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0023-01 (0046)

 そもそもが。
「…有り得ないわよね」
 全く同感だ。
「外区で通り魔事件が多発。だから警備の人員を補充する。それはいいわよ。それにしたって、物には限度って物があるわよね。私が通り魔なら、絶対こんな時に人襲ったりしないわ」
 センリの言がもっともなのは、昇ってきた朝日が証明した。今日という日は、まるで何事もなく始まったのだ。
 ルアムザは同心円状の横路とその中点で交差し円を8等分する大通りとで出来ているわけだが、道をほんの一本隣に動いただけで俺達同様に見張りを行っている人間に鉢合わせる様なこの状況で、一体どんな通り魔が暴れるというんだろうか。
「ですけれど、犯罪の抑止にはなりますよね」
「根本的な所は見事にずれてるけどな」
「むつかしい事は偉い人が考えてくれるよ」
 チャクがふわわと大あくびをひとつしてから、むにゃむにゃと呟いた。
「ぼくらは云われた事きちんとやったんだし、いいじゃん。早く寝よ。依頼って2日拘束でしょ? 今日の夜中もやるんでしょ? だったら早く体力戻さないとねだよ。ああ眠いねむい。おハダが荒れちゃうよ」
 うんとこしょと口にしながら伸びをして「行かないの~?」詰め所へ戻ろうとするチャクに、俺達は肩を竦めて顔を見合わせた。全くもって奴の云う通りだ。無駄な事はせず、とっとと戻って今夜に備えるべきだろう。

0022-03 (0045)

「警邏がいいなぁ」
「理由は?」
「楽してお金かせげそう」

 …ということで、都内の警邏を行うという依頼を受けた俺達は、宿をキャンセルして詰め所へと向かう事にした。因みに前述の“理由”を口にしたのは勿論チャクなのだが、全員が全員似た様な感想を持っていたので、誰も何も云わなかった。不謹慎であるのは百も承知だ。
 警邏の時間は深夜から早朝に掛けて。荷物だけ置いて詰め所を出た。夕飯の為だ。
「そういえば」食事を終えてコーヒー(さすがに仕事前にアルコールを摂る趣味はない)を飲みながら、ふと思いついた事を口にしてみた。「お前の卵、一体いつになったら孵るんだろうな」
「ん~そうなんだよねぇ。ぼくとしては早くふかふわ~なのに出会いたいんだけど」
 ねぇハクヒ、と、チャクは足下で青菜を頬張っていたウサギに話しかけた。
 今現在、俺達のパーティで卵を持っているのは二人、チャクとセンリだ。センリの方は雅が居る関係上、出来れば動物に生まれて欲しくないという事でチャクとは対照的だ。勿論、その中身がアイテムな事もあるのだが、それは外側からはちっとも判らない。ちなみに、物理的に割るという事がどうやらこの卵は不可能らしい。とすると、やはり卵が開く(亜獣(ディオーズ)と限らない以上、孵るよりこちらのがいいだろう)のには、何らかの形でイーサが関係しているのかも知れない。例えば、持ち主の思考や何かに因る様な。動物が欲しけりゃ動物とか、アイテムが欲しけりゃアイテムとか。
 とはいえ。
「…だとしたらどれだけ有難かったか」
「…? どうかされました?」
「いや。独り言」
 浮かべた例は、見事に俺自身が破っているので(今でもアイテムの方が良かったと思っている)、全く信憑性のカケラもないのは明白だった。
「そういえばその卵、結構なレアアイテム扱いらしいな」
「え。そうなの?」
「市場でやたら高価取引されてるだろ。いっそのこと、お前それ売りに出した方がいいんじゃないか。そうしたら懐事情が一気に解決だ」
 ええ~。ん~。でも、いや~、アレは~、んでも、違うよ~。訳の判らない声を上げながらやたら逡巡していたようだが、結局孵るのを待つ事にしたらしい。まったく気の長い事だ。

0022-02 (0044)

