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0019-01

「そういえば、ぼくたちってパーティのリーダー決めてないね?」
 朝飯の場で、もごもごとパンをほおばりながらチャクが口にした。
「少なくとも、組合的にはマリスがリーダーだ」
「あら、そうだったんですか?」
 俺の言葉に、マリスがぽかんとした表情を浮かべる。頷いて、俺は言葉を続けた。
「形式上、俺達がそっちのパーティに入った事になってる。だから登録しているパーティ名も、マリスとセンリが登録していた名前のままだ」
「そうなんだ」
 付け合わせのサラダを食べ終え、センリはフォークを置いた。じゃあ、せっかくだからパーティ名とか、変えてみる? そう云われたが、特に俺もチャクも名称に拘りがないのでそのまま据え置く事にした。そもそも、闘技場だなんだも形式上このパーティ名──“虹彩の空を見上げる者”──で参加している以上、ころころと変える必要も感じられない。因みにパーティ名の“虹彩”は目の器官の方ではなく、後ろの“空”に引っかけて文字通り“虹に彩られた”の意味しかないのだそうだ。閑話休題。
「ん~、やっぱりさぁ、こういうのって年功序列なのかなぁ」
 ごちそうさまでした。とチャクは行儀良く両手を合わせた(こういうところ、チャクは拘るのだ)。
「そういえば、ぼく、みんなの歳知らないや。差し支えなかったら教えて貰っていい?」
「別に構いませんよ。私は今年19です。センリは確か17だったわよね?」
「ええ。ユキヤは?」
「20。今はまだ19」
「あれ、そうなんだ?」
 さて言い出しっぺの順番だという時になって、チャクは頓狂な声を上げた。
「…それは俺が年相応じゃないとかそういう話か?」
「そこはそれさておいてなんだけど、ぼくの云ったのはそうじゃなくてね」
 暗に俺の問いに肯定を返してから、チャクはとんでもない内容を口に乗せた。
「ぼくが一番年上だったんだ~と思って」
「……え?」
 俺を含めた残りの三人が異口同音に口にしたのは、どう考えても「そんなまさか」という意味合いが込められたものだった。つまり少なくとも、今俺が感じたものは、一般論としてかけ離れてはいないという事だ。
「…聞くのが憚られるんだが」なるべくなら確認したくはないのだが、この際だ。「幾つだ、お前。ひょっとして60過ぎの爺さんとかか」
 行きすぎていてくれれば何となく得心がいくだろうと出した数字に、うわ~いくらなんでもぼくそんな老人パワー溢れてないよ、もっと若さに充ち満ちてるってば、とチャクはあからさまな不満を見せる。じゃあ幾つなんだともう一度質問を投げたのだが。
「24」
 どうしてそこで、なまじっか真実味の有りそうな数字が出てくるんだ。
「すまない、聞き損じた。なんだって?」
「にじゅうよん」
「……じゅうよん?」
「ぼくが年上だって云ったじゃんか~。んもなに、そんなに信じらんない?」
 少なくとも、こんな挙動(今も雅をでろーんと伸ばして「酷いよねぇユキヤくんは」とかなんとか語りかけまくっている)の男が俺より5つも年長だというのを、どうやったら信じられると云うんだ。

0018-02 (0037)

「ログレブルにはお宝が眠ってるって話も一応はあるな」
 人と馬を休める為にキャンプを張っている時、商隊を束ねる男がそんな情報を寄こした。
 澄んだ湖から淀んだ泥海へ。そういった変化が有れば調べてみたくなるのが冒険者の常という奴で、その泥海ログレブルにも時折お宝目当てにやってくる者が居るのだという。但しあまり成果の見られた試しはないのだとか。
 お前さん達テヌテについたらどうするんだい? 問われたので、素直に特に予定は無い事を伝えた。
「ならせっかくだから、ログレブルまで足を伸ばしてみちゃどうだい。今までろくなもんが見つかってねぇって事は、今度こそ何か有るかもしれねぇってこったろ」
 “本当に何も無い”という可能性を誰も考えないというのが、所謂冒険者精神の現れなのだろうなと思う。

