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Category: みんクエ

0006-02 (0013)

「そういえば私、荷物の中でこんなのを見かけたんだけど」
 テュパンに宿を取って、さて一息吐こうかと云う時に、突然リトゥエが両手を差し出した。その掌の上には、薄水色の卵。因みに現在、リトゥエには専用の“リトゥエ袋”というものが存在する(多分面と向かって自身の寝床をそう呼ぶと怒るだろうから、一度もリトゥエにそう云った事は無い)。更に因みに、俺が準備したわけではなく、養成所に居る間に妖精手ずから調達していた。そのマメさ(と、初見時に見せたあの魔術)があるならば、わざわざ俺と共にいる必要は欠片も無いと思うのだが。
「お前が食うのか?」
 まさか。そう口にしたリトゥエは、さすがに俺の台詞が冗談だと解っているのか、憤慨した様子は無かった。まぁいいから持ってみなよ。そう卵を渡されてしげしげ眺める。そして、漸く正体を思い出した。
「ああ、貰い物だ」
「まさか地元で別れを惜しむ彼女がくれたとか」
「…流翼種は想像力旺盛だな。生憎だが違う。テュパンに船が着いてすぐ、お前が激突するちょっと前に、記念だとかで」
 卵は丁度、俺が両手ですっぽりと包めるサイズだ。鶏のものよりも、一回り大きい程度か。それはそれとして。
「それで何の卵なんだ?」
「知らないの?」
「知らないから訊いてる。何なんだ?」
「私も知らないから“こんなの”扱いなんだけれど」
 揃って唸ってから、ひとまずリトゥエ袋に保管する事で話が付いた。他にもこれを渡された人間は大勢居るのだし、酒場当たりで誰か適当な人間を見つけて訊ねればいいだけの話だ。ひょっとしたら、リトゥエの体温で卵が孵るかもしれない。…有精卵かどうかすら、現時点では不明だが。

 さすが商都というだけあって、市場通りはとても賑わっていた。商人ギルド直営の店を端に置き、そこからずらりとそのギルド員たる面々の商店が建ち並ぶ。熱心に呼び込みをする者も居れば、常連を大事に扱って行く様な店も有り、また活気づいた店も有れば、敢えてそれをせずにいようとしている様な店も有り。
 チャクにはテュパンで待つと伝えてある。居場所については冒険者専用の大酒場の掲示板を見ろと云っておいた。ここに来るまで最短でもまる一日。あいつの身支度等を考えても、明日の午後までは時間があるだろう。それまでのんびり観光をするつもりだった。
 考えて見れば、グローエスに着いて以来、まともな休息日を取っていなかった。幸い観光案内も(役に立つかは解らないが)腰の袋に常備されている。これを有効活用しない手はない。
 早速、商店を片端から冷やかして回った。オークション会場を見るというのも面白そうだ。酒場で一杯やりながら名物を口にするのも悪くない。そういえば闘技場が有るんだったか。明日辺り腕試しも良いかも知れない。

 結局、夜が更けるまで街のあちこちを見て回った。肉体的にはともかく、精神的には大いに休息と云えた。

0006-01 (0012)

 気が付いたのは、ベッドの上だった。少なくとも自分が寝泊まりしていた部屋ではない。なぜなら窓から中庭が見えたから。宛われる寝室・客間等は全て館の外側に窓が有ったので、どうやったって部屋からは中庭が見えるわけもない。そういった事を認識した途端、結果だけは取り敢えず悟った。

 まぁ、つまり、落ちたのだ。試験に。

 上半身を起こした。少しふらついてる気はしたが、多分それは寝ていたからで、外傷の所為ではないと(朧気ではあったが)直感した。大きく大きく息を吸って、細く長く吐いた。大分意識がはっきりしたところで、脇机に乗った水差しとグラスに気が付いた。手を伸ばし、水を注ぐ。するとかちゃりとドアが鳴り、受付の女性、つまり最終試験の試験官――講師達の云っていた、メイア。それが彼女だった――が入ってきた。

