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Tag: 幕間

0016-03

「…えーと、ごめんなさい」
「いや、判って貰えれば別に」
 チャクが現れたおかげで、マリスがセンリに事情を説明してくれ、そこでやっと話が正しく繋がった。そうしてそのままの流れで、(時間も丁度いい事だしと)4人揃ってその軽食屋で昼飯を摂っている。
「んも、ぼくてっきりユキヤくんが、毒を喰らって大変なぼくのために猫をナンパしてくれたんだとばっかり思ったのになぁ~」
 そう云って、“毒を喰らって大変だった人間”は、珍しく大盛りにしたパスタをもぐもぐと咀嚼した。こいつ本当に、数十分前に半死状態だった人間なのか。
 センリの猫(毛質が俺の足にしがみつくウサギとよく似ている)は、“雅”というのだそうだ。東方の文字で名前を付けたのだとセンリの説明を聞きながら、チャクは足下をうろうろしていた雅を撫でてみたりパスタを一本くれてやったりと忙しい。…しかし猫を触るというのは、飯喰ってる最中にやる事としてあまり宜しくはないと思うのだが。
「そういえば」センリが俺の足下を見やった。「そのウサギは? 名前、なんていうの?」
「ん、ああ、シフォーラビット、だったか」
「ユキヤくん、それはディオーズとしての名称だよ」
 チャクが、伸ばした俺のフォークから自分の皿を守りながら(惜しい、もう少しだった)云う。
「だからぼくが早く名前決めよう~って色々アイディア出したのに」
「決まってないの?」
 センリに疑問を投げられ、俺は鼻で息を吐く。
「こいつの出してくる命名案は、どれもこれも突拍子無いんだ」
「あら、例えばどんな?」
 全く崩れない笑みを湛えながら、マリスが問う。例えばか。…そうだな、一番インパクトの強かったのはやはり。
「アカフハフ」
「…それは…」
「まぁ、かわいいなまえ」
 ぇ、と小さく声を発し、思わずマリスを凝視した。横でセンリも同じようにマリスを凝視している。と。
「ほら~やっぱりぼくのセンスの良さってば、判る人には判るんだよ~」
 …まぁ、居るところには居てもおかしくないだろうが、こうもすぐ現れるとはさすがに思わなかった。マリスの言が世辞でも何でもなく素のままの気持ちなのかはさておいてだが、とはいえ、センリの表情からして恐らく後者だろう。
「んね」最後の一口を口にしてから、チャクが云いだした。「ぼくたち、これからタレスに向かうんだけれど、特に何も無ければ一緒にどう?」
「…お前はいつも唐突に切り出すな」
「んでも廻りくどくどくどって云って判りづらくなるよりはよっぽど良くない?」
 せめて切り出す前に俺に一言有ってもいいんじゃないのか、その内容は。
 ひとまず成り行きをみてからにしたのか、マリスもセンリも口を挟もうとはしなかった。それに気をよくしたらしいチャクは、いつにもまして張り切って口を動かす。
「ええと、ぼくはサマナーなんだけど、次クレリックになるつもり。てゆか多分ひょっとすると、もう今からいってもいいかもしんないなぁ、時間的に上位終わっててもおかしくないから。後で行ってこよっと。んでえっと、ユキヤくんは今ニンジャマスターだけど、次テイマーになるの。その為にぼくらはタレスに行くんだけどね。あ、取り敢えずテイマー関係ないか。だからそれはさておくとしても、えーと、これでメイジとスカウトが揃ってる訳だよね。んでマリスさんはクレリックで、センリさんはー……あれ、被った」
 つまりチャクはパーティを組むための切り口として、“能力を補えあえる”という点を前に出したかったらしい。
「惜しいなぁ~。もう少しで完璧で素敵な理論が出来上がったのに」
 どのあたりが完璧で素敵か全く解らないが、チャクはそのままに、俺はマリスとセンリの表情を窺った。
「こいつの云ったのはあまり気にしないでいい。どうせ猫が一緒だと楽しいとか何とかその程度だろうからな」
「あれっ、バレてる?」
 どうしたらバレてないと思えるのかの方が不思議だ。
「どうする? マリス」
「センリはどうしたいの? わたしはそれでいいわよ」
 二人の会話に、俺は軽く目を見張った。
「いや、だから気にしなくてもいいと」
 俺の言葉を遮って、センリは言葉を続けた。昨日まで迷宮を探索していたのだが、やはり二人では限度がある様に感じたのだという。
「ま、ホントは雅のエサが無くなったからなんだけれど」
 云って、センリは足下でウサギに歩み寄ろうか否か迷っている猫に目をやった。
 冒険者組合のパーティ登録制限は4人であるし、確かに2対2であるこの状況というのは丁度いいのかもしれない。現状、前衛らしいのが俺しか居ないのには不安も残るが、広範囲魔法を使えるのが2人居るというだけで、その不安は大分解消される。そして、回復役もこれから二人になる。
 と、そこまで考えて、俺の役目はなんだろうと考える。探索者ギルドに所属はしているが、目端を利かせる様なクラスではないし、前衛というよりも後衛からちくちくと攻撃を加えていく方であるし、そうなると。
「それにやっぱり」
 そうして、センリは俺の出した結論と、ほぼ違わぬ解答を出した。
「人数が多い方が、ダメージの分散も多いだろうしね?」
 これもやはり、今までチャクを壁にしてきた報いだろうか。