 テヌテは隣国ノティルバンとの境目であるタラス山地の裾野に広がっている。多分その山裾へ近付いた方にでも、泥海ログレブルが存在しているのだろう。調べていないから、正確なところは判らないが。
 何事もなく着いちまったなと、依頼主が苦笑混じりに愚痴をこぼした。俺達を雇ったのはそもそもただの“おまもり”の様なもので(商隊自体がそう大きいものでない事から、野盗やらに襲われる率もその分低い)、それであればこその値段設定だったのだろうとは思うが、やはり余計な食い扶持増やしただけだったという結果からみれば惜しくもなるのだろう。
 荷はこれから街外れの工場へと持っていくらしい。お前さん達は冒険者用の宿だろう? という問いに肯定を返すと、テヌテの中心近い位置にそれが有る事を教えられ、「だったらここで別れた方がいいな」と、報酬の入った麻袋を渡された。
「ひとまず先に、宿を取りに行きましょうか? もう遅いし、後はご飯食べるくらいよね」
 センリの言葉に頷いてから、街中へと入っていった。高地独特の澄んだ空気は、丸い月をより鮮やかな金色に輝かせていた。多分明日の朝は冷え込むのだろう。

0018-01 (0036)

 昇り始めた朝日に漸く空が白んできた頃、商隊の馬達が動き出した。
 幌付きの荷馬車は全部で2台。俺達が居るように云われたのは2台の内後ろの1台、荷物の多く乗っている方だった。そこから2人ずつ交代で、幌の廻りの警護を行う。前方の幌には、全体の指揮を執っている男とこれも日雇いらしい荷運びの連中が収まっていた。
「ラズハイトから刀剣類を運んでいるんだ」
 依頼主たる男はそう云っていた。これから向かう先はテヌテという街で、すぐ側には泥海の広がる土地に有るらしい。
 いまでこそ泥海だが、元々は澄んだ水を湛えた湖だったのだそうだ。だが、これもやはり《虹色の夜》以降、その姿を180度変えたのだという。ある種の《現出》と云ってもおかしくないのかもしれない。
「んまあ、襲われないで旅が出来てお金も貰えたら御の字だよね」
 荷物の隙間でふあああとチャクが大欠伸した。同じ幌に乗り合わせている大男(多分俺達が不義を働かない様に見張っているのだろう)が、ぎょろりと片目だけ開けてチャクを見たかと思うと、再び瞼を落とした。
「眠いなら、マリスと代わって外を歩いたらどうだ。醒めるかもしれないだろ」
 道には、俺かセンリ、そしてチャクかマリスのうち、どちらか一方ずつが必ず出る様にしていた。前後衛のバランスの問題だ。
「んん~、でも、そこでこう、“今の内に寝ておく”っていう選択肢も有るんだよね~」
 順調に行けば、遅くとも明日の夜明けには着くだろうという。俺としては、どちらかといえばこの退屈な時間の方がなかなかきつい(“万が一”を考えると、おちおち体を動かす事も出来ない。暖めておく程度は確かに必要ではあるが)。チャクの云う様に、寝ておいた方が無難かも知れないなと、既に俺にひっついた状態で丸くなっている毛玉を見ながらぼんやり思った。

0017-03 (0035)

 というわけで、2日ぶりにガレクシンの斡旋公社へとやってきたのだが。
「…商隊の護衛くらいしか無くないか?」
 サマナーとしての修練が終わったとかで、センリは戦士ギルドへと向かっていた。魔法剣士(ルーンフェンサー)を目指すのだそうだ。そしてマリスは、雅(と、ついでにウサギ)の面倒を見る為宿に残っている。
 というわけで、チャクと二人こうしてやって来たのだが、好事家がなんとかいう珍品を捜しているだの、原石の加工をさせてみろだの、草を持ってきてくれだの、そういった依頼しか見つける事が出来なかったのだ。
「んでも、洞窟に潜る手伝いっていうのもあるよ?」
「クラスチェンジしたばかりの人間が2人も居るんだ。もう少し軽い方が良くないか」
「あー、ユキヤくんはやっぱり弱体化してるんだ?」
「多分な」
 面白い話なのだが、クラスチェンジを行って、その後の講義を受けている最中、どうやらなんらかの刷り込み(インプリンティング)でもされているのか、それまで発揮出来ていた力を100%出せなくなるという事がある。逆に、いままでは出来ていなかった様な事(例えば目端を利かせるという物理的な事に加えて、そういった危険を肌で感じるというある種の第六感の様な)が出来る様になったりもした。一体冒険者組合が、そしてギルドがどうしてそこまで“クラス”という概念に拘るのかは定かでないが、しかしその判りやすい“役割分担”的な能力格差は成程、パーティを組んで行動するという点については有用なのだろう。
 そして俺が“弱体化”したと感じた原因は、先般大烏を仕留めようとした際に、今までなら難なくこなせていただろう行為──狙った腱を叩き斬る──が、想定していた効果に程遠かった事に因る。
 今回のクラスチェンジでセンリが前衛として能力を発揮できるようになるわけだが、前衛で壁の一角の筈である俺は、今後暫くは自身の戦闘よりもウサギの扱いに重きを置く必要がある。というか多分無意識にそうなるに違いないと思う。……刷り込みというより催眠の方が正しいのかもしれない。