「んで、んで、んで、名前なににしたの?」
 ルアムザへの道中、クラスチェンジの経過報告がてら雑談に興じていたのだが(変な事務員がいたとかなんとか)、突然チャクが食いついてきた。勿論、ウサギの名前の下りでだ。そんなに気になるか?
「はくひ」
「ハクヒ? また面白い名前だねぇ。なんか意味あるの?」
 こいつに面白いと言われるのは心外だが、別に大した意味じゃない。さあさあさあと鼻のとがった事務員に命名を強要されながらコイツの毛の色をぼんやり眺めているうちに、実家の池で見た薄氷(うすごおり)を思い出しただけの事だ。
「…で、“薄氷”と書いて、“はくひ”」
「ふーん。雅とおんなじで、東方の字なんだ。ん? ユキヤくんてそっちの人?」
「実家は」
 チャクはへーほーとひとしきり(神経を逆撫でしそうな方向の)声を上げてから、んじゃあユキヤくんは今度はなにを育てられる人なの?と訊いてきた。
「いや、ウサギの使役方法は一通り判ったから、テイマーは辞めてきた」
「え? そうなの?」と、これはセンリ。「私てっきり、一通り上位までこなすのかと思っていたけど」
 そもそもテイマーになったのはこのウサギ…いや、薄氷の扱いを覚える為で、別に他に何か使役したいという願望は全くないのだ。だったら、きちんと前衛として戻った方がいいだろう。そう思っただけの事だ。
「じゃあ、ユキヤさんは探索者ギルドに戻られたんですか?」
「いや、そのまま、戦士ギルドに寄ってきた」
「え?」
 さすがに全員の顔が一斉に俺の方を向くというのは、あまり気分のいいものじゃない。
「あれ、だってユキヤくんて、力任せにどっかーんっていうの、あんまり好きじゃないんじゃなかった?」
 そこはそれ程変わってない。ただ、一応俺はこのメンツの中では前衛だ。だったらそれに多少なりと沿った転職をした方がいいんじゃないかと思い、手っ取り早く筋力でも多少付けようかというだけの話だ。
 戦士ギルドで転職傾向の一覧を眺めていたら、スカウトを終えてからなれる職に格闘術を使ったものがあった。それは、懐に潜り込んで戦うタイプである俺と方向性は合致している。
「というわけで、暫く目端がどうとかいう辺りでの期待には添えないと思う。だから悪いが、当分はそういう類の依頼とかは無理だ」
「まぁでも、それはルアムザの公社次第よね。ひょっとしたら、ユキヤが戻る前に私がスカウトになってるかもしれないし」
「…そうなのか?」
 問うた俺に、センリはそろそろ上位クラスの残りが複合型ばかりになってきていて、さらに残りのうち2つがスカウトとの複合なのだと云った。そういえば探索者ギルドの上級職も、戦士との複合型が多いのだという。そういった相関的な部分が、どこかにあるのかもしれない。
 のんびりと歩いていたら、ルアムザに着いたのはもう日暮れ前に差し掛かる時だった。公社へ行くのと宿を取るのとで、2手に別れた。

0022-01

「そういえば」
 と、調教師ギルド出張所の人間に云われた。やけにとがった鼻の、単眼鏡を付けたひょろりとしたその男は、書類を見ながら続けた。
「シフォーラビットを飼ってらっしゃるとの事ですが、勿論その肩のディオーズですな?」
「ええ」
「名前の所に“未定”とありますが、未だに?」
「まあ」
「いけませんな」
 男は、何故か俺ではなく肩のウサギにぬぬぬと顔を近づけた。…整髪剤でテカった髪が顔の側に寄るというのは、なかなか気分の宜しくないものなのだが。
「貴君は実のところ、仰る通りクラスチェンジが可能であるのですが」
「はあ」
「いや、いけませんな」
 ……なかなか疲れる事務員だな。
「それは俺が下位クラスをマスターするのに、こいつに名前をつけてやらんとまずいって事ですか」
「ム、それは偉大なる勘違いですな」
「…端的にお願いしたいんですが」
「そこなるウサギに、きちんとお名前を付けてやれば宜しい」
 ……いや、そこまで戻らなくていい。
「じゃあ逆に、付けないとどうにかなるんですか」
「なに、大した問題ではありません」
 男は単眼鏡を外すと、胸元のハンカチーフ(どうして調教師ギルドの人間であるのにこの男はぴっちりとした燕尾服を着ているんだろう)でもってレンズを磨きながら、俺の肩を落とす発言をした。
「我がポリシィというやつですな」
 ……受付がこんな男だった事を恨む為には、その前に俺の運を呪うべきなのだろうか。

