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Tag: 幕間

0003-02

 寝室には、何故か知らない男が居た。
「あ~、ひょっとして、同室のヒト?」
 昨日はツインのこの部屋を一人で使うなんて優雅な状態だった。しかし入れ替わり立ち替わり以下略の状態では、この状況の方が相応しくはある。
 先客(部屋を使用したという時間的には俺の方が先客ではあるのだろうが)は、片方のベッドにごろりと寝っ転がり、持参しているらしい本をベッドの上にあちこちちらばせながら、読書を堪能していた様だ。
「ああ。宜しく」
 答えて、自分の荷物を漁り始めた。替えの服とタオルを探す為だ。早いところ埃を落としたい。浜で大分砂が入った。
「宜しく~。ぼくはメイジのチャク。きみは?」
 目的の物を手に取ってから、振り向いて答えた。
「ユキヤ。スカウトだ」
「へぇ、あんまり聞かない響きの名前だね。よそから旅してきた人?」
「船で。着いたのは昨日…いや、日付が変わったな。一昨日の朝だ」
「そっか。じゃあひょっとしたら同じだったのかな。ぼくも船なんだよね~、や~長かったよ~。ぼくもえ~と、一昨日。一昨日だね。それで着いたんだけどね、一日テュパンを観光して来ちゃった。さっき講座の最初のやつ受けたばっかり。んも長いよね。ぼく午前午後で一個ずつくらいとか思ってたのに、当て外れちゃったよ」
 この調子じゃ何日かかるのかなぁと、チャクは指折り数え始めた。随分のほほんとした中身のヤツだ。顔立ちがそうのんびりにこやかという風合いでもない事に、少しギャップを感じる。
「ユキヤくんは、こっちに直接来たの? んじゃあ2個目が終わってたりする?」
「ああ、今し方」
「そっか~。んじゃあ終わるのそんなに変わらないよね。一日違いになるのかな。講座の後って、どっか行くとか決まってたりする?」
 別に、と答えると、チャクは「それじゃあ」と切り出した。
「ぼくとパーティ組んでみない? ぼくも取り敢えずどこに行こうとか決めてないから、暫くはテュパンをうろうろするんだと思うけど。どうかな。スカウトとメイジだったら、んまぁそんなにおかしくもないと思うんだけど~」
「…また、随分急だな」
 別に一人旅に拘りがある訳じゃあないから、その辺は構わないのだが。しかし出会って5分程度の人間に突然持ちかける様な話ではないだろう。
「んでも、街の酒場で募集かけるより、今だったらホラ、お試し期間ていうのかな? こう、行動を共にするにあたっての向き不向きみたいなものが実践の前に解って良さそうだな~って思うんだよね。だからえ~と、ユキヤくんが講座終わるのがあと3日後? くらい? それまでに決めてくれればいいよ。そんでぼくが同行に向かないなーと思ったら断ってくれればいいし。ぼくも“あ~キミとは居らんないな~”なんて思ったら前言撤回するし。その位の軽い気持ち」
 先の先を考えているのかいないのかいまいち掴めないのだが、確かにこの男はメイジ向きなんだろうなとは思う。この理論先行ぶりはなかなかだ。
「解った。軽い気持ちでな」
「そうそう。軽い気持ち。その荷物、お風呂? 行ってらっしゃ~い。ぼくはお休み~」
 見送りの言葉を背に、路上で漫才くらいは出来そうだなと妙な想像をしながら(実際に行動するつもりはさすがに無いが)部屋を出た。

