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Tag: 支都ルアムザ

0013-03 (0027)

「“シフォーラビット”っていうらしいね。分類上は」
 何が面白いのか、俺の後をぴょこたんぴょこたんと付いてくるウサギ。体長40cm強。耳を入れたらもう少し伸びるだろう。
 一体何がどうなったら、卵から孵ったばかりの物体が即座に動けるどころかこんなにデカいんだ(何せ、卵のサイズ自体には特に変化が見られなかった)とか色々云いたい事は有ったが、全て“《虹色の夜》由来の突然変異”で片付ける事にした。いちいち考えてたらやってられん様な気がする。
「んね、どうするのユキヤくん? このこ、このまま連れてくんだ?」
「まぁ本人が付いて来てる間は、せめて面倒くらい見るつもりだが」
「へぇ、見かけによらず律儀なんだねぇ、ユキヤくんは」
 テュパンでペットフード(その名も「タマまっしぐら」。名前から想像する通りの猫用というわけでもなく、愛玩用ディオーズ全般向けとの事)を安売りしている店を見つけ、2・3食程度買い置きをしてから、街道へと出た。向かう先はルアムザ。五王朝の首都グローエス国の中心に位置する都だ。
「んでもホントびっくりしたよ。ユキヤくんにそんな趣味が合ったのかと思っちゃった」
 どんな趣味だ。
「んね、ぼくの卵は何が孵るかなぁ? 邪魔そうだけどちょっとドキドキだよね~」
 話に聞く限り、卵からは必ずこのウサギが孵るという事はないのだそうだ。それは例えば別のディオーズ(ピクシィとか)であったり、珍品の類であったりするらしい。その話を聞いた時、どうして俺の卵はアイテムじゃなかったのだろうと真剣に思ったものだ。
「そうだそうだ。名前付けてあげようよ名前。何が良いかな~。ふわふわっぽいのがいいよねぇ」
 どうせならこの男が飼い主だった方がよかったのじゃないかと、この構い方を見ているとつくづく思う。とはいえ、このウサギを見た時のチャクの歓声後第一声は「燻製にでもするの?」だったのだが(「ええ~、だって旅に出るって云ってたからさぁ~」と本人は云い訳していたが怪しいモンだ)。
「ええとねぇ、んとねぇ。そうだ! “アカフハフ”ってどう!? ふわふわっぽくない!?」
「却下」
「ええ~」
 いくらなんでもその無理矢理な語感だけの名前、(付けるのはまだともかく)呼びたくはない。第一云い辛い事この上ない。

 その後何度かチャクの命名案を却下しつつ(どうしてこいつはまともそうな名前を挙げてこないんだ。わざとか?)、現れたディオーズを伸しつつ(チャクが雷で威嚇して終わったが)、日が変わる前に、無事にルアムザに入る事が出来た。
 冒険者専用木賃宿は、ウサギの持込みが可能なんだろうか。

0014-01 (0028)