 今回は残念でした。第一声がそれだ。助力者の選択は悪くなかったかと思いますが、ご自分で敗因はおわかりですか? と。ええまぁ、なんとなく。口の中がやけに乾いていたので、水を一口飲んでから答えた。
「攻撃方法にばかり目が行って、撃たれ弱さというものを軽視していました。魔法使い同士なら、魔法に対する耐性は戦士より上なんじゃないかと、妙な認識があって」
 耐性という言葉の掛かる物が知識であれば正解だろうが、ことダメージという点については、他のクラス同様防具や基礎体力等に因るのだと云われた。ともすれば、戦士系のクラスの方が“堪える”という事に慣れている為、乗り越える確率が高いのじゃないかと。それを聞いて、俺の二者択一は、少なくともひとつ前の段階までは正しかったのだと踏んだ。そう、二者択一だ。ベルグにするか、それとも――という所までは、実にスムーズに思考を走らせる事が出来たから。
「貴方の能力に見込がないとは思いませんよ」メイアの口調には、多少なりと慰めの色が見えた。「私があの魔法を使うまで耐えてらしたことからしても」
 ですが試験の合格基準は、私が気絶する事でしたから。そういう彼女に、俺は曖昧な笑みを返すしか出来なかった。何せ俺が受かる可能性を真っ先に潰したのは他でもないこの人の一撃だったからだ。初撃、走った光にベルグは吹き飛ばされ、そこであの男は気絶した。海老やら蟹(と、俺の髪少々)を焼いた炎の魔法頼みだったのだが、その希望は見事、開始五秒で潰えた。
 それからは何とか一太刀、という思いのみで動いた。試験の開始を告げられる数瞬前から感じられた威圧感は未だに残っていた(どころか増していた)し、それをはね除けてどうこう出来るだろうという思考が持てる程、俺には自信も無謀さも無い。
 俺が4・5合(だと思う)打ち掛かった後だろうか。突然大きなエネルギーの塊(多分、辺りに漂う魔力の集合体)に、肌がヒリつくのが解った。解ったと同時に、衝撃らしき物が体というより脳に走り、それを反射以外で認識する前に視界が多分暗転して、意識も消えていた。先程から多分多分というのが多いのはつまり、その辺曖昧にも程があるからだ。
 今回のは、運もありました。そう云う彼女に、運も実力のうちと云うんだから、俺にはまだ実力が足りないんですよと苦笑した。
「では、実力を付けてからまた、是非いらして下さい。挑戦をお待ちしています」
 メイアが出て行ってから、もう一度布団に潜り込んだ。養成所を出るのは、もう少し体調を戻してからでも遅くない。

0005-03 (0011)

 今までを考えるならば、やはり試験は実技なのだろうか。まぁ、待たされてるのが庭って事は、実技か。
 そんな事を考えながら、初夏に近づく陽光を浴びていた。ここは洋館の中庭だ。ベンチも有ったが、大きめの木の根本、草の丁度良く生えた箇所を選んで、そのまま腰を下ろしていた。かいた胡座に両肘を乗せて、ぼんやりと思考が走るに任せる。
 そういえば。ふと思い立って、顔を少し上げた。この中庭へ通された時の扉の前には、普段は確か布が垂れ下がって居なかっただろうか。そしてその布の前にはティーセットの乗った丸テーブルと、椅子が2脚。しかしアレは洋館で暫く寝起きをする様な者に解放されているものでは(少なくとも、気軽にそれらを使える雰囲気では)なかった。じゃあ、あの布と卓は何の為に? どう考えてもあれは、何も知らぬ者から、あの扉の存在を排除する為ではないのか。
 今から行われる事は確かに“最終試験”の名を冠されているのだから、つまりカンニングを防ぐ為ではあるのだろうと思う。しかし――
「お待たせ致しました」
 声に振り向くと、そこには。
「最終試験では、私と戦って戴きます」
 初見時、“よく云えば落着いた雰囲気”だと感じた筈の女性が、凛とした立ち姿を見せていた。

