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Tag: 斡旋公社

0007-03 (0015)

 公社は元々、冒険者組合がまだ『組合』としての確固たる基盤を形作る前、つまり冒険者同士がただよりあって集まっていた頃に相互扶助を目的として作られた『冒険者ギルド』だったそうだ。その頃は“まあ何とかやれている”という程度のものであった様だが、あの《虹色の夜》が起きた。
 以後発生した様々な異変に対して柔軟に(というか勝手に)対応していく冒険者達に目を付けたのは、自警を前提とした金持ちではなく、そこをすっとばしてグローエス五王朝――つまり政府だった。多額の出資を行い各種手続きの制度化を実施、そして現在に至る、とのことだ。
「結構立派な建物だよね」
 赤煉瓦を見上げてチャクが云う。二階建ての重厚な建物は壁一面の赤煉瓦だ。海風によって風化し随分と歴史を感じさせる風合を醸し出していが、公社の成り立ちを考えるに、どちらかといえば新進の企業に当たるんだろう。
 掲示板は、一面“これが全て依頼なのか”という位に要件やら報酬が書かれた紙に埋め尽くされ、元の地の色(多分緑)が全く判別の着かない様相だった。依頼があるところに冒険者が居り、冒険者居るところ依頼有り――確かにテュパンは、交易が盛んな事から人の流れも激しい為、冒険者も情報を求めて良く現れるんだろうが――さすがに、ありすぎじゃないか。
「そこそこのディオーズ狩りディオーズ狩り……ん、あった。あったよ~。コレどう?」
 チャクの持ってきた紙には、<小鬼狩り>と大きく書かれていた。依頼元はテュパンの騎士団。近くの谷で、鬼種に対する討伐隊が逐次派遣されているのだとか。恐らく頭数合わせ程度のものだろう。
「いいんじゃないか。じゃあ申し込んでくる」
「よろしく~」

 帰り道、食堂に寄って晩飯を取った。しかし、テュパンの魚料理は全くどうして旨い。今まで刺身以外の魚料理(特に白身物)はあまり好んで食べてなかったが、これは宗旨替えするべきか。

0008-01 (0016)

 居たね。居たな。
 チャクと目線でやりとりをしてから、眼前の小鬼を再び注視する。茂みの奥、多分食事でもしているのだろう。数は4匹。
 もう一度、チャクに目をやる。チャクもそれに気付いてこちらを向く。
 軽く頷き合うと、一斉に躍りかかった。

 テュパン近郊の谷だ。そこには何故か、小鬼ゴブリンが頻繁に出没する。勿論、これも《虹色の夜》以降の事だった。
 さしたる実害が無ければいいが、商隊の行き交う様な場所の事、何も起こらないに越した事はない。とはいえ、その頻繁に出没する理由(例えば巣が有るとか繁殖が早いとかなんでも)が特定出来ない以上、手頃な冒険者を小鬼の出没並の頻度で騎士団が雇い、これを逐次駆逐しているという。小鬼であれば、駆け出し冒険者(勿論俺やチャクを含む)にとって格好の腕試し相手だ。依頼を受ける人間にも事欠かず、駆け出しがメインの対象である以上、報酬も安く済む。成程一石二鳥だろう。

