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歩く速さ

「あ!」の人作成。大成と十一、楽園後の彼ら(チャートミックス)

 バイト帰り。疲れた体をもてあまして、俺は駅の自販機に寄っかかった。
 南の島で誓った大人への第一歩は、いちおう首の皮一枚で繋がってる。と思う。キツくてもバイトを辞める気にならないくらいには。

 不思議なことに、働くとお金が貯まる。いや不思議じゃないんだけど、出るよりも入る量が多いというのが、なんか妙な感じで。
 いっそ非現実的なまでのあぶく銭を目にしたせいなのか、ちびちび増える通帳の数字とか、今みたいに疲れてても缶コーヒーを買わない自分とか、ちょっと、楽しい。
 アパート帰って、不味い水道水で腹を膨らませて、寝る。明日は久しぶりに休みだから昼過ぎまで寝れるし、婆ちゃんの飯でもせびって喜ばせるのも悪くない。
 よっ、と体を起こして、ぷらぷら歩き出す。
 何かに追いかけられてるように急ぎ足で帰る人の群れとは、テンポがずれてどんどん抜かれるけど、まだ、俺の体感速度はこんなもんでいいと思う。

 真っ暗な空き地の横を通り抜けたとこで、後ろから強い光で照らされた。
 車のライトだ、と気付いて反射的に逃げ出そうとする自分がおかしい。ああいう状況で身に付いた習性って、意外と抜けないもんなんだな。
 びくりとした自分をなだめて、足は止めないまま視線だけで振り返る。エンジンをかけてゆっくりと動き出した車は、見慣れたものだった。
「たーーいーーせ?」
 変な節をつけながら十一が運転席から顔を出して俺を呼んだ。
「なーーあーーに」
 足を止めると、十一の車はぴたりと俺の横につける。夜なのにグラサンかけっぱなのはどういう了見だ。
「泊ーーめーーて?」
「いーーやーーよ」
 積まれた荷物をちらりと見て返す。
 十一はあれから、転々と住まわしてもらってたおねーさん達との関係を少しずつ清算していたらしい。先週会った時に、やっぱいくつかは修羅場になったろと訊いてみたら、微妙に笑って「それよか寝場所が尽きそうだわよ」とか言ってたっけ。清算前には一度も宿無し状態に追い込まれなかったってのが既にミラクルだと思う。俺には無理な芸当だ。
「いいじゃねぇか、俺とお前の仲だろ?」
「いやよ!あたしのことあんな風に捨てといて!いまさらだわ」
「ふふっ、強がってみても、俺の味を忘れられないんだろ?」
「…うぅっ、ひどいわ……あんたなんて…」
「俺が必要なんだろ?ぁあ?」
「そんな――」
 あんまりダラダラ続けて注目されるのも嫌なんで、その辺で切り上げて十一の顔を覗き込む。
 いつもと変わらない表情だけど、なんか、いつもと違う気がした。そういえば輪郭が少し痩せたと思う。
 元々、人生の大半友達やってて、十一が俺んちに泊まったことは数えるほどしかない。
「狭いぞ」
「知ってる」
「食いもんねぇし」
「承知の上」
「駐車スペースねぇし」
「路駐」
「布団ねぇし」
「あら、ちょうどいいことにあたい毛布持ってるわ」
「つか、理由はないけど嫌」
 実際別に嫌がる理由はない。車の中からほのかに漂う良い匂いに思うところがあったから。
「おねげぇしますだお代官さま~」
「ならん。ならんと言ったらならん」
「ここに山吹色のお菓子も献上しますから~」
 ひょい、と差し出されたモノに視線がいく。半分くらいかじったハンバーガー。
「これやまぶきいろ?」
「カラシの部分とか」
「うむ…まぁ、良かろう」
「へへぇ!お屋敷までのカゴもサービス致します」
「当たり前だ」
 言いながら、後部座席のドアを開けて乗り込む。助手席は十一の少ない荷物が占拠していた。