0003-03

 午前中は探索者ギルドの出張所へと足を向けた。

 養成所には、各種ギルドの出張所がある。テュパンにあった4ギルドだけでなく、他の街に行かねばないものも含まれているようだ。最も、この出張所では所属ギルドの変更(つまりクラス登録を根本から変えるわけだ)は出来ないので、現時点で自分が所属しているギルドにしか縁はないわけだが、
 自分の登録番号等を告げると、クラスチェンジですねと返された。驚きが口を衝いて出た。もうそんな力量(レベル)に達しているのかと。疑問をそのままぶつけると、下位クラスの場合であれば特に探索等をサボったりしていない限り、トントン拍子に中位に上がるのだそうだ。一体このシステムがどうなっているのか詳しい事は良く判らないが、大人しく倣って事にした。
 提示された中位クラスは4種。レンジャー、ローグ、ニンジャ、トレジャーシーカーだ。ここで希望した後、2~3時間の講義が行われる。選択したクラスに相応しい振る舞いを教わり、自身の認識を高めるというご大層な意義があるらしい。なんだかなと思わんでもないが、内容が案外面白かったから良しとしよう。
 俺が選んだのはニンジャだ。午後には講座を申し込んでいたので、余計な手間は掛けられない。その為にほぼ語感だけでクラスを決めたんだが、俺のこの選択は、俺の方向性ととさほどずれはない筈だという確信がある。
 まず宝物を発見してどうというところに食指が働かないので、トレジャーシーカーは論外。
 ローグなんていうと、小手先がどうとかよりもどうにも「破落戸」というイメージの方が強い。どちらかといえば破壊力よりだろう。
 レンジャーとニンジャで迷ったのだが、ふと浮かんだのが「遠距離攻撃」と「近接攻撃」という差違だった。この講座の序盤こそ俺は弓を使っていたが(以前多少なりと習った事があった)、実際の所、小刀で切り込む方のが性に合っている(というか、弓よりは心得がある)。実際、申請後行われた講義(因みに実践等は行われず、全くの聴講式だった。…それで本当にいいのかは、多少理解に苦しむ)を受けてみても、成程と納得する事の方が多かった。
 以上の事から俺はこれからクラス・ニンジャとして気持ちも新たに講座に向かうわけだが、やはりその時は勢いだけだった事を否定出来ない。今後はもう少し下調べという事に気を配ろう。そもそもこの出張所に足を向けた理由も、チャクからその辺りの仕組みを耳にしただけだという単純極まりないものだったからだ。

0005-02

「あれ、ひょっとして、今日最終試験なんじゃないの?」
 朝食を摂ってから部屋に戻る道すがら、やおらチャクが口にした。
「チャクは今日4つ目なんだろ」
「そうだね」
「俺とチャクは、俺の方が1つ先だろ」
「そうだね」
「じゃあ確認するまでもなく、そうなんじゃないか?」
「ん~、ひょっとしたら1日くらいのんびりするかも、とかね」
 お前じゃあるまいし、と、口の中だけで云う。
 まぁそれはひとまずさておいてね。チャクは云いながら、さておくジェスチャーを交えた。それを横目で見ながら、宿泊部屋の扉を開ける。
「んでさ、パーティの件は結局どう?」
 部屋の中は、カーテンを開け忘れていたので薄暗かった。窓際に行って、勢いよくカーテンを開ける。気持ちのいい陽射しが、部屋中に染み渡る。
「そう聞くって事は、そっちからみて俺は特に問題無いわけだ」
「ん。特には無いかなぁ。そうだねぇ、寝相が面白かったよ」
 …なんだって?
「寝相?」
「そう、寝相。キミってさ、ベッドを対角線に使って、それで両足だけ必ず上掛けから出してるの。多分夜中とか、眠りが深い時だけそうなんじゃないかな? 朝見たら元に戻ってるんだよ」
 あれ、知らなかったんだ? それじゃあぼくは良い事を教えたかもしれないねぇ。
 チャクはそういってにこにこと笑い、俺はといえば半ば呆然と自分のベッドを見ていた。…確かにシーツの寄り方が、若干、斜めになっている様な気もしないでもない。
「ねぇねぇ、それでぼくの質問は結局どうなったのかな」
「え、ああ、そうか。…いや、俺もまぁ、特には」
「そう。良かった。じゃあ講座が終わったら、よろしくね」
 差し出された手を握り返しながら、今後の道行きを思う。
 …少なくとも、新たな発見に困る事は無さそうだ。

