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Tag: 商都テュパン

0001-01 (0001)

 揺れる地面の上での生活というのは、生まれて初めての経験だった。だからその揺れの名残が眩暈になっているだけに違いない。…と、そう思おうとしていたんだが。
「耳元でぶんぶん云うなよ。煩い」
 云って肩口を睨み付ける。そこにいた一匹の妖精――疑似目眩の元――は、むっとした表情を隠しもせず、ぎゃんぎゃんと文句を云い始めた。余計に煩くなった雑音に、こいつに対して余計な事は云わないでおこうと決意する。

 船旅を終え、漸く辿り着いた大陸――グローエス五王朝、唯一南海に接して位置する商都・テュパン。
 桟橋に降り立ち、さてまずはどこに向かったものかとあたりを見回したところに丁度現れた妖精一匹。そしてそれを追いかけていた、どうみてもまっとうな人間じゃあなさそうな男が二人。
 荒事が苦手ならば一人旅など志さない。莫迦二人を蹴散らしてから(というか、一人は妖精が魔法か何かで石化させていた。俺が居なくても何とかなったんじゃないか?)妖精を伺うと、喜色満面に(頼みもしないのに)身の上話なんぞ始めやがった。成程流翼種(フェイアリィ)というのは喧しく姦しい事この上ないもんなんだなと聞き流して街を歩いていたのだが、何を思ったかこの妖精、俺に付いてくるとか勝手に云い放った。
 裏には色々事情があるらしいが、とりあえず表面上は、この国に慣れていない俺に世話を焼いてくれるのだそうだ。全く有難くて涙が出る。その押し付けがましさに。
「…旅は道連れ世は情け、情けは人の為ならず、か」
 そうそう!と、判ってるのか居ないのか相槌を打つ妖精。いや、リトゥエ。
 実際の所、確かに俺は五王朝は初めてで、そして生まれがこの地の流翼種―――人よりは長命だろうから、見た目以上に年と経験は積んでる筈で、となれば確かにガイドには丁度いい筈だった。
 名を問われ「ユキヤだ」と答えたら、云いづらいとかなんとかぶつくさ文句を云われたのだが、俺にしてみれば“リトゥエ”なんて方がずっと云いづらい。この辺、原因は種族なのか、生まれの場所だろうか。
「で、ユキヤはこれからどこに行くの?」
「初級冒険者養成所」
「えぇ~」
「文句があるなら、さっさとどこへなりと飛んでいけ。俺は一向に構わない」
「文句っていうかさ、何、ユキヤってばさっきすぱかーんと男伸しといて、冒険者としてはぺーぺーのぺーな訳?」
 確かに一人は俺が(すぱかーんってのは何だ)伸したが、もう一人はお前が勝手に処理したんじゃなかったか?
「訳。ギルドでクラス登録するついでに回る。それでこの国での動き方なんかも判れば御の字だろ。ここから大して遠くないし、行って損は無さそうだ。で、お前はどっか行くのか」
「さっき云ったでしょ、街でひとりじゃ目立ちすぎるからくっついてくんだって。…まぁ、荷物の中ででも大人しくしてるわ」
 それはつまり、寝て過ごすって事じゃなかろうか。俺に世話を焼いてやると豪語したのは、一体どこのどいつだった?

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 テュパンには4つのギルドがある。それぞれ戦士ギルド・探索者ギルド・魔術師ギルド・予言者ギルドと名付けられている。
 その中のひとつ、探索者ギルドに申し込み、スカウトとしてクラス登録を行った。ガチガチの前衛(攻撃を全身に浴びながら攻め込んでいく)のは俺のタイプではないし、かといって後衛で施療術に腐心しようという気もない。魔術師メイジには多少心惹かれるものはあったが、もう少し心身に余裕が出来てからでも遅くはないだろうと踏んだ。いきなり手を出すには、俺には未知の領域過ぎる様な気がしたのもあるが。
 今日中に出来るだけの事はしたい。登録を終えた俺は、急ぎ養成所へと足を向けた。