「だいじょうぶかなぁ、あれで」
「街中程度ならともかく、ここに連れてくるわけにも行かないだろ」
「そうだけどさぁ」
 ルアムザは、大きく『外区』『内区』に分かれる。街の中央に、五王朝の中心たる宮殿“ロベルアムザ”を据え、そこから円を描く様に“横路”が、その円を8等分する様に“外路”が走る。内区はこのうち横路の内より3本目まで、それ以降を外区と呼ぶのだそうだ。内区は主に政治の中枢機関と貴族階級の住まい、外区には一般住居や酒場が並ぶ。そしてその境目に市場と、ルアムザという都市の性質を決定づける様な施設群──魔術学院が建ち並ぶ。とのことだ。俺達が寝泊まりする為の宿は、境からほんの少し外区へ入った所に有った。
 チャクが心配している原因たるあのウサギは現在、エサと水を床に置き、その廻りに囲い(のようなもの)を作って置いてきていた。しかし、豪気な事にペット可の宿だとは思わなかった。躾も済んでいないというのに良いのか? …いや、躾というものが必要なのかどうかすら、今の俺にはよく判らないんだが。
「んん、さっすが学院の多い所だよね。なんかこう、知的な依頼が多い様な気がする」
 護衛・討伐がメインだったテュパンに対し、ここ、ルアムザ斡旋公社──さすが首都だけあって、五王朝主要都市にある斡旋公社の総元締めだ──の依頼には、「自身の研究に役立つ品を持ってきてくれ」という類が圧倒的に多い。だがそれらに並ぶ品は、まるで俺の耳に届いた事のないものばかりだったので、当分その依頼は受けられない様な気がしたが。
「何か、お前に判りそうなのは有るか。こんな依頼群だと、俺は多分役立たずだろうからな」
「ええ~。いいじゃんいいじゃん、ユキヤくんもちゃんと見てよ。なんか良さそうなのあったらぼくに訊いてくれるとかでいいしさ、んね、ね?」
 チャクは“流れ流され”を信条とでもしているのか、どうにも他人に行動を依存する事が多い。つまりこいつが積極的にパーティを組もうとしていたのは、自身の行動にそういう方向性がある事をしっかり認識しているからなのだろう。…職業冒険者として、その傾向は危ういのじゃないかと思うのだが。
「──」
 ともあれ、ざっと依頼群を眺めてみる。××石を捜しています、○○山産の水晶求む!、**の依頼承ります……これはつまり実験台募集か。
「…ん」
 《魔術講師代行願う。魔術の講義と実践。魔術師の方限定でお願いします。》
「チャク、これ」
「あ、なんかあった?」
 どれどれと、俺の指差した紙を眺めるチャク。と、みるみる表情が歪んだ。
「…ぅぇえ。本気?」
「偶にはお前、人の役に立っても良いだろ。せっかくクラス登録がメイジ」
「サマナー! 召喚師!」
「…同じ魔術師ギルドなんだろ? だったらいいじゃないか」
 んんんん~。腕組みなんかして、真剣に悩み始めた。何がそんなに嫌なんだ?
「…そういえば」睨める様に、チャクは俺を見上げた。「ぼくがこれやってる時、ユキヤくんは何するの?」
「え?」
 …確かに、魔術理論の理の字くらいが何とか判る程度じゃ、見事に完全役立たずだ。と、ふととある単語が浮かび上がった。
「……まぁ、付き添い、だな」
「ぼくこれ自分からやりたーいって云った訳じゃないんだけどなぁ~」
 ぶつくさとぼやきつつも、チャクは紙をとって受付へと向かった。これはなかなか、見せ物としては面白くなるかもしれない。

0014-02 (0029)

「お待ちしておりましたわ」
 出迎えは、朗らかな笑みを浮かべた老女の形を取っていた。本日は宜しくお願いします。深々とお辞儀をする女性に、俺は慌ててチャクを「ぅぁっ」引っ張って出した。
「すみません、講師として来たのは俺ではなくコレなんですが」
「んも何それ“コレ”ってひどいなぁユキヤくん突然ったぁ~~」
「あらまぁ、ごめんなさいね」
 ああこういうのが“花が香る様な笑み”とかなんとか云うんだろうなと思う。どうせ歳を取るのなら、こんな風に重ねていきたいと思わせる人だ。
 チャクに言葉と辞儀を掛けてから、老女は改めて俺を見た。
「では、貴方は?」
「付き添い兼子守です」
「うわぁ、そこはかとなくすらない酷い事云ってるよ」
 お邪魔じゃなければ、と付け加えると、老女は歓迎しますと、また穏やかに微笑った。どうぞこちらへと廷内を示し歩き出した老女に、俺とチャクも倣う。

 この学院は《封歌の庭園》という名前だった(詩的だね、とはチャクの談だ)。俺達の泊まっている宿と丁度同じ横路に位置している。一般的に内区の人間を種とするのが魔術学院というものの性質なのだそうだが(少なくともルアムザではそうらしい)、この学院は、主に外区の子供らを対象にしているとの事だった。
「珍しいんだよ、ホント。ふつうお金がかかるから、小さい頃から魔術の勉強だなんて、良いトコの子くらいしか無理なんだから」
 待合室に案内され、茶を戴いて暫し待つ間、チャクがそう説明してくれた。俺の場合は、昔近所に住んでいた人間から魔術という物の上っ面の方を聞いた事があるだけなので、その辺の事情的な話は良く判らない。そもそも俺の知っている理論が《虹色の夜》を経た地(グローエス)でも共通なのかという点は、多少気にはなるところだ。
「…そういえば」
 カップと擦れて、ソーサーがかちゃりと音を立てた。
「チャクも旅して来たんだよな、船で。その割に、お前随分この国に詳しくないか?」
「んもしっつれいだな。それはぼくが調査不十分のままふらふらふらりとワカメの様に漂って世の中渡ってるって云ってるのと同じだよ?」
「そう云ってる。違うのか?」
 最近ユキヤくんは随分ひどいなぁとしかめっ面を見せてから、チャクはびしりと俺を指差した。
「ぼくだってねえ、自分が初めて赴く先の下調べくらい、ちゃんとやるんだよ。変なコトして死にたくないもん」
 …そうは云うが、俺は特攻癖を前面に押し出した様な所しか見受けた試しがないのだが。
「ほら怖いし、宗教関係なんか特に」
 成程、目の付け所が違うんだな。色んな意味で。