 今日は宿ではなく、表にでて夕食を取った。センリは一度、戦士ギルドの中位クラスまでは終えてから魔術師に転職し上位まで済ませたとかで、今後戦士ギルドで同じ道を辿る場合、一日二日で上位になれるのだという。マスターしたクラスには、何らかの特典が付くらしい。という事は、俺の場合、スカウトとニンジャはほぼスルー出来て、ニンジャマスターではない方の上位クラスまで楽に行ける様になるという事か。だが、確かもう片方は、魔術師ギルドで一通り学んでからでないと就けなかった様な気がする。
 そうか、テイマーが終わってからの事を考えなければならない。チャクは完全に後衛を全うする気でいるし、マリスもどうやら預言者ギルドのクラス(但し他のギルドでの能力が問われないもの)をまず総なめにするのだそうだ。となれば、俺はやはり壁の一角になる必要がありそうなのだが──大人しく、戦士ギルドで揉まれてきた方がいいのかもしれない。

0017-02 (0034)

 異端査問官(インクイジター)というクラスは、光のちからで闇のものを征することに重きを置くものだそうだ。いや、まぁ、そんな事はどうでもいい。
「あ、マリス、服変えたの?」
「ええ。クラスチェンジもしたし、ちょっと気分を変えてみるのもいいかしらと思って」
「へぇ~。かっこいいかっこいい。とっても似合うね。ねえユキヤくん」
「ああ、そうだな」
 んもなにその面白くない感想はとかなんとかチャクが云っていたが、それもどうでもいい話で、つまり、俺はその方向に免疫が無かったんだなとそういう話なんだが、何を云いたいんだか判らなくなってきた。ふと足下に目をやったら、ウサギがてててとマリスの足下に寄っていってじゃれついていた。これまで気にしたことは無かったが、お前ひょっとしてオスか。
 服の事は良く判らない(どういう形のモノをどう呼ぶとかそういう話だ)から、マリスが着てきた服がどういうものなのかもよく判らないが、それでも、鮮らかな緋の引き締まった長いスカートは、先般まで着ていたゆったりしたローブ(確かイテュニス神を崇める神殿で貰った物だとかなんとか)との差違も相まってか、とてもよく似合っていた。その位は判る。
「さーて、それじゃ全員揃ったし、出発しましょうか。……ユキヤ? ウサギばかり眺めてどうかした?」
「ああ、いや。別に」
 だから何が云いたいかというと、(重なるが)俺はそういう、つまりこうぱりっとしたというか凛としたというかそういう類側の抵抗性が無かったんだなという話で、決して性癖がそうだとかそこまで行く話じゃないと云う話だ。話話って文法までおかしくなってるな、いや文法じゃなくて単語の選び方か。この際どうでもいい、とにかく頭をさっさと切り換えよう。
 もふもふと床板の匂いでも嗅いでいるらしいウサギの首根っこ引っ掴んで肩に担ぐと、既に出て行っていたチャク達を追う為、足早に宿を出た。

 ひとまず4人で過ごすに辺り、戦闘での癖であるとかそういう辺りをお互い把握したいという事(と、ついでに金稼ぎ)で、ガレクシンに戻ってから、公社で仕事を得る方向で話が付いていた。互いに今までどんな依頼をこなした事があるのか、これまでどうしていたのかをざっと話しながらガレクシンへと向かう。
 途中、吸血蝙蝠と大烏の編隊(というより、烏は蝙蝠がエサを捜すのを利用していたのだろうが)に出会したが、なんなくこれを仕留めて(今回はセンリが魔法を使ってマリスが殴っていた。……何故この二人は手ずから殴りたがるんだ)、無事、夕刻前にガレクシン入することが出来た。宿を取ったら、早速公社へ向かおう。

