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task (11)

「便乗?」
「ああ。料金は、とりあえず鏡屋にツケだ」
「聞いた事ねえよ、そんなやり方」
 フライビークルの運転席で、ナビ──リトル・フライは、大仰に肩を竦めて見せた。

task

5月22日──陰界・重慶花園

 話は、七宝刀を渡された処まで遡る。
 ひのふの、と、この部屋を開けるのに取ってきた鍵束(鏡屋の云うとおり、隣の部屋に鬼律付きで有った)に付いた鍵を、何度も数えながら「…やはりひとつ足りないな」鏡屋は、その度に同じ台詞を呟いていた。
「どっからどう見ても3本しかないぞ、それは」
「そうらしいな。あと1本、大鍵があるはずなんだが…」
 ふむ、と、鏡屋は一息吐き、そうして「君は先に戻っていてくれないか?」云った。
「残りの鍵のある場所には、心当たりがある。俺はそれを探しに行ってくる。…もう、鬼律は、きれいさっぱり、いなくなったんだろ?」
「まぁ、多分な」
 “鬼律”と口にした途端、突然口調が弱まった鏡屋に、思わず笑みが漏れた。不謹慎かも知れないが、何となく、ほっとしたのだ。
「それにしても」鏡屋の手元を見ながら、口を開いた。「その鍵は、そんなに大事なモンなのか」
 それぞれ色の違う鍵が、ひとつの輪に繋がっている。どこにでもありそうな鍵束だ。とてもじゃないが、わざわざ探しに行く様な物には見えない。
 実際、床にぽつんとすっ転がっていたのだから。
「これは鍵穴中心の結界を解くのに必要なんだ」
「鍵穴中心?」
「そうだ。八卦鏡の部屋に入るには、その結界を解かなければならない」
 八卦鏡。八卦碑の中央を鏡にしたものを、そう指す。
 正しい角度で置けば、邪気を跳ね返す強力なアイテムとなるが、逆に、間違った角度に向けてしまうと、そこに邪気が寄ってくる。
 鏡屋が元々この重慶花園に来たのは、この龍城路の邪気蔓延を正す為、正確には、蔓延った原因を調べる為だと云う事だった。
 ここで風水と関係する道具の名が出てくるのはもっともな気がした。同時に、見知った物に対する、安堵が胸の裡を占めた。
「…まぁ、詳しい事は物を手に入れてから話すとしよう。俺は最後の大鍵を探しに行くよ。
 ああ、そうだ、ひとつ、付け加えておこう」
「なんだ」
「ナビを雇ってあるんだ」
「ああ、それは錠前屋から聞いた」
 もっとも、どんな連中なのかはとんと判らないが。
「胡同から出る時は、ナビが居た方がいい。…いや、居ないとまずい」
「どういう事だ」わざわざ云い直す、というのが、気にかかった。「入ってきたところから出るだけだろう。出口で手続きでも要るのか?」
「その辺の事は、ナビに訊いてくれ。その方が早いだろう」
 鍵を懐にしまいながら、鏡屋が云う。
「来た方向に歩いていけば、ナビが君を見つけるだろう。俺はまだ暫く胡同に居ると伝えてくれるか?
 それと、君を送り届けたら、急いで俺のナビに戻ってくれ、と」
「ああ、解った」