 初級冒険者養成所は、驚く事に国営ではない。民間の、多分自警団の様な連中が、《虹色の夜》以降増え続ける一方の魔獣達から身を守る術を教示する施設だそうだ。講習料は無料。全く豪気な事だとは思うが、その恩恵に預かろうとやって来ている以上、文句を浮かべる道理はない。
 海沿いの瀟洒な洋館(潮風に大分晒されて古びては居るが立派なもんだ)が、養成所だった。重厚な扉を開けた正面に、おざなりに置かれた長机。その向こうには、よく云えば落着いた雰囲気を醸し出している、俯いた女性がひとり。
 受付に近づいていくと、気配を感じたのか顔を上げ――どうやら本を読んでいたらしい。慌てて本を閉じると、どもりながら挨拶を口にした。そして一枚の紙片を取出すと、授業のコースを選んでください、という。
 紙を見ると、5つのコースが書いてあった。1番目は「武装の仕方」。最後は「最終試験」。成程、確かに「講座」じみている内容だ。
 妖精曰く“ぺーぺーのぺー”としては、上から順にやっていく事にしよう。受付の女性に「一番上ので」と告げた。

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 何故か今、俺は養成所の客間で茶を飲んでいる。

 確か俺は、養成所に身を守る術を学びにやってきて、その第一番目の講座である「武装の仕方」を受ける手続きをした筈だった。それが何故、客間でカップとソーサーを手にのほほんと寛いでいるのだろう。
 受付の女性は俺をここに通した後、暫く待つ様に告げ、去っていった。それから多分、ゆうに一時間近くは経っている。
 …来るんじゃなかったか。
 今更と云われれば今更の話を聞かされるんだろう。それでもいちいち赴いたのは、五王朝に足を踏み入れるのが初めてだというのが勿論一番で、次いで、王朝内で起きた《虹色の夜》について俺が持っている情報が明らかに少ないことがその理由だった。“初級”で“養成所”だ。誰もが知っている内容だけでなく、ある程度細かい情報も取得出来るのじゃないかと、そんな期待があったのだが。
 軽い後悔を浮かべながら、大人しく探索斡旋所にでも向かおうか――そう思った時、漸く、(待ち侘びた)ドアノブのかちゃりという音が響いた。
 気持ちばかり居住いを正し、今後を待つ。

「講習とはいえ、基本は実践だ」
 前を歩くターナーという男は、養成所に雇われているらしい。
 養成所は熟練冒険者を講師として雇う。熟練冒険者は一定の賃金を貰う代わりに、「講座」関係で探索した際に得たアイテム等を残らず上納する。そしてその熟練冒険者の行動にヒヨコたる俺の様なヤツがくっついていき、アドバイスまたは実践の中から学び取っていく。これがつまり、俺達が無料である仕組みなのだそうだ。確かに、ヒヨコからなけなしの毛を毟るよりは、発見物アイテムの上納の方が儲けが出るだろう。
 今回向かうのは海岸にある洞窟。その道中で、ターナーは一応「武装の仕方」を手短に説明してくれた。つまるところ、「自身が扱えるものとそうでないものの見極め」と「買ったらきちんと身につけろ」の二点だ。…まぁ、さすがに解り切っている話であったが、ふんふんと肯いておいた。何せ俺はヒヨコなのだからして。

 そこは薄暗く、どんよりとして、底冷えのする空気が漂ってきていた。まったく「洞窟」以外の何者でもない。
 今の内からしっかり武器を手に持っておけと云う言葉に従う。そして、ターナーと俺は洞窟の中へと潜っていった。

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 やりすぎ(オーバー・キル)だ。
 このターナーという男、この状態で一体ヒヨコに何を覚えさせる気なのか。