「あ~、つかれた~」
 事が落ち着いた途端、チャクはへたっと地面に腰を下ろした。辺りには焦げた草木と、小鬼の死骸。
「んも酷いよね。なんでぼくばっかり狙うわけ? おかしくない?」
 戦利品を捜していると、チャクがぶつくさ云うのが耳に入った。
 確かに、チャクの云う通りだった。斬りかかった俺達に対し、小鬼は一斉にチャクに向かって攻撃していったのだ。
「いったいいたいいたいたい! どいてってば!」
 小鬼の内の一匹(丁度チャクの真正面にいた)が、チャクに与えたダメージに満足したか踏み止まった所で、俺はその足を引っ掴んで地面に押し潰した。すると辺りに熱気が立ちこめた。慌ててチャクから距離を取る。炎の精霊にでも助力を頼んだのか、小鬼の内の2匹はそれで息絶えた。
「ってまたこっちに来るし!?」
 その炎を驚異と思ったのか否か、残りの二匹が再度チャクにかかっていった。一匹は俺が横から斬りつけて、もう一匹はチャクが(一匹を振り払ってから)魔法で餌食にして、そこでやっと終結した。
「おかしいよ。ユキヤくん一発も喰らってないし。っていうかぼくが前衛っぽくなってるのがそもそもおかしいし。魔法使いだよぼく? 普通は後衛からばしばし魔法飛ばすだけじゃないの?」
 使えそうなのは剣が一振りと、奴等の纏っていた硬革の鎧と…
「んね、ちょっと聞いてる?」
「聞こえてる。なぁ確かゴブリンの爪とかは市場で売れるんだったな」
「ん? ああ、そうだね、なんか物作ったりする人が使えるとかって」
「じゃあそれなりに形の良い奴を何個か選ぶか」

 テュパンに着いてから物品の分配をした。武器は(平和的に)ジャンケンの結果チャクに、鎧は俺が貰って残りはチャクに。
 取り敢えず、チャクの打たれ強さは解った。これなら問題ない。
 チャクが延々と小鬼の打撃の的になっていたのには、俺が常に奴等の射程外或いは視覚範囲外に存在する様に務めていたことも多分に占めているのだろうとは思う。思うが、ひとまず当面のところ、俺の練習に付き合って貰おう。

0008-02 (0017)

「ん~、小鬼狩りでいいよね」
「そうだな、小鬼狩りで」

 結果の報告がてら寄った公社でもう一度同じ依頼を引き受けた。出立は前回(というか今日)と同じく、翌日の朝イチ。チャクは「今度こそ的にならない」と意気込んでいるが、口を噤ませてもらった。
「どうするんだ、その爪とかなんとかは、市場に流しに行くのか」
「ん、そのうちね。出品者よりはまず、落札者になりたいかなあ。まだぼく、ちゃんとした装備買ってないし。商店でも巡ってこようかと思うよ。ユキヤくんはどうする?」
「防具を見に市場に行く。暫くはあの革鎧でなんとかなるだろうが、魔法を使う様な相手だと心許なそうだ」
「あ~、最終試験とかね~」
 ぶらぶらと周囲の店を見て回った後、入札棟でひとまずチャクと別れた。商店で物を買うよりは、市場の中古品でも狙った方が(勿論時間は掛かる。何せ最長10時間だ)俺の懐具合には良さそうだ。

0009-01 (0018)

「おかしいって!」
 今日見つけた小鬼は、昨日と同じく4体。それを昨日よりも早いスピードで伸す事が出来た。が、その前後は昨日と同様の事態であった。つまり。
「なんでぼくばっかり狙われるの~!?」
 ありえない、とぶつぶつ云うチャクに、一応心の隅で謝ってから、取得物の検分を始める。
 今日の獲物になりそうなのはゴブリンの持っていた両手剣(昨日の物とは形が少し違う)と、それと一緒に腰に差していた木材。どうやらなんとかいう多少著名な木を切り出した物の様だった(昨日公社で、この木材の様に「原材料」として売れそうな物の一覧を貰ってきていた。でなけりゃ素人には全く判らない)。
「まぁ、あれだ」
 そろそろ何も云わずにいるというわけにも行かないだろう。適当な理由を見繕った。
「そのひらひらしたローブが、俺のより目立っただけじゃないか?」
「そりゃ、ユキヤくんみたいな黒でぴっちりしたのよりは、ちょっとくらい目立つと思うけどさあ~…」
「それで十分なんだろう」
 足を使うタイプである(俺の様な)戦法の奴に、チャクの様な服装は(当然ながら)合わない。足でも絡めて自ら転けるのがオチだ。一方のチャクは、締め付けを出来る限り失くしたタイプの、緩やかなローブを纏っている(魔術師系メイジにはこの手合いが多い)。しかも色は淡い紫。この森の中では目立つなという方が間違っている。
 勿論、俺の所作がもたらしている事実については、全く目を瞑った状態での感想だが。