0007-02

「あ、うん、ぼくも中位クラス登録したよ。んとね、コンジャラー。なんていうのかな、精霊召喚? まぁ召喚ていうより、まだ力をちょっと借りるっていう程度だけど。召喚するのは上位クラスにサマナーっていうのがあってね、ぼくは次それになるつもり」
 相変わらず、よく喋る。まあ、2日やそこらでやたら鬱ぐようになられても、今後暫く同行者になる以上、俺が困るが。
 今俺達は冒険者組合に向かっている。パーティ登録をする為だ。
 自身の居場所が生死判断に繋がるような現状、パーティ登録もそれと同じ様な理由で推奨されている。ほか、力をカサに着て一般の皆様方に迷惑を掛ける様な輩がいないとも限らないので、その牽制の意味もある様だ。事が起きた場合に、身分の割り出しが容易になるとか。
「あっ、そうだそうだ、ねぇ、あの最終試験ってちょっと詐欺っぽいよね」
 唐突にチャクが切り出した。
「だってぼく、気絶したのに合格しちゃったよ。なんか頼んだヒト?が気絶してなければいいみたいだね」
「…話からするとそうだな。俺の場合は逆だったが」
「ん? 気絶しなかったんだ?」
「いや…最後の最後、デカいのを喰らった。炎の魔法狙いで魔術師を連れて行ったら、そいつは初撃で潰れた。だからまぁ、落ちてるんだが……なぁ」
「ん?」
 合格したのなら悪いが、しかしこのままではなんというか、気分的に納まりが付かない。
「暫く公社で仕事だなんだした後、もう一度試験を受けに行っても良いか。合格…はまぁ、もうどうでもいい様な気がするが、どうせなら気絶せずに残りたい」
 多少ごねられるか、そう思っていたのだが、あっさりとチャクは首肯した。
「別にいいよ? じゃあそうしようね。とりあえず上位クラスになれるくらいまで簡単なディオーズ狩りでもしようか。ぼくも早くサマナーになって、ちゃんとしたの召喚してみたいしね~」
 召喚。どうも俺にはそういう方面はピンと来ない。
「召喚って、何が喚べるんだ? さっき云ってた精霊とかか」
「それもあるけどねぇ、上位の上位になると、必殺技でね、凄いのが喚べるんだよ」
 そうして、さらりとチャクは口にした。
「んね、上級悪魔って、見てみたくない?」

 今後パーティを組むにあたって、さすがに一抹の不安を覚えた。

0009-02

 テュパンに戻ってきてからも、チャクは時折「納得いかないよな~」と呟いていたが、ふと「そういえばそろそろ上位になれないかな」と漏らした。
「一応調べてみて、それでなれそうだったら、養成所行かない?」
「そうだな。じゃあ…」待ち合わせの場所と時間を決めようとして、魔術師ギルドの位置や、時間的にどの位掛かるのかという事を把握してない事に気付いた。「別にいいか、適当に宿で。遅くとも晩飯前までには戻れるだろう」
 時間が早ければ、そのまま養成所に行こう。俺の言葉に、チャクは首肯した。
「ん。それじゃ~ぼくあっちだから」

「おめでとうございます。クラスレベルアップですね」
 窓口の女性ににこやかにそう告げられ、逆に俺は眉根を若干寄せた。
 ギルドに“準備”されているクラスは数多い。基本的な4ギルドに限っても、下位・中位・上位合わせて1ギルドに1+4+8=13クラス、つまり全部で52クラス。これだけでも数多いと思えるのに、その上商人ギルドはあるし鍛冶師ギルドはあるし調教師ギルドもある。果ては、ギルドと関係ない特殊クラスなんてのも有るらしい。そこまで考えるとやってられん度も一塩だ。
 となると、トントン拍子にクラスが上がらないと、色々なクラスに挑戦出来ない。それは判る。判るのだが、「そのクラスで学んだ事が本当に身についているのか」という実感は、その速度と反比例して薄くなる。
 魔術師ギルドや預言者ギルド(端的に言うとメイジとクレリック)達であれば、その実感は多分、自身が扱える魔術なり神蹟が増えていく事なのだろうと思う。しかし俺達の様な肉弾戦系の場合、自身で掴んだイメージこそが技に繋がるから、基本、その種別に大した差違はない。確かに、手段としての手数はそれなりに増えてはいるが。
 ともあれ、新規クラス登録を無事に済ませ、講習を受けた。上位クラスは“ニンジャマスター”。……今までのクラスとの違いが、見事なまでによく判らない。下手したら「(一応)上位になった」という意識だけの差違なんじゃないだろうか。

 宿に戻る途中で、入札していた商品が無事競り落とせていたので受け取って行った。炎の魔法により耐性のあるらしいローブ。まぁ炎の魔法はむしろ向こうメイアへ掛けて貰いたい魔法だが、それでもゴブリンから拾った鎧よりは魔法耐性に優れるだろう。
 試験を受けてから3日(そう、色々有った気もするが、まだ3日しか経っていない)。あれから、俺は少しでも成長出来ているのだろうか。少なくとも、クラスはムダにひとつ上がったが。