0021-02 (0043)

 テヌテに戻った俺達は、早々にガレクシンへと向かっていた。路銀の乏しい二人が地道な集貨活動したいと申し出たのだ。…とはいえ。
「…ガレクシンで、短期間で稼げる物はごく僅かだった様な気がするんだが」
 折良く通りがかった荷馬車の中で、俺達は互いに公社で受けた仕事のあれこれについて、情報交換を行った。結果、出た結論がコレだ。
「そうですね…。それでは、一度、ルアムザの方へ出ませんか? グローエスの中心ですし、これからの動きも取りやすいでしょう」
「ルアムザか~。あそこいいよね。風のニオイとか。ちょっと古臭い感じで」
 膝の上に雅とウサギの二匹を乗せたチャクが、これ以上ないという様な幸せ顔の目尻をさらに下げた。
「古臭い?」
「そう。なんていうかなぁ、こう、ちょっと昔の図書館の中みたいな。落着いた感じの。ユキヤくんにはわかんない? あーぼく、ああいうところでのんびりおいし~い紅茶でも飲みながら思いっきり読書に耽りたいよ」
 …そんな事しているから、金がいつまで経っても貯まらんのじゃないだろうか。

「そういえば、チャク、そんなローブ持ってたの? 初めて見るけど」
 さすがに遅い時間にガレクシンに着いた為、ルアムザへ出発するのは明朝という事になった。そこで久しぶりの木賃宿に部屋を取り、金銭の乏しい二人に会わせて宿の定食で晩飯を摂る事になったのだが、そこに現れたチャクはセンリの云う様に、今までの淡い紫のローブではなく、上から下まで濃いグレーに取って代わっていたのだ。勿論、髪だけはいつもの通り薄い金だったが。
 どうやら誰かに突っ込んで貰いたい所であったらしい。途端目を輝かせたチャクに、俺はああまた長くなるなとぼんやり思いながら、ウェイターにビールを頼んだ。
「あ、これ? ほらぼく、テヌテで一旦ギルド行ったじゃない? それでプリーストに転職したんだけど、んーと、ほらサマナーってクラスマスターするとさ、上級悪魔の召喚出来るでしょ、それぼくの夢のひとつだったんだけど、それはまぁ置いといて、プリーストっていうとこう、なんかすごくこう、正直者が莫迦を見るみたいな感じだけど、ん、ちょっと違うか、まあとにかく、ぼく無神論者だし、その上悪魔なんか喚んじゃうし、これはもうあれかな、ダークプリーストとか呼ばれちゃう方を目指そうかなーなんて」
 …こいつの脳が突拍子ない方向なのはいい加減判ってはいたが、さすがに最後の一言だけにはツッコミを入れるべきだろうか。

0021-01 (0042)