 ありついた賄賂はちょっと少なすぎて却って空腹感が増した気もする。
 アパートのべこべこのドアを開けて振り返り、十一がバッグ一つだけを手に上って来るのを見た。
 長居する気はないらしい。
「何泊ですかお客さん?」
「あー、運が良きゃ一泊」
 部屋はもう目星つけてあるんで、という声を聞きながら、床に散乱したゴミを足で無造作に脇に寄せる。
 俺と違って小奇麗に暮らせるらしい十一は「相変わらずねぇ」と口端で笑って、作ったスペースに腰を下ろした。適当な空き缶を手繰って煙草を咥える。
「十一もついにヒモ生活からおさらばするわけだ」
「まあね、これでね」
 台所に立った俺は蛇口に口を寄せて温くて臭い水を含む。視線を感じて顔を上げると、煙を吐いて十一が目を細めた。
「ビール、じゃないんだ」
「ねぇの。飲みたかったら自分の分買って来いよ」
「お水くらいお姉さんが買ってあげるわよ」
「や、どうせならビールをお願いします」
 買ってやると言いながらも立ち上がるつもりはないらしい。指先に煙草を挟んだまま口に戻そうとしない十一の、明るいところで見た顔は確かに少し削げていた。
「――吐いてんの?」
「あ?」
 訝しげに眉を寄せた後、ああ、と呟いた。
 十一がへこむと食えなくなる、と俺が知ったのもあの南への逃避行の最中だったな、と思い出す。あの時たしかに俺たちの中の何かは変わって、それでも変わらないいつもの日常に戻ってきた。
「むしろにっしーに言ってやって」
「え、なんで」
「あいつ最近機嫌と顔色悪いのよ」
 最後に二志に会ったのはいつだっけ。相変わらず忙しそうで、たしかに、ちょっと疲れてんのかなと思ったような気がする。十一はその後も何度か二志に会ったはずだった。
「でもねー、怒られそうねー」
「……人にお節介やける身分なのか?」
「てめぇの心配でもしてろ」
 口真似に口真似で返して、二人うんうんと頷く。
「で、吐いてんの?」
「あれ、戻しました?」
「おや、逸らしました?」
「そうでした?」
「でしたかね?」
 不毛に繰り返して煙草を咥えなおす十一の表情が真面目なものになる。
「…へーきよ?」
 その目元が柔らかい。
「これはね。なんつぅか、違うから。俺がどうにかすりゃいい話だから」
 俺はゴミの山を乗り越えてベッドに胡坐をかいた。
 どうにかすると言うからにはどうにか出来る問題なんだろう。十一がずっと捕まっていた傷は、たぶんそんな風には言えたりはしない。
「つか吐いてねぇし」
「あらそう」
「そうよ。普通にひもじいだけなのよ」
「え、あなた今十一貧乏なの?」
「そうなのよ大成貧乏、あなたに夕飯半分取られたから」
 自ら差し出しておいて。

 ただでさえ狭いのにさらに俺が床面積を狭くしてる部屋には十一の寝るスペースはどうやっても取れなくて、結局俺のベッドを半分貸すことになる。
「二人っきりだね」
「優しくしてね」
 なんて言いながら、結構疲れてた俺はすぐにやってきた眠気にもぞもぞと体を丸めた。
 すぐそばに感じる暑苦しい体温が、散々雑魚寝したオンボロワゴンの旅を思い出させる。
 首を伸ばして目の前の背中に額を押し当てる。反応がないのをいいことにそのままぐいぐい押し付けた。
「いやん。落とさないで」
「おちれー」
 あの、死がすぐ隣で笑っていた幻のような一ヶ月。俺たちは戻ってきて、今も生きている。
「…そういやさ、たろが」
「あぁ?」
「その機嫌悪い二志に、ついに家庭教師頼んだってね」
「えぁ?いい、度胸…じゃん」
「免許取れたら、なんとかって」
 すげぇ眠い。俺は喉の奥で聞き返す。
「……なん…とか…て?」
「わかんねぇけど」
 もう言葉にならない唸り声をどうにか搾り出して、俺は目蓋をこじ開ける努力をやめた。
 目が覚めてたら、たろの決意の意味がわかったかもしれない。

 それぞれの日常に戻った俺たち。
 追いかけられて全力疾走した経験は段々昔になって、少しずつ、皆自分のスピードで歩き出している。
 きっと。
 コロンをつけなくなった十一の匂いが、沈んでいく意識を少しだけ戻す。
 それでもきっと、おれたちは―――。

十一ルートと見せかけてじつはたろかも!みたいな。びっくりです。
難しいよー、こいつらの会話って難しすぎるよー。もう十一スキーやめようかな…とブツブツ言いながら。
えと、十一って結局例のトラウマ以外でも普通にヤラれやすそう、っていう十一ヘタレ推進委員会です。こいつヘタレですよね!
二志も動き出してます。・・・あ、たろルートかと思いきやにっしーかも!みたいな。びっくりです。

そして、イラスト「二志先生の個人授業」にリスペクトを。

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