 洞窟に入ってすぐ、ケモノの鳴き声らしき鋭い音が響いた。
 ターナーは振り返り「早速来たぞ」と俺に告げる。二人とも無言で、いつでも武器を扱える姿勢を取った。
 果たして、現れたのは薄茶の毛に包まれた鳥だった。サザンランドペンギン。船上でも時折見かけた、魔獣とはとてもじゃないが云いがたい体型と力量を持ったヤツだ。それが二体。つまり定石としては一人一体受け持たなければならないわけで、それを認識した俺は矢を番え、弓弦を引絞り、放った――と、思ったまさにその時。斜め前方に居た男は地を踏みしめ飛び出し、途端ごうと鉄剣一閃。吹っ飛ぶ茶色の物体は、鮮やかな赤を撒散らす。そして物体は勢いそのままにべしゃりと壁面に叩きつけられ、ぼたっと落ちた。
 目端に入ったその光景に唖然としながらも、俺の右手は慣性と習慣のままに矢を放つ。そしてペンギンの胸元に突き刺さった矢は、そいつがこてんと倒れた拍子にぱきりと折れた。向こうの豪快さに比べて、何と静かな事か。
 男は剣を軽く拭いながら、この程度でやられるようじゃなと俺に云った。そう思うのならアンタは手を出さなくても良いのじゃないかと、遠くの茶色(もう大分赤く染まってはいたが)を呆然と眺め思う。ケモノの死に方がグロいとかエグいとか可哀相だとかでは勿論なく、単純にこの男の力量というか手段というかに毒気を抜かれたのだ。
「それじゃあここでお別れだ」
 ターナーはこの後、洞窟の奥へ潜り上納品を稼ぎに行くのだそうだ。ヒヨコの俺はここまで。まぁ、これ以上あの男に俺の戦意を喪失させられても仕方ないので、それじゃあお先にと会釈をして、洋館へ戻る事にした。

 洞窟を抜けると、既に陽が落ちている。確か養成所には簡易寝台(これも無料)が設けてあった筈だ。入る時に手続きを必要とされなかったということは多分任意なんだろう。ついでに風呂についても訊ねよう。

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 一寝入りして起きたら昼を回っていた。この洋館に戻った段階で日付を回っていたとはいえ、見事なまでの寝過ぎだ。そういえば船を下りて最初の夜だった事に気付く。自身は高揚していて(多分。そうでないと説明が付かない)気付かなかったが、しっかりと疲労が溜まっていたという事だろうか。そんな事を考えながら気持ち慌てて受付に行き、二つ目の講座を申し込んだ。
 昨日は気付かなかったが、この建物には外からの規模に相応しいだけの客間や寝室が備え付けられている。客間に限っても、俺が昨日通された他に少なくともあと10は軽く有るだろう。つまりそれだけ需要が有るという事で、俺が昨日ここで自分以外の受講者に会わなかったのは入れ替わり立ち替わりが激しいからで、つまり空いている講師=熟練冒険者が少ないのだろう。
 だからきっと、今現在でそろそろ2時間茶を飲み続けているという事態は、なんらおかしい事は無いのかもしれないのかもしれないが。

 講師たる人間がやってきたのはそれから更に十数分後だった。講師を連れてきた受付の女性は息を切らせていた。そういえば昨日もそんな感じだった様な気がする。やはり空いている講師が少ないという結論で正しいのかもしれない。だからって、2時間待たされた気分が落着くかと云えば、そうでもないわけだが。
 今、俺は講師――ハナさん(身近で「ハナ」と呼ぶ相手がいた所為で、どうにも名前に慣れない)とふたり、海辺へと向かっている。最近現れたという小島に生えた椰子の実を採るのだそうだ。
 今回、道中は講義ではなく、終始世間話に費やされた。講義らしきものは、あの客間で茶を飲みながら一通り行われている。自身が戦闘で身につけた特技スキルを、その後どう活用していくかという内容だ。それはつまり、自分がしっかり今後のヴィジョンを持ちながら行動しなければ、意に添ったスキルを身につける事は出来ないという事だ。道中、キミは確かにスカウト系向きだねと云われた。道すがらの会話から、彼女は俺の向き不向きを看破でもしたのだろうか。だとしたら俺は相当「読みやすい」人間という事になるが…少し自分の行動を改めた方が良いかもしれない。

 そこは「小島」というより、「引き潮で現れた砂地」という程度の場所だった。これを島と呼ぶのはさすがに憚られる気がする。
 沖合のその島まで向かう途中(なんと徒歩だ。水量が膝上程度だったからまだ良かったが)、ふとハナさんが「蚊がいるから気を付けてね」と漏らした。蚊ぐらいどうとでもと思ったところで「ぶーん」という独特の羽音。
「ホラ来た」
 声に振り向いた俺、唖然。明らかに想像していたものの十数倍の大きさだった。
 弓を構える前に「ちょっと避けてね」との声。慌てて腰を落とすと、頭上を空気の固まり(竜巻に近い)の様な物が奔ったのが解った。それは前方の海蚊シーモスキート目指して一直線に進み、粉砕した。
「例えば」
 剣を収めながら、ハナさんの講義が再開された。スキルと武器はほぼ1対1の関係にある。例えば小回りの利かない両刃剣で懐に潜り込んで急所を突く様な真似には適さない、というような。
「今のアレだって、こういう形の剣だから出来たまでだしね」
 せっかく身につけたスキルを生かすも殺すも自分次第なのだと諭された。それと、臨機応変という意味の重要性を。
「ほら、向こうからまたお客さんが白波立ててやってきたわよ。…その弓でいいの?」
 さすがに、突撃してくる鮫に向かって弓を構える気は起きない。腰にくくり付けていた小刀を手に、白波に向き直った。