0011-01 (0022)

 今後の方針をどうするか。昨夜、宿へ戻ってきた俺達は、まずそこを相談した。
 つまり当面の目標というやつが、俺達には皆無なのだ。俺は何の当てもなくこの地へやって来たし、聞けばチャクも似た様なものだという。
「んん~、とりあえず、冒険者としての経験でも積もうか」
 その言に頷き、こうして今また、斡旋公社へやってきたというわけだが。
「大別して、護衛か狩りかだな。後は金持ちの道楽っぽいのが何点か」
「護衛って対象の街とかで別れるわけでしょ? 変に遠出する前に、暫くテュパンを基点にして、地理情報なんか集めながら~っていうのがいいんじゃないかな」
 手分けして、掲示板を埋め尽くす依頼群をざっと流し見た。一番目に止まるのは、やはり近隣の魔獣狩りや討伐隊のメンバー募集というもの。次いで、街から街へと移動する商隊の護衛要求。後は純粋な肉体労働(例えば荷運び)やら、ちょっとした屋敷の警備の様なもの等がぱらぱらと有る。
「腕試し兼ねて、ひとまず対魔獣系をこなすか。C難度くらいなら何とかなるだろ」
 依頼が書かれた用紙には、大きな判でBだのCだのと捺されている。公社が算出した推定難易度だ。自身の力量や冒険者としての経歴等を比較しながら検討出来る様にとの配慮なのだろうが、実のところその難易度というものがどういう基準で出されているのかは、明らかにされていない(例えば単純に体力的であるとか程度でも明文化してくれればいいんだが)。そこからは、依頼内容から出来るだけの情報を取得して、自己算出する必要がある。勿論、自衛の為に。
 取捨選択の後、上がったのは海蚊退治と“モルド”と呼ばれる化物の退治。二つを比較すると、前者は安い(75リーミル)が期間が短く、後者は高い(100リーミル)が拘束も長い。だが、前者の難度はBだが、後者はC。
 となると、駆け出し者としては当然──
「んじゃ~、蚊だよね、蚊。すいませ~ん、申し込みしま~す~」
 ……チャク。お前も、防御より攻撃を重視するタイプだな。

0011-02 (0023)

「海は広いぞでっかいぞ~行ってみたいぜ余所の国~」
「お前が十分余所者だろうが」
「ユキヤくんもね」
 テュパンの南側は、全て沿岸部に面している。その長い海岸線の1つ、“マルケラ海岸”と名付けられた辺りが、この依頼の目的地だった。
 潮流の関係で、このマルケラ海岸には様々な漂流物が流れ着くのだそうだ。勿論大半は役に立たないゴミだが、時折、珍品の類も見られるという。
「んで、なんだっけ。蚊を退治して証拠見せればいいんだよね?」
 チャクの言葉に、依頼書を取出し詳細情報を再確認する。
「正確には“巨大蚊”だな。どの位デカいのか、サイズまでは書いてないが」
「……んん?」
 前を行くチャクが止まったので、俺も自然、足を止めた。
「どうし…」
 云いかけて気付いた。右斜め前方、海岸線の奥。沖の方から、なにやら靄の様な塊が、こちらへとやってくる。
 いや、靄じゃない。それは多分、小さな物体の寄せ集まりだ。靄だと認識したのは、その集団を透かして向こうが見えるからで、かつ、奥の風景が何故かぼやけて見えたからだった。
「ぅゎっ、ちょっ、ぼく、依頼やめたくなってきた」
 選んだのはお前だ。しかし、口にしたのは別の言葉。
「そう思って気分がくじける前に、一息に焼き払ってくれ」
 ぽんと肩を叩いてから、俺はチャクから数歩下がった。
 慌てて印を作り出すチャクの向こうには、ぶーんと羽音響かせやってくる、海蚊の群れ。