0017-01

 ギルドで教えられたのは、調教対象の動物に対する向き合い方だった。
 つまり、極論すると。
「エサを与えつつ、適度な運動が必要らしい」
「ふつうじゃん」
 宿に戻ってきた俺は、チャクにせがまれ調教師ギルドの話をしていた。その感想がこれだ。とはいえ、俺の感想も大差ないのだが。
「下位クラスだから仕方ないといえばそれまでの様な感じだったな。今後、専門的な知識の必要な──例えば獰猛なタイプの奴だとか、爬虫類だ鳥類だとかの分類だそうだが、そういった話が組み込まれていくらしい」
 つまり、テイマーギルドにおける中位だ上位だのクラスというのは、要するにそういった種別毎の専門家になるということだった。
「そっか、ふつうの猫とか犬ならなんとなく解るかもけど、突然ディオーズのウサギを使役しろって云われてもむつかしいよね」チャクは一頻りうんうんと納得するように首を振った。「んで、ユキヤくんはこのウサギ、どうするの」
 どうと云われても困るが、そうだな。
「特殊能力が有るとかいうのは判ったが、それを俺が自発的に使役できる方法ってのは無いらしかったな」
 特殊能力!? 俺の言葉にチャクは過敏に反応した。
「凄いねウサギ! なになになに、どんなの?」
「寝かす」
「なにそれ」
 言下の俺の回答に、これまたチャクが言下に返した。ので、先程得た知識をそのまま披露する。
 要するに、肺とは別に眠くなる成分(アルファ波の出でも良くするんだろうか)をたんまりと溜め込んだ呼気を吐く事の出来る器官があって、それを空気の流れに乗せる事で、息の混じった空気を吸った者が眠りにつく事が、
「あるのかもしれないそうだ」
「なんでそんなすごい仮定形なのかな」
「効き方に個体差があるって話だと思うが、それにしたって曖昧だったな。…まぁ取り敢えず、コイツの存在価値は見出せた訳だ」
 ウサギの耳の付け根を指先で掻いていた俺に、チャクがにまにまと笑みを浮かべる。何だ?
「んんん。ユキヤくんは素直じゃないなあって思ったんだよ」
 …何かとてつもない含みは感じられるが、無視する事にした。

0016-04 (0033)

 足下には、毒々しい蜘蛛の死骸が2つ。ぱたぱたと砂埃を払う仲間が3人。そして、唖然としたまま直立している、俺。
「……さっきのは、一体?」
「さっきのって、どれの事?」
「いや、アンタが、杖で」
「別におかしくないじゃない。魔術の媒介にだけ使うなんて勿体なさすぎるもの。いい樹だわよ、これ」
 せっかく買ったのだから、無駄に劣化させる前に使わなきゃ。云って、センリはにっこりと笑った。

 タレスは砂漠に囲まれた街だ。正確には、《虹色の夜》により、砂漠に囲われる事となった街だった。であるからして、タレスに向かうには自然、砂漠の中を行かねばならない。
 幸い、先人が立ててくれた旗を目印に進む事が出来ていたので(砂嵐にも耐えうる様、旗は目立つ様に鮮らかな朱だ)そこに困りはしなかったのだが、一歩一歩毎に足を取られる為に、体力の消耗が激しかった。
 そこへやって来たのが、件の2体の蜘蛛であるのだが。

「センリは元々、戦士あがりなんですよ」
 タレスでの遅めの夕食の際に、マリスがそう教えてくれた。
 その蜘蛛は下手に触ると変な菌が移るから気をつけてね~と云うチャク(ちなみに、所属ギルドの変更は街をでる前に済ませた)の声に、どうせなら俺が動く前に云ってくれと胸の裡で毒突きながら蜘蛛の背後に回ったのだが、そこでもう一匹に目をやった際見えたのが、センリの一閃だった。いや一閃というよりも一発、いや、一殴りだろうか。
 魔法を撃つ為に掲げられた様に見えた杖は、もの凄い勢いで傾斜を瞬間的に90度以上下げた。ぼこりという鈍い音と共に怯んだ蜘蛛に、すかさずチャクの雷撃が突き刺さる。そして蜘蛛、昇天。
 ちなみにそんな光景が視界に入った俺は、呆然としながらも機械的に蜘蛛の頭を突き刺し、体液が触れる前に飛び退いていた。反射と習癖というものにここまで感謝した事はない。