 今俺が目指しているのは、数日前に俺の講師を務めてくれた男が待って居るであろう部屋だった。
「あちらに」
 あの庭。慌てて立ち上がったまま、だが何をしていいのか全く解らない(情けない事だがテンパっていた)俺に、女性は、す、と涼やかな音を立てる様に指先を持ち上げ、出入り口――俺がやってきたものとは反対にある扉を示した。
「貴方の講師を務めて下さった方々が、それぞれ別室にて待機しています。最終試験にあたり、彼らから助力者を一人求める事を許可致します」
 そして、淡く光る白衣を纏った女性は淡々と告げる。自身の弱点、衣の効果、主な攻撃方法、装備による耐性。それらを一通り口にすると、指し示していた指先を、顔の前に立てた。
「現在より、最長1時間お待ち致します。貴方の行動を決定して下さい」
 頷くと、踵を返した。彼女が口にした情報を反芻しながら。

 扉には講座の順を示す数字が書かれていた。「3」と記された部屋の前に立ち、静かにひとつ、深呼吸をした。
 扉をノックする。その音が、やけに響いた様な気がした。

0005-02

「あれ、ひょっとして、今日最終試験なんじゃないの?」
 朝食を摂ってから部屋に戻る道すがら、やおらチャクが口にした。
「チャクは今日4つ目なんだろ」
「そうだね」
「俺とチャクは、俺の方が1つ先だろ」
「そうだね」
「じゃあ確認するまでもなく、そうなんじゃないか?」
「ん~、ひょっとしたら1日くらいのんびりするかも、とかね」
 お前じゃあるまいし、と、口の中だけで云う。
 まぁそれはひとまずさておいてね。チャクは云いながら、さておくジェスチャーを交えた。それを横目で見ながら、宿泊部屋の扉を開ける。
「んでさ、パーティの件は結局どう?」
 部屋の中は、カーテンを開け忘れていたので薄暗かった。窓際に行って、勢いよくカーテンを開ける。気持ちのいい陽射しが、部屋中に染み渡る。
「そう聞くって事は、そっちからみて俺は特に問題無いわけだ」
「ん。特には無いかなぁ。そうだねぇ、寝相が面白かったよ」
 …なんだって?
「寝相?」
「そう、寝相。キミってさ、ベッドを対角線に使って、それで両足だけ必ず上掛けから出してるの。多分夜中とか、眠りが深い時だけそうなんじゃないかな? 朝見たら元に戻ってるんだよ」
 あれ、知らなかったんだ? それじゃあぼくは良い事を教えたかもしれないねぇ。
 チャクはそういってにこにこと笑い、俺はといえば半ば呆然と自分のベッドを見ていた。…確かにシーツの寄り方が、若干、斜めになっている様な気もしないでもない。
「ねぇねぇ、それでぼくの質問は結局どうなったのかな」
「え、ああ、そうか。…いや、俺もまぁ、特には」
「そう。良かった。じゃあ講座が終わったら、よろしくね」
 差し出された手を握り返しながら、今後の道行きを思う。
 …少なくとも、新たな発見に困る事は無さそうだ。

0005-01 (0010)

 この養成所に来て初めて、魔獣との戦闘というものを正しく意識しながら戦った様に思う。
 分かれ道たる洞穴の左側に潜り、暫く進んだ所で、半ばが水没した地点に出た。そこには以前、あの椰子の実を採った時に出会した魚と鮫が、食料を求めて待ちかまえていた。全部で4体。
 ふと、思い立った事がある。クラスチェンジ後に行われた講習で説明された、相手を攪乱する為の動き。それを試してみる事にした。踏み込みと膝による、ある種のフェイント。
 ジャネットが鮫を屠ると同時に動く。なんとか巧くいった様に思う。俺に襲いかかろうとしていた魚のアゴは空を虚しく噛み砕いた。そのまま背後に回ると、魚の腹に小刀を突き刺し、振り払った。魚の落ちた辺りが朱色に染まる。ジャネットに振り向くと、彼女は丁度最後の魚を仕留めた所だった。