0012-01

 涙が止まらない。
 泣こうとしている訳ではない。泣きたかった訳でもない。哀しい事も嬉しい事も無かった。それでも勝手に溢れてくる。喉は引き攣るしこめかみは痛むし鼻の奥が鳴る。
 涙が、止まらない。

 ──という、夢を、見た。

 上半身をベッドから起こした状態で茫とする。なんだ、今のは。頭を振ってから喉に手をやる。痛みは無い。夢につられて現実で泣き倒していたりはしていなかった様だ。
 漠然としたイメージだけが残っていて、その結果に至る理由ともいうべき部分が見事なまでに欠落している。なんともいえない後味の悪さ。そもそも夢で「泣いていた」のが「俺」なのかどうかもよく判らない。…なんなんだ、本当に。
 隣のベッドでは、チャクが相変わらず本にまみれて眠っていた。こいつはどうやら、就寝前に色んな活字を読み倒さなければ生きていけないらしい(まだ確認は取っていないが)。その対象は別に魔術書の類でなければならないという事はなく、単純な活字中毒の様だ。例えば俺が実家から持ってきていた何冊かの小説や、知らぬ間に荷物に入れられていたらしい冊子やなんか(恐らく家人が嫌がらせに入れたのだと思う)も、とうに餌食となっていた。今頃は奴のハードカバーの間にでも挟まっているのだろう。俺の本は元々読み倒しすぎていた本ではあったから手元にないこと自体は別に構いはしないのだが、あの扱いを見ると少々惜しい事をした気がしないでもない。
 顔、洗おう。出来ればシャワーが良いがそれは無理か。
 ベッドから這い出て、共有洗面所へと向かった。冒険者専用の木賃宿は、宿代が格安な分、そういった住みやすさ(アメニティ)部分については、制限が多いのだ。

「今日はどうしようか。んでも今日って云うか、今後かなぁ。昨日晩ご飯の時にさ、廻りのひとが喋ってんの聞いたんだけどね」
 ボンゴレの皿をつっつきつっつきチャクが云う。木賃宿でも基本的な朝飯を食う事は出来る(昼・夜は無い)が、俺達はいつも外に出て食べていた。勿論その方が旨いからというのもあるが、半ば観光も兼ねている。今日の様に屋根を構えた店に入る事もあれば、屋台で済ます事もある。
 一旦紅茶をひとくち啜り、チャクは喋々を再開した。
「テュパンってやっぱり人の流れが多いからなのか、辺りに出てくる亜獣もそんなに強くないらしいんだよね。んとねぇ、こう、他の勢力に負けてやってきたのが、この辺ならだいじょぶかな~みたいな感じで集まってるんじゃとかって云ってたけど」
「誰が?」
「近くでお酒飲んでたひとたち。けっこ色んなとこ行ってるっぽくてねぇ、どこどこがああであれそれがどうでって話をすごく自慢気にしてたんだ。またでっかい声で。多分いっしょにいた女の人口説いてたんじゃない? そんな血生臭い話で口説こうっていうのもなんかおかしいよねぇ」
「そういうのに酔う女が居てもおかしくはないが」
 云いながら、チャクの皿からボンゴレを少し拝借した。…この店、ドリア(俺が頼んだ)はいまいちだがパスタは旨い。次からはそっち側だな。
「ええ~。ぼくだったらやっぱりこうどんな凄いのを召喚したかっていうような」
 どっちもどっちだ。
「…で、チャクとしては余所で腕試しがしたいって事か?」
「うん。もうちょっとテュパンに居ても良いかなあと思ってたんだけど、そういう話聞いちゃうとどの位違うのか、ガゼン興味が湧いてくるよね」
 同意を求められても、俺には取り敢えずそんな欲望は沸かないんだが。
「まぁ、それじゃ今日もう一度何か依頼でもこなして…そうしたら、テュパンを起つか」
「そうだね。そうしようか。んじゃさっきのボンゴレの分、ぼくにもドリア頂戴?」

