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5月22日──陰界・龍城路

 その後何事も無く、リトルと俺は龍城路の街──重慶花園の出口へとたどり着いた。
 勿論、七宝刀を持っている以上、俺独りでも胡同から出る事は出来る事になる。しかしそれが彼の仕事だ。そのプライドに俺は準じた。
「次に胡同に入る時には、ちゃんとあんた名義で雇ってくれよ」
 えび剥き屋の前まで来たところで止まり、リトルはビークルの向きを180度転換させた。
 彼はこれからもう一度重慶花園に潜り、鏡屋のナビに行かねばならない。
「そうだ、どうせあんたこの辺りの胡同、全部巡るってことになるんだろ?」
 リトルは気楽な声で俺に問いかけた。
 確かに鏡屋の台詞を鑑みるに、(まったくもって嬉しい事じゃあないが)どうやらひとつずつ巡って、邪気だ鬼律だと格闘しなければならなくなりそうだ。
「…かもな」
 曖昧に言葉を返した。<出来ればそんな面倒な事にならなければいい>という希望を多少、込めて。
「そんじゃ依頼人があんただったら、その地域の全胡同一括契約にする様に社長に云っとくよ。それでいいかい」
「料金は」
「一個ずつ巡るよりはまぁ、多少割安だぜ。ああそうだ、あんたにはこっちのがいいのか」
「何だ」
 脳内で手持ちの紙紮を勘定していたところに、リトルからの意外な一言がきた。
「金のかからない方法だよ」

「へぇ、そんなのがあるんだ」
 少年は、えびの殻を剥きながら、そう感想をもらした。
「要するに、両方良いとこ取りになるんだよな。俺だったらどうなるんだろう。えびを剥いてやる代わりに獲ってきて貰うとかかなぁ?」
「えび剥き位、誰でも出来るんじゃないか?」
「甘いなぁ。これだって色々コツがあるんだよ。俺、一応プロだよ?」
「手伝い、なんだろ」
「キャリア考えてよ、キャリア。俺、生まれた時からえび剥き屋なんだからね」
 リトルと別れてすぐ、えび剥き屋の子供に出会った。重慶花園への出入り口が袋小路にあり、しかもその道なりにえび剥き屋が有る以上当然だが。
 呼び止められた俺は、世間話宜しい会話に興じ、そして案内屋との契約内容をおおざっぱに話して見せたのだ。
「けどさあ、いい手だと思うよ。案内料と邪気封じ料と、チャラにしようってんだろ?」
「まあ、元々俺は料金を貰おうとしてた訳じゃないからな。その辺は、案内屋が気を利かせてくれた様なもんだが」
 大体料金を取るとしても、さてそいつをどこに請求したらいいのか甚だ疑問だ。
「一応、規定としてあるらしい」
「規定?」
「"案内屋の案内により、案内屋自体が多大な恩恵を被る場合"なんていう、但し書きの一文だそうだ。──まあ、書類やらで見せられた訳じゃ無いから、実際は甲がどうで乙がどうでって云い回しなんだろうけどな」
「ふうん? 俺にはあんまりピンとこないや」
 そういえば、と、彼は続けた。手は相変わらずえびの殻を剥き、笊により分けている。
「これから、あんたどうするんだ?」
「取り敢えずは錠前屋だな。鏡屋の事を知らせなきゃならない。後は──鏡屋が戻るまで、俺に出来る事でも探すしかないな」
「じゃ、ぜんまい屋に行くと良いよ」
「何かあるのか」
「鏡屋の向かいなのさ」一笊分のえびをむき終え、腰掛けていた柵の縁から少し勢い付けて降り、通路の先を指差して見せた。「ここをまっすぐ行くと、シャッターがあるだろ? …ええと、シャッターの向こう側、どの辺まで判る?」
「歩くだけならある程度彷徨いたが、どこが何屋なのかはさっぱりだな」
「なんだ、あんたあっち側殆ど知らないんだね」少年は、何故か心底楽しそうに笑ってみせた。「シャッター超えてそのままびん屋の前を通り過ぎて行った突き当たりが鏡屋さ。ぜんまい屋はその左隣、角に店を構えてるんだ」
「で?」
 どうしてそれを勧めるのか。短く先を促した。
「ぜんまい屋は、ここのKn(クーロネット)の管理をしてるんだ。鏡屋が戻ってきたら、それをメールして貰えばいいよ。そうしたら、あんたがどこにいたって、平気だろう? 良いアイデアだと思わないかい?」
「ちょっと、待ってくれ」
 また、知らない単語が現れた。前後の話から、おおよその予想は付けられたが。
「そのネットって云うのは、誰でも出来る物なのか? IDだパスだ使用契約だのの手続きは要らないのか」
「陽界にはKn、無いのかい? まあ詳しい事はぜんまい屋で訊いてよ。俺も詳しいところまでは知らないしね。それはぜんまい屋の仕事だから」

「あんた…胡同に入ってもなんともなかったのか」
 まず錠前屋へと報告に向かおうと思っていた俺は、えび剥き屋からの細道を抜けたところで男の声に呼び止められた。
 黙って通り過ぎるのもあれだと思い、そこで足を止めた。
 声の主は、編笠を深く被った、痩せぎすの男だった。大きめの壺の間に挟まる様にしゃがみ込んだまま、頭だけが俺を向いていた。
「取り敢えず、生きてここに戻って来られた程度にはな」
「胡同なんて…怖くて、俺はもう…何年も入った事ないのに……」
「わざわざ必要のある場所じゃないんだろ? 俺はそう聞いてるが、あんたあそこで商売でもしてたのか」
 男が心持ち俺の方に身を乗り出した様に見えた。
「なぁ」躊躇いがちに、口を開く。「富善苑(フーシンコート)って知ってるか?」
「いや」肩を竦めてみせる。「聞いた事もないな。何せ、まだ陰界(ここ)に来てから1時間と少しの、新参者だ」
「なんだ、知らないのか……」
 それきり、男は黙り込んだ。話す気配が無くなったと感じた時点で、俺は踵を返した。
「…永直…」
 人の名前だろうか。先程の男の声だった。
 やけに思い響きの音を背に、その場を後にした。

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