「ああ~、さっきの見た? 微妙に焼け残ったのがぼたぼたぼたって。う~、んも今日夢に出そう」
 なんで全部灰になってくれないかなぁと、チャクはぶつぶつと零す。
 火の精霊(サラマンダー)の助力により、蚊の集団は屠られた。やはりこういう時に魔法は便利だと思う。あんなのをいちいち潰していくのは、それは面倒そうだ。
 対象の巨大蚊はまだ現れない。先鋒(?)としてやってきた通常サイズを焼き払った場所から十数メートル離れ(チャクのたっての希望だ)、俺達は砂浜に腰を下ろしていた。
「お前悪魔が見たいとかなんとか云う割に、ああいうのはダメなのか」
「だってあれムシだよ。ムシ。ぞわぞわするんだよ? おっきいのは別にこう細部がズームされる位だからむしろ見て面白そうだしいいけどさ、ちいさいのが集団なんてこう、ああ~、ぼくもう考えない」
 …人の好みは千差万別というが、それは単純なサイズ比較という条件にも当てはまるのだろうか。
「ユキヤくんああいうの全然平気なわけ? んも信じられないね。真っ当な人間?」
 なんて言い草だ。さすがに俺もカチンと来る。
「じゃあ訊くが、現れる個体数が同じとして、小さいゴキブリと大きいゴキブリとなら」
「うーわー聞かない聞かない聞かない。んも何その最悪の選択肢」
 チャクは両手で耳をぎゅっと塞いでから、大層恨めしげな目で俺を睨む。
「デカけりゃ見て面白いとか云ったのお前だろうが。たかがサイズの問題で嫌悪感に天地程の差が出るわけがないって辺りの確認をだな」
「じゃあユキヤくんはどっちがいいのさ」
「両方とも嫌に決まってるだろう。真っ当な人間だからな」
「んじゃアレとさっきの小さいの比較してみなよ!」
「…アレ?」
 びしりとチャクが指差した先には沖。そしてそこには、海上を浮遊する、遠近法を無視した様な、数体の。
「…………まぁ、嫌悪感よりは、驚きと呆れの方がデカいな」
「ほら見なよ!」
 喜んでる場合か。
 今回のターゲットである“巨大蚊”は、(その名に恥じぬ様な)直径数メートルと思われる巨体を、浮揚(ホバリング)から水平移動に変えた。

「2回も刺された!!」
 数体の集団からやって来た1体(多分斥候の役目だったんだろう)を伸している間に、他の巨大蚊には逃げられた様だった。依頼の元々の理由が「下手に繁殖されると面倒(この巨大蚊(ハイモスキート)も《虹色の夜》以降の産物だ)」というものであるから、殲滅出来れば良かったのかも知れない。しかし、依頼の達成条件としてそれが含まれていない以上、報酬等はしっかり払われるだろう。
「痒みが出てるなら海水にでも浸けたらどうだ?」
 因みに先程の叫びは勿論チャクの物だ。あいつは相変わらず向かってくる奴等の良い的になっている。
「今んとこ痒くはないけど、でも針がぶっといから絶対変な痕になるよこれ。ああもう、だからムシってヤなんだ」
 だからここに来るのを選んだのはお前で、さっきはデカいと楽しいとかなんとか云ってなかったか?
 勿論それは口には出さず、代わりに「その針、退治の証拠で持っていくから蚊から抜いてくれ」という台詞を口に乗せた。

0012-02 (0024)