 チャクの指が淡い光を放ちながら印章を刻んでいく。それはチャクの背後にある黒板に書かれた絵柄を丁寧になぞっていた。
「私はもう、術式を扱える身ではありませんから」
 あの待合室で、老婦人はそう云った。理論の教授は自分がやるが、実践部分を頼みたいのだという。今までもそんな調子で授業が行われていたのかと訊ねたら、ほんの数日前までは、専門で講師をして貰っていた人間がいたのだそうなのだが。
「突然連絡が絶えてしまって。お宅の方にも伺ったんですけれども、生憎」
 つまり、(もし講師だった人間が戻ってくるのならだが)一時的な代打(ピンチヒッター)として、魔術講師を捜していたのだそうだ。
 印章を描き終わったチャクがその軌跡の中心をとんと小突くと、掌サイズの小動物が現れた。今日の授業は召喚術の一環だったらしい。教室の一番後ろに居る俺からはよく見えないが、どうやらチャクが喚んだのは、齧歯類に似た動物の様だ。しかし、思い描いた物とは少々違ったのだろうか、チャクの表情が微妙に歪んだ。
 召喚魔術は、イメージが大事なのだという(今し方行われた講義の受け売りだが)。印章を正確に刻む能力(それと勿論記憶力)は当然要求されるもののひとつだが、一番重要なのは、理の流れ(イーサ)を自らの思い描く形に連れて行く手続きなのだそうだ。
 なかなか勉強になっていいな、こういう依頼は。そんなことを考えていると、窓際の一角にいた少年が「せんせい!」と自慢気な声を上げながら直立した。何でも自習の成果を見せたいのだとか。その指先は印章を辿っているが、黒板の物とは少々違う様だ。
 と。感心する様にそれをみていた老女とチャクが、あッと何かに気付いた様に目を見開いた。チャクが立てかけていた杖を取りながら俺を見る。それを受け、俺も小走りに教室の前へ向かう。
 そこで、みしり、と、嫌な音が響いた。
 生徒達が悲鳴を上げる。少年の描いていた印章は一度大きく震えると、その光の軌跡を纏ったまま、大型の四足獣へと形を取っていったのだ。
「ほぼまちがいなく人を襲うタイプだ」
 予断許さぬ様な表情(珍しい)で、チャクが俺に告げる。
「詳しい説明は後で訊く。俺が牽制するから、お前が撃て」
 俺の応えにチャクが頷くのを見てから、腰から脇差を抜いた。
 老女に従って、子供らは不定召喚獣(イーサライズビースト)の対角へ固まった。ケモノは武器を抜いて構える俺達を当面の敵と取ったか、大きく唸ると、俺達へ向かい跳躍した。