 道中、細身の四足獣(後で知ったのだが、赫く輝く毛を持ったコイツらはスパルカといって、その毛皮が高値で売れるのだそうだ。損をした)に襲われたが、センリが爪に引っかかれた程度で(直後マリスが回復魔法を掛けたので全く大事には至らなかった)、無事、件の“祠”に辿り着く事が出来た。
 そこは祠として態々誂えたというよりは、元々有った小さな洞穴を有効活用した様な場所だった。但し、昨日一昨日と飲んだくれていたあの老爺達がこまめに手入れをしているらしく、辺りの景観を鑑みるに、そこだけが無闇矢鱈と片づいている。まさに「小綺麗」という単語が相応しい状況だ。
「…なにもないねぇ」
 チャクの呟いたその言葉は多分、誰に向けられたものでもなかったのだが、何故か俺がぎくりとした。…一応俺にも良心というものくらいある。勿論。当然。ここの情報を持ってきたのは、紛う事なく俺なのだ。
 なにもないねぇって。云いながら、センリは首を傾げながらチャクに向いた。
「チャク、一応預言者ギルドの人間でしょう? 何かこう、神様~っていう感じ、しないの?」
「ぼく、無神論者だし」
 …それで良くギルドに登録出来たものだ。
「マリスは? 判らないか」
「私が仕えているのはイテュニス神ですけれど…万一その眷属の神仏であれば、或いは、判ったかもしれませんね」
 つまり、判らんて事か。溜息を吐いて、もう一度辺りを見回そうとした時。
『居ないよ、ユキヤ』
 唐突に、声の様な物が脳に響いた。
『あー、声じゃないよ。思考をイーサの波に直してからそれに指向性を持たせて流してるの。んで、その波の反射の時に、ちょっとユキヤの思考も届くかな』
 …人の知らん内に、この妖精はまたなんだか勝手な事を。
『知らない内にはならないって。今し方伝えたでしょ。まず私が思考を流さないと反射しないんだってば。だから勝手に受信は出来ないし、安心していいよ。…てまぁ、そこは取り敢えずさておくけど、とにかくこの祠──』
 もし神がこの祠に居着いているのだとしても、残存思念だとかそういう類を鑑みると、ここ数日は全く帰ってきていないはずだ。腰袋に入っている筈の流翼種はそう云った。
『だから云いにくいんだけどすっごい無駄足』
 …云いにくいというのなら、まず云い淀む位の事をして見せろ。
 成程、意志疎通を思考のみで行うというのは、思考をいちいち言語に直すのではなく、そこから派生したイメージが勝手に飛び交う様なものであるから(俺は今受けた情報をいちいち言語として直して脳に反芻したが)、口に乗せる会話と異なり、もの凄く高速で済むらしい。この間、瞬きひとつ程度の時間しか掛かっていない。
「んーまあ、それじゃあたのしいミニ旅行だったってことで、帰ろうか~」
「まぁ、宿代だけが無駄に掛かって、お前の貧乏ぷりに拍車が掛かったって事だな」
「ぅぐ」

 現実を思い出してよっぽど堪えたのか、村を出る前に摂ったチャクの昼食は、普段よりも随分と質素なものだった。

0020-02 (0041)

 むかしむかしのこと。ひとりの男がおりました。
 男には水も食料もすでになく、もはやいきだおれ寸前でした。
 もうだめかもしれない。そう男が思ったその瞬間、とつぜん、あたりがほのかにかがやきました。
 その、意志を持つ輝きは、男のいのちを救ったのです。
 男はその意志を神と崇め、この地に祠をつくり、それを祀る事にしたのでした……。

「……という、出来の悪い伝承が有るんだそうだ」
 老爺達は、この“湖の畔で神様に助けられた男”の子孫であるらしく、故にこの地に居を構え、代々その“神様”を祀っている祠を護る守部(まもりべ)なのだという。信心深さから縁の遠い俺にしてみれば、そんな昔の神(しかもそいつはログレブルが《虹色の夜》によって汚泥の沼と化すのに目もくれなかった訳だ)を未だに崇めているというのはどうも信じられない。
「それじゃあ、何かあるとしたら、その祠という事になるのかしら?」
 マリスの言葉に、俺は頷いた。ちなみにウサギは今日よっぽどマリスに構って貰ったのか、彼女にいたく懐いている。
「小舟はどうだった?」
「動く事は動くし、まぁなんとか乗れるでしょうけど、信用を置けるかどうかというのとはまた別の話ね。さっきの元は死水だったって話も合わせて、祠に行く方が生産的だと思うわ」
 それじゃあと、今まで黙って話を聞くだけだったチャクが口を開いた。
「明日祠見に行って、それでなにもなかったら、帰らない? 時間も勿体ないしさ」
「成程。本音は?」
「ぼくそろそろ中位クラスになるはずだから、ちょっとギルドの出張所にでも寄りたいな~って、どうして本音がどうって聞くのユキヤくんは~」
 結局チャクの提言が通り、明日の予定が決まった。