「いやー、ねぇ、4人になると楽だよねぇやっぱり」えへへーと呑気に笑いながら、チャクはベッドで本にまみれている。「こう、安心感っていうの? なんかそういうのが上がった感じ」
 やっぱりぼくの読みは正しかったよ~と云うチャクを見ていると、奴の“上がった気”がしているのは、人任せに出来る率なのじゃないのかとぼんやり思う。
「んで、ユキヤくんどうするの、調教師ギルド」
「明日の朝イチに行って来る。その間に今後どうするのか決めておいてくれるか」
 云って、ウサギを引っ掴んで部屋を出た。俺もそうだが、このウサギも毛の間の砂埃の量はたまったものじゃない。

0016-03

「…えーと、ごめんなさい」
「いや、判って貰えれば別に」
 チャクが現れたおかげで、マリスがセンリに事情を説明してくれ、そこでやっと話が正しく繋がった。そうしてそのままの流れで、(時間も丁度いい事だしと)4人揃ってその軽食屋で昼飯を摂っている。
「んも、ぼくてっきりユキヤくんが、毒を喰らって大変なぼくのために猫をナンパしてくれたんだとばっかり思ったのになぁ~」
 そう云って、“毒を喰らって大変だった人間”は、珍しく大盛りにしたパスタをもぐもぐと咀嚼した。こいつ本当に、数十分前に半死状態だった人間なのか。
 センリの猫(毛質が俺の足にしがみつくウサギとよく似ている)は、“雅”というのだそうだ。東方の文字で名前を付けたのだとセンリの説明を聞きながら、チャクは足下をうろうろしていた雅を撫でてみたりパスタを一本くれてやったりと忙しい。…しかし猫を触るというのは、飯喰ってる最中にやる事としてあまり宜しくはないと思うのだが。
「そういえば」センリが俺の足下を見やった。「そのウサギは? 名前、なんていうの?」
「ん、ああ、シフォーラビット、だったか」
「ユキヤくん、それはディオーズとしての名称だよ」
 チャクが、伸ばした俺のフォークから自分の皿を守りながら(惜しい、もう少しだった)云う。
「だからぼくが早く名前決めよう~って色々アイディア出したのに」
「決まってないの?」
 センリに疑問を投げられ、俺は鼻で息を吐く。
「こいつの出してくる命名案は、どれもこれも突拍子無いんだ」
「あら、例えばどんな?」
 全く崩れない笑みを湛えながら、マリスが問う。例えばか。…そうだな、一番インパクトの強かったのはやはり。
「アカフハフ」
「…それは…」
「まぁ、かわいいなまえ」
 ぇ、と小さく声を発し、思わずマリスを凝視した。横でセンリも同じようにマリスを凝視している。と。
「ほら~やっぱりぼくのセンスの良さってば、判る人には判るんだよ~」
 …まぁ、居るところには居てもおかしくないだろうが、こうもすぐ現れるとはさすがに思わなかった。マリスの言が世辞でも何でもなく素のままの気持ちなのかはさておいてだが、とはいえ、センリの表情からして恐らく後者だろう。
「んね」最後の一口を口にしてから、チャクが云いだした。「ぼくたち、これからタレスに向かうんだけれど、特に何も無ければ一緒にどう?」
「…お前はいつも唐突に切り出すな」
「んでも廻りくどくどくどって云って判りづらくなるよりはよっぽど良くない?」
 せめて切り出す前に俺に一言有ってもいいんじゃないのか、その内容は。
 ひとまず成り行きをみてからにしたのか、マリスもセンリも口を挟もうとはしなかった。それに気をよくしたらしいチャクは、いつにもまして張り切って口を動かす。
「ええと、ぼくはサマナーなんだけど、次クレリックになるつもり。てゆか多分ひょっとすると、もう今からいってもいいかもしんないなぁ、時間的に上位終わっててもおかしくないから。後で行ってこよっと。んでえっと、ユキヤくんは今ニンジャマスターだけど、次テイマーになるの。その為にぼくらはタレスに行くんだけどね。あ、取り敢えずテイマー関係ないか。だからそれはさておくとしても、えーと、これでメイジとスカウトが揃ってる訳だよね。んでマリスさんはクレリックで、センリさんはー……あれ、被った」
 つまりチャクはパーティを組むための切り口として、“能力を補えあえる”という点を前に出したかったらしい。
「惜しいなぁ~。もう少しで完璧で素敵な理論が出来上がったのに」
 どのあたりが完璧で素敵か全く解らないが、チャクはそのままに、俺はマリスとセンリの表情を窺った。
「こいつの云ったのはあまり気にしないでいい。どうせ猫が一緒だと楽しいとか何とかその程度だろうからな」
「あれっ、バレてる?」
 どうしたらバレてないと思えるのかの方が不思議だ。
「どうする? マリス」
「センリはどうしたいの? わたしはそれでいいわよ」
 二人の会話に、俺は軽く目を見張った。
「いや、だから気にしなくてもいいと」
 俺の言葉を遮って、センリは言葉を続けた。昨日まで迷宮を探索していたのだが、やはり二人では限度がある様に感じたのだという。
「ま、ホントは雅のエサが無くなったからなんだけれど」
 云って、センリは足下でウサギに歩み寄ろうか否か迷っている猫に目をやった。
 冒険者組合のパーティ登録制限は4人であるし、確かに2対2であるこの状況というのは丁度いいのかもしれない。現状、前衛らしいのが俺しか居ないのには不安も残るが、広範囲魔法を使えるのが2人居るというだけで、その不安は大分解消される。そして、回復役もこれから二人になる。
 と、そこまで考えて、俺の役目はなんだろうと考える。探索者ギルドに所属はしているが、目端を利かせる様なクラスではないし、前衛というよりも後衛からちくちくと攻撃を加えていく方であるし、そうなると。
「それにやっぱり」
 そうして、センリは俺の出した結論と、ほぼ違わぬ解答を出した。
「人数が多い方が、ダメージの分散も多いだろうしね?」
 これもやはり、今までチャクを壁にしてきた報いだろうか。