「今回はどちらに行っても同じだった様だけれど」
 そこは2本有った入口の、合流地点だった。ジャネットはその2つを交互に指差してから続けた。
 「選択する」という事は、必ず「その先」に影響を及ぼす。時間を戻せる道理が無い以上、常にその精神を忘れない事だ、と。
「そんなに重大な事になるなんていうのはさすがに殆ど無いけれどね…でも、ゼロじゃないわ」
 一瞬、そう語る彼女の表情が歪んだ気がした。しかし、途端にすこぶる笑顔を見せると、さぁ行きましょうと歩き出した。何故だか俺は一度振り返り、先の二叉路を眺めてから、彼女の後を追った。

 洞窟は自然の物であったが、その内部にはある程度、人の手が入っていた。例えばそれは先人が残した道標であったり、渡りづらい泥濘の上に敷かれた板であったりしたのだが。
「えーと、ここ」
 ガコン。ジャネットが何の気無しに(と、俺には見えた)壁を触った途端、そんな音がして壁がずれた。その先には、今居るところよりも遙かに狭く天井も低いが、立派な、側道と呼べるものが走っていた。こんな仕掛けが有るという事に、「何故」という事への理由は幾らでも付けられるだろうが、「誰が」となると違ってくる。少なくとも、それだけの知識・知恵・力と理性を持った何かに因るものだ。その「何か」が、出来れば友好的なヒト(マンカインド)である事を、本能の部分で思う。
「さて、この奥には洞窟の主が居るわ。装備は万端?」
 ごつごつした岩肌を、体をくねらせながら何とか避けつつ、先へ進む。
「装備はまぁ…著しい破損なんかは有りませんけど、主、ですか。何者なんです?」
「そうね。端的に云えば」
 勿論、先程の仕組みの件もあり、俺の脳裏では色々な想像が渦巻いていたりしたのだが。
「タコ」
 つまりテュパンは、伊達に海産物の収穫量が多いという訳ではないという事だ。
 (因みに件の収穫量に付いては、旅の船上で読んだ「グローエス・タイムズ」の経済面による)

 まさか、あの仕組みは、あのタコを閉じこめておく事にあったんだろうか。…まさかな。
 館に戻るとすぐ、浴場に向かった。湯船にのんびり浸かりながら(時間が巧い事合致したのか、人気は少なかった)痺れの残る二の腕をさする。そして、洞窟奥での戦闘を思い返した。
 着実に斬りつけ、ダメージをタコ(サイズ的にはルリエフナイト並みだろうか。まぁ、どこからどう見てもタコはタコなんだが)に入れていったまでは良かったが、丁度俺の突き刺した小刀が目を突き破った時、(多分引きはがそうとしたんだろう)その吸盤まみれの脚に上体を絡め取られ、思い切り締められたのだ。直後、ジャネットによってタコは息絶えたのだが、彼女の力を借りても絡みついた脚はなかなか取れなかった(吸盤同士が貼り付いてたりもした)。
 額ににじみ出てきた汗に、湯船の湯を掬って顔を大雑把に流し、また、湯船にもたれ掛かる様に座り直す。

「ヒトって、補い合いながら生活しているじゃない?」
 洞窟を出た頃、ジャネットが零した。今、テュパン、いやグローエス全土には、数多くの冒険者が居る。熟練者であれ、初心者であれ、誰かが誰かを補っているという事実は変わらない。例えばそれは未知なる物への情報であったり、戦利品を市場オークションで融通することであったり。
「そういうのって、ふとした拍子に、なんだか感じ入るのよね」
 二叉路の合流地点。ジャネットが一瞬見せた表情を思い出す。
「ま、この稼業を続けるのなら、そのうちキミも思うのかもね」
 近いのか、遠いのか。それは未だ解らないけれど。

 ふと潜りたくなって、ざぶんと頭のてっぺんまで湯に沈んだ。ゆらゆらと揺れる天井を眺めてから、ゆっくり浮上した。

0004-02 (0009)