0020-01 (0040)

 結局リトゥエは帰ってこなかった。少なくとも、俺に意識のあるうちは。

 朝。マリスに具合を尋ねたら、一晩寝たら大分回復したとの事。安堵して、全員揃って朝食を摂った。そして状況確認を行う。
 はっきりしたのは、取れる方策が(帰還する事を除いて)当面2つあるという事だ。ひとつはこのまま情報収集を続けるというもの、もう一つは、泥海付近に有った小舟を使って湖の中央へと漕ぎ出して行ってみるというもの。この小舟は、昨日チャクが見つけてきた。
「小舟に乗るっていうのは、強度に因らない? 4人と2匹に装備品の重量があるのだから、それに耐えられないと」
「そっか。ん~、そこまではちょっとぼくには判らなかったんだけど」
 というわけで、センリとチャクは連れだって小舟の状態を見に行った。マリスは大事を取って待機となり(ついでに雅とウサギの世話を頼んだ)、俺は引き続き情報収集を行う事になった。丁度良い、リトゥエがどうなったか、見に行ってみるか。
 そう思ったのだが、俺はその考えをすぐ後悔する事になる。

 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。いや、それはさすがに言い過ぎの部類か。
 酔いつぶれた人間は勝手に寝、起きて酒が飲みたければ飲み続け、帰りたい奴は帰るし来たい奴は来る。そういう酒飲みの集まりであるらしかった。
「……帰るか」
「現れてすぐ帰らないでよ! ちゃんと説明手伝ってってば!」
 そんな中、ひとり素面を貫き通していたらしいリトゥエは、先程から盛んに何かを説明していた。妖精騎士がどうとか、なんとか。ニルフィエの女王に認められてどうちゃら、妖精騎士とはただ妖精を従えている訳じゃあないとかなんとか。
「ほれ、その小僧っこがお前さんがくっついとる騎士なんじゃろ?」
「ちっっがうんだってば! いつになったら判ってくれるの!!?」
 禿頭部まで赤くした様な老人は、俺とリトゥエを見比べながらがはははと笑った。まぁ確かにリトゥエがいいオモチャになるというのは良く理解出来るのだが(リトゥエ自身にその自覚が無いというのが拍車を掛ける)、いい加減それに付き合わされているのにも疲れてくる。ついでに、リトゥエの甲高い叫び声にも飽きてきた。
「だからっばも!」
 わめき立て続けるリトゥエの口(というか顔全体)を掌中で押さえてから、酔っぱらいの一団に質問を投げた。ログレブルについて、何でも良いから教えてくれ、と。そして判った事は二つ。あの変異は《虹色の夜》によって起こった物である事、そして元々死水であった湖は、人々の生活に大した影響をもたらしていないという事。
「生活用水は近くの川と地下水──あっちに井戸があるじゃろう、アレで足りとった。だからあの湖が沼になろうとなんだろうと、ワシらにゃあ全く関係ないんじゃよ」
「じゃあ小舟は? 死水だというなら、小舟程度じゃ進めないだろう。何の為に有ったんだ。漁か?」
「ん、ああ、まぁ、観光用、だなぁ。ただの死水じゃあなく、アレは毒性も持っとったからな、食える魚なんぞまずとれんかったわ」
 つまり、文字通りまともに生ける物のない“死水”であった様だ。
 と。俺の手から解放されたリトゥエがぽつり呟いた。そんな生産性のない湖の側に、何故集落を作る気になったのかと。そして、爺共の一人が、口を滑らせた。
「そらぁお役目を放り出す訳に──」
 放って置けばいいのに、その滑らせた老爺の口を、横から塞ぐ手が2本有った。それはつまり、少なくともこの老人達にとって重要な何かが、あの泥海に潜んでいるという事の象徴に他ならない。