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 向かって来たのは大型の魚が2匹とやや小さめの鮫だった。
 大振りだろうと魚は魚、小振りだろうと鮫は鮫だと小刀を握りしめたら、横からコイツらの弱点は雷なのよなんてのほほんとした声。いや今そんな事云われたって俺にそんな器用な芸当は――と思ったら、光が奔った。

 ――つまり俺がこの日学んだ最大のポイントは、この講座の講師たる人間達は、「ああ俺もいつかあんな技を持とう」とか「いつかあんな風に強くなろう」と思わせようとする反面、「自分で戦わなくてもコイツらが何とかしてくれるからいいや」という、妙な依存心を強めるのじゃないのか、ということだ。魚類の真白い腹がぷかぷか3つ並んで浮かぶ様は、なんというかとてもシュールだった。
「さあ、あの椰子の実を採りに行きましょうか」
 全部を全部おんぶにだっこという訳にも(俺の気持ちが)行かなかったので、採取作業は俺が引き受けた。椰子の実は一般的なものよりもやや大きめで、実がしっかりと詰まっていそうだった。帰りに話を聞いたところ、今は物珍しさからそこそこ高値で売れる(養成所が買い取る)そうなのだが、この椰子の実は毎日必ず実を付ける為に、そのうち価値が薄れるだろうとのこと。しかし、食料としてはまずまずの品になるのじゃあないだろうか。まぁ、椰子の実で飢えを凌ぎたいとは余り思わないが。

 洋館に付いた時は、既に夜半を回っていた。受付がまだ開いていたので(随分遅くまで開いてるな)、明日の分の講座を申し込んでから、宛われた寝室に向かった。

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 寝室には、何故か知らない男が居た。
「あ~、ひょっとして、同室のヒト?」
 昨日はツインのこの部屋を一人で使うなんて優雅な状態だった。しかし入れ替わり立ち替わり以下略の状態では、この状況の方が相応しくはある。
 先客(部屋を使用したという時間的には俺の方が先客ではあるのだろうが)は、片方のベッドにごろりと寝っ転がり、持参しているらしい本をベッドの上にあちこちちらばせながら、読書を堪能していた様だ。
「ああ。宜しく」
 答えて、自分の荷物を漁り始めた。替えの服とタオルを探す為だ。早いところ埃を落としたい。浜で大分砂が入った。
「宜しく~。ぼくはメイジのチャク。きみは?」
 目的の物を手に取ってから、振り向いて答えた。
「ユキヤ。スカウトだ」
「へぇ、あんまり聞かない響きの名前だね。よそから旅してきた人?」
「船で。着いたのは昨日…いや、日付が変わったな。一昨日の朝だ」
「そっか。じゃあひょっとしたら同じだったのかな。ぼくも船なんだよね~、や~長かったよ~。ぼくもえ~と、一昨日。一昨日だね。それで着いたんだけどね、一日テュパンを観光して来ちゃった。さっき講座の最初のやつ受けたばっかり。んも長いよね。ぼく午前午後で一個ずつくらいとか思ってたのに、当て外れちゃったよ」
 この調子じゃ何日かかるのかなぁと、チャクは指折り数え始めた。随分のほほんとした中身のヤツだ。顔立ちがそうのんびりにこやかという風合いでもない事に、少しギャップを感じる。
「ユキヤくんは、こっちに直接来たの? んじゃあ2個目が終わってたりする?」
「ああ、今し方」
「そっか~。んじゃあ終わるのそんなに変わらないよね。一日違いになるのかな。講座の後って、どっか行くとか決まってたりする?」
 別に、と答えると、チャクは「それじゃあ」と切り出した。
「ぼくとパーティ組んでみない? ぼくも取り敢えずどこに行こうとか決めてないから、暫くはテュパンをうろうろするんだと思うけど。どうかな。スカウトとメイジだったら、んまぁそんなにおかしくもないと思うんだけど~」
「…また、随分急だな」
 別に一人旅に拘りがある訳じゃあないから、その辺は構わないのだが。しかし出会って5分程度の人間に突然持ちかける様な話ではないだろう。
「んでも、街の酒場で募集かけるより、今だったらホラ、お試し期間ていうのかな? こう、行動を共にするにあたっての向き不向きみたいなものが実践の前に解って良さそうだな~って思うんだよね。だからえ~と、ユキヤくんが講座終わるのがあと3日後? くらい? それまでに決めてくれればいいよ。そんでぼくが同行に向かないなーと思ったら断ってくれればいいし。ぼくも“あ~キミとは居らんないな~”なんて思ったら前言撤回するし。その位の軽い気持ち」
 先の先を考えているのかいないのかいまいち掴めないのだが、確かにこの男はメイジ向きなんだろうなとは思う。この理論先行ぶりはなかなかだ。
「解った。軽い気持ちでな」
「そうそう。軽い気持ち。その荷物、お風呂? 行ってらっしゃ~い。ぼくはお休み~」
 見送りの言葉を背に、路上で漫才くらいは出来そうだなと妙な想像をしながら(実際に行動するつもりはさすがに無いが)部屋を出た。