「まだ昨日のモルド狩りが残ってるな」
 掲示板に貼り付けられているメモを取ろうとした俺の腕を、チャクがはっしと止めた。
「…なんだ」
「その“モルド”ってなに?」
 成程、昨日の蚊で懲りたのか。
 メモを取って、内容に目をやる。これには勿論、あまり詳細な情報までは書かれていないが。
「このメモ書きを信じるなら、“テュパン東で数を増やしつつある化物”らしいな。虫の類かはどうかまでは判らない。──ん、これ討伐隊ってことは、集団行動か? 依頼主も五王朝の士団なのか。…面倒そうだな」
「んんんん~」
 長考に入ったらしいチャクに、確認を取る。
「どうする? どうやら集団行動らしいから、お前いつものように好き勝手は出来なさそうだが」
「ひどいなぁ~。ぼくだってやんなきゃなんないときくらいちゃんとするよ。…でもねぇ」
 どうやらよほど蚊の悪夢は奴にとって厳しかったらしい。少し、助け船を出すか。
「昨日の蚊の様に簡単に形状を分類出来るのなら、“化物”とは書かないんじゃないか」
 俺の勝手な推測だが。付け加えた言葉を聞いていたのか否か、チャクはぱあっと喜色を浮かべた。
「そぉうだよね! ん! ユキヤくんいいこと云うなぁ! じゃあぼく申し込んじゃってこようかなっ」
 俺の手からメモを奪って、受付へと勝手に向かうチャク。現金な。
 例えば、化物の脚だけが節足動物のそれだとか、小さいサイズで群れて現れるとかってこともあり得ない話じゃないだろうが、いちいち水を差す必要もないだろう。せっかく乗り気になったんだ。利用させて貰った方がいい。
 ……奴と付き合い初めてからこっち、段々腹黒くなってないか、俺。

0012-03 (0025)

「我々の目的はモルドと名付けられた粘塊質の物体の討伐である。討伐とはいえ、駆逐が最大目標であるが、現状それらは胞子による繁殖を行い、どんどんとその数を増やしている為にそれは困難の様相を呈する。モルドが、驚異的な繁殖スピードもさることながら人を襲うという性質を持つ以上、我々としてもおいそれと見過ごすわけには行かないが為に、今回諸君等の助勢を得る事となり──」
 云々。討伐隊の隊長様とやらの有難いお言葉が延々と続く。
 つまり要約するとこうだ。テュパンの街から東へと伸びる大街道、それと平行して現れる森林地帯、その中に棲み付き増殖を繰り返す粘塊質、モルド。これを出来るだけ叩きたい。
「ん~、胞子ってことは細胞分裂で増えるタイプじゃないんだ。良かったよねそっちで。分裂で増えるタイプなんて云われたら、打撃なんて全然出来ないもんね。殴るたんびに新しくなっちゃうし。一個ずつ焼くか凍らすかしないと倒せなかっただろうし」
 まったく良かったよねぇ。良いわけあるか。
 隊長殿の声を邪魔しない様呟かれたチャクの声にこれまた小声で返した頃、有難いお言葉は漸く終盤に差し掛かったらしかった。

 モルドが現れた際には出来るだけダメージを与えながらも、自らの身を最優先とすべし。そう締めくくられた後、俺達(全部で数十人の、小隊規模だ)は、さらに数人ずつのグループを組んだ後、森林内部へとばらけた。ばらけたとはいえ、声さえ張り上げれば十分連絡の取れる間隔しか空いていない。モルドを発見したらば、或いは誰かに何かあったらば、即座に廻りの人間がフォローに走れる様にだ。
「んね、ぼく重大な事実に気付いたんだけど」
 辺りに警戒の視線を向けながら、チャクがぽつり、口を開いた。俺は黙って、先を促す。
「ひょっとしてさ。──今日って、野宿?」
「だろうな」
 訝しげに声のトーンを落として訊いてきたチャクに、俺はあっさりと返した。今更何を云うのか。そんなもの、依頼書に書かれていた拘束時間を考えれば判る筈だ。
 しかし、その簡単に判る筈のものを、こいつは見事に見逃していたのだろう。ええええ~と不満げな声を上げた。
「ぼく今日本一冊も持ってきてないよ。んも~。失敗したなぁ~」
 ……どうやら、本が無くても(少なくとも)死にはしないらしい。
「お前、どうして毎晩あんなにしてから寝るんだ? 持ち運びの点から考えたって、あれだけの本、嵩張るだけで良い事は何もないだろうに」
「ん~、そうなんだけどねぇ、どうもぼくは」
 居たぞ! 群れだ!! 突然上がった叫び声に中断される。
「まぁ、そのうち訊かせてくれ」
「別におもしろいのでもないと思うけど、いいよ。そのうちね~」
 チャクは杖を構え、俺は脇差(先般市場で手に入れた)をいつでも抜ける様柄を握り、そして声の方へと走った。

