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Tag: 街道

0013-03 (0027)

「“シフォーラビット”っていうらしいね。分類上は」
 何が面白いのか、俺の後をぴょこたんぴょこたんと付いてくるウサギ。体長40cm強。耳を入れたらもう少し伸びるだろう。
 一体何がどうなったら、卵から孵ったばかりの物体が即座に動けるどころかこんなにデカいんだ(何せ、卵のサイズ自体には特に変化が見られなかった)とか色々云いたい事は有ったが、全て“《虹色の夜》由来の突然変異”で片付ける事にした。いちいち考えてたらやってられん様な気がする。
「んね、どうするのユキヤくん? このこ、このまま連れてくんだ?」
「まぁ本人が付いて来てる間は、せめて面倒くらい見るつもりだが」
「へぇ、見かけによらず律儀なんだねぇ、ユキヤくんは」
 テュパンでペットフード(その名も「タマまっしぐら」。名前から想像する通りの猫用というわけでもなく、愛玩用ディオーズ全般向けとの事)を安売りしている店を見つけ、2・3食程度買い置きをしてから、街道へと出た。向かう先はルアムザ。五王朝の首都グローエス国の中心に位置する都だ。
「んでもホントびっくりしたよ。ユキヤくんにそんな趣味が合ったのかと思っちゃった」
 どんな趣味だ。
「んね、ぼくの卵は何が孵るかなぁ? 邪魔そうだけどちょっとドキドキだよね~」
 話に聞く限り、卵からは必ずこのウサギが孵るという事はないのだそうだ。それは例えば別のディオーズ(ピクシィとか)であったり、珍品の類であったりするらしい。その話を聞いた時、どうして俺の卵はアイテムじゃなかったのだろうと真剣に思ったものだ。
「そうだそうだ。名前付けてあげようよ名前。何が良いかな~。ふわふわっぽいのがいいよねぇ」
 どうせならこの男が飼い主だった方がよかったのじゃないかと、この構い方を見ているとつくづく思う。とはいえ、このウサギを見た時のチャクの歓声後第一声は「燻製にでもするの?」だったのだが(「ええ~、だって旅に出るって云ってたからさぁ~」と本人は云い訳していたが怪しいモンだ)。
「ええとねぇ、んとねぇ。そうだ! “アカフハフ”ってどう!? ふわふわっぽくない!?」
「却下」
「ええ~」
 いくらなんでもその無理矢理な語感だけの名前、(付けるのはまだともかく)呼びたくはない。第一云い辛い事この上ない。

 その後何度かチャクの命名案を却下しつつ(どうしてこいつはまともそうな名前を挙げてこないんだ。わざとか?)、現れたディオーズを伸しつつ(チャクが雷で威嚇して終わったが)、日が変わる前に、無事にルアムザに入る事が出来た。
 冒険者専用木賃宿は、ウサギの持込みが可能なんだろうか。

0015-03 (0030)