0003-03

 午前中は探索者ギルドの出張所へと足を向けた。

 養成所には、各種ギルドの出張所がある。テュパンにあった4ギルドだけでなく、他の街に行かねばないものも含まれているようだ。最も、この出張所では所属ギルドの変更(つまりクラス登録を根本から変えるわけだ)は出来ないので、現時点で自分が所属しているギルドにしか縁はないわけだが、
 自分の登録番号等を告げると、クラスチェンジですねと返された。驚きが口を衝いて出た。もうそんな力量(レベル)に達しているのかと。疑問をそのままぶつけると、下位クラスの場合であれば特に探索等をサボったりしていない限り、トントン拍子に中位に上がるのだそうだ。一体このシステムがどうなっているのか詳しい事は良く判らないが、大人しく倣って事にした。
 提示された中位クラスは4種。レンジャー、ローグ、ニンジャ、トレジャーシーカーだ。ここで希望した後、2~3時間の講義が行われる。選択したクラスに相応しい振る舞いを教わり、自身の認識を高めるというご大層な意義があるらしい。なんだかなと思わんでもないが、内容が案外面白かったから良しとしよう。
 俺が選んだのはニンジャだ。午後には講座を申し込んでいたので、余計な手間は掛けられない。その為にほぼ語感だけでクラスを決めたんだが、俺のこの選択は、俺の方向性ととさほどずれはない筈だという確信がある。
 まず宝物を発見してどうというところに食指が働かないので、トレジャーシーカーは論外。
 ローグなんていうと、小手先がどうとかよりもどうにも「破落戸」というイメージの方が強い。どちらかといえば破壊力よりだろう。
 レンジャーとニンジャで迷ったのだが、ふと浮かんだのが「遠距離攻撃」と「近接攻撃」という差違だった。この講座の序盤こそ俺は弓を使っていたが(以前多少なりと習った事があった)、実際の所、小刀で切り込む方のが性に合っている(というか、弓よりは心得がある)。実際、申請後行われた講義(因みに実践等は行われず、全くの聴講式だった。…それで本当にいいのかは、多少理解に苦しむ)を受けてみても、成程と納得する事の方が多かった。
 以上の事から俺はこれからクラス・ニンジャとして気持ちも新たに講座に向かうわけだが、やはりその時は勢いだけだった事を否定出来ない。今後はもう少し下調べという事に気を配ろう。そもそもこの出張所に足を向けた理由も、チャクからその辺りの仕組みを耳にしただけだという単純極まりないものだったからだ。

0003-04 (0007)