「印章による召喚って結局イメージに引っ張られるから、失敗すると術者の脳内イメージがなんとなーく形になっちゃうんだよね」
 あれから。
 なんとかケモノをただのイーサに戻す事が出来てふと辺りを見回すと、机は倒れ(1台ケモノの重量により見事に割れた)、椅子の脚も折れ(チャクがケモノの特攻を喰らって飛ばされた)、床は焦げ(チャクが場所を考えず雷を喚んだ)、そして子供らは泣き喚いていた。
 ケモノとの戦闘よりも、事態の収拾の方に時間を取られ、漸く片づき報酬(講師料というよりは退治料だな)を受け取った時には、既に日が暮れていた。そして、宿まで戻る10分足らずの間に、チャクから簡単な説明を受けていたのだ。
「あの子多分、冒険譚に良く出てくる様な、なんかカッコいいものが喚びたかったんじゃないかなぁ。それであんな形になっちゃって、んで廻りの怯えた感情に流されて、それを喰う側に回っちゃったんだとおもうんだよね」
「…結構厄介なんだな、魔術ってのは」
「んまぁ、そりゃね。イーサ干渉って、魔術だろうと神蹟だろうと結局なんだかんだ云ったって自然に反発するものだし。そうかんたんに出来ちゃったら逆にまずいと思うよ? 下手うったら地形が変わっちゃうなんて事もあるかもだし。《現出》みた──あ! そうだ!」
 人が、珍しく感心をしていたというのに。こいつは自らそれをひっくり返してくれた。
「ちょっと部屋着いたらウサギじっくり見せてよ。んもうぼくあそこでウサギに似たの喚ぶつもりだったのになんであんなにぶっさいくなネズミとカエルのあいのこみたいになっちゃうのかなぁもう~」
 まぁチャクはこの方が“らしい”な等と思いながら、宿の戸口をくぐった。さて、当のウサギは大人しくしていただろうか。

0015-01

 おかしい。
 俺は確か、ルアムザの、冒険者専用の、(宿の主には悪いが)安っぽい木賃宿で、(これまた宿の主には悪いが)安っぽいシーツの敷かれた硬いベッドに潜った筈だった。その記憶は、確固たるものとして存在する。なら今、右頬に当っているこのふかっとしたものは、なんだ?
 思いつく限り、並べてみるか。
 1、チャクの毛…思考には入ったが数瞬で蹴った。冗談じゃない。取り敢えず、チャク本人のモノと思われる寝息が、隣のベッドの有るらしい位置から変なリズムに乗ってしっかり聞こえている。安堵と共に、再度解を蹴り飛ばした。
 2、枕が破れた…羽毛じゃない(多分穀物殻)ので外れ。敷き布も当てはまらない。
 3、……と、出してみたものの、さて一体後は何がある?
 そんな事をうつらうつらと考えながら眠気と理性との戦いが理性の勝利で終結しそうになった頃、観念して、目を開けた。するとそこには何故か、灰青の毛玉が、鎮座ましまし──…毛玉?
 腕を動かして、毛玉を少し転がしてみる。すると次に見えてきたのは真白い腹毛と、小さな爪。ああそうかと、まだ幾分寝惚けている頭は呑気に考える。俺は今ウサギを飼っていたんだった。
 いや、いたが。
 確かにウサギを部屋に入れた。それは覚えている。だがしかし、ウサギの寝床には、主に頼んで用立てて貰ったボロ切れを床に置いて、廻りに簡単な囲いを作って、エサと水を皿に置いて──思い返してみるに、随分マメに動いたな、俺は──そう、簡単な“ウサギ小屋”を作った筈だった。
 じゃあ何か、ウサギはそこから脱走して、自分の寝床を俺の顔の脇(しかも尻を俺の方に向けて、だ。クソ)だと決めたのだろうか?
 体を起こして元ウサギ小屋モドキを見やる。するとそこには何一つ変化のない囲いが残っていた。
 驚きの表情を浮かべながらウサギを見やると、俺の動きで目を覚ましたのか、鼻をぴすぴすと鳴らしながらじっと俺を見ている。
 ……まさかとは思うが、いや万に一つくらいの確率だろうが、このウサギはひょっとして、イーサ干渉で何か凄い事を──
「ぅぁふぁああぁぁぁああ、あ。あ~よく寝た。んん? あれ? あ~、なんだウサギそっちいっちゃったの? やっぱり飼い主は判るんだなぁもう。昨日あれだけぼくが横で寝ながら愛を送ってたのに効かなかったよ~。あ~おはようユキヤくん~。ん? どうかした?」
 擬音で表すなら多分、俺の首はぎぎぎぎぎと軋む音を立てていたに違いない。
「…………お前の仕業なんだな」
「ん? なにが? あ~おはようウサギ~。きょうもふかふかしてるねぇ~。このふかふか魔神~」
 ふかふかなんぞどうでもいい。俺の寝惚けた頭が勝手に走らせたこの思考の群れの責任をどう取ってくれるつもりだ。
 反射的にそう口にしそうになったが、その思考こそがまさに寝惚けた頭の産物以外何者でもない事を認識し、首をチャクから正面に戻した。とにかく顔を洗おう。一日はそこからだ。

