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Tag: 灰色の隠者

0014-02 (0029)

「お待ちしておりましたわ」
 出迎えは、朗らかな笑みを浮かべた老女の形を取っていた。本日は宜しくお願いします。深々とお辞儀をする女性に、俺は慌ててチャクを「ぅぁっ」引っ張って出した。
「すみません、講師として来たのは俺ではなくコレなんですが」
「んも何それ“コレ”ってひどいなぁユキヤくん突然ったぁ~~」
「あらまぁ、ごめんなさいね」
 ああこういうのが“花が香る様な笑み”とかなんとか云うんだろうなと思う。どうせ歳を取るのなら、こんな風に重ねていきたいと思わせる人だ。
 チャクに言葉と辞儀を掛けてから、老女は改めて俺を見た。
「では、貴方は?」
「付き添い兼子守です」
「うわぁ、そこはかとなくすらない酷い事云ってるよ」
 お邪魔じゃなければ、と付け加えると、老女は歓迎しますと、また穏やかに微笑った。どうぞこちらへと廷内を示し歩き出した老女に、俺とチャクも倣う。

 この学院は《封歌の庭園》という名前だった(詩的だね、とはチャクの談だ)。俺達の泊まっている宿と丁度同じ横路に位置している。一般的に内区の人間を種とするのが魔術学院というものの性質なのだそうだが(少なくともルアムザではそうらしい)、この学院は、主に外区の子供らを対象にしているとの事だった。
「珍しいんだよ、ホント。ふつうお金がかかるから、小さい頃から魔術の勉強だなんて、良いトコの子くらいしか無理なんだから」
 待合室に案内され、茶を戴いて暫し待つ間、チャクがそう説明してくれた。俺の場合は、昔近所に住んでいた人間から魔術という物の上っ面の方を聞いた事があるだけなので、その辺の事情的な話は良く判らない。そもそも俺の知っている理論が《虹色の夜》を経た地(グローエス)でも共通なのかという点は、多少気にはなるところだ。
「…そういえば」
 カップと擦れて、ソーサーがかちゃりと音を立てた。
「チャクも旅して来たんだよな、船で。その割に、お前随分この国に詳しくないか?」
「んもしっつれいだな。それはぼくが調査不十分のままふらふらふらりとワカメの様に漂って世の中渡ってるって云ってるのと同じだよ?」
「そう云ってる。違うのか?」
 最近ユキヤくんは随分ひどいなぁとしかめっ面を見せてから、チャクはびしりと俺を指差した。
「ぼくだってねえ、自分が初めて赴く先の下調べくらい、ちゃんとやるんだよ。変なコトして死にたくないもん」
 …そうは云うが、俺は特攻癖を前面に押し出した様な所しか見受けた試しがないのだが。
「ほら怖いし、宗教関係なんか特に」
 成程、目の付け所が違うんだな。色んな意味で。

 チャクの指が淡い光を放ちながら印章を刻んでいく。それはチャクの背後にある黒板に書かれた絵柄を丁寧になぞっていた。
「私はもう、術式を扱える身ではありませんから」
 あの待合室で、老婦人はそう云った。理論の教授は自分がやるが、実践部分を頼みたいのだという。今までもそんな調子で授業が行われていたのかと訊ねたら、ほんの数日前までは、専門で講師をして貰っていた人間がいたのだそうなのだが。
「突然連絡が絶えてしまって。お宅の方にも伺ったんですけれども、生憎」
 つまり、(もし講師だった人間が戻ってくるのならだが)一時的な代打(ピンチヒッター)として、魔術講師を捜していたのだそうだ。
 印章を描き終わったチャクがその軌跡の中心をとんと小突くと、掌サイズの小動物が現れた。今日の授業は召喚術の一環だったらしい。教室の一番後ろに居る俺からはよく見えないが、どうやらチャクが喚んだのは、齧歯類に似た動物の様だ。しかし、思い描いた物とは少々違ったのだろうか、チャクの表情が微妙に歪んだ。
 召喚魔術は、イメージが大事なのだという(今し方行われた講義の受け売りだが)。印章を正確に刻む能力(それと勿論記憶力)は当然要求されるもののひとつだが、一番重要なのは、理の流れ(イーサ)を自らの思い描く形に連れて行く手続きなのだそうだ。
 なかなか勉強になっていいな、こういう依頼は。そんなことを考えていると、窓際の一角にいた少年が「せんせい!」と自慢気な声を上げながら直立した。何でも自習の成果を見せたいのだとか。その指先は印章を辿っているが、黒板の物とは少々違う様だ。
 と。感心する様にそれをみていた老女とチャクが、あッと何かに気付いた様に目を見開いた。チャクが立てかけていた杖を取りながら俺を見る。それを受け、俺も小走りに教室の前へ向かう。
 そこで、みしり、と、嫌な音が響いた。
 生徒達が悲鳴を上げる。少年の描いていた印章は一度大きく震えると、その光の軌跡を纏ったまま、大型の四足獣へと形を取っていったのだ。
「ほぼまちがいなく人を襲うタイプだ」
 予断許さぬ様な表情(珍しい)で、チャクが俺に告げる。
「詳しい説明は後で訊く。俺が牽制するから、お前が撃て」
 俺の応えにチャクが頷くのを見てから、腰から脇差を抜いた。
 老女に従って、子供らは不定召喚獣(イーサライズビースト)の対角へ固まった。ケモノは武器を抜いて構える俺達を当面の敵と取ったか、大きく唸ると、俺達へ向かい跳躍した。