 昨夜あの会話を交わした次の日がこの講座だとはなと思いつつ、今日も今日とて客間で茶を飲んでいる。そろそろ全種類制覇しそうな勢いだが、つまりこの洋館の各客間に茶葉の種類が豊富な訳は、そして更にその豊富な茶葉にやたらハーブティーが多い訳は、出来る限り精神を落ち着けて貰おうという養成所の願望が滲み出ているのだろう。因みに今日は3時間待った。段々自分の忍耐力に感心する。
 …もしかすると、それを鍛える意図があるのか? …まさかな。ひとまず、明日は4時間なんて事が無いように祈ろう。そうでないと、ここに戻ってくる時間がいつになるやら検討がつかなくなる。いや勿論、精神衛生上の問題も多分に有るが。

 今回も、受付の女性は息を切らせていた。駆けずり回って貰うのは確かに申し訳ないが、こちらとて十分過ぎる程に時間をロスしているので、特にそれを気に病む事は無いだろうと勝手に決めつける。
 今日の講師はベルグと云った。ウィザードだ。客間に現れるやいなや何とも不遜な表情で俺を眺めやった後、時間が無いから急ぐぞと告げ、さっさと歩き出してしまった。受付の女性に軽く頭を下げた後、俺もその後を追う。

 パーティを組みたいのならば、と、足早に歩を進める中(どうやら海辺へと向かっているらしい事は判った)、簡単な講義が始まった。大抵、各街には冒険者専用の様な酒場が有り、パーティメンバーの募集はそこでかけられているそうだ。やりとりは主に、掲示板に貼られたメモ。その中から条件に合った物を探し、そのメモを交渉の意志として指定の場所で話し合いミーティング、そこで合意が取れればめでたく結成…という訳だとか。《虹色の夜》以降、所謂“冒険者”向けの設備やらの充実度が飛躍的に上がったのと同時に、こういったある種のシステムの確立もまた加速度的だったのだそうだ。つい最近この大陸に来たばかりの俺にとっては、そんな苦労話(とはまた違うが)を聞かされたところで「はぁ」としか云い様がないのだが。
「気のない返事だな。さて次はパーティを組む際の注意点だが……その前に来客だ」
 前方からやってくるのは、固い殻を持っているであろう青いザリガニ。向かってくるのに合わせて、俺は小刀を構えた。やられたら時やり返せればという位に、防御に目一杯気持ちを持って。

 果たして、俺の行動は正しかった。何故ならばベルグが放った激しい炎ヴォルカニックフレアによって、ザリガニ達は鮮やかな赤にその殻の色を変えていたのだから(多少火加減の問題で焦げ付いては居たがそれはそれは食欲をそそる色だった)。しかし重ねて云うが、この講師達が俺達ヒヨコに向けた意図というものが全く読めない。普通こういう時は、余程こちらがピンチにならない限りは、出来るだけ力量を弱い方に合わせた状態で闘う物じゃないか?
「何だ、何か云いたげな顔だな。……まぁ良い。今のブルーロブスターは……」
 刃物の立ちづらい、固い物質を持った輩を相手にする時は魔法が有効だ。だからと云って、魔法使いばかりをメンバーに集めてしまっては脆さが全面に出てしまう。つまりパーティというものは、個々の能力を旨く集め、バランスを取ることが寛容なのだ。
 ――云っている内容の重要性はとても解るのだが、果たして、俺がその「相手の硬さを認識する」前に、すぱかーんと(リトゥエ談)この男が焼き払ってしまう理由になるのだろうか。
「さて」
 暫く歩いた後に、ベルグはぴたりとその足を止めた。
「――何か、待ってるんですか」
「ああ。多分そろそろ来るはずだ。さっきアレを片付けたからな。――そら」
 遠目に、自然に生まれた波とは違うものを見つけた。アレはどうみても、海中から何かがやってくる前触れだ。

0004-01 (0008)

「ルリエフナイト、という」
 ゆっくりと姿を現していくそいつに目線を据えたまま、ベルグが俺に告げる。
「アレは見ての通り装甲が硬い。お前の小刀程度ではろくなダメージは通らんだろう。俺が魔法でしとめる。お前は俺の壁になれ」
 勝手な事を云い放つと、ベルグは俺が文句を云う隙間も許さずに、詠唱準備に入った。
 海中からやって来たそれは“ナイト”と冠されてはいるが、まぁ、ぶっちゃけた話“カニ”だった。ただしその身体を覆う甲羅は食欲をそそる赤ではなく、陽光を多分に反射し(それは頼んでもいないのに、西日の強さをこれでもかと教えてくれた)薄く朱に染まっている。多分日中の光には青白く――曇らせた白銀の様に見えるのかもしれない。そう、騎士の甲冑さながらに。成程そう考えると、この巨体(俺が3人並べる程の横幅がある)に相応しいサイズの鋏は、騎士の持つ槍と評してもおかしくはない。
 勿論、勿体ぶった説明を付けたところで、カニはカニだが。