「あれそういえば、ユキヤくんそんな服持ってたんだ? ぼくそれ初めて見るよね?」
「…いや、先刻市場で落としたんだが…」
 俺達はガレクシン方面へ向かう荷馬車に乗っている。街道を行こうとしたところで丁度出会し、途中まで運良く載せて貰える事になったのだ。というわけで、荷台の最後尾、踏み台部分に腰を掛け、ゆっくりと遠ざかるルアムザの街並をぼんやり眺めている。因みにウサギは俺の膝の間に収まっている。なかなかどうして、こいつの耳の付け根を指でひっかくのは癖になるなという辺りを学んでいる最中だ。
 チャクの云う“そんな服”とは、今俺が纏っている外套の事だ。起毛革のような見た目の鈍色の布は、陽光に黒く光っている。朝飯を食べた後、入札会場まで行って引き取ってきたものだ。今まで纏っていた物よりも性能的に魔法防御に優れる物だったので、(少し勢いに乗って)大金を叩いた。…まぁ、大金といっても“普段の俺からしたら”という条件付き程度のものだが。
 …思えば、その時商品名で気付けば良かったのだ。
「…どうやらな」
「ん」
「この外套だが」
「ん」
「呪われてるらしい」
「ん…え? ええええ?」
 途端、チャクは俺の外套の裾を持って、ばたばたと振り始めた。その後表地を眺め、裏地をめくり上げ──
「どの辺がどう呪うの?」
 …俺に訊く質問として、その内容は些か間違っちゃいないだろうか。
「知るか。俺が作った訳じゃない」
「だって呪われたって判ってるんでしょ?」
「それと“どこがどう呪うか判る”ってのは別だろ」
 …このまま喋っていても禅問答になりかねないな。諦めてひとつ息を吐いた。
「チャクは朝起きたらどうする」
「え? 顔洗ってご飯食べて歯を磨くけど?」
「…判った。悪かった」訊きたい解答が欲しければ、大人しくそのものズバリを訊けという事か。「朝起きたら着替えるよな」
「ん、ユキヤくんはそうだよね。そのまんまで出たら痴漢行為になっちゃうしね」
 …こいつに何か説明をする場合は、逐次同意を求めるのではなく、ただ単に事例を事例として話す方が良いらしい。俺の精神衛生上にも。
「…取り敢えず、着替えようとする」
「うん」
「普通に着替えを済ませた後、例えば今まで使っていた外套を付けようと考える」
「うん」
「すると次に気付いた時には、これを纏っている」
「うん。──え? なにそれそれなに!? 嘘だぁ!」
「事実だ」
 実際驚いた。引き取ってから試着してみて、まぁただ街道を行くだけなら今まで着ていた物をそのまま使おう──と、着替えた筈なのに、何故かそのまま同じ物を羽織っていたのだ。全くの無意識で。
 当然俺は焦った。突然健忘症にでもなったのかと疑いもした。が、その原因が“呪い”にあるだろうと理解したのは、外套に付けられていた名称を思い出したからだ。
 商品名は、“エルアヴェルデの呪い(カースオヴエルアヴェルデ)”と云った。市場でろくに気にも留めていなかったのが、完全に裏目に出た。
「…道理で、性能の割に俺に手が出そうな金額で落とせるわけだよな」
 そう肩を落とす俺にチャクが向けたのは「へぇ~………今度ぼくも買おう」どう考えても、憧憬の眼差しだった。
 …まぁ、人の好みは人それぞれだから別にそれ自体を悪いとは思わないが、しかし呪いなんぞに興味を持ち、あまつさえそれを自ら体験したいと思う様なのが隣にいるというのは、なかなか居心地が宜しくない。

 そんな居心地の悪さを、荷馬車を降りた頃にやって来た隼(連れてるウサギをエサにするつもりだったのだろうか)と、おこぼれ狙いらしい大鴉を倒す事で晴らしながら、日暮れ前にガレクシンに着く事が出来た。
 公社に解呪を試したい人間の依頼でも有ればいいが…無理だろうな、やはり。

0016-04 (0033)

 足下には、毒々しい蜘蛛の死骸が2つ。ぱたぱたと砂埃を払う仲間が3人。そして、唖然としたまま直立している、俺。
「……さっきのは、一体?」
「さっきのって、どれの事?」
「いや、アンタが、杖で」
「別におかしくないじゃない。魔術の媒介にだけ使うなんて勿体なさすぎるもの。いい樹だわよ、これ」
 せっかく買ったのだから、無駄に劣化させる前に使わなきゃ。云って、センリはにっこりと笑った。

 タレスは砂漠に囲まれた街だ。正確には、《虹色の夜》により、砂漠に囲われる事となった街だった。であるからして、タレスに向かうには自然、砂漠の中を行かねばならない。
 幸い、先人が立ててくれた旗を目印に進む事が出来ていたので(砂嵐にも耐えうる様、旗は目立つ様に鮮らかな朱だ)そこに困りはしなかったのだが、一歩一歩毎に足を取られる為に、体力の消耗が激しかった。
 そこへやって来たのが、件の2体の蜘蛛であるのだが。

「センリは元々、戦士あがりなんですよ」
 タレスでの遅めの夕食の際に、マリスがそう教えてくれた。
 その蜘蛛は下手に触ると変な菌が移るから気をつけてね~と云うチャク(ちなみに、所属ギルドの変更は街をでる前に済ませた)の声に、どうせなら俺が動く前に云ってくれと胸の裡で毒突きながら蜘蛛の背後に回ったのだが、そこでもう一匹に目をやった際見えたのが、センリの一閃だった。いや一閃というよりも一発、いや、一殴りだろうか。
 魔法を撃つ為に掲げられた様に見えた杖は、もの凄い勢いで傾斜を瞬間的に90度以上下げた。ぼこりという鈍い音と共に怯んだ蜘蛛に、すかさずチャクの雷撃が突き刺さる。そして蜘蛛、昇天。
 ちなみにそんな光景が視界に入った俺は、呆然としながらも機械的に蜘蛛の頭を突き刺し、体液が触れる前に飛び退いていた。反射と習癖というものにここまで感謝した事はない。