「印章による召喚って結局イメージに引っ張られるから、失敗すると術者の脳内イメージがなんとなーく形になっちゃうんだよね」
 あれから。
 なんとかケモノをただのイーサに戻す事が出来てふと辺りを見回すと、机は倒れ(1台ケモノの重量により見事に割れた)、椅子の脚も折れ(チャクがケモノの特攻を喰らって飛ばされた)、床は焦げ(チャクが場所を考えず雷を喚んだ)、そして子供らは泣き喚いていた。
 ケモノとの戦闘よりも、事態の収拾の方に時間を取られ、漸く片づき報酬(講師料というよりは退治料だな)を受け取った時には、既に日が暮れていた。そして、宿まで戻る10分足らずの間に、チャクから簡単な説明を受けていたのだ。
「あの子多分、冒険譚に良く出てくる様な、なんかカッコいいものが喚びたかったんじゃないかなぁ。それであんな形になっちゃって、んで廻りの怯えた感情に流されて、それを喰う側に回っちゃったんだとおもうんだよね」
「…結構厄介なんだな、魔術ってのは」
「んまぁ、そりゃね。イーサ干渉って、魔術だろうと神蹟だろうと結局なんだかんだ云ったって自然に反発するものだし。そうかんたんに出来ちゃったら逆にまずいと思うよ? 下手うったら地形が変わっちゃうなんて事もあるかもだし。《現出》みた──あ! そうだ!」
 人が、珍しく感心をしていたというのに。こいつは自らそれをひっくり返してくれた。
「ちょっと部屋着いたらウサギじっくり見せてよ。んもうぼくあそこでウサギに似たの喚ぶつもりだったのになんであんなにぶっさいくなネズミとカエルのあいのこみたいになっちゃうのかなぁもう~」
 まぁチャクはこの方が“らしい”な等と思いながら、宿の戸口をくぐった。さて、当のウサギは大人しくしていただろうか。

0023-01 (0046)

 そもそもが。
「…有り得ないわよね」
 全く同感だ。
「外区で通り魔事件が多発。だから警備の人員を補充する。それはいいわよ。それにしたって、物には限度って物があるわよね。私が通り魔なら、絶対こんな時に人襲ったりしないわ」
 センリの言がもっともなのは、昇ってきた朝日が証明した。今日という日は、まるで何事もなく始まったのだ。
 ルアムザは同心円状の横路とその中点で交差し円を8等分する大通りとで出来ているわけだが、道をほんの一本隣に動いただけで俺達同様に見張りを行っている人間に鉢合わせる様なこの状況で、一体どんな通り魔が暴れるというんだろうか。
「ですけれど、犯罪の抑止にはなりますよね」
「根本的な所は見事にずれてるけどな」
「むつかしい事は偉い人が考えてくれるよ」
 チャクがふわわと大あくびをひとつしてから、むにゃむにゃと呟いた。
「ぼくらは云われた事きちんとやったんだし、いいじゃん。早く寝よ。依頼って2日拘束でしょ? 今日の夜中もやるんでしょ? だったら早く体力戻さないとねだよ。ああ眠いねむい。おハダが荒れちゃうよ」
 うんとこしょと口にしながら伸びをして「行かないの~?」詰め所へ戻ろうとするチャクに、俺達は肩を竦めて顔を見合わせた。全くもって奴の云う通りだ。無駄な事はせず、とっとと戻って今夜に備えるべきだろう。

0023-03 (0047)

