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専務面接

「あ!」の人作成。大成ともう一人。 菊男ルート風キケン。 ※キノコ注意!

 着慣れないスーツが気持ち悪くて、俺はこっそりネクタイの結び目を緩めた。
 誰も居ない控え室は、なんかそれだけで緊張感を煽る。入社試験の今日、面接の段階になって何故か俺は最後に取り残されていた。
「……」
 挙動不審に辺りを見回したりしながら、じりじりと時間が立つのを待つ。
 もしかしたら同期になるかもしれない他の人たちは、面接が終わったらこっちには戻らないで帰っちゃったんだろうか。
 ひょっとして、俺のこと忘れられちゃってたりして。
 あまりにも音沙汰ないので不安で頭が痛くなりそうだった。

 キ、とドアが開いて、慌てて背筋を伸ばす。
「……こちらへ」
 半身を覗かせた無表情な男が俺を呼んだ。
 さっきまでの係りの人と違う。なんとなく濁った気配がスーツからにじみ出ているような感じがして、違和感を覚えた。
 なかなか立ち上がらない俺に一瞥もくれずに、男は廊下を歩き出す。
「――あ、はい!」
 大急ぎで立ち上がると、閉まりかけたドアの隙間に体をねじ込んだ。

 曲がりくねった廊下を延々歩いて、いい加減方向がわかんなくなった頃、前を行く男がようやく立ち止まった。
「――失礼します」
 やけに重厚な扉をノックして、男は言いながらそれを押し開いた。
「お連れしました」
 体を開いて俺を促す。従って足を部屋に踏み入れると、すぐに扉は閉められた。

 足元の絨毯が無闇にふかふかで居心地悪い。不安定な床に足を踏ん張って、直立不動の形をとる。
「よろしくお願いします!」
 返答がない。
 改めて部屋の様子をうかがうと、重役専用みたいな豪華な部屋には、でかいデスクに向かって書類のようなものを眺めている男が一人いるだけだった。
「……」
 背中に熱湯をかけられたような気がした。うわ、と声に出しそうになって口を手で覆った。
 なんか、なんつーか、危険の香りがする。
 男はとてもビジネスマンには見えなかった。生地からして出来が違います風の超お高そうなスーツだけじゃなく。無造作に後ろで括った長髪だけでなく。男でもついまじまじ見つめてしまいそうな、交差点のビル広告で微笑んでるのが似合いの整いすぎてて薄ら寒い程の美形顔だけでもなく。
 特にこれといった表情を浮かべているわけでもないのに、ひどく冷たい、ゾッとするような印象を覚えるのだ。
 こっちを見もしないで、男はペン先で応接セットのあたりを指す。座れ、ということだろうか。
 俺んちのベッドより場所取りそうなどでかいソファだ。対面の位置にそろそろと腰を下ろすと、どこまでも沈んでいきそうな感覚が怖い。
 なんかやばい、という言葉が頭を回る。自分でも理由のわからない本能で心臓がざわつき総毛立つ。
 乾いた紙の音を立てて、男が書類を脇に置いた。顔が上がる。目が合った、と思った瞬間心拍数が跳ね上がった。
「……な」
 にやぁ、と男の口元だけが機嫌よさそうに笑った。
「――っ」
 即座に立ち上がって逃げ出したい衝動に駆られる。なのに、俺は男の顔から視線を剥がすことすら出来なかった。
 頭に熱が上る。耳の奥でドクドクと血の流れる音がした。

 殊更ゆっくりと立ち上がった男が、楽しくてしょうがないように笑い声をあげる。
「……どぅしたぁ、お嬢ちゃんん?」
 間延びした言葉。
「……っ!?」
 頭ん中でカチリとチャンネルが合った気がした。この、声。にやついた口元も。忘れるはずもない。
 一気に、おぼろげに薄まって腹の奥に溜まっていた記憶がせり上がってくる。
「……クソ、アフロ」
 顎の下の、まだ残っている火傷の痕が疼いた。
 恐怖と憎しみが入り混じったわけのわからない興奮で、脳がねじくれそうだ。
 叫びだしたいのか笑い出したいのか、俺は恐慌状態に陥った頭を宥めようと目を閉じて呼吸を繰り返す。
「……んなとこで何してんの」
「専務ぅ」
「頭どうしちゃったわけ?」
「ぁあ?」
 アフロじゃないアフロなんかアフロじゃないよ!なんてわけのわからないことを言いたくなる。
 デスクの横を抜けて近づいてくる菊男を睨み付けながら、中腰でじりじりドアへと後ずさる。
 その手に拳銃がないことがせめてもの救いだ。廊下へと飛び出すべくタイミングを計っていると、菊男が声もなく笑った。
 リングも煙草もない指で見覚えのあるサングラスを手に取り、緩慢にそれをかける。
「………」
 顔の上半分が隠れると同時、チュイーン、という微かな音が聞こえた。
「え、な……!」
 俺はあまりの衝撃に目を見開いた。ついでに口も開く。信じられない気分で、目の前の異常事態を見つめる。