 奇跡だ。まさか、30分で講師が来るなんて。

 いや、解っている。普通人を待たせるにあたり、30分でも長すぎると思うなんて事くらいは。しかし一昨々日に1時間、一昨日は2時間、そして昨日の3時間――いくら俺でも快哉を叫びたくもなる。
 昨晩大人しく修繕を行っておいて良かった。もし2時間(平均を取った)も待たされるのであれば、その時間を使った方が効率も良く、また睡眠時間も長く取れるはずだ。一時そう思ったのだが、それを(結果的に)留めたのは、同室の男だった。
 俺が部屋に戻ると既にふんふんと(昨日同様)読書をしていたチャクは、「おかえりー」と挨拶するやいなや、上衣に開いた穴に興味津々たる声を上げた。説明を求められ、今日あった事を話して居たのだが、いつまで経っても矯めつ眇めつ穴を見続けるチャクにうんざりしてきて、服をひったくる様に奪ってから修繕を始めたのだ。
「ああごめんね、直したかったんだ。そりゃそうだね~」
 買ったら高いしねぇ。のほほんと云うチャクに、コイツがパーティメンバーだったとしたら、まぁ特に気を遣う必要はなさそうでいいかもしれないなどと、(針を動かしながら)ぼんやり思った。ただ単に感情のベクトルを無理矢理上方へ持っていっただけかもしれないが。

 話を今日に戻そう。
 今日の講師はジャネットと云った。「探索の基本」という講座名が示す様に、探索用と思われる道具やらをごてごてと装備して、それをじゃらじゃら鳴らしながら前方を歩いている。話によれば、これから洞窟に向かうらしい。
「ちょっと生活じみた話になるけれど」
 冒険者として登録したからには、やはり何らかの目的が有るものだ。それは金品であったり、好奇心を満たす為であったり、俺より強い奴に会いに行くなんて物であったり。その代表的(と思われる)目的の1つ1つに簡単なアドバイスを頂戴した。主に斡旋公社の利用と道具の個人売買の話だ。
 そんな話を聞きながら岩場に差し掛かった頃、ふと「そこ危ないわ」と前方から声。え、と思う間もなく、足を降ろした岩が崩れ、前方に向かって華麗なダイビングを決めてしまった。
「ごめん、遅すぎたわね」
「いや、俺の不注意ですから」
「ん、でもね」
 彼女も俺同様探索系ギルドの人間ではあるが、“スペランカー”というクラスで登録されている。その名の示す通り、洞窟系の探索に優れているのだそうだ。そういうクラスの人間をパーティに一人入れておけば、こういった探索ではその知覚力に信頼を寄せられるという。逆に、対象クラスたる人間は、その信頼になるたけ答えようとするべきだろうと、ジャネットは云った。
「それで、どこまで話したかしらね」
 そうそう道具の話、と、彼女は腰にくくりつけられていた小袋の1つから、握り拳程度の石を取出した。道幅らしき物が狭くなるにつれ段々と脇に迫ってきていた岸壁に、その石を叩きつける。すると、石の廻りが俄に明るくなった。ランタンや松明と比べ明らかに小型で手軽なこの石(輝石というそうだ)は、今回のような洞窟探索時等に重宝するらしい。《虹色の夜》以降、確かに妙な事は増えたというが、斡旋公社の充実やこれらのアイテム等、職業冒険者にとってはいい環境と云えるんじゃないだろうか。
 暫く歩くと、空虚な穴に出会った。ぱっと見1つの穴に見えるのだが、どうやら二叉路になっている様だ。ジャネットはどちらに進むかは俺に一任するという。ヒヨコにそんな事をやらせると言う事は、彼女はこの場に何度も訪れているか、事前学習の様な事をしてきているかのどちらかだろう。
 とはいえ、自分の責任程度自身で負えないようでは、今後冒険者としてやっていく上で危険に繋がる。気持ち緊張してから、選択を告げた。

0004-01 (0008)