「いやー、ねぇ、4人になると楽だよねぇやっぱり」えへへーと呑気に笑いながら、チャクはベッドで本にまみれている。「こう、安心感っていうの? なんかそういうのが上がった感じ」
 やっぱりぼくの読みは正しかったよ~と云うチャクを見ていると、奴の“上がった気”がしているのは、人任せに出来る率なのじゃないのかとぼんやり思う。
「んで、ユキヤくんどうするの、調教師ギルド」
「明日の朝イチに行って来る。その間に今後どうするのか決めておいてくれるか」
 云って、ウサギを引っ掴んで部屋を出た。俺もそうだが、このウサギも毛の間の砂埃の量はたまったものじゃない。

0017-02 (0034)

 異端査問官(インクイジター)というクラスは、光のちからで闇のものを征することに重きを置くものだそうだ。いや、まぁ、そんな事はどうでもいい。
「あ、マリス、服変えたの?」
「ええ。クラスチェンジもしたし、ちょっと気分を変えてみるのもいいかしらと思って」
「へぇ~。かっこいいかっこいい。とっても似合うね。ねえユキヤくん」
「ああ、そうだな」
 んもなにその面白くない感想はとかなんとかチャクが云っていたが、それもどうでもいい話で、つまり、俺はその方向に免疫が無かったんだなとそういう話なんだが、何を云いたいんだか判らなくなってきた。ふと足下に目をやったら、ウサギがてててとマリスの足下に寄っていってじゃれついていた。これまで気にしたことは無かったが、お前ひょっとしてオスか。
 服の事は良く判らない(どういう形のモノをどう呼ぶとかそういう話だ)から、マリスが着てきた服がどういうものなのかもよく判らないが、それでも、鮮らかな緋の引き締まった長いスカートは、先般まで着ていたゆったりしたローブ(確かイテュニス神を崇める神殿で貰った物だとかなんとか)との差違も相まってか、とてもよく似合っていた。その位は判る。
「さーて、それじゃ全員揃ったし、出発しましょうか。……ユキヤ? ウサギばかり眺めてどうかした?」
「ああ、いや。別に」
 だから何が云いたいかというと、(重なるが)俺はそういう、つまりこうぱりっとしたというか凛としたというかそういう類側の抵抗性が無かったんだなという話で、決して性癖がそうだとかそこまで行く話じゃないと云う話だ。話話って文法までおかしくなってるな、いや文法じゃなくて単語の選び方か。この際どうでもいい、とにかく頭をさっさと切り換えよう。
 もふもふと床板の匂いでも嗅いでいるらしいウサギの首根っこ引っ掴んで肩に担ぐと、既に出て行っていたチャク達を追う為、足早に宿を出た。

 ひとまず4人で過ごすに辺り、戦闘での癖であるとかそういう辺りをお互い把握したいという事(と、ついでに金稼ぎ)で、ガレクシンに戻ってから、公社で仕事を得る方向で話が付いていた。互いに今までどんな依頼をこなした事があるのか、これまでどうしていたのかをざっと話しながらガレクシンへと向かう。
 途中、吸血蝙蝠と大烏の編隊(というより、烏は蝙蝠がエサを捜すのを利用していたのだろうが)に出会したが、なんなくこれを仕留めて(今回はセンリが魔法を使ってマリスが殴っていた。……何故この二人は手ずから殴りたがるんだ)、無事、夕刻前にガレクシン入することが出来た。宿を取ったら、早速公社へ向かおう。

0021-02 (0043)

 テヌテに戻った俺達は、早々にガレクシンへと向かっていた。路銀の乏しい二人が地道な集貨活動したいと申し出たのだ。…とはいえ。
「…ガレクシンで、短期間で稼げる物はごく僅かだった様な気がするんだが」
 折良く通りがかった荷馬車の中で、俺達は互いに公社で受けた仕事のあれこれについて、情報交換を行った。結果、出た結論がコレだ。
「そうですね…。それでは、一度、ルアムザの方へ出ませんか? グローエスの中心ですし、これからの動きも取りやすいでしょう」
「ルアムザか~。あそこいいよね。風のニオイとか。ちょっと古臭い感じで」
 膝の上に雅とウサギの二匹を乗せたチャクが、これ以上ないという様な幸せ顔の目尻をさらに下げた。
「古臭い?」
「そう。なんていうかなぁ、こう、ちょっと昔の図書館の中みたいな。落着いた感じの。ユキヤくんにはわかんない? あーぼく、ああいうところでのんびりおいし~い紅茶でも飲みながら思いっきり読書に耽りたいよ」
 …そんな事しているから、金がいつまで経っても貯まらんのじゃないだろうか。

