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0015-01

 おかしい。
 俺は確か、ルアムザの、冒険者専用の、(宿の主には悪いが)安っぽい木賃宿で、(これまた宿の主には悪いが)安っぽいシーツの敷かれた硬いベッドに潜った筈だった。その記憶は、確固たるものとして存在する。なら今、右頬に当っているこのふかっとしたものは、なんだ?
 思いつく限り、並べてみるか。
 1、チャクの毛…思考には入ったが数瞬で蹴った。冗談じゃない。取り敢えず、チャク本人のモノと思われる寝息が、隣のベッドの有るらしい位置から変なリズムに乗ってしっかり聞こえている。安堵と共に、再度解を蹴り飛ばした。
 2、枕が破れた…羽毛じゃない(多分穀物殻)ので外れ。敷き布も当てはまらない。
 3、……と、出してみたものの、さて一体後は何がある?
 そんな事をうつらうつらと考えながら眠気と理性との戦いが理性の勝利で終結しそうになった頃、観念して、目を開けた。するとそこには何故か、灰青の毛玉が、鎮座ましまし──…毛玉?
 腕を動かして、毛玉を少し転がしてみる。すると次に見えてきたのは真白い腹毛と、小さな爪。ああそうかと、まだ幾分寝惚けている頭は呑気に考える。俺は今ウサギを飼っていたんだった。
 いや、いたが。
 確かにウサギを部屋に入れた。それは覚えている。だがしかし、ウサギの寝床には、主に頼んで用立てて貰ったボロ切れを床に置いて、廻りに簡単な囲いを作って、エサと水を皿に置いて──思い返してみるに、随分マメに動いたな、俺は──そう、簡単な“ウサギ小屋”を作った筈だった。
 じゃあ何か、ウサギはそこから脱走して、自分の寝床を俺の顔の脇(しかも尻を俺の方に向けて、だ。クソ)だと決めたのだろうか?
 体を起こして元ウサギ小屋モドキを見やる。するとそこには何一つ変化のない囲いが残っていた。
 驚きの表情を浮かべながらウサギを見やると、俺の動きで目を覚ましたのか、鼻をぴすぴすと鳴らしながらじっと俺を見ている。
 ……まさかとは思うが、いや万に一つくらいの確率だろうが、このウサギはひょっとして、イーサ干渉で何か凄い事を──
「ぅぁふぁああぁぁぁああ、あ。あ~よく寝た。んん? あれ? あ~、なんだウサギそっちいっちゃったの? やっぱり飼い主は判るんだなぁもう。昨日あれだけぼくが横で寝ながら愛を送ってたのに効かなかったよ~。あ~おはようユキヤくん~。ん? どうかした?」
 擬音で表すなら多分、俺の首はぎぎぎぎぎと軋む音を立てていたに違いない。
「…………お前の仕業なんだな」
「ん? なにが? あ~おはようウサギ~。きょうもふかふかしてるねぇ~。このふかふか魔神~」
 ふかふかなんぞどうでもいい。俺の寝惚けた頭が勝手に走らせたこの思考の群れの責任をどう取ってくれるつもりだ。
 反射的にそう口にしそうになったが、その思考こそがまさに寝惚けた頭の産物以外何者でもない事を認識し、首をチャクから正面に戻した。とにかく顔を洗おう。一日はそこからだ。

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