0019-02 (0039)

 ごめん、私暫くマリスに付いてるから。
 そう云ったセンリと、当事者のマリスを宿に残し、俺とチャクは情報収集の為に村へ散った。

 泥海まであと少し、というところで、巨大な蜂に遭遇した。太い針でもって、俺達に襲いかかってくる。はたき落とそうと剣を振り回し魔法をかけつつ走り、何とか逃げようとしていたのだが、その虫がマリスの首筋を刺した瞬間、彼女は膝から頽れた。数瞬後にチャクが炎の竜巻(フレイムスクイーズ)で仕留めたのだが、マリスは意識があるものの体に力が入らないのか(麻酔か或いは麻痺毒の一種が針から流れ込んだのだろう)起きあがる事も出来なかった。センリと俺と交代で背負いながら、泥海に面した場所へたどり着いたのが日暮れ少し過ぎ。遠くに立ち上っていた煙に人がいる事を確認して、そこへ辿り着いたのが夕飯時、村に1件だけ有った宿(というより下宿場の様な)に部屋を取り(というより“間借り”の方が相応しい)、そうして、今に至る。

「んじゃ、ぼくあっちから回るね」
 二人一緒に居ても効率が悪いと、チャクと別れて村を歩く事にした、とはいえ、大して広いわけでもなし、数十分もしたら合流する事になるだろう。
 元湖であるその水源は、泥濘に埋め尽くされているという状態の割に、あの雑菌が繁殖しまくっている様な状態特有の臭気が感じられず、その色と状態以外は確かに“湖”と呼んで差し支えない風だった。
 その光景について、唐突にリトゥエがおかしいよねと呟いた。曰く、水源だろう場所が汚濁したというのに、どうして村がそのまま残っているのか、と。
「それを含めて尋ねてみればいいだけの話だろ。…大体、お前いつも突然現れて云いたい事だけ云ってどこかに消えるが一体どういう了」
「あーユキヤユキヤほらあそこ。人がいるよ!」
「おい、お前無理矢理はぐらかそうと」
「任せて! 私が色々訊いてきたげる! んじゃね!!」
 俺の言葉を全く無視して、リトゥエは人の集まり──どうやら誰かの居宅たる一軒家の軒先に卓と椅子と酒を集めて飲み交わしている──へとすっ飛んでいってしまった。
「……まぁ、いいか」
 アレも莫迦じゃなかろうし、曲がりなりにもイーサ干渉に長じた種族でもある(そういえば出会った時には、自ら追手の一人を伸してさえいた)。なら何か有っても多分自分で何とかするか、助けを呼ぶかくらいするに違いない。そして本人(妖精?)にやる気があって、任せろと云っている。なら俺は留守居に甘んじようじゃないか。…いや、どちらかといわなくても、“甘えよう”かも知れないが。
 リトゥエが酒飲みの一団の居る場所へ到着したのを見やってから、俺は踵を返した。さすがに歩きづめで足が張っている気がする。とっとと飯を食って寝よう。

0019-01 (0038)