0015-02

「いっそのこと、取り敢えずグローエスを横断してみるのも悪くないな」
 今日の朝食は宿で摂った。ルアムザに旨いモノがないというわけではなく、単純にウサギを考慮しただけの事だ。
「ん~なんかおのぼりさん全開だね」
 サラダに入った豆と格闘しながらチャクが云う。多分その豆はフォークで刺すよりスプーンで拾った方が早いぞ、チャク。
「ん~と、北から西がカルエンス、北東にクンアール、んで南東にオルスか。どっち行こうか? いっそダイスで決めようか」
「誰が持ってるんだ、そんなもん」
 そっか~、そうだよねぇぁぁぁあ。
 首肯の声と同時に勢いよく豆にぶつけられたチャクのフォークは。豆を見事にすっ飛ばし、チャクの奇怪な声と共に、ウサギの鼻面に当たって跳ねた。ウサギが床に落ちたそれを食う。
「あ~勿体ない。でもまぁウサギが食べてくれたから良いか」
「…そういえば」ふと考える。「俺はコイツが菜食なのか肉食なのか雑食なのかも全く判らないんだな」
「ん? ペットフードあるからいいんじゃないの?」
「例えば、人間には今お前が飛ばした豆も大して味は濃くないが、こんなウサギに喰わせて塩分過多になったら面倒だろうとか」
「ユキヤくん、ホント変なところ律儀だよね」
 失礼な。
 脚にじゃれつくウサギを爪先で弄りつつ、側にやって来た給仕に食後茶を頼むと、卓上の地図に視線を戻した。
「それで、どうする。お前どこか希望無いか?」
「ん~さっきのユキヤくんの聞いて思ったんだけど、タレスに行かない?」
「タレス?」
 地図を辿る。有った。カルエンスの首都ガレクシンから南、砂漠の中だ。オアシスによって発展した町か何かなのだろうか。
「そこに何か有るのか? 砂浴びでもしに行くのか」
「…どうもユキヤくんて、なぜかぼくに凄い偏見が有るよね。そうじゃなくて、調教師ギルドって、そこか、えーと、ルルフォモ…ちがう、ルルホメ…じゃなくてえ~と、ん~、まぁいいや、そのルル何とかにしかないんだって。時間的に考えて、ユキヤくんもそろそろ上位職終わるでしょ? ていうか多分ぼくと一緒くらいだと思うんだけど」
「…ああ、かもな」
「そしたらさ、ウサギの事も考えて、次テイマーになったらどうかと思うんだよね。テイマーの技術身につけたら、戦闘に役に立つ事してくれる様に出来るっていうし、ウサギ。んね、せっかくだし、どう?」
 …まぁ、確かにその提案は悪くはない。と、思いはするのだが。
「ところで、お前は次どうするつもりなんだ」
「ん、ぼく? ぼく預言者ギルド行ってくるよ。神蹟と魔術でのイーサ干渉式の違いも気になるし、両方修めて初めて就けるクラスにも興味有るし」
「…成程」
 つまりこいつは自分の興味で精一杯なので、楽しいふかふかを弄り続ける為にも、手近な人間にその辺の事を頼みたいと。多分意識してそこまで考えちゃいないだろうが、その辺りが奴の深層心理なのだろう。
 ――そうだな、今までこいつを壁だの盾だのにした詫びとでも考えればいいか。
「判った。じゃあガレクシンに向かって、そこで依頼の1つもこなしてから、タレスに向かうか」
 …決して、ウサギに絆された訳じゃあない。
「やった~。良かったねウサギ! これで捨てられそうにないよ!」
 チャクは屈んでウサギの両前足を取り、上下にぶんぶんと振った。多分、ウサギは何云われてるか判ってないぞ、チャク。

0015-03 (0030)