 モルドは、確かに耐久性はない。一度ダメージを入れてしまえば、その動きを止める。だが。
「んも~、これやっぱり蒸発させないとダメ?」
 チャクの雷鳴召喚(コールライトニング)で飛び散った破片から。脇差に付いた僅かな液体部分を振り払った先の地面から。そいつらは、集約してまた1つに固まっていく。

0013-01 (0026)

 叩いても叩いても、モルドは幾らでも形を元に戻していく。俺とチャクだけじゃなく、辺りの連中(多分同業者)も、段々とうんざりしかかっていた。移動しては殴り、殴り倒しては移動しという一連を、どれだけ繰り返しただろう。
 突然、モルドの動きが変化した。集まってる! それは誰が発した驚きの声だったか。個体数で勝負する事に限界を感じたのか、モルドの破片が続々とひとつに集まりだしたのだ。
「…あれに斬りかかるのは面倒そうだな」
「んん、一部分凍らす事は出来ても、全部ってのは大変そうだねぇ」
 喋りながら、俺は脇にいたモルドを散らし、チャクは目前のモルドを凍らせた。
 慣れてしまえばモルドの扱いは非常に楽だ。勿論切ってもすぐ戻るという点を無視した状態でではあるが。事実、今回チャクは何者からもダメージを負っていない様だった。……もしかしたら初めてじゃないのか?
「各員、巨大化中のモルドより待避!」
 胴間声が響いた。どうやら士団の人間の様だ。その男の脇から、1m程の筒を持った衛士が現れる。筒の先端には細長い紐。
「…あれ使っちゃって、この森火事にならないかな?」
「なんだって?」
 チャクはあの筒がなんなのか知っているらしい。問おうとしたら「熱気浴(サウナ)が好きならいいけど、そうじゃないならもちょっと離れた方がいいかも」と云い残し、自分はさっさとモルドから遠くへと移動していく。訳も判らず俺もチャクに倣った。
 巨大モルドの周辺が円形状に空いた。胴間声の男と衛士とが互いに頷き合う。すると衛士は筒先端の紐をぐいっとひっぱると、槍投げのモーションでモルドに向かって投げつけた。

「…アレ狙いでの掃討だってなら、先にそう伝えておくべきじゃないのか?」
「いいんじゃない? 誰も怪我してなさそうだし」
 モルドに当った筒はまず閃光を発した。それに思わず腕で目を庇うと、轟音と共に熱風がやって来た。細く目を開ければ、巻き上がる炎と蒸発していくモルド。そうしてまた、静寂が戻る。
「見ての通りだ」男が辺りの人間に向かって声を張り上げる。「モルドはある程度の損傷を与えると、ああして個体を守ろうとする。それを待って焼き尽くす。掃討は筒が尽きるまでだ。さあ! 次へ向かうぞ!」
 おおと腕を突き上げる男(一人で盛り上がってるな)の声に従って、他の群れを探しにその場を離れる。
「良かったな。働き次第で野宿は回避出来そうだぞ」
「んでも、筒って後何本あるのかわからないじゃん~。こんなに面倒だと思わなかったのになぁもぅ」