 山道だ。
 そもそもテヌテは山に有る。裾野に広がるとは書いたが、テヌテの高低差というのは軽く山ひとつ分存在するのだ。
 そしてそのテヌテからどんどんと西へ向かい、山を更に数個越えると隣国ノティルバンへとの国境が有る。今回はその途中、山地の終端たる「マリウソス」と呼ばれる地点を南に降り、ログレブルへと向かうのだ。
「何かいいものがあればいいよねえ」
 雅を頭の上に乗せて歩くチャク(出がけにセンリに頼み込んでいた)は、にこにこと口にした。
「そうだな」確かに、そこに異論はない。「大分所得格差のある事だし」
「…どうせぼくは貧乏ですよ」
 基本、冒険者登録をしていれば、生活費には殆ど困る事がない。《虹色の夜》以降の国家的補助のある現在は、職業冒険者にとってこれ以上ない環境であるのだ。事実、俺やセンリは4桁を軽く越す所持金を抱えつつ移動している。
 ──だというのに。
「お前、まだ市場癖が抜けないのか?」
 “まだ”と付けたのは訳がある。こいつは以前、後先考えずに市場で入札をし、あろう事かその合計額が所持金を超過していたが為に、罰則として数日間の使用禁止を組合から云い渡された実績の持ち主なのだ。
「んんん~。そんなに無駄遣いしてるつもりはぜんぜん無いんだよ? フツーに杖が壊れたから買換えたりとかしてるだけだもん。なのにどうしてかぼくはいっつも300リーミルくらいしかお財布にないんだよねぇ」
 チャクの所持金は、ちょっと増えるとすぐに減り、少しも増えなくてもどんどんと減っていった。恒常的にエサを買う必要のある俺やセンリよりも所持金差が大幅にあるというのは、こいつの生活能力の無さを物語っているのじゃないだろうか。
「でもマリスさんも少ないよね? ね? ぼくだけじゃないよ?」
「私ですか? そうですね。センリやユキヤさんに比べたら、少ないかも知れませんね」
「…そこも不思議なんだよな。マリスは堅実そうに思えるんだが」
 あら、ありがとうございます。云って、マリスはいつものにこやかな笑みを浮かべる。
「でも、マリスはチャクの使い方とは違うわよ。ただあまり市場を使わないだけだもの」
 センリは、チャクの頭上で伸びている雅の首筋をくすぐりながら(センリと、雅を乗せたチャクの身長は、丁度同じ位になる)そう云った。どうも、マリスは性格的に競り合うのが苦手だとかで、大半は商人ギルドの人間が開いている商店から杖やらローブやらを買うのだそうだ。それなら一品一品が市場で手に入れるよりも割高だろうし、肯けるというものだ。
 ちなみにチャクに普段どう競っているのかというのを聞いてみたところ、「んー、なんとなく相場を考えてから、その辺の値段を一気に入れちゃうよ? いちいち競るのはよっぽど時間がないと出来ないし」との事。
「ユキヤくんとか、センリさんとかは、どうしてるの?」
「俺? 目星を付けたものは入札終了時間を見てから、一応購入の意志が有る事だけ見せる為に数リーミル上乗せするか、入札が無けりゃ相場弱程度で入れて、それからは終了時間間際まで放って置くな。予算を超えてまで逐次競ろうとは思わない。で、最後に一気に落としに行く」
「…ちょっとやなやつっぽいね、それ」
 せめて戦略と云え。
「んじゃ、センリさんは?」
「1リーミルずつ地道に上げていくけど。あと武器は大体一発武器で済ますかな」
 一発武器とは、耐久度の極端に少ないものの事を差す。大体の武器防具は修理すれば済む話であるのに対し、これは修理など出来ない位、一度で完膚無きまでに壊れるからだ。その為、市場でも破壊力の割に軒並み1~3リーミル程度の安価で仕入れる事が出来る。因みに武器であると、大抵の場合は特定分類の生物に絶大な効果をもたらすものが多い。閑話休題。
「そうか~センリさんは物理攻撃だもんな~。そういう手が使えるんだ。魔法の媒体にするんじゃそういう訳にいかないの多いしな~。んでもさ、1リーミルずつ上げてくのって結構めんどくない? 時間も掛かるし」
「でも、大体の場合は相手が嫌がってそのうちおりるから。ちくちく上げてって安価で自分のものに出来るのだったら、その位の代償なんて事ないわよ」
 内心、俺が彼女の競り相手に(自分の事を棚に上げて)同情していたのは、云うまでもない。

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