0016-02

「助かりました」
 俺は向かいの女性に頭を下げた。
「いえいえ、困った時はお互い様ですしね」
 女性はふんわりと穏やかに微笑む。
 ガレクシンに着いた頃、遂にチャクの足腰が立たなくなった。どうやってこいつと荷物を両方抱えようと迷っていたところに、この女性が荷運びの方を引き受けてくれたのだ。おかげでこうして、チャクを宿の部屋に叩っ込み(勿論毒消しも飲ませた)、一息吐く事が出来ている。現在、宿の1階部分(昼間は軽食屋だ)で、その礼代わりに飲物を奢っているところだ。
 聞けば、彼女は預言者ギルドにクラス登録を行っているクレリックなのだそうだ。現在サマナーとしてクラス登録をしている仲間が一人いるとの事。
「そういえば、あなたもペットを連れてるんですね」
 因みに現在、ウサギは俺の肩に腹這いになってぶら下がっている。
「わたしの仲間も、ペットを連れているんですよ。その子は猫なんですけど」
「その猫も卵から孵ったんですか」
 思わず言下に続けてしまった。
「…猫が、ですか? いいえ、そういう話は聞いてませんけれど」
 そうだ。普通どう考えたって、哺乳類(と思われる物)が卵から孵ることはまずないのだ。どうもこのウサギが現れてこっち、ついそういった常識を忘れそうになる。
 “猫も”ということは、その子は卵から孵ったんですか? そう聞かれ、かくかくしかじかと事情を説明してみる。あらまあ、私の仲間もその卵、持っているんですよ? というので、じゃあその人も船で──と聞こうとしたところで、声が振ってきた。
「もう、やっと見つけた、マリス」
「あらセンリ。お買い物終わったの?」
 現れたのは、蜜色の髪を短く切り揃え、薄茶のローブを纏った女性だった。足下に猫がいる事からも、多分この女性が彼女(マリスと云ったか)の仲間なのだろう。
 センリと呼ばれた女性は、何故か俺をじろっと睨むと(顔立ちが整っているので、凄みが妙に増した)、あろう事かこう云ってのけた。
「何、ナンパ?」
「は?」
 予想だにしなかった台詞だ。呆気にとられた俺に、センリは言葉を継ぐ。
「悪いけど、人の仲間勝手にナンパなんかしないでくれる? マリスはこの通りのほほんとしてるから騙しやすいとかなんとか考えたのかも知れないけどお生憎様、そう簡単にはいかないんだから」
「いやちょっと待て、何を勘違いしてるんだ?」
「何よすっとぼけて。全くアナタみたいなのってどうしてこうごろごろごろごろ良くも転がってるのかしらね、いい迷惑だわ」
 今現在いい迷惑を被っているのは、どう考えても俺だと思うのだが。
「大体──」
 と、更に続きそうな文句を止めたのは。
「ぅゎっ、猫! ふかふわ!」
 うわーうわーと叫びながらてててててと階段を駆け下りてくるのは、先程部屋に放り込んだはずのチャクだった。あれだけ今にも死にそうなほどの容態だったのに、もう毒素が抜けたとでもいうのだろうか。いやまぁ、アレを見ている限りどう考えてもそうとしか思えないが信じ難い。
 チャクは呆然としたままの俺達の卓へ来ると、そのまましゃがみ込んで、センリの足下に居た猫に向かい、またもうわーうわーとはしゃぐ。
 そして、一言。
「ユキヤくん、猫ナンパしたんだ!?」
 お前こそ俺の事をなんだと思ってるんだ。