 菊男の髪が生き物のように蠢いて、物凄いスピードでチリチリ巻き上がってアフロを形成していた。

「き、きゃあああ嗚呼!?」
 悲鳴を上げずにいられようか。いや無理。だって怖い。怖すぎる。

 すっかりモカモカで覚えのありすぎるアフロに戻った菊男がにやつく。首もとを乱暴に緩めると、バサッと盛大な衣擦れと共に一瞬でスーツを脱ぎ捨てた。
 上半身裸。真っ赤なパンツ。アフロの右手の上着が、さっきまでスーツだったはずなのに見た目暑苦しい毛皮のコートにすり替わっていた。
「う、あ、ぁ……」
 ――ありえねぇ!ありえねぇ!ありえねぇ!ありえねぇ!
 腰が抜けてふわふわのソファにへたり込んだ俺の頭を、誰かが金槌でガンガン殴りながら耳元で喚いている。
 そうだ。ありえねぇ。いくらあのアフロだからってこれはいくらなんでもありえねぇ。
「――夢か。夢なんだな?ちくしょう夢かよ!」
 立ち上がろうともがきながら俺は叫んだ。一刻も早く覚めてくれと心の底から全身全霊を込めて祈る。
「甘ぇなぁあ、ボォォイ。萎えさせんなよ?」
「うわわ、こっち来んな!」
 足で必死に追いやってみる。その足をあっさり掴まれて引かれ、俺はバランスを崩してソファから転がり落ちた。
 痛くない。やっぱり夢だ、と確信しながらも、恐怖はちっとも弱まらなかった。泣けてくる。
「起きろ――っ!起きろオレェエエエ!」
 凄い力で押さえつけてくる菊男に抵抗して暴れながら、俺は喚いて何度も床に頭突きした。どうせ恥も外聞もない。
「きひゃっは」
 後頭部に固い感触が当たった。腕をねじり上げられて毛足の長い絨毯に顔を押し付ける。うまく息ができなかった。
「死ぬかぁ?一息にぃ」
 馬鹿にしたような声が降ってきて、俺は呻いた。
 そうだ。どうせ夢なんだから、死んだらきっと目も覚めるに違いない。
 でも待てよ、夢なんだから死んだって死なないのか。頭ぶち抜かれて体動けないままアフロにヤられちゃったりしたら、いくら夢の中の出来事でも目覚ます前に心臓マヒで死んじゃうかもしんない。
 暗鬱すぎる想像に、俺は必死で首を振った。だめだ、前向きに考えないとマジでそういう展開になりそうだ。
 菊男が微かに笑う気配がした。
 うつ伏せた耳元に顔が寄せられる。
「安心しなぁ。一瞬だ。……大成」
 俺の心配を読んだかのように優しげに囁かれ、名前を呼ばれて体が震えた次の瞬間、音と同時に衝撃を感じた。
 頭が勝手に大きく跳ねる。
 撃たれた、と思った瞬間、脳味噌に凝った熱が思いっきりぶっ飛んだのを感じた。クラッカーやら紙吹雪やら鳩やらが俺の頭から盛大に飛び出す図を想像する。
 ゥオンゥオンという奇妙な音が鳴り響いて、辺りが暗くなっていく。
 意識が途絶える直前、自分の顔が笑ったのを感じた。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

「ってさ、俺ひょっとしてヤバい?」
 手の中の柿の種を見つめながら俺が尋ねると、何ともいえない表情をした十一が乾いた笑いを漏らした。
「……その夢を俺に分析しろと?」
 ちょっと震えてるかもしれない。気持ちはわかる。
「思うに、入社試験に対するプレッシャーとアフロのトラウマがごっちゃになったらああなるのかなと」
「冷静に言わないで頼むから怖いから」
 差し出された発泡酒を受け取ってプルタブに爪をかけた。
「俺もー。自分で自分が怖ぇよ」
「聞かされた俺のがもっと怖ぇよ」
「なんでだよ。お前もあの夢見てみろよ」
「やだよ」
 プシ、という軽い音と共に僅かに噴出した泡を見て、頭をぶち抜かれた瞬間の快感を思い出してしまう。
 真人間に戻れなくなったらどうしよう。

  ―――人生悲観したところで、完。

キノコ第二段。全自動型巻き巻き式アフロ。 とか。
大成貧乏なら貧乏のあまり、道を歩いてて見つけた「死んだ小鳥の死体」とか例の「キノコ」とか食べちゃうかもしれないと思います。

アフロは美形!美形!と呟きながら書きました。
が、唯一顔を間近で観察した大成は初めて出会ったその時に恋の花咲くこともある的にアフロに心奪われてるので、ほんとはそうでもないんじゃないかと思います。

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