hesitation (09)
hesitation
5月22日──陰界・重慶花園
最初、ただの虫だと思った。他に思いたくなかったのかも知れないが。
足は、確かに蜘蛛のそれで、だが外見は。
「鬼律、ね」
物に憑いたモノ。
見た目的には一つ目の蜘蛛、ハラの部分が卵の殻…いや、虫が卵から湧いた感じになってるのか。それと、背中にゼンマイ。ちょうど、昔小さい頃に持ってたゼンマイ仕掛けの玩具が、あんなかんじだったか。
ゼンマイを捲くと、足がちまちま動き出して、案外早く前に進んでいく。ゼンマイが切れたら、途端に止まる…。
まるで、今の俺みたいじゃないか。
自嘲にかられた。
何かに突き動かされるように進むだけ進んで。その後、どこかで止まるのだろうか。
陰界の風水を起こすなんてデカい仕事、ゼンマイ仕掛けの玩具がこなすのか。
目の前でゼンマイを回しながら足を空回りさせる鬼律。あれは、そんなゼンマイ仕掛けの玩具に憑いたのか。それとも卵に邪気が憑いた後、その邪気がゼンマイを付けたのか。
…何の為?
そこまで考えたところで、邪気が突然吹き付けてきた。スコープの所為で、右半分の視界が鬱陶しいどピンクに染まった。体から力が抜ける。
とっとと物に戻さないと、いよいよ俺の方が危ないか。
スコープの脇のボタンを、手探りで探し、押す。ディスプレイ切替。
『蛋虫(ダンシオン)・金属性』
スコープの表示だ。なるほど、“たまごのむし”、ね。
借りた八宝刀を見る。元々の邪気は3つ。邪気を吸い込めない以上、ここにある分でどうにかするしかない。
幸い、火属性の邪気が蓄えられていた。これを射出すれば、相克の作用でアレは物に戻るのだろう。
俺は八宝刀を構え、鬼律の動きを捕捉した。
―――卵の殻が転がったのを、目が追っていた。
ぼぅっとした脳裏に、さっき考えていた事柄が思い出される。
物の怪、鬼律の、
がくっと、崩れるような衝撃を受けた。
思わず、辺りを見回す。
何の変化も見られない、小会議室風の部屋の中。鬼律はさっき物に戻した。…俺は何をしていた?
邪気の余波だろうか、確かに頭がどこかしらくらくらしているが。
鏡屋がどこにいるのか、まだはっきりしないうちに、何で俺はこんなところで呆けてるんだか。
とっとと進もう。俺が全て、邪気に冒されないうちに。
俺が邪気に憑かれたら、ちゃんと妄人になれるんだろうか。
ふと、そう思った。思った自分を自覚してから、うすく、嗤った。