0016-01 (0032)

 ガレクシンの山々は皆緑豊かであるのだが、このロックバイトだけは別だ。この禿げた岩山は昔、墓地として用いられていたらしい。そして、過去葬られた死体になんらかの作用が働いたものか、徒党を組んで周辺を襲っているのだという。
「んね、ユキヤ、くん」
 背後から聞こえてきた、息も絶え絶えといった声に、俺は首だけで振り向いた。
「あと、どれくらい、で、山、につく、のかな?」
「……いや、山はともかく」いくらこいつでも、ここまでの道程でこれだけ息を荒げるというのは、どう考えても。「お前、どこかおかしくないか?」
 さすがに立ち止まり、チャクの顔を覗き込んだ。熱は無さそうだが、目が充血しているし唇が青い。元々あまり良くない顔色も更に悪くなっていた。
 辺りを見回す。と、丁度、腰を下ろせそうな岩がすぐ側に有った。引きずる様にそこまで連れていき、荷物を降ろさせてから座る様に云う。
「突然風邪をひき始めたとかじゃあ…ないとも云いきれなさそうだが、寒気とかそういうのはないのか?」
「さむ、け? ん~、ええと、背骨と、腰骨の、番い目が、痺れるってゆか…ぞくぞくは…してそうな、してない、様な……あ」
「どうした」
「ひょっと、したら、さっきの」
「さっき?」
 山への道筋には、鬱蒼と木々の繁る森林地帯があった。直射日光に辟易していた俺達は、その森にいたく感激し、そちらへと足を踏み入れた。理想的な木漏れ日の中、しばし歩む。
 ──と。巨大な影が上空を過ぎった。俺とチャクは顔を見合わせ、空を睨む。すると聞こえてきたのは力強い羽搏きと、喉の奥から絞り出す様な鳥類独特の声。襲いかかられる。そう思った時には、俺もチャクもその場から飛び退いていた。数瞬後そこに舞い降りたのは、鶏を巨大化させた様な巨大鳥だ。
 と。鳥はごぅという音と共に、口からもの凄い勢いで呼気を吐き出した。俺は慌てて口元を押さえてから背後に回り、チャクはその場に立ちはだかったまま詠唱を完成させ精霊を操った。精霊に鶏が怯んだ隙に、俺の薙いだ爪(呪いの外套と共に鉄爪を買っていた)が足の腱を断つ。
 それで鶏はどうと横に倒れた。俺達も息を吐いて、じゃあまた山に向かおうと歩を進めたのだが──
「あれ、たぶん、コカトリスだった、んじゃ、ないかな。んで、ブレス、まともに受けた、し、そすると、今のぼく、の症状も」
「…毒か」
「たぶん、ね~」
 ねー、じゃない。俺もチャクも、毒消しなんぞ持っていないのだ。
「悪いが、俺は荷物とお前を同時には抱えられないからな」自分の荷と、チャクの荷を背負う。「なんとか街まで歩いてくれ」
「んね、そういう、時はさぁ、荷物を捨ててでも、ぼく、をこうさ」
「ああ、ウサギに移すなよ」
「移らない、よ~」
 血でも媒介しないととかなんとか、チャクはいちいち云い訳している。あれだけ口が回っているうちは死ぬような事はないだろう。出来る限りで急ぎガレクシンへ戻る。

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