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0015-03 (0030)

「あれそういえば、ユキヤくんそんな服持ってたんだ? ぼくそれ初めて見るよね?」
「…いや、先刻市場で落としたんだが…」
 俺達はガレクシン方面へ向かう荷馬車に乗っている。街道を行こうとしたところで丁度出会し、途中まで運良く載せて貰える事になったのだ。というわけで、荷台の最後尾、踏み台部分に腰を掛け、ゆっくりと遠ざかるルアムザの街並をぼんやり眺めている。因みにウサギは俺の膝の間に収まっている。なかなかどうして、こいつの耳の付け根を指でひっかくのは癖になるなという辺りを学んでいる最中だ。
 チャクの云う“そんな服”とは、今俺が纏っている外套の事だ。起毛革のような見た目の鈍色の布は、陽光に黒く光っている。朝飯を食べた後、入札会場まで行って引き取ってきたものだ。今まで纏っていた物よりも性能的に魔法防御に優れる物だったので、(少し勢いに乗って)大金を叩いた。…まぁ、大金といっても“普段の俺からしたら”という条件付き程度のものだが。
 …思えば、その時商品名で気付けば良かったのだ。
「…どうやらな」
「ん」
「この外套だが」
「ん」
「呪われてるらしい」
「ん…え? ええええ?」
 途端、チャクは俺の外套の裾を持って、ばたばたと振り始めた。その後表地を眺め、裏地をめくり上げ──
「どの辺がどう呪うの?」
 …俺に訊く質問として、その内容は些か間違っちゃいないだろうか。
「知るか。俺が作った訳じゃない」
「だって呪われたって判ってるんでしょ?」
「それと“どこがどう呪うか判る”ってのは別だろ」
 …このまま喋っていても禅問答になりかねないな。諦めてひとつ息を吐いた。
「チャクは朝起きたらどうする」
「え? 顔洗ってご飯食べて歯を磨くけど?」
「…判った。悪かった」訊きたい解答が欲しければ、大人しくそのものズバリを訊けという事か。「朝起きたら着替えるよな」
「ん、ユキヤくんはそうだよね。そのまんまで出たら痴漢行為になっちゃうしね」
 …こいつに何か説明をする場合は、逐次同意を求めるのではなく、ただ単に事例を事例として話す方が良いらしい。俺の精神衛生上にも。
「…取り敢えず、着替えようとする」
「うん」
「普通に着替えを済ませた後、例えば今まで使っていた外套を付けようと考える」
「うん」
「すると次に気付いた時には、これを纏っている」
「うん。──え? なにそれそれなに!? 嘘だぁ!」
「事実だ」
 実際驚いた。引き取ってから試着してみて、まぁただ街道を行くだけなら今まで着ていた物をそのまま使おう──と、着替えた筈なのに、何故かそのまま同じ物を羽織っていたのだ。全くの無意識で。
 当然俺は焦った。突然健忘症にでもなったのかと疑いもした。が、その原因が“呪い”にあるだろうと理解したのは、外套に付けられていた名称を思い出したからだ。
 商品名は、“エルアヴェルデの呪い(カースオヴエルアヴェルデ)”と云った。市場でろくに気にも留めていなかったのが、完全に裏目に出た。
「…道理で、性能の割に俺に手が出そうな金額で落とせるわけだよな」
 そう肩を落とす俺にチャクが向けたのは「へぇ~………今度ぼくも買おう」どう考えても、憧憬の眼差しだった。
 …まぁ、人の好みは人それぞれだから別にそれ自体を悪いとは思わないが、しかし呪いなんぞに興味を持ち、あまつさえそれを自ら体験したいと思う様なのが隣にいるというのは、なかなか居心地が宜しくない。

 そんな居心地の悪さを、荷馬車を降りた頃にやって来た隼(連れてるウサギをエサにするつもりだったのだろうか)と、おこぼれ狙いらしい大鴉を倒す事で晴らしながら、日暮れ前にガレクシンに着く事が出来た。
 公社に解呪を試したい人間の依頼でも有ればいいが…無理だろうな、やはり。

裸族の冒険者って有事に絶対向かなそうだよなと我ながら思います。

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