0006-02 (0013)
「そういえば私、荷物の中でこんなのを見かけたんだけど」
テュパンに宿を取って、さて一息吐こうかと云う時に、突然リトゥエが両手を差し出した。その掌の上には、薄水色の卵。因みに現在、リトゥエには専用の“リトゥエ袋”というものが存在する(多分面と向かって自身の寝床をそう呼ぶと怒るだろうから、一度もリトゥエにそう云った事は無い)。更に因みに、俺が準備したわけではなく、養成所に居る間に妖精手ずから調達していた。そのマメさ(と、初見時に見せたあの魔術)があるならば、わざわざ俺と共にいる必要は欠片も無いと思うのだが。
「お前が食うのか?」
まさか。そう口にしたリトゥエは、さすがに俺の台詞が冗談だと解っているのか、憤慨した様子は無かった。まぁいいから持ってみなよ。そう卵を渡されてしげしげ眺める。そして、漸く正体を思い出した。
「ああ、貰い物だ」
「まさか地元で別れを惜しむ彼女がくれたとか」
「…流翼種は想像力旺盛だな。生憎だが違う。テュパンに船が着いてすぐ、お前が激突するちょっと前に、記念だとかで」
卵は丁度、俺が両手ですっぽりと包めるサイズだ。鶏のものよりも、一回り大きい程度か。それはそれとして。
「それで何の卵なんだ?」
「知らないの?」
「知らないから訊いてる。何なんだ?」
「私も知らないから“こんなの”扱いなんだけれど」
揃って唸ってから、ひとまずリトゥエ袋に保管する事で話が付いた。他にもこれを渡された人間は大勢居るのだし、酒場当たりで誰か適当な人間を見つけて訊ねればいいだけの話だ。ひょっとしたら、リトゥエの体温で卵が孵るかもしれない。…有精卵かどうかすら、現時点では不明だが。
さすが商都というだけあって、市場通りはとても賑わっていた。商人ギルド直営の店を端に置き、そこからずらりとそのギルド員たる面々の商店が建ち並ぶ。熱心に呼び込みをする者も居れば、常連を大事に扱って行く様な店も有り、また活気づいた店も有れば、敢えてそれをせずにいようとしている様な店も有り。
チャクにはテュパンで待つと伝えてある。居場所については冒険者専用の大酒場の掲示板を見ろと云っておいた。ここに来るまで最短でもまる一日。あいつの身支度等を考えても、明日の午後までは時間があるだろう。それまでのんびり観光をするつもりだった。
考えて見れば、グローエスに着いて以来、まともな休息日を取っていなかった。幸い観光案内も(役に立つかは解らないが)腰の袋に常備されている。これを有効活用しない手はない。
早速、商店を片端から冷やかして回った。オークション会場を見るというのも面白そうだ。酒場で一杯やりながら名物を口にするのも悪くない。そういえば闘技場が有るんだったか。明日辺り腕試しも良いかも知れない。
結局、夜が更けるまで街のあちこちを見て回った。肉体的にはともかく、精神的には大いに休息と云えた。