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0004-02 (0009)

 奇跡だ。まさか、30分で講師が来るなんて。

 いや、解っている。普通人を待たせるにあたり、30分でも長すぎると思うなんて事くらいは。しかし一昨々日に1時間、一昨日は2時間、そして昨日の3時間――いくら俺でも快哉を叫びたくもなる。
 昨晩大人しく修繕を行っておいて良かった。もし2時間(平均を取った)も待たされるのであれば、その時間を使った方が効率も良く、また睡眠時間も長く取れるはずだ。一時そう思ったのだが、それを(結果的に)留めたのは、同室の男だった。
 俺が部屋に戻ると既にふんふんと(昨日同様)読書をしていたチャクは、「おかえりー」と挨拶するやいなや、上衣に開いた穴に興味津々たる声を上げた。説明を求められ、今日あった事を話して居たのだが、いつまで経っても矯めつ眇めつ穴を見続けるチャクにうんざりしてきて、服をひったくる様に奪ってから修繕を始めたのだ。
「ああごめんね、直したかったんだ。そりゃそうだね~」
 買ったら高いしねぇ。のほほんと云うチャクに、コイツがパーティメンバーだったとしたら、まぁ特に気を遣う必要はなさそうでいいかもしれないなどと、(針を動かしながら)ぼんやり思った。ただ単に感情のベクトルを無理矢理上方へ持っていっただけかもしれないが。

 話を今日に戻そう。
 今日の講師はジャネットと云った。「探索の基本」という講座名が示す様に、探索用と思われる道具やらをごてごてと装備して、それをじゃらじゃら鳴らしながら前方を歩いている。話によれば、これから洞窟に向かうらしい。
「ちょっと生活じみた話になるけれど」
 冒険者として登録したからには、やはり何らかの目的が有るものだ。それは金品であったり、好奇心を満たす為であったり、俺より強い奴に会いに行くなんて物であったり。その代表的(と思われる)目的の1つ1つに簡単なアドバイスを頂戴した。主に斡旋公社の利用と道具の個人売買の話だ。
 そんな話を聞きながら岩場に差し掛かった頃、ふと「そこ危ないわ」と前方から声。え、と思う間もなく、足を降ろした岩が崩れ、前方に向かって華麗なダイビングを決めてしまった。
「ごめん、遅すぎたわね」
「いや、俺の不注意ですから」
「ん、でもね」
 彼女も俺同様探索系ギルドの人間ではあるが、“スペランカー”というクラスで登録されている。その名の示す通り、洞窟系の探索に優れているのだそうだ。そういうクラスの人間をパーティに一人入れておけば、こういった探索ではその知覚力に信頼を寄せられるという。逆に、対象クラスたる人間は、その信頼になるたけ答えようとするべきだろうと、ジャネットは云った。
「それで、どこまで話したかしらね」
 そうそう道具の話、と、彼女は腰にくくりつけられていた小袋の1つから、握り拳程度の石を取出した。道幅らしき物が狭くなるにつれ段々と脇に迫ってきていた岸壁に、その石を叩きつける。すると、石の廻りが俄に明るくなった。ランタンや松明と比べ明らかに小型で手軽なこの石(輝石というそうだ)は、今回のような洞窟探索時等に重宝するらしい。《虹色の夜》以降、確かに妙な事は増えたというが、斡旋公社の充実やこれらのアイテム等、職業冒険者にとってはいい環境と云えるんじゃないだろうか。
 暫く歩くと、空虚な穴に出会った。ぱっと見1つの穴に見えるのだが、どうやら二叉路になっている様だ。ジャネットはどちらに進むかは俺に一任するという。ヒヨコにそんな事をやらせると言う事は、彼女はこの場に何度も訪れているか、事前学習の様な事をしてきているかのどちらかだろう。
 とはいえ、自分の責任程度自身で負えないようでは、今後冒険者としてやっていく上で危険に繋がる。気持ち緊張してから、選択を告げた。

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