0017-01

 ギルドで教えられたのは、調教対象の動物に対する向き合い方だった。
 つまり、極論すると。
「エサを与えつつ、適度な運動が必要らしい」
「ふつうじゃん」
 宿に戻ってきた俺は、チャクにせがまれ調教師ギルドの話をしていた。その感想がこれだ。とはいえ、俺の感想も大差ないのだが。
「下位クラスだから仕方ないといえばそれまでの様な感じだったな。今後、専門的な知識の必要な──例えば獰猛なタイプの奴だとか、爬虫類だ鳥類だとかの分類だそうだが、そういった話が組み込まれていくらしい」
 つまり、テイマーギルドにおける中位だ上位だのクラスというのは、要するにそういった種別毎の専門家になるということだった。
「そっか、ふつうの猫とか犬ならなんとなく解るかもけど、突然ディオーズのウサギを使役しろって云われてもむつかしいよね」チャクは一頻りうんうんと納得するように首を振った。「んで、ユキヤくんはこのウサギ、どうするの」
 どうと云われても困るが、そうだな。
「特殊能力が有るとかいうのは判ったが、それを俺が自発的に使役できる方法ってのは無いらしかったな」
 特殊能力!? 俺の言葉にチャクは過敏に反応した。
「凄いねウサギ! なになになに、どんなの?」
「寝かす」
「なにそれ」
 言下の俺の回答に、これまたチャクが言下に返した。ので、先程得た知識をそのまま披露する。
 要するに、肺とは別に眠くなる成分(アルファ波の出でも良くするんだろうか)をたんまりと溜め込んだ呼気を吐く事の出来る器官があって、それを空気の流れに乗せる事で、息の混じった空気を吸った者が眠りにつく事が、
「あるのかもしれないそうだ」
「なんでそんなすごい仮定形なのかな」
「効き方に個体差があるって話だと思うが、それにしたって曖昧だったな。…まぁ取り敢えず、コイツの存在価値は見出せた訳だ」
 ウサギの耳の付け根を指先で掻いていた俺に、チャクがにまにまと笑みを浮かべる。何だ?
「んんん。ユキヤくんは素直じゃないなあって思ったんだよ」
 …何かとてつもない含みは感じられるが、無視する事にした。

0019-01

「そういえば、ぼくたちってパーティのリーダー決めてないね?」
 朝飯の場で、もごもごとパンをほおばりながらチャクが口にした。
「少なくとも、組合的にはマリスがリーダーだ」
「あら、そうだったんですか?」
 俺の言葉に、マリスがぽかんとした表情を浮かべる。頷いて、俺は言葉を続けた。
「形式上、俺達がそっちのパーティに入った事になってる。だから登録しているパーティ名も、マリスとセンリが登録していた名前のままだ」
「そうなんだ」
 付け合わせのサラダを食べ終え、センリはフォークを置いた。じゃあ、せっかくだからパーティ名とか、変えてみる? そう云われたが、特に俺もチャクも名称に拘りがないのでそのまま据え置く事にした。そもそも、闘技場だなんだも形式上このパーティ名──“虹彩の空を見上げる者”──で参加している以上、ころころと変える必要も感じられない。因みにパーティ名の“虹彩”は目の器官の方ではなく、後ろの“空”に引っかけて文字通り“虹に彩られた”の意味しかないのだそうだ。閑話休題。
「ん~、やっぱりさぁ、こういうのって年功序列なのかなぁ」
 ごちそうさまでした。とチャクは行儀良く両手を合わせた(こういうところ、チャクは拘るのだ)。
「そういえば、ぼく、みんなの歳知らないや。差し支えなかったら教えて貰っていい?」
「別に構いませんよ。私は今年19です。センリは確か17だったわよね?」
「ええ。ユキヤは?」
「20。今はまだ19」
「あれ、そうなんだ?」
 さて言い出しっぺの順番だという時になって、チャクは頓狂な声を上げた。
「…それは俺が年相応じゃないとかそういう話か?」
「そこはそれさておいてなんだけど、ぼくの云ったのはそうじゃなくてね」
 暗に俺の問いに肯定を返してから、チャクはとんでもない内容を口に乗せた。
「ぼくが一番年上だったんだ~と思って」
「……え?」
 俺を含めた残りの三人が異口同音に口にしたのは、どう考えても「そんなまさか」という意味合いが込められたものだった。つまり少なくとも、今俺が感じたものは、一般論としてかけ離れてはいないという事だ。
「…聞くのが憚られるんだが」なるべくなら確認したくはないのだが、この際だ。「幾つだ、お前。ひょっとして60過ぎの爺さんとかか」
 行きすぎていてくれれば何となく得心がいくだろうと出した数字に、うわ~いくらなんでもぼくそんな老人パワー溢れてないよ、もっと若さに充ち満ちてるってば、とチャクはあからさまな不満を見せる。じゃあ幾つなんだともう一度質問を投げたのだが。
「24」
 どうしてそこで、なまじっか真実味の有りそうな数字が出てくるんだ。
「すまない、聞き損じた。なんだって?」
「にじゅうよん」
「……じゅうよん?」
「ぼくが年上だって云ったじゃんか~。んもなに、そんなに信じらんない?」
 少なくとも、こんな挙動(今も雅をでろーんと伸ばして「酷いよねぇユキヤくんは」とかなんとか語りかけまくっている)の男が俺より5つも年長だというのを、どうやったら信じられると云うんだ。