 結局、その後4度程轟音を響き渡らせたところで、掃討は終了した。したが、時刻は真夜中。テュパンに戻った頃には、見事に夜が明けていた。チャクはもう、昼過ぎまで寝るつもり満々らしい。今日テュパンを起って他に行くんじゃないのか?と釘を指しておいて、市場通りに差し掛かったところで別れた。オークションに入札をしていたからだ。
 さすがに眠い。俺も昼まで寝ようか。

0014-01 (0028)

「だいじょうぶかなぁ、あれで」
「街中程度ならともかく、ここに連れてくるわけにも行かないだろ」
「そうだけどさぁ」
 ルアムザは、大きく『外区』『内区』に分かれる。街の中央に、五王朝の中心たる宮殿“ロベルアムザ”を据え、そこから円を描く様に“横路”が、その円を8等分する様に“外路”が走る。内区はこのうち横路の内より3本目まで、それ以降を外区と呼ぶのだそうだ。内区は主に政治の中枢機関と貴族階級の住まい、外区には一般住居や酒場が並ぶ。そしてその境目に市場と、ルアムザという都市の性質を決定づける様な施設群──魔術学院が建ち並ぶ。とのことだ。俺達が寝泊まりする為の宿は、境からほんの少し外区へ入った所に有った。
 チャクが心配している原因たるあのウサギは現在、エサと水を床に置き、その廻りに囲い(のようなもの)を作って置いてきていた。しかし、豪気な事にペット可の宿だとは思わなかった。躾も済んでいないというのに良いのか? …いや、躾というものが必要なのかどうかすら、今の俺にはよく判らないんだが。
「んん、さっすが学院の多い所だよね。なんかこう、知的な依頼が多い様な気がする」
 護衛・討伐がメインだったテュパンに対し、ここ、ルアムザ斡旋公社──さすが首都だけあって、五王朝主要都市にある斡旋公社の総元締めだ──の依頼には、「自身の研究に役立つ品を持ってきてくれ」という類が圧倒的に多い。だがそれらに並ぶ品は、まるで俺の耳に届いた事のないものばかりだったので、当分その依頼は受けられない様な気がしたが。
「何か、お前に判りそうなのは有るか。こんな依頼群だと、俺は多分役立たずだろうからな」
「ええ~。いいじゃんいいじゃん、ユキヤくんもちゃんと見てよ。なんか良さそうなのあったらぼくに訊いてくれるとかでいいしさ、んね、ね?」
 チャクは“流れ流され”を信条とでもしているのか、どうにも他人に行動を依存する事が多い。つまりこいつが積極的にパーティを組もうとしていたのは、自身の行動にそういう方向性がある事をしっかり認識しているからなのだろう。…職業冒険者として、その傾向は危ういのじゃないかと思うのだが。
「──」
 ともあれ、ざっと依頼群を眺めてみる。××石を捜しています、○○山産の水晶求む!、**の依頼承ります……これはつまり実験台募集か。
「…ん」
 《魔術講師代行願う。魔術の講義と実践。魔術師の方限定でお願いします。》
「チャク、これ」
「あ、なんかあった?」
 どれどれと、俺の指差した紙を眺めるチャク。と、みるみる表情が歪んだ。
「…ぅぇえ。本気?」
「偶にはお前、人の役に立っても良いだろ。せっかくクラス登録がメイジ」
「サマナー! 召喚師!」
「…同じ魔術師ギルドなんだろ? だったらいいじゃないか」
 んんんん~。腕組みなんかして、真剣に悩み始めた。何がそんなに嫌なんだ?
「…そういえば」睨める様に、チャクは俺を見上げた。「ぼくがこれやってる時、ユキヤくんは何するの?」
「え?」
 …確かに、魔術理論の理の字くらいが何とか判る程度じゃ、見事に完全役立たずだ。と、ふととある単語が浮かび上がった。
「……まぁ、付き添い、だな」
「ぼくこれ自分からやりたーいって云った訳じゃないんだけどなぁ~」
 ぶつくさとぼやきつつも、チャクは紙をとって受付へと向かった。これはなかなか、見せ物としては面白くなるかもしれない。

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