「つまり、俺がアンタに“送り届けて”貰うのは、鏡屋の要請だからな。その分追加料金でもなんでも鏡屋に請求すればいい」
「ま、どんなんだろうと、俺としちゃ、ちゃんと代金が貰えればそれでいいけどさ」
 ちかちかと、フライビークルのライトが点滅する。まるで、リトルの意見に肯定を返す様に。
「んで、あんたどうするんだ。龍城路に戻るんだろう?」
「それについて、ひとつ訊きたいことがある」
「なんだい?」
「鏡屋が云っていたんだ。“胡同を出る時は、ナビが居ないとまずい”と。その理由は、何だ?」
「あんた知らないのかい? まぁ陽界から来たって話だし、それじゃ無理もないかもな」
 と、リトルはビークルのエンジンを切った。けたたましい音は鳴りやみ、ビークルもゆっくり、地上に降り立つ。
 着地してから、リトルはかけていたごついゴーグルを額まで上げた。
 それまでの、胡散臭い雰囲気──ごつい大きさの航空帽、着ぶくれした様なごわついた服、それと、顔全体を覆う、ゴーグルと(これもまたサイズがやたら大きいのだが)マスク──は、現れた瞳の幼さに、一転した。
 澄んでいるのに、どこか光のない曇った瞳。それに射抜かれる事の、気味の悪さ。
「それじゃあうちの会社について説明させて貰うよ。それと、あんたの質問にも答えないとな」
 少し長くなるよ。そう前置きして、リトルは話し出し、俺は生返事をしながら手近な壁に寄りかかった。
「まず。うちは『案内屋』だ。通称ナビ。あんたが知ってるのは、多分この程度だろ?」
「まぁ、そうだな」
「屋号の通り、俺達―――ああ、うちは俺ひとりでやってるんじゃないよ。零細企業だけどね、俺は宮仕え。勿論社員は俺の他にも居るさ。
 で、話を戻すけど、俺達は『案内』が商売だ。胡同なんか、得意中の得意さ。ここがメインみたいなもんだからね。
 昔っから、まぁ今程じゃ無いにしろ、胡同には性質上邪気が溜まりやすいから、安全に廻れるようなところじゃなかった。鬼律だってそれなりにいたもんだ。
 なんにせよ、普通住人には、胡同なんて大して行く用事もないのさ。殆どが捨てられた路地や建物だからな。生活には必要ない。
 けど「それでも胡同に行く用事がある」なんていう人間とかが偶に居る。さっきのおっさんなんか良い例だな。
 だから、俺達はそんなやつらの為の案内、つまり、相手にある程度の道順を教えるのさ。進むか進まないかは、お客さんが決めればいいだけの話だからな。
 さて、ここまでは良いかい?」
 リトルの話を聞きながら、陰界で俺が出会った、所謂『商売人』には、ある種の共通点が有る──そんなことを考えていた。
 自分の思考が『陰界の人間分析』と『案内屋の意義』に二元進行しているのを感じつつ、「続けてくれ」リトルに話の続きを促した。
「さっきもちょっと云ったけど、最近、胡同内の邪気がやたら強くなった。龍城路に限らず、他の場所──フロントを囲んでる街は軒並み、そんな事態に陥ってる」
「フロント?」
「ああ、陰界九龍の中心にある、まぁ繁華街みたいなもんさ。その辺は他で聞いてくれよ。俺も担当じゃないしね。胡同の話に戻すよ。
 胡同っても、普通に道に面してる。邪気が有ってもなくても、入ろうと思えば好き勝手入ったり、散策しようと思えば簡単に出来るところさ。
 けど、こんなヤバくなってきた今、一般人が紛れ込んじまったら、案内屋である俺達でも対処が面倒になってくる。実際、妄人になったやつも増えた。
 だからって、封鎖する訳にもいかない。ここは俺達の大事な仕事場だし、第一、そこまでの権限は俺達にもないからね。
 で、うちの社長がひとつ策を講じた。すぐ邪気にやられそうなやつは、俺達──ナビと一緒じゃないと胡同に出入り出来ないようにしたんだよ」
「…俺は、普通に入れたが」
「云ったろ? “すぐ邪気にやられそうなやつ”ってな」
 あんた、どう見たって邪気にぽっくりは逝きそうに見えないぜ、と、リトルは嗤った。
「判別方法は、俺達──少なくとも俺は、知らない。明確に理解してるのは社長だけさ。だからあんたがその条件で入ったって確信は俺には無い。
 ただ、あんたの場合“ナビと一緒じゃないと”ってとこの理由と、多分巧い事被ってるんだよ」
 リトルはビークルの座席下に手をやり、ごそごそと何かを探しはじめた。そうして、数本の試験管を取出した。
 そのひとつひとつは小ぶりで、但し、普通のそれよりは若干太めだった。全部で5本、中には何も入っていない様だったのだが。
「…邪気、か?」
「正解」
 肉眼では当然判らない。正体を見極めたのはひとえに、スコープのおかげだった。
 木火土金水、それぞれの属性の邪気がひとつずつ、その試験管には納められていた。
「『邪気を帯びた物、もしくは邪気そのものを持っていること』。社長の話じゃそれで見極めてるって事だ。何がそうしてるのかは知らないけどな」
「俺の場合、七宝刀──入った時は八宝刀だったが、つまりこれの所為って訳か」
「多分な」
 俺は、喋りながら腰に佩いた(というか、カラビナを介してベルト通しにつけただけだが)七宝刀に目をやった。リトルもそれを追う。
「ああ、ひとつだけ忠告しておくよ」
 思い出した様に、リトルが云う。実際、七宝刀に話題が移らなければ思い出さなかったに違いない。
「そいつは、勝手に邪気を吸収する。柄の裏、見てみなよ」
 云われるままに、七宝刀を手に取った。
 柄の裏には、五属性を示す文字が芒星をかたどって彫られていた。くすんで埋もれている文字の中、水と木の文字だけが仄かに点っている。
 点っている文字の示す属性が、今この宝刀に宿っている邪気を示す。この辺りはさっきまで使っていた八宝刀と変らない。
「30分もその辺彷徨けば、多分なんかしらの邪気が増えると思うぜ。それとももう」
「ああ、増えてるな」鼻で息を吐いてから、七宝刀を戻した。「さっきまではコイツに邪気は溜まってなかった」
「気をつけなよ」
 リトルが、七宝刀に顎をしゃくって見せた。気楽そうな声音が、ほんの少しだけ、沈んだ気がした。
「幾らあんたがしぶとくても、そいつに5つの属性全て溜め込んじまったら、問答無用で妄人になっちまうからな」
「…心するよ」
 しかし、苦笑混じりにそう応えた俺の中に、ほんの一瞬、真逆の考えが浮かんでいた。