0022-01

「そういえば」
 と、調教師ギルド出張所の人間に云われた。やけにとがった鼻の、単眼鏡を付けたひょろりとしたその男は、書類を見ながら続けた。
「シフォーラビットを飼ってらっしゃるとの事ですが、勿論その肩のディオーズですな?」
「ええ」
「名前の所に“未定”とありますが、未だに?」
「まあ」
「いけませんな」
 男は、何故か俺ではなく肩のウサギにぬぬぬと顔を近づけた。…整髪剤でテカった髪が顔の側に寄るというのは、なかなか気分の宜しくないものなのだが。
「貴君は実のところ、仰る通りクラスチェンジが可能であるのですが」
「はあ」
「いや、いけませんな」
 ……なかなか疲れる事務員だな。
「それは俺が下位クラスをマスターするのに、こいつに名前をつけてやらんとまずいって事ですか」
「ム、それは偉大なる勘違いですな」
「…端的にお願いしたいんですが」
「そこなるウサギに、きちんとお名前を付けてやれば宜しい」
 ……いや、そこまで戻らなくていい。
「じゃあ逆に、付けないとどうにかなるんですか」
「なに、大した問題ではありません」
 男は単眼鏡を外すと、胸元のハンカチーフ(どうして調教師ギルドの人間であるのにこの男はぴっちりとした燕尾服を着ているんだろう)でもってレンズを磨きながら、俺の肩を落とす発言をした。
「我がポリシィというやつですな」
 ……受付がこんな男だった事を恨む為には、その前に俺の運を呪うべきなのだろうか。

0023-02

「買っちゃった! 見て! ねぇ見て!」
 喜色満面という単語以外思いつかない様な表情で、チャクが詰所の雑魚寝部屋(今日も夜間勤務である以上、宿を取るのは面倒だと考えた。一応男女別だ)に駆け込んできた。そのまま、体を伸ばすために俺が使っていた一角に向かって来ると、ばふっと音を立てて座り込んだ。
「…お前、もう少し人の迷惑顧みろよ」
 勿論、俺の云う“人”には、寝ていたところ騒がしさに起こされて憤慨していそうな辺りの連中だけでなく、そんな奴等の怨念籠もった目線を集める羽目に陥った俺自身も含まれる。
「まぁまぁまぁまぁ。ねぇほら。んね見てよ。凄いでしょコレ」
「なんだ…水晶か? 随分黒光りしてる玉だな」
「ん、水晶かどうかはわかんないけどね、これ呪われてんの! ついにぼくも呪われ仲間に入っちゃったよ!」
 わぁいと、およそ直前の台詞と合わない声を上げて「もぉこれ呪われてるから面白い位意識のすり替えが起こっちゃったりして他の杖とかを魔術の媒介に出来無くなっちゃうんだよぼく。んもどんな原理なのか全然わからないけどだからそれが面白くって」延々と喋りまくるので、ここで俺がその玉を叩き割ろうと引っ掴んで投げたりしたらどうなるだろうという辺りを想像しかかったのだが、慌てて思考を戻した。というか、もう既にこの思考の流れ方自体、大分こいつに汚染されてきている様な気がしないでもない。
 ちなみに“呪われ仲間”とは、俺・マリス・センリがそれぞれ、何某かの“呪われた装備品”をつけていた事による。俺は外套であったし、マリスは強力な魔力の籠められた短刀であり、センリは鎧であったりした。
「…まぁ、確かに色んな付加効果が有ったり、防御面やら攻撃面で優れてるのは実感してるが…そんなに呪われたかったのか、お前」
「だってダークプリーストだし。常時呪われてなくちゃ!」
 もう訳が判らない。
 とにかく廻りの迷惑になるから黙れとチャクに云い置いて、俺は詰所を出る事にした。あの視線の集まりっぷりに耐えられる程、俺の神経は図太過ぎやしなかったらしい。

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