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5月22日──陰界・龍城路
「そうか、鏡屋は無事なんだな。それは良かった」
重慶花園での一幕を簡単に語り終えた後の錠前屋の第一声がこれだった。
「これから、どうするんだ?」
「鏡屋が戻ってくるまで特に何も無いが…まあ、適当に辺りを散策でもしてるさ」
「なら、フロントの様子を探ってみるといい」
そういえば、リトルとの話の中でも出てきていた。
フロント。陰界九龍城の中心。
「あそこは全ての街の中心だ。他で何か有れば、フロントに必ず情報が来る。…邪気が蔓延してるのは、龍城路に限った事じゃないらしい。七宝刀なら、大概の邪気の元はどうにか出来るはずだ」
「フロントってのは、今は無事なのか」
「さあ。取り敢えず変な話は聞かないが──そうだ、フロントへ向かう前に、まずぜんまい屋に行くと良い」
「Knについて、と云われても…俺は、全部なんてとても把握していないよ」
ぜんまい屋は、(少なくとも商品を床置きにしていた錠前屋なんかと比べれば)“店を構える”という形容が似合う程度には、店舗然としたものを構えていた。
「ただ他の連中はあまり使うつもりが無いようだし、俺はお得意がこの街じゃないから、それでKnを使う機会が多かっただけなんだ。
それで気付けば他の連中のメールまで管理させられてるような状態で」
全部なんて俺も(冗談じゃないが)把握したいと思わない。ただ、メールやなにかの使い方だけ軽く知りたいだけだ。そう伝えると、錠前屋はほっとした様に喋りだした。
「カードが要るんだ。フロント辺りに行けば手に入る。そのID宛に言葉を入れたり出したりするだけだよ。難しくはないんだ」
なのに、街の連中と来たら。そう続けるので、そこから先は愚痴の領分だろうと、勿論そんなもん聴きたいとも思わない俺は慌てて遮る。
「運営会社みたいなのに登録でもすりゃ良いって事か? 陰界の人間じゃなくても、なんとかなるのか」
「会社っていうか…Knで広告とか店みたいなのとか…そういうのやってる所では新規で発行してるんだろうが…俺達のは、あまり良くは」
「良くは?」
「気付いたらあったからなあ。判らないんだ」
気付いたら、だと?
首を捻っていると、だからさ、と軽く声を掛けられた。
「あまり…深く考えたこともないんだ。KnはKnだよ。それで俺達は困らないし…」
それでも詳しいことが知りたいんなら、やっぱりフロントじゃないか。あそこは雑多な人間が集まりやすい。
街毎にある程度棲み分けがされているそうなのだが(例えば龍城路では部品の雑貨取り扱いを営む者が圧倒的に多い)、全ての中心とも入口とも云われるフロントなら、例えばKnの何かを生業にしている人間も要るんじゃないか。そういう話だった。
「フロントには、どこから?」
「兄さん、生きてたのか…」
くつくつと、びん屋が嗤った。
ぜんまい屋の云っていたフロントへの通路、それがこのびん屋の前のシャッターだった。丁度、俺が陰界からやってきた時、《道》が通じていた場所。
「お陰様でな。フロントってのはここの道から行けるんだろ? 開けて良いのか」
「あんた、フロント行くのか?」
否定も肯定もせず、シャッターの方へ歩き掛かった俺の背に「いい話、訊かせてやろうか?」そう声が当たった。
「…いい話?」
「ああ。三尸(サンシー)だよ」
「死体が、なんだって?」
食いついた、そう見られたのだろうか。びん屋は大層おかしそうに口元を歪め、ついでに俺の精神を逆ベクトルに歪ませた。
「邪気で出来た尸(しかばね)が、3つ、こっちの方に来たそうなんだ…。てっきりアンタ、それを集めてるんじゃないかと思ったんだが…金になるらしいじゃないか。剥製屋もなかなかやる…」
―――龍城路に現れた、3体の邪気の固まり。そいつを剥製屋が金を使ってなんとかしているらしい。そう勝手に解釈する。
「それで?」
「捕まえに来た奴ら、皆胡同から戻ってこない…俺の三尸用の瓶もな。三尸は三尸の瓶じゃないと捕まえられないんだ…剥製屋がみんな持ってっちまった」
―――金を稼ぎたいなら、まずフロントで剥製屋に行き、この“三尸捕獲コンテスト”(勝手に付けた)でもやったらどうだと。まぁ、大方そんな所だろう。
大体のところが(不本意にも)理解出来たところで、俺はもう一度背を向けた。
「気が向いたらな」
云って、シャッターに手を掛けた。フロントへ向かう為。
この時は本当に、なんの気にも留めては居なかったのだ。