0013-02

 うっわー! 叫び声の割に声量の小さなそれに起こされた。市場で競った品(といっても薬草)と、出品したもの(先日の木材)の料金を受け取りに行って一寝入りしようとベッドに潜り込んだのが多分6時少し前。現在時刻は、と部屋を見渡して、室内には時計が無い事を思い出した。
「ちょっと! ユキヤ! どうしよ! えっコレ何ッ!?」
「…リトゥエか?」
 どうやら騒ぎの主は、神出鬼没のこの流翼種(フェイアリィ)の様だった。まだしゃっきりしない頭を無理矢理起こし、掛け布にくるまりながら立ち上がる。
 そして、唖然。
「……………いつ拾ったんだ?」
「私より大きい物を、私がどうやって拾うの!」
 そりゃそうだ。しかし目の前の物体を見たら、誰だって現実逃避したくなるのじゃないだろうか。
 物体。
 淡いブルーグレーの体毛。
 ふわりと丸まった尾。
 くふくふと動く、薄ピンクの鼻。
 あたりをきょときょとと見回す青い瞳。
 そして、長い耳。
「………ウサギ?」
「孵ったんだよ! ホラアレ! 卵!」
 ──なんだって?
「ちょっと待て、なんだ、グローエスじゃウサギは卵から孵るのか?」
「そんなわけないでしょ! …あっいやでも今この子は卵から孵ったんだけどえっとでも」
 …状況を、整理しよう。
 目の前にはウサギだ。卵から孵ったとかいう辺りは取り敢えずどうでもいい。現在2足歩行をしながらふんふん辺りを見回すこのウサギ、多分分類上はディオーズの一種なのだろう。とすると、良く市場で流れている、愛玩動物としてのディオーズ、に、なるのだろうか。調教師ギルドなんてのはコイツらを使役して、戦闘に使える様にも出来るらしいとかって話だ。いやそこは取り敢えず良いんだが。
 …そういえば、結構高値で取り引きされていた様な。
「…売るか」
 寝惚けた頭で出た解答に、リトゥエが大きく騒ぎ出した。
「ええっ、いきなりその結論に行くんだ!? オニ! アクマ! 人でなし!」
「飼い方が判らん」
「その位! エサあげて遊んであげれば良いのよ!」
「…何食うんだ。野菜でも適当にやってりゃいいのか?」
「わかった! リトゥエさんに任せなさい!」
 お前が食われるのか? そう云いかけた俺に、「調べてきてあげるわ!」宣言したリトゥエは、そのままぴゅーっと窓から(文字通り)飛び出して行ってしまった。
 残された、俺と、ウサギ。
「……どうしろと?」
 掛け布にくるまって寝惚け眼で多分寝癖で跳ねた頭の風体の男が、ウサギとお見合い。…なんと奇抜(シュール)な絵面か。
 テュパンの観光協会は一体、何故こんな物押しつけくさったんだ。溜息を吐き出したところに。
「あー! ユキヤくん! なにそれそれなに!? うっわー! ふかふかだ! うわー!!」
 煩いのが、満を持して戻ってきた。

0015-01

 おかしい。
 俺は確か、ルアムザの、冒険者専用の、(宿の主には悪いが)安っぽい木賃宿で、(これまた宿の主には悪いが)安っぽいシーツの敷かれた硬いベッドに潜った筈だった。その記憶は、確固たるものとして存在する。なら今、右頬に当っているこのふかっとしたものは、なんだ?
 思いつく限り、並べてみるか。
 1、チャクの毛…思考には入ったが数瞬で蹴った。冗談じゃない。取り敢えず、チャク本人のモノと思われる寝息が、隣のベッドの有るらしい位置から変なリズムに乗ってしっかり聞こえている。安堵と共に、再度解を蹴り飛ばした。
 2、枕が破れた…羽毛じゃない(多分穀物殻)ので外れ。敷き布も当てはまらない。
 3、……と、出してみたものの、さて一体後は何がある?
 そんな事をうつらうつらと考えながら眠気と理性との戦いが理性の勝利で終結しそうになった頃、観念して、目を開けた。するとそこには何故か、灰青の毛玉が、鎮座ましまし──…毛玉?
 腕を動かして、毛玉を少し転がしてみる。すると次に見えてきたのは真白い腹毛と、小さな爪。ああそうかと、まだ幾分寝惚けている頭は呑気に考える。俺は今ウサギを飼っていたんだった。
 いや、いたが。
 確かにウサギを部屋に入れた。それは覚えている。だがしかし、ウサギの寝床には、主に頼んで用立てて貰ったボロ切れを床に置いて、廻りに簡単な囲いを作って、エサと水を皿に置いて──思い返してみるに、随分マメに動いたな、俺は──そう、簡単な“ウサギ小屋”を作った筈だった。
 じゃあ何か、ウサギはそこから脱走して、自分の寝床を俺の顔の脇(しかも尻を俺の方に向けて、だ。クソ)だと決めたのだろうか?
 体を起こして元ウサギ小屋モドキを見やる。するとそこには何一つ変化のない囲いが残っていた。
 驚きの表情を浮かべながらウサギを見やると、俺の動きで目を覚ましたのか、鼻をぴすぴすと鳴らしながらじっと俺を見ている。
 ……まさかとは思うが、いや万に一つくらいの確率だろうが、このウサギはひょっとして、イーサ干渉で何か凄い事を──
「ぅぁふぁああぁぁぁああ、あ。あ~よく寝た。んん? あれ? あ~、なんだウサギそっちいっちゃったの? やっぱり飼い主は判るんだなぁもう。昨日あれだけぼくが横で寝ながら愛を送ってたのに効かなかったよ~。あ~おはようユキヤくん~。ん? どうかした?」
 擬音で表すなら多分、俺の首はぎぎぎぎぎと軋む音を立てていたに違いない。
「…………お前の仕業なんだな」
「ん? なにが? あ~おはようウサギ~。きょうもふかふかしてるねぇ~。このふかふか魔神~」
 ふかふかなんぞどうでもいい。俺の寝惚けた頭が勝手に走らせたこの思考の群れの責任をどう取ってくれるつもりだ。
 反射的にそう口にしそうになったが、その思考こそがまさに寝惚けた頭の産物以外何者でもない事を認識し、首をチャクから正面に戻した。とにかく顔を洗おう。一日はそこからだ。

