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0012-01

 涙が止まらない。
 泣こうとしている訳ではない。泣きたかった訳でもない。哀しい事も嬉しい事も無かった。それでも勝手に溢れてくる。喉は引き攣るしこめかみは痛むし鼻の奥が鳴る。
 涙が、止まらない。

 ──という、夢を、見た。

 上半身をベッドから起こした状態で茫とする。なんだ、今のは。頭を振ってから喉に手をやる。痛みは無い。夢につられて現実で泣き倒していたりはしていなかった様だ。
 漠然としたイメージだけが残っていて、その結果に至る理由ともいうべき部分が見事なまでに欠落している。なんともいえない後味の悪さ。そもそも夢で「泣いていた」のが「俺」なのかどうかもよく判らない。…なんなんだ、本当に。
 隣のベッドでは、チャクが相変わらず本にまみれて眠っていた。こいつはどうやら、就寝前に色んな活字を読み倒さなければ生きていけないらしい(まだ確認は取っていないが)。その対象は別に魔術書の類でなければならないという事はなく、単純な活字中毒の様だ。例えば俺が実家から持ってきていた何冊かの小説や、知らぬ間に荷物に入れられていたらしい冊子やなんか(恐らく家人が嫌がらせに入れたのだと思う)も、とうに餌食となっていた。今頃は奴のハードカバーの間にでも挟まっているのだろう。俺の本は元々読み倒しすぎていた本ではあったから手元にないこと自体は別に構いはしないのだが、あの扱いを見ると少々惜しい事をした気がしないでもない。
 顔、洗おう。出来ればシャワーが良いがそれは無理か。
 ベッドから這い出て、共有洗面所へと向かった。冒険者専用の木賃宿は、宿代が格安な分、そういった住みやすさ(アメニティ)部分については、制限が多いのだ。

「今日はどうしようか。んでも今日って云うか、今後かなぁ。昨日晩ご飯の時にさ、廻りのひとが喋ってんの聞いたんだけどね」
 ボンゴレの皿をつっつきつっつきチャクが云う。木賃宿でも基本的な朝飯を食う事は出来る(昼・夜は無い)が、俺達はいつも外に出て食べていた。勿論その方が旨いからというのもあるが、半ば観光も兼ねている。今日の様に屋根を構えた店に入る事もあれば、屋台で済ます事もある。
 一旦紅茶をひとくち啜り、チャクは喋々を再開した。
「テュパンってやっぱり人の流れが多いからなのか、辺りに出てくる亜獣もそんなに強くないらしいんだよね。んとねぇ、こう、他の勢力に負けてやってきたのが、この辺ならだいじょぶかな~みたいな感じで集まってるんじゃとかって云ってたけど」
「誰が?」
「近くでお酒飲んでたひとたち。けっこ色んなとこ行ってるっぽくてねぇ、どこどこがああであれそれがどうでって話をすごく自慢気にしてたんだ。またでっかい声で。多分いっしょにいた女の人口説いてたんじゃない? そんな血生臭い話で口説こうっていうのもなんかおかしいよねぇ」
「そういうのに酔う女が居てもおかしくはないが」
 云いながら、チャクの皿からボンゴレを少し拝借した。…この店、ドリア(俺が頼んだ)はいまいちだがパスタは旨い。次からはそっち側だな。
「ええ~。ぼくだったらやっぱりこうどんな凄いのを召喚したかっていうような」
 どっちもどっちだ。
「…で、チャクとしては余所で腕試しがしたいって事か?」
「うん。もうちょっとテュパンに居ても良いかなあと思ってたんだけど、そういう話聞いちゃうとどの位違うのか、ガゼン興味が湧いてくるよね」
 同意を求められても、俺には取り敢えずそんな欲望は沸かないんだが。
「まぁ、それじゃ今日もう一度何か依頼でもこなして…そうしたら、テュパンを起つか」
「そうだね。そうしようか。んじゃさっきのボンゴレの分、ぼくにもドリア頂戴?」

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