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0020-01 (0040)

 結局リトゥエは帰ってこなかった。少なくとも、俺に意識のあるうちは。

 朝。マリスに具合を尋ねたら、一晩寝たら大分回復したとの事。安堵して、全員揃って朝食を摂った。そして状況確認を行う。
 はっきりしたのは、取れる方策が(帰還する事を除いて)当面2つあるという事だ。ひとつはこのまま情報収集を続けるというもの、もう一つは、泥海付近に有った小舟を使って湖の中央へと漕ぎ出して行ってみるというもの。この小舟は、昨日チャクが見つけてきた。
「小舟に乗るっていうのは、強度に因らない? 4人と2匹に装備品の重量があるのだから、それに耐えられないと」
「そっか。ん~、そこまではちょっとぼくには判らなかったんだけど」
 というわけで、センリとチャクは連れだって小舟の状態を見に行った。マリスは大事を取って待機となり(ついでに雅とウサギの世話を頼んだ)、俺は引き続き情報収集を行う事になった。丁度良い、リトゥエがどうなったか、見に行ってみるか。
 そう思ったのだが、俺はその考えをすぐ後悔する事になる。

 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。いや、それはさすがに言い過ぎの部類か。
 酔いつぶれた人間は勝手に寝、起きて酒が飲みたければ飲み続け、帰りたい奴は帰るし来たい奴は来る。そういう酒飲みの集まりであるらしかった。
「……帰るか」
「現れてすぐ帰らないでよ! ちゃんと説明手伝ってってば!」
 そんな中、ひとり素面を貫き通していたらしいリトゥエは、先程から盛んに何かを説明していた。妖精騎士がどうとか、なんとか。ニルフィエの女王に認められてどうちゃら、妖精騎士とはただ妖精を従えている訳じゃあないとかなんとか。
「ほれ、その小僧っこがお前さんがくっついとる騎士なんじゃろ?」
「ちっっがうんだってば! いつになったら判ってくれるの!!?」
 禿頭部まで赤くした様な老人は、俺とリトゥエを見比べながらがはははと笑った。まぁ確かにリトゥエがいいオモチャになるというのは良く理解出来るのだが(リトゥエ自身にその自覚が無いというのが拍車を掛ける)、いい加減それに付き合わされているのにも疲れてくる。ついでに、リトゥエの甲高い叫び声にも飽きてきた。
「だからっばも!」
 わめき立て続けるリトゥエの口(というか顔全体)を掌中で押さえてから、酔っぱらいの一団に質問を投げた。ログレブルについて、何でも良いから教えてくれ、と。そして判った事は二つ。あの変異は《虹色の夜》によって起こった物である事、そして元々死水であった湖は、人々の生活に大した影響をもたらしていないという事。
「生活用水は近くの川と地下水──あっちに井戸があるじゃろう、アレで足りとった。だからあの湖が沼になろうとなんだろうと、ワシらにゃあ全く関係ないんじゃよ」
「じゃあ小舟は? 死水だというなら、小舟程度じゃ進めないだろう。何の為に有ったんだ。漁か?」
「ん、ああ、まぁ、観光用、だなぁ。ただの死水じゃあなく、アレは毒性も持っとったからな、食える魚なんぞまずとれんかったわ」
 つまり、文字通りまともに生ける物のない“死水”であった様だ。
 と。俺の手から解放されたリトゥエがぽつり呟いた。そんな生産性のない湖の側に、何故集落を作る気になったのかと。そして、爺共の一人が、口を滑らせた。
「そらぁお役目を放り出す訳に──」
 放って置けばいいのに、その滑らせた老爺の口を、横から塞ぐ手が2本有った。それはつまり、少なくともこの老人達にとって重要な何かが、あの泥海に潜んでいるという事の象徴に他ならない。

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