「あれそういえば、ユキヤくんそんな服持ってたんだ? ぼくそれ初めて見るよね?」
「…いや、先刻市場で落としたんだが…」
 俺達はガレクシン方面へ向かう荷馬車に乗っている。街道を行こうとしたところで丁度出会し、途中まで運良く載せて貰える事になったのだ。というわけで、荷台の最後尾、踏み台部分に腰を掛け、ゆっくりと遠ざかるルアムザの街並をぼんやり眺めている。因みにウサギは俺の膝の間に収まっている。なかなかどうして、こいつの耳の付け根を指でひっかくのは癖になるなという辺りを学んでいる最中だ。
 チャクの云う“そんな服”とは、今俺が纏っている外套の事だ。起毛革のような見た目の鈍色の布は、陽光に黒く光っている。朝飯を食べた後、入札会場まで行って引き取ってきたものだ。今まで纏っていた物よりも性能的に魔法防御に優れる物だったので、(少し勢いに乗って)大金を叩いた。…まぁ、大金といっても“普段の俺からしたら”という条件付き程度のものだが。
 …思えば、その時商品名で気付けば良かったのだ。
「…どうやらな」
「ん」
「この外套だが」
「ん」
「呪われてるらしい」
「ん…え? ええええ?」
 途端、チャクは俺の外套の裾を持って、ばたばたと振り始めた。その後表地を眺め、裏地をめくり上げ──
「どの辺がどう呪うの?」
 …俺に訊く質問として、その内容は些か間違っちゃいないだろうか。
「知るか。俺が作った訳じゃない」
「だって呪われたって判ってるんでしょ?」
「それと“どこがどう呪うか判る”ってのは別だろ」
 …このまま喋っていても禅問答になりかねないな。諦めてひとつ息を吐いた。
「チャクは朝起きたらどうする」
「え? 顔洗ってご飯食べて歯を磨くけど?」
「…判った。悪かった」訊きたい解答が欲しければ、大人しくそのものズバリを訊けという事か。「朝起きたら着替えるよな」
「ん、ユキヤくんはそうだよね。そのまんまで出たら痴漢行為になっちゃうしね」
 …こいつに何か説明をする場合は、逐次同意を求めるのではなく、ただ単に事例を事例として話す方が良いらしい。俺の精神衛生上にも。
「…取り敢えず、着替えようとする」
「うん」
「普通に着替えを済ませた後、例えば今まで使っていた外套を付けようと考える」
「うん」
「すると次に気付いた時には、これを纏っている」
「うん。──え? なにそれそれなに!? 嘘だぁ!」
「事実だ」
 実際驚いた。引き取ってから試着してみて、まぁただ街道を行くだけなら今まで着ていた物をそのまま使おう──と、着替えた筈なのに、何故かそのまま同じ物を羽織っていたのだ。全くの無意識で。
 当然俺は焦った。突然健忘症にでもなったのかと疑いもした。が、その原因が“呪い”にあるだろうと理解したのは、外套に付けられていた名称を思い出したからだ。
 商品名は、“エルアヴェルデの呪い(カースオヴエルアヴェルデ)”と云った。市場でろくに気にも留めていなかったのが、完全に裏目に出た。
「…道理で、性能の割に俺に手が出そうな金額で落とせるわけだよな」
 そう肩を落とす俺にチャクが向けたのは「へぇ~………今度ぼくも買おう」どう考えても、憧憬の眼差しだった。
 …まぁ、人の好みは人それぞれだから別にそれ自体を悪いとは思わないが、しかし呪いなんぞに興味を持ち、あまつさえそれを自ら体験したいと思う様なのが隣にいるというのは、なかなか居心地が宜しくない。

 そんな居心地の悪さを、荷馬車を降りた頃にやって来た隼(連れてるウサギをエサにするつもりだったのだろうか)と、おこぼれ狙いらしい大鴉を倒す事で晴らしながら、日暮れ前にガレクシンに着く事が出来た。
 公社に解呪を試したい人間の依頼でも有ればいいが…無理だろうな、やはり。

0022-02 (0044)