「そういえば、チャク、そんなローブ持ってたの? 初めて見るけど」
 さすがに遅い時間にガレクシンに着いた為、ルアムザへ出発するのは明朝という事になった。そこで久しぶりの木賃宿に部屋を取り、金銭の乏しい二人に会わせて宿の定食で晩飯を摂る事になったのだが、そこに現れたチャクはセンリの云う様に、今までの淡い紫のローブではなく、上から下まで濃いグレーに取って代わっていたのだ。勿論、髪だけはいつもの通り薄い金だったが。
 どうやら誰かに突っ込んで貰いたい所であったらしい。途端目を輝かせたチャクに、俺はああまた長くなるなとぼんやり思いながら、ウェイターにビールを頼んだ。
「あ、これ? ほらぼく、テヌテで一旦ギルド行ったじゃない? それでプリーストに転職したんだけど、んーと、ほらサマナーってクラスマスターするとさ、上級悪魔の召喚出来るでしょ、それぼくの夢のひとつだったんだけど、それはまぁ置いといて、プリーストっていうとこう、なんかすごくこう、正直者が莫迦を見るみたいな感じだけど、ん、ちょっと違うか、まあとにかく、ぼく無神論者だし、その上悪魔なんか喚んじゃうし、これはもうあれかな、ダークプリーストとか呼ばれちゃう方を目指そうかなーなんて」
 …こいつの脳が突拍子ない方向なのはいい加減判ってはいたが、さすがに最後の一言だけにはツッコミを入れるべきだろうか。

0022-02 (0044)

「んで、んで、んで、名前なににしたの?」
 ルアムザへの道中、クラスチェンジの経過報告がてら雑談に興じていたのだが(変な事務員がいたとかなんとか)、突然チャクが食いついてきた。勿論、ウサギの名前の下りでだ。そんなに気になるか?
「はくひ」
「ハクヒ? また面白い名前だねぇ。なんか意味あるの?」
 こいつに面白いと言われるのは心外だが、別に大した意味じゃない。さあさあさあと鼻のとがった事務員に命名を強要されながらコイツの毛の色をぼんやり眺めているうちに、実家の池で見た薄氷(うすごおり)を思い出しただけの事だ。
「…で、“薄氷”と書いて、“はくひ”」
「ふーん。雅とおんなじで、東方の字なんだ。ん? ユキヤくんてそっちの人?」
「実家は」
 チャクはへーほーとひとしきり(神経を逆撫でしそうな方向の)声を上げてから、んじゃあユキヤくんは今度はなにを育てられる人なの?と訊いてきた。
「いや、ウサギの使役方法は一通り判ったから、テイマーは辞めてきた」
「え? そうなの?」と、これはセンリ。「私てっきり、一通り上位までこなすのかと思っていたけど」
 そもそもテイマーになったのはこのウサギ…いや、薄氷の扱いを覚える為で、別に他に何か使役したいという願望は全くないのだ。だったら、きちんと前衛として戻った方がいいだろう。そう思っただけの事だ。
「じゃあ、ユキヤさんは探索者ギルドに戻られたんですか?」
「いや、そのまま、戦士ギルドに寄ってきた」
「え?」
 さすがに全員の顔が一斉に俺の方を向くというのは、あまり気分のいいものじゃない。
「あれ、だってユキヤくんて、力任せにどっかーんっていうの、あんまり好きじゃないんじゃなかった?」
 そこはそれ程変わってない。ただ、一応俺はこのメンツの中では前衛だ。だったらそれに多少なりと沿った転職をした方がいいんじゃないかと思い、手っ取り早く筋力でも多少付けようかというだけの話だ。
 戦士ギルドで転職傾向の一覧を眺めていたら、スカウトを終えてからなれる職に格闘術を使ったものがあった。それは、懐に潜り込んで戦うタイプである俺と方向性は合致している。
「というわけで、暫く目端がどうとかいう辺りでの期待には添えないと思う。だから悪いが、当分はそういう類の依頼とかは無理だ」
「まぁでも、それはルアムザの公社次第よね。ひょっとしたら、ユキヤが戻る前に私がスカウトになってるかもしれないし」
「…そうなのか?」
 問うた俺に、センリはそろそろ上位クラスの残りが複合型ばかりになってきていて、さらに残りのうち2つがスカウトとの複合なのだと云った。そういえば探索者ギルドの上級職も、戦士との複合型が多いのだという。そういった相関的な部分が、どこかにあるのかもしれない。
 のんびりと歩いていたら、ルアムザに着いたのはもう日暮れ前に差し掛かる時だった。公社へ行くのと宿を取るのとで、2手に別れた。

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