 そもそもが。
「…有り得ないわよね」
 全く同感だ。
「どうしてこの厳戒態勢というかやりすぎ態勢の状況で、通り魔を行うなんて気になるのかしら」
 昨晩。通り魔はしっかりと現れていた。居合わせた数名の衛士達(中には雇われ者も含まれていたが)を無惨な姿に変え、まんまと逃げおおせたという。
「じゃーぼくらのすることはひとつだよね」
 云うと、チャクはパンっと両掌を合わせた。
「…何の真似だ?」
「厄介事が振ってきません様に、神頼み」
 無神論者じゃなかったのか、お前。そう口を挟もうとした時。
 ごう、と。唐突に音が沸いて出た。
 一斉に振り向く。と、そこには巻き上がる枯葉、そして──もう一つ、上り詰めたその物体は、街路を形作る石畳に鈍い音を響かせて頭から潰れた。ああ、昔、あんな蟾蜍を見た。そんなどうでもいい情景が頭に浮かぶ。
「純白樺の杖」
 チャクがぽつりと声を響かせる。潰れて落ちたモノの先、ローブを纏った棒立ちの人間が、薄ら白く輝く杖を持っていた。それを持つ事を杖に許される為には、少なくともある程度の腕前が要求されるのだという。
 そんな物は先の竜巻を見れば判る。あれだけ大きな突風を魔力の干渉を感じさせずに(そちら側の感覚が鈍い俺だけでなく、マリスもチャクも何も感じ取っていなかったのだから)作り上げる能力を持っているのが明らかなのだ、こちらの身構え方も変ろうというものだ。
「イーサ干渉を弱める膜を張ります」
 マリスが云う。
「魔法使い相手じゃ、直接攻撃の方がいいかしら」
 センリが踏み込みの態勢を取る。
「んじゃぼくはなんとかアレの気を逸らせてみるよ」
 チャクが水晶を構える。
 …となると、俺に出来るのはいつも通りの小細工というわけだ。

「あー、だいじょぶ? ユキヤくん」
 まだ気分が悪い。
「びっくりしたなー。ぼくはああいうのもう楽しくて仕方ないんだけど、ユキヤくん全然駄目なんだねぇ。ちっちゃい頃なかった? 飛行願望みたいなの」
 願望を持つのと、実際体が耐えられるかという現実とは、常に一致するとは限らないに決まってるだろうが。
 憲兵が来るのを待つ間、魔術師であった塊を眺めながら、俺は石畳に座り込み無理矢理気分を落着かせようと努力していた。

 やけに機械的な緩慢さ(例えるならば、紐で手足を吊られた操り人形だ)で杖を振り上げた男は、それでも詠唱の速度だけは直前に見せた魔力同様優れていたのか、俺達が行動を起こす前に小竜巻を作り上げていた。センリとマリスが風に煽られたが、二人とも自身の行動を止めることなく、センリは男に殴りかかり、マリスは魔術防御の膜(イーサバリア)を張った。そしてチャクが雷を喚び、それに紛れて俺が男に襲いかかろうとしたところで、唐突に足場が消えた。
 いや、足場の方が消えたのじゃない。俺達が足場から離れたのだ。
 男は熱気を纏った風を巻き起こし、俺達を中空へ打ち上げた。内臓から自身が持ち上げられる様な感覚を初めて味わい、そしてその異質さをはっきりと脳が認識する前に、今度は冷気の塊が体に衝撃を与えた。落下を受け身でなんとかやり過ごしてから、せめて一太刀浴びせようと奴の首筋をかっ切った所で──異様な吐き気に襲われた。膝を突いた自分に叱咤を飛ばそうとした時、杖の立てたカランという乾いた音が響き、そのすぐ後に、どさりという重さを耳にし──
 思わず、安心して、吐いた。

「どっちかっていうと、持ち上がる時より落っこちる方がダメってひと多いけど、ユキヤくんは逆なのかな? それとも三半規管がああいう感覚全部に慣れてないのに突然また通常の重力用に引っ張り戻されちゃったっぽいからそれもでっかいのかもなぁ。いきなりあんなに動くんだもん、自殺行為っちゃ自殺行為だね。んね、具体的にはどんなだった?」
 具合の悪い人間を前に長文を聞かせるな質問を投げかけるなとにかくお前は黙る事を憶えろ莫迦が。
 他、思いつく限りの罵詈雑言を脳裏で展開させていたのだが(今考えればそれは十分気を紛らわせるという役目を果たしたのだが、精神衛生的には5割増でよろしくない)、チャクの服から逸らした目線の先、倒れている男の更に向こうに、俺と同じように肩で息を吐くセンリと、今漸く起きあがろうとしているマリスが見えた。
「あ、だいじょぶ。二人とも怪我結構あったけどそれは治したから。ただ体力の消耗は激しいっぽいけど、一晩寝れば治るんじゃないかな。てゆかさ、肉体的な部分ではユキヤくんが一番軽傷なんだけど、知ってる?」
 …皮肉でもなんでもなく、これがこいつの素の感想だというのがいい加減判っているからこそ、云い返し辛い事この上ない。

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