0015-02

「いっそのこと、取り敢えずグローエスを横断してみるのも悪くないな」
 今日の朝食は宿で摂った。ルアムザに旨いモノがないというわけではなく、単純にウサギを考慮しただけの事だ。
「ん~なんかおのぼりさん全開だね」
 サラダに入った豆と格闘しながらチャクが云う。多分その豆はフォークで刺すよりスプーンで拾った方が早いぞ、チャク。
「ん~と、北から西がカルエンス、北東にクンアール、んで南東にオルスか。どっち行こうか? いっそダイスで決めようか」
「誰が持ってるんだ、そんなもん」
 そっか~、そうだよねぇぁぁぁあ。
 首肯の声と同時に勢いよく豆にぶつけられたチャクのフォークは。豆を見事にすっ飛ばし、チャクの奇怪な声と共に、ウサギの鼻面に当たって跳ねた。ウサギが床に落ちたそれを食う。
「あ~勿体ない。でもまぁウサギが食べてくれたから良いか」
「…そういえば」ふと考える。「俺はコイツが菜食なのか肉食なのか雑食なのかも全く判らないんだな」
「ん? ペットフードあるからいいんじゃないの?」
「例えば、人間には今お前が飛ばした豆も大して味は濃くないが、こんなウサギに喰わせて塩分過多になったら面倒だろうとか」
「ユキヤくん、ホント変なところ律儀だよね」
 失礼な。
 脚にじゃれつくウサギを爪先で弄りつつ、側にやって来た給仕に食後茶を頼むと、卓上の地図に視線を戻した。
「それで、どうする。お前どこか希望無いか?」
「ん~さっきのユキヤくんの聞いて思ったんだけど、タレスに行かない?」
「タレス?」
 地図を辿る。有った。カルエンスの首都ガレクシンから南、砂漠の中だ。オアシスによって発展した町か何かなのだろうか。
「そこに何か有るのか? 砂浴びでもしに行くのか」
「…どうもユキヤくんて、なぜかぼくに凄い偏見が有るよね。そうじゃなくて、調教師ギルドって、そこか、えーと、ルルフォモ…ちがう、ルルホメ…じゃなくてえ~と、ん~、まぁいいや、そのルル何とかにしかないんだって。時間的に考えて、ユキヤくんもそろそろ上位職終わるでしょ? ていうか多分ぼくと一緒くらいだと思うんだけど」
「…ああ、かもな」
「そしたらさ、ウサギの事も考えて、次テイマーになったらどうかと思うんだよね。テイマーの技術身につけたら、戦闘に役に立つ事してくれる様に出来るっていうし、ウサギ。んね、せっかくだし、どう?」
 …まぁ、確かにその提案は悪くはない。と、思いはするのだが。
「ところで、お前は次どうするつもりなんだ」
「ん、ぼく? ぼく預言者ギルド行ってくるよ。神蹟と魔術でのイーサ干渉式の違いも気になるし、両方修めて初めて就けるクラスにも興味有るし」
「…成程」
 つまりこいつは自分の興味で精一杯なので、楽しいふかふかを弄り続ける為にも、手近な人間にその辺の事を頼みたいと。多分意識してそこまで考えちゃいないだろうが、その辺りが奴の深層心理なのだろう。
 ――そうだな、今までこいつを壁だの盾だのにした詫びとでも考えればいいか。
「判った。じゃあガレクシンに向かって、そこで依頼の1つもこなしてから、タレスに向かうか」
 …決して、ウサギに絆された訳じゃあない。
「やった~。良かったねウサギ! これで捨てられそうにないよ!」
 チャクは屈んでウサギの両前足を取り、上下にぶんぶんと振った。多分、ウサギは何云われてるか判ってないぞ、チャク。