「んで、んで、んで、名前なににしたの?」
 ルアムザへの道中、クラスチェンジの経過報告がてら雑談に興じていたのだが(変な事務員がいたとかなんとか)、突然チャクが食いついてきた。勿論、ウサギの名前の下りでだ。そんなに気になるか?
「はくひ」
「ハクヒ? また面白い名前だねぇ。なんか意味あるの?」
 こいつに面白いと言われるのは心外だが、別に大した意味じゃない。さあさあさあと鼻のとがった事務員に命名を強要されながらコイツの毛の色をぼんやり眺めているうちに、実家の池で見た薄氷(うすごおり)を思い出しただけの事だ。
「…で、“薄氷”と書いて、“はくひ”」
「ふーん。雅とおんなじで、東方の字なんだ。ん? ユキヤくんてそっちの人?」
「実家は」
 チャクはへーほーとひとしきり(神経を逆撫でしそうな方向の)声を上げてから、んじゃあユキヤくんは今度はなにを育てられる人なの?と訊いてきた。
「いや、ウサギの使役方法は一通り判ったから、テイマーは辞めてきた」
「え? そうなの?」と、これはセンリ。「私てっきり、一通り上位までこなすのかと思っていたけど」
 そもそもテイマーになったのはこのウサギ…いや、薄氷の扱いを覚える為で、別に他に何か使役したいという願望は全くないのだ。だったら、きちんと前衛として戻った方がいいだろう。そう思っただけの事だ。
「じゃあ、ユキヤさんは探索者ギルドに戻られたんですか?」
「いや、そのまま、戦士ギルドに寄ってきた」
「え?」
 さすがに全員の顔が一斉に俺の方を向くというのは、あまり気分のいいものじゃない。
「あれ、だってユキヤくんて、力任せにどっかーんっていうの、あんまり好きじゃないんじゃなかった?」
 そこはそれ程変わってない。ただ、一応俺はこのメンツの中では前衛だ。だったらそれに多少なりと沿った転職をした方がいいんじゃないかと思い、手っ取り早く筋力でも多少付けようかというだけの話だ。
 戦士ギルドで転職傾向の一覧を眺めていたら、スカウトを終えてからなれる職に格闘術を使ったものがあった。それは、懐に潜り込んで戦うタイプである俺と方向性は合致している。
「というわけで、暫く目端がどうとかいう辺りでの期待には添えないと思う。だから悪いが、当分はそういう類の依頼とかは無理だ」
「まぁでも、それはルアムザの公社次第よね。ひょっとしたら、ユキヤが戻る前に私がスカウトになってるかもしれないし」
「…そうなのか?」
 問うた俺に、センリはそろそろ上位クラスの残りが複合型ばかりになってきていて、さらに残りのうち2つがスカウトとの複合なのだと云った。そういえば探索者ギルドの上級職も、戦士との複合型が多いのだという。そういった相関的な部分が、どこかにあるのかもしれない。
 のんびりと歩いていたら、ルアムザに着いたのはもう日暮れ前に差し掛かる時だった。公社へ行くのと宿を取るのとで、2手に別れた。

0022-03 (0045)

「警邏がいいなぁ」
「理由は?」
「楽してお金かせげそう」

 …ということで、都内の警邏を行うという依頼を受けた俺達は、宿をキャンセルして詰め所へと向かう事にした。因みに前述の“理由”を口にしたのは勿論チャクなのだが、全員が全員似た様な感想を持っていたので、誰も何も云わなかった。不謹慎であるのは百も承知だ。
 警邏の時間は深夜から早朝に掛けて。荷物だけ置いて詰め所を出た。夕飯の為だ。
「そういえば」食事を終えてコーヒー(さすがに仕事前にアルコールを摂る趣味はない)を飲みながら、ふと思いついた事を口にしてみた。「お前の卵、一体いつになったら孵るんだろうな」
「ん~そうなんだよねぇ。ぼくとしては早くふかふわ~なのに出会いたいんだけど」
 ねぇハクヒ、と、チャクは足下で青菜を頬張っていたウサギに話しかけた。
 今現在、俺達のパーティで卵を持っているのは二人、チャクとセンリだ。センリの方は雅が居る関係上、出来れば動物に生まれて欲しくないという事でチャクとは対照的だ。勿論、その中身がアイテムな事もあるのだが、それは外側からはちっとも判らない。ちなみに、物理的に割るという事がどうやらこの卵は不可能らしい。とすると、やはり卵が開く(亜獣(ディオーズ)と限らない以上、孵るよりこちらのがいいだろう)のには、何らかの形でイーサが関係しているのかも知れない。例えば、持ち主の思考や何かに因る様な。動物が欲しけりゃ動物とか、アイテムが欲しけりゃアイテムとか。
 とはいえ。
「…だとしたらどれだけ有難かったか」
「…? どうかされました?」
「いや。独り言」
 浮かべた例は、見事に俺自身が破っているので(今でもアイテムの方が良かったと思っている)、全く信憑性のカケラもないのは明白だった。
「そういえばその卵、結構なレアアイテム扱いらしいな」
「え。そうなの?」
「市場でやたら高価取引されてるだろ。いっそのこと、お前それ売りに出した方がいいんじゃないか。そうしたら懐事情が一気に解決だ」
 ええ~。ん~。でも、いや~、アレは~、んでも、違うよ~。訳の判らない声を上げながらやたら逡巡していたようだが、結局孵るのを待つ事にしたらしい。まったく気の長い事だ。

