residents-1 (05)
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5月22日──陰界・龍城路
「錠前屋ってのは…あんたか?」
「そうだが」
道に迷っていた。
どこもかしこも暗く、入れる道がよくわからない。
住民は皆、似たり寄ったり、大した特徴もない。
性格も同じだ。さっきのびん屋──この街では、構えている店の名でその人物を呼び表すことが多いらしい──に輪をかけたようなのがざらにいる。
こっちとしてはたまったもんじゃない。
一般人の尺度で考えれば、俺はそう方向感覚の悪い方じゃない。どちらかといえばいい方だ。なのに、このザマだった。
とにかくなにも判らない以上『錠前屋』を捜すのを当面の第一目的と決めたまではいいが、そこからが長かった。
街をさまよい初めてわずか10分足らずで第一目的を変更しなければならない羽目になった。つまり、『街の地理を知る』だ。
幸か不幸か、ここはあまりでかくなかった。住民のいる、だいたいの目安も案外すぐついた。
ただ、この街並みにはどうしても違和感を覚える。
自分が住んでいた、あの裏通りによく似ているにもかかわらず、微妙なところ…建築様式や、その在り方が、全く違う。
おかげで俺は、どうも平衡感覚が狂ったような感じを受けざるを得なかった。実際、道がうねくり返っていた所為もあるだろうが。
そんなこんなで、俺は今、この街…龍城路の奥まった一角にある『錠前屋』をやっとの思いで見つけだすことが出来た所だった。
「向こうで、びん屋に少し話を聞いた」
その後街で得た情報も少なからずはあるのだが。
「このあたりに邪気が蔓延り始め、それを解明しようとした鏡屋が戻らない…だったな」
「そうだ」
そうして、「あんたは、風水師なんだな」そう、言った。
歩いている最中に、何度も問いかけられたその言葉。彼らは、何故か過度にその言葉に反応する。
今まで何人かここにきたせいかと思っていたがどうもそうでもないらしい。
「鏡屋は、邪気を沈めようと、胡同に入っていったんだ」
「胡同だって?」
「そうだ。そこの…重慶花園(チョンキンガーデン)に」
話を聞いていくに、ここでの胡同とは邪気が溜まって妖物の巣になったもののことらしい。
鏡屋が入っていったという重慶花園もまた、元々は住民の会館だったということだった。
「邪気がモノに取り憑くと、人を襲うようにまでなるんだ」
訝しむ態度を隠さない俺に、錠前屋は説明を始めた。
「正確には、その邪気で俺達を弱らせたり…ひどい奴になると、喰ったりもする。
物の怪ってやつさ。俺達は鬼律と呼んでる。
鬼律は辺りの邪気を一層強め、それでまた、新たな鬼律が生まれる…。悪循環だ」
錠前屋がそこまで一気に語り終えたところに「あれ? 見かけねぇ顔だな」後ろから、妙に浮かれた感じの子供の声がした。
チャイナハットに、大きすぎてだぼだぼのランニングシャツ。その上から海鮮系御用達の前掛けをつけた、12・3位の少年だった。
「この人、もしかして風水師か?」そいつは、振り向いた俺を値踏みするように眺め、錠前屋に向き直りそう言った。もう一度、俺の顔を眺める。「…んじゃさ、鏡屋、助けに行くのかい?」
「ここで、一番風水に詳しいのが、その人ならな」
「ふぅん」
俺の答えに満足したのかしないのか、鼻先でそう言うと、不意にまじめな顔つきになった。
「…なあ、あんた」そう前置きした。「オレ達がこんな話してたの、他の奴らにはなるべく言わないでくれよ」
「どうしてだ?」
明らかに何か言い渋っている素振りを見せてから、ゆっくりと、少年は口を開いた。
「あいつらに、ひどい目に遭わされるんだ」
「…あいつら?」
それきり少年は黙り込んだ。余程『あいつら』と関わりたくないらしい。俺も、今敢えて“そいつら”の事を訊こうとはしなかった。
「…オレ、店に戻るよ」こきこき、と、ストレッチよろしく、少年は肩関節をならした。「まだ、終わってねぇんだ。えび剥き」
「えび?」
「そうだよ」
訊き返した俺に、少年は飄々としたツラに薄く笑みを浮かべ──何でこの年でこんなツラ構えしやがるんだ、この餓鬼──そう言った。
「オレんち、えび剥き屋なんだ。あんた知ってる? 剥きえびには退魔の力があるんだぜ?
オレんちの裏が、重慶花園さ。よかったら、オレんちにも後で寄ってくれよ」
一息に言って「じゃあな!」去っていった。
「あんた、重慶花園に潜るのか?」
後ろからの声に、肯いて返した。
「俺はこっちの風水にはとんと詳しくないからな。その、鏡屋って奴に話を聞いておきたい」
「解った」
ひとつ息をつくと、錠前屋は菅笠を深くかぶり直した。
「鬼律を退治するのに使う七宝刀は、鏡屋が持っていってしまってるんだ。…代わりにしかならないが、これを持っていってくれ」
渡されたのは、刀身が幾重にも分かれた妙な刀だった。
「八宝刀さ。…ただ、あくまで代用品だ。そいつで邪気を吸い込むことは出来ない。
本来、鬼律は相対する邪気をぶつけたり、邪気を吸い取ったりしてものに戻すんだが…そいつではぶつける方しか出来ないんだ。
詳しい話は、鏡屋かナビに訊いてくれ」
「ナビ?」
「胡同に入る時には必要になる。胡同の中の案内役さ。先回りして様子を見たり…そう言ったことをしてくれる奴らだ」
鏡屋が雇ってるはずだ、どこかで会うだろう。
錠前屋はそう言い、そんなもんか、と俺は思った。
礼を言ってから、重慶花園に向けて歩き出す。
鏡屋救出。
それが、陰界にきた俺の最初の仕事となった。