0016-02

「助かりました」
 俺は向かいの女性に頭を下げた。
「いえいえ、困った時はお互い様ですしね」
 女性はふんわりと穏やかに微笑む。
 ガレクシンに着いた頃、遂にチャクの足腰が立たなくなった。どうやってこいつと荷物を両方抱えようと迷っていたところに、この女性が荷運びの方を引き受けてくれたのだ。おかげでこうして、チャクを宿の部屋に叩っ込み(勿論毒消しも飲ませた)、一息吐く事が出来ている。現在、宿の1階部分(昼間は軽食屋だ)で、その礼代わりに飲物を奢っているところだ。
 聞けば、彼女は預言者ギルドにクラス登録を行っているクレリックなのだそうだ。現在サマナーとしてクラス登録をしている仲間が一人いるとの事。
「そういえば、あなたもペットを連れてるんですね」
 因みに現在、ウサギは俺の肩に腹這いになってぶら下がっている。
「わたしの仲間も、ペットを連れているんですよ。その子は猫なんですけど」
「その猫も卵から孵ったんですか」
 思わず言下に続けてしまった。
「…猫が、ですか? いいえ、そういう話は聞いてませんけれど」
 そうだ。普通どう考えたって、哺乳類(と思われる物)が卵から孵ることはまずないのだ。どうもこのウサギが現れてこっち、ついそういった常識を忘れそうになる。
 “猫も”ということは、その子は卵から孵ったんですか? そう聞かれ、かくかくしかじかと事情を説明してみる。あらまあ、私の仲間もその卵、持っているんですよ? というので、じゃあその人も船で──と聞こうとしたところで、声が振ってきた。
「もう、やっと見つけた、マリス」
「あらセンリ。お買い物終わったの?」
 現れたのは、蜜色の髪を短く切り揃え、薄茶のローブを纏った女性だった。足下に猫がいる事からも、多分この女性が彼女(マリスと云ったか)の仲間なのだろう。
 センリと呼ばれた女性は、何故か俺をじろっと睨むと(顔立ちが整っているので、凄みが妙に増した)、あろう事かこう云ってのけた。
「何、ナンパ?」
「は?」
 予想だにしなかった台詞だ。呆気にとられた俺に、センリは言葉を継ぐ。
「悪いけど、人の仲間勝手にナンパなんかしないでくれる? マリスはこの通りのほほんとしてるから騙しやすいとかなんとか考えたのかも知れないけどお生憎様、そう簡単にはいかないんだから」
「いやちょっと待て、何を勘違いしてるんだ?」
「何よすっとぼけて。全くアナタみたいなのってどうしてこうごろごろごろごろ良くも転がってるのかしらね、いい迷惑だわ」
 今現在いい迷惑を被っているのは、どう考えても俺だと思うのだが。
「大体──」
 と、更に続きそうな文句を止めたのは。
「ぅゎっ、猫! ふかふわ!」
 うわーうわーと叫びながらてててててと階段を駆け下りてくるのは、先程部屋に放り込んだはずのチャクだった。あれだけ今にも死にそうなほどの容態だったのに、もう毒素が抜けたとでもいうのだろうか。いやまぁ、アレを見ている限りどう考えてもそうとしか思えないが信じ難い。
 チャクは呆然としたままの俺達の卓へ来ると、そのまましゃがみ込んで、センリの足下に居た猫に向かい、またもうわーうわーとはしゃぐ。
 そして、一言。
「ユキヤくん、猫ナンパしたんだ!?」
 お前こそ俺の事をなんだと思ってるんだ。

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