場を使わないだけだもの」
 センリは、チャクの頭上で伸びている雅の首筋をくすぐりながら(センリと、雅を乗せたチャクの身長は、丁度同じ位になる)そう云った。どうも、マリスは性格的に競り合うのが苦手だとかで、大半は商人ギルドの人間が開いている商店から杖やらローブやらを買うのだそうだ。それなら一品一品が市場で手に入れるよりも割高だろうし、肯けるというものだ。
 ちなみにチャクに普段どう競っているのかというのを聞いてみたところ、「んー、なんとなく相場を考えてから、その辺の値段を一気に入れちゃうよ? いちいち競るのはよっぽど時間がないと出来ないし」との事。
「ユキヤくんとか、センリさんとかは、どうしてるの?」
「俺? 目星を付けたものは入札終了時間を見てから、一応購入の意志が有る事だけ見せる為に数リーミル上乗せするか、入札が無けりゃ相場弱程度で入れて、それからは終了時間間際まで放って置くな。予算を超えてまで逐次競ろうとは思わない。で、最後に一気に落としに行く」
「…ちょっとやなやつっぽいね、それ」
 せめて戦略と云え。
「んじゃ、センリさんは?」
「1リーミルずつ地道に上げていくけど。あと武器は大体一発武器で済ますかな」
 一発武器とは、耐久度の極端に少ないものの事を差す。大体の武器防具は修理すれば済む話であるのに対し、これは修理など出来ない位、一度で完膚無きまでに壊れるからだ。その為、市場でも破壊力の割に軒並み1~3リーミル程度の安価で仕入れる事が出来る。因みに武器であると、大抵の場合は特定分類の生物に絶大な効果をもたらすものが多い。閑話休題。
「そうか~センリさんは物理攻撃だもんな~。そういう手が使えるんだ。魔法の媒体にするんじゃそういう訳にいかないの多いしな~。んでもさ、1リーミルずつ上げてくのって結構めんどくない? 時間も掛かるし」
「でも、大体の場合は相手が嫌がってそのうちおりるから。ちくちく上げてって安価で自分のものに出来るのだったら、その位の代償なんて事ないわよ」
 内心、俺が彼女の競り相手に(自分の事を棚に上げて)同情していたのは、云うまでもない。

0021-02 (0043)

 テヌテに戻った俺達は、早々にガレクシンへと向かっていた。路銀の乏しい二人が地道な集貨活動したいと申し出たのだ。…とはいえ。
「…ガレクシンで、短期間で稼げる物はごく僅かだった様な気がするんだが」
 折良く通りがかった荷馬車の中で、俺達は互いに公社で受けた仕事のあれこれについて、情報交換を行った。結果、出た結論がコレだ。
「そうですね…。それでは、一度、ルアムザの方へ出ませんか? グローエスの中心ですし、これからの動きも取りやすいでしょう」
「ルアムザか~。あそこいいよね。風のニオイとか。ちょっと古臭い感じで」
 膝の上に雅とウサギの二匹を乗せたチャクが、これ以上ないという様な幸せ顔の目尻をさらに下げた。
「古臭い?」
「そう。なんていうかなぁ、こう、ちょっと昔の図書館の中みたいな。落着いた感じの。ユキヤくんにはわかんない? あーぼく、ああいうところでのんびりおいし~い紅茶でも飲みながら思いっきり読書に耽りたいよ」
 …そんな事しているから、金がいつまで経っても貯まらんのじゃないだろうか。

「そういえば、チャク、そんなローブ持ってたの? 初めて見るけど」
 さすがに遅い時間にガレクシンに着いた為、ルアムザへ出発するのは明朝という事になった。そこで久しぶりの木賃宿に部屋を取り、金銭の乏しい二人に会わせて宿の定食で晩飯を摂る事になったのだが、そこに現れたチャクはセンリの云う様に、今までの淡い紫のローブではなく、上から下まで濃いグレーに取って代わっていたのだ。勿論、髪だけはいつもの通り薄い金だったが。
 どうやら誰かに突っ込んで貰いたい所であったらしい。途端目を輝かせたチャクに、俺はああまた長くなるなとぼんやり思いながら、ウェイターにビールを頼んだ。
「あ、これ? ほらぼく、テヌテで一旦ギルド行ったじゃない? それでプリーストに転職したんだけど、んーと、ほらサマナーってクラスマスターするとさ、上級悪魔の召喚出来るでしょ、それぼくの夢のひとつだったんだけど、それはまぁ置いといて、プリーストっていうとこう、なんかすごくこう、正直者が莫迦を見るみたいな感じだけど、ん、ちょっと違うか、まあとにかく、ぼく無神論者だし、その上悪魔なんか喚んじゃうし、これはもうあれかな、ダークプリーストとか呼ばれちゃう方を目指そうかなーなんて」
 …こいつの脳が突拍子ない方向なのはいい加減判ってはいたが、さすがに最後の一言だけにはツッコミを入れるべきだろうか。

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