 ───妄人になりたければ、全ての邪気を溜めるだけでいいのか、と。

「さ、この辺でいいだろ」
 ビークルが呻った。リトルがエンジンをかけたのだ。ファンが高速回転を始め、ゆっくりと、機体が宙に浮き始める。
 どういう構造なのかは判らないが、傍目から見る程辺り構わず風圧に巻き込む仕様では無いらしい。
 ゴーグルを目の位置に戻すと、指で俺を呼んだ。
「そろそろ出るぜ。俺にもあんたにも、まだ仕事は残ってるんだからな。付いてきな」

 出口へと向かいながら、俺はさっきまでの二元思考──決着の付いていない、陰界の人間について、考えていた。
 彼らは、自分の仕事に、誇りと、自分の全てと云っても良いだろうものを賭けている。
 そして、自分の領分以外の事には手を殆どと云って良いほど出さない。陰界の人間は、どうやら、『境界』に拘るらしい。
 そういえば。と、思い返す。リトルはしきりに「社長」と「社員」に拘っていなかったか。
「なぁ」
「なんだよ」
「お前は5属性の邪気を持ってるんだろ。何故妄人にならないんだ?」
「知らねぇよ。入れ物になんかあるらしいけどな。そいつは」
 振り向いたリトルのゴーグル越しの瞳は、心なしかゆがんでいた。
「社長に訊いてくれ」
 覆われた口元と殆ど変らぬ声音の所為で、それが笑みなのか苦面なのか、俺には判らなかった。

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