 簡単に片付けてしまったが、戦闘はといえばそうは問屋が卸さなかった。俺が先程内心呟いた声を聞いたのか否か、ベルグの放った雷撃呪文(プラズマハープーン)は、騎士、いやカニの甲羅を一直線に目指したものの、その鈍く輝く白銀(さすがにこの装飾過多な云い回しにも飽きてきたな)に、見事な屈折率を見せられたのだ。何故先刻の海老の様に焼いてやらなかったんだと心中で悪態を付きながら、俺はやや大仰にカニの前に立ち塞がった。
 ベルグの云うとおり、俺の構える小刀ダガー程度では何の役にも立たない。通って目玉位だろうが、それを狙っていける程の腕は今の俺には(悔しい事だが)無い。となれば、俺の集中すべきはあのバカでかい鋏ただ一点。アレの目標になりながらも、出来る限り自分へのダメージを低く抑える事こそが、今俺に出来る役目だ。
 カニの初撃は、まずその分厚さを利用した打撃だった。標的になるべく小刀を振るった直後、すぐさま腕を縮め、やってくるであろう荷重を減らす。重く痺れの来そうな一撃ではあったが、これはしっかりとした認識を持ったまま堪えられた。そして背後から俺を飛び越える様に冷気が走る。――それに、俺の意識が緩んだ。
 思えば、この講師陣が何かやらかした後何事も無く向かってくる魔獣というものに、俺は出会った事が無かったのだ。全て一撃の元に屠られ、飛ばされ、或いは焼かれ――後には死骸が残るのみ。
 しかし、何事にも例外という物はあり、今回はそれが当てはまった。
 冷気に晒され一時動きを止めたカニに息を吐いた数瞬後、尖った切っ先が腹を抉り込む様に唸りを上げた。当然崩れた状態から防御に持っていける余裕は無く、思わず翳したダガーがカニの腕(…と云うのだろうか)を多少かすめたのとほぼ同時に、俺は見事に吹き飛ばされた。腹の熱さが痛みに変わる直前、倒れた俺の頭上を今日2度目の炎が走った。そして今度こそ、カニは息絶え、動きを止めた。
「まぁ、気を失わなかっただけ上出来だ」
 回復薬らしい液体の入った小ビンを俺に投げて寄越すと、ベルグは何事もなかったかの様にカニの死骸へと近づいていき、その鋏をもいだ。今回の換金アイテムは、俺の腹(と、弓と同時に買った鞣し革の服)を抉ったあの憎々しい鋏であるらしい。
「動けるか?」
 なんとか、と答えると、用事は済んだから戻るという。その意見には全く持って賛成(何せ、この抉られて出来た上衣の大穴をとっとと直さねばならない)であったので、一も二もなく付いていく。
「そうだ、云い忘れていたが」
 俺の腹を見ながらベルグが云う。職人系クラスの人間がパーティに居れば、こういった修繕を旨くこなしてくれるのだという。成程、俺に出来る修繕なんて、この穴をなんとか塞ぐ程度だが、専門知識の有る人間には、新品の様な状態に持っていく事も可能だろう。他、商人系クラスの人間が居れば、戦利品の換金や装備の下請けに有利であるとか、突然生活密着型の情報を教わった。同時に、メンバーが多い事での簡単な気の遣い方も。…まさかこの男に気遣いを説かれるとは思わなかったが。

 洋館に着くと、ベルグは「メイアに鋏を売ってくる」と、すたすた先に行ってしまった。そういえば昨日のハナさんもあの椰子の実を「メイア」に渡すと云っていた。…道具引き取りの人員に、メイアという人でも居るのだろうか。
 勿論、今の俺にはそんな事よりも服の修繕の方が大問題であったので、早々に部屋に引き籠もった。明日までにはなんとか形にしないといけない。

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