0023-01 (0046)

 そもそもが。
「…有り得ないわよね」
 全く同感だ。
「外区で通り魔事件が多発。だから警備の人員を補充する。それはいいわよ。それにしたって、物には限度って物があるわよね。私が通り魔なら、絶対こんな時に人襲ったりしないわ」
 センリの言がもっともなのは、昇ってきた朝日が証明した。今日という日は、まるで何事もなく始まったのだ。
 ルアムザは同心円状の横路とその中点で交差し円を8等分する大通りとで出来ているわけだが、道をほんの一本隣に動いただけで俺達同様に見張りを行っている人間に鉢合わせる様なこの状況で、一体どんな通り魔が暴れるというんだろうか。
「ですけれど、犯罪の抑止にはなりますよね」
「根本的な所は見事にずれてるけどな」
「むつかしい事は偉い人が考えてくれるよ」
 チャクがふわわと大あくびをひとつしてから、むにゃむにゃと呟いた。
「ぼくらは云われた事きちんとやったんだし、いいじゃん。早く寝よ。依頼って2日拘束でしょ? 今日の夜中もやるんでしょ? だったら早く体力戻さないとねだよ。ああ眠いねむい。おハダが荒れちゃうよ」
 うんとこしょと口にしながら伸びをして「行かないの~?」詰め所へ戻ろうとするチャクに、俺達は肩を竦めて顔を見合わせた。全くもって奴の云う通りだ。無駄な事はせず、とっとと戻って今夜に備えるべきだろう。

0023-02

「買っちゃった! 見て! ねぇ見て!」
 喜色満面という単語以外思いつかない様な表情で、チャクが詰所の雑魚寝部屋(今日も夜間勤務である以上、宿を取るのは面倒だと考えた。一応男女別だ)に駆け込んできた。そのまま、体を伸ばすために俺が使っていた一角に向かって来ると、ばふっと音を立てて座り込んだ。
「…お前、もう少し人の迷惑顧みろよ」
 勿論、俺の云う“人”には、寝ていたところ騒がしさに起こされて憤慨していそうな辺りの連中だけでなく、そんな奴等の怨念籠もった目線を集める羽目に陥った俺自身も含まれる。
「まぁまぁまぁまぁ。ねぇほら。んね見てよ。凄いでしょコレ」
「なんだ…水晶か? 随分黒光りしてる玉だな」
「ん、水晶かどうかはわかんないけどね、これ呪われてんの! ついにぼくも呪われ仲間に入っちゃったよ!」
 わぁいと、およそ直前の台詞と合わない声を上げて「もぉこれ呪われてるから面白い位意識のすり替えが起こっちゃったりして他の杖とかを魔術の媒介に出来無くなっちゃうんだよぼく。んもどんな原理なのか全然わからないけどだからそれが面白くって」延々と喋りまくるので、ここで俺がその玉を叩き割ろうと引っ掴んで投げたりしたらどうなるだろうという辺りを想像しかかったのだが、慌てて思考を戻した。というか、もう既にこの思考の流れ方自体、大分こいつに汚染されてきている様な気がしないでもない。
 ちなみに“呪われ仲間”とは、俺・マリス・センリがそれぞれ、何某かの“呪われた装備品”をつけていた事による。俺は外套であったし、マリスは強力な魔力の籠められた短刀であり、センリは鎧であったりした。
「…まぁ、確かに色んな付加効果が有ったり、防御面やら攻撃面で優れてるのは実感してるが…そんなに呪われたかったのか、お前」
「だってダークプリーストだし。常時呪われてなくちゃ!」
 もう訳が判らない。
 とにかく廻りの迷惑になるから黙れとチャクに云い置いて、俺は詰所を出る事にした。あの視線の集まりっぷりに耐えられる程、俺の神経は図太過ぎやしなかったらしい。

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