「ルリエフナイト、という」
 ゆっくりと姿を現していくそいつに目線を据えたまま、ベルグが俺に告げる。
「アレは見ての通り装甲が硬い。お前の小刀程度ではろくなダメージは通らんだろう。俺が魔法でしとめる。お前は俺の壁になれ」
 勝手な事を云い放つと、ベルグは俺が文句を云う隙間も許さずに、詠唱準備に入った。
 海中からやって来たそれは“ナイト”と冠されてはいるが、まぁ、ぶっちゃけた話“カニ”だった。ただしその身体を覆う甲羅は食欲をそそる赤ではなく、陽光を多分に反射し(それは頼んでもいないのに、西日の強さをこれでもかと教えてくれた)薄く朱に染まっている。多分日中の光には青白く――曇らせた白銀の様に見えるのかもしれない。そう、騎士の甲冑さながらに。成程そう考えると、この巨体(俺が3人並べる程の横幅がある)に相応しいサイズの鋏は、騎士の持つ槍と評してもおかしくはない。
 勿論、勿体ぶった説明を付けたところで、カニはカニだが。

 簡単に片付けてしまったが、戦闘はといえばそうは問屋が卸さなかった。俺が先程内心呟いた声を聞いたのか否か、ベルグの放った雷撃呪文(プラズマハープーン)は、騎士、いやカニの甲羅を一直線に目指したものの、その鈍く輝く白銀(さすがにこの装飾過多な云い回しにも飽きてきたな)に、見事な屈折率を見せられたのだ。何故先刻の海老の様に焼いてやらなかったんだと心中で悪態を付きながら、俺はやや大仰にカニの前に立ち塞がった。
 ベルグの云うとおり、俺の構える小刀ダガー程度では何の役にも立たない。通って目玉位だろうが、それを狙っていける程の腕は今の俺には(悔しい事だが)無い。となれば、俺の集中すべきはあのバカでかい鋏ただ一点。アレの目標になりながらも、出来る限り自分へのダメージを低く抑える事こそが、今俺に出来る役目だ。
 カニの初撃は、まずその分厚さを利用した打撃だった。標的になるべく小刀を振るった直後、すぐさま腕を縮め、やってくるであろう荷重を減らす。重く痺れの来そうな一撃ではあったが、これはしっかりとした認識を持ったまま堪えられた。そして背後から俺を飛び越える様に冷気が走る。――それに、俺の意識が緩んだ。
 思えば、この講師陣が何かやらかした後何事も無く向かってくる魔獣というものに、俺は出会った事が無かったのだ。全て一撃の元に屠られ、飛ばされ、或いは焼かれ――後には死骸が残るのみ。
 しかし、何事にも例外という物はあり、今回はそれが当てはまった。
 冷気に晒され一時動きを止めたカニに息を吐いた数瞬後、尖った切っ先が腹を抉り込む様に唸りを上げた。当然崩れた状態から防御に持っていける余裕は無く、思わず翳したダガーがカニの腕(…と云うのだろうか)を多少かすめたのとほぼ同時に、俺は見事に吹き飛ばされた。腹の熱さが痛みに変わる直前、倒れた俺の頭上を今日2度目の炎が走った。そして今度こそ、カニは息絶え、動きを止めた。
「まぁ、気を失わなかっただけ上出来だ」
 回復薬らしい液体の入った小ビンを俺に投げて寄越すと、ベルグは何事もなかったかの様にカニの死骸へと近づいていき、その鋏をもいだ。今回の換金アイテムは、俺の腹(と、弓と同時に買った鞣し革の服)を抉ったあの憎々しい鋏であるらしい。
「動けるか?」
 なんとか、と答えると、用事は済んだから戻るという。その意見には全く持って賛成(何せ、この抉られて出来た上衣の大穴をとっとと直さねばならない)であったので、一も二もなく付いていく。
「そうだ、云い忘れていたが」
 俺の腹を見ながらベルグが云う。職人系クラスの人間がパーティに居れば、こういった修繕を旨くこなしてくれるのだという。成程、俺に出来る修繕なんて、この穴をなんとか塞ぐ程度だが、専門知識の有る人間には、新品の様な状態に持っていく事も可能だろう。他、商人系クラスの人間が居れば、戦利品の換金や装備の下請けに有利であるとか、突然生活密着型の情報を教わった。同時に、メンバーが多い事での簡単な気の遣い方も。…まさかこの男に気遣いを説かれるとは思わなかったが。

 洋館に着くと、ベルグは「メイアに鋏を売ってくる」と、すたすた先に行ってしまった。そういえば昨日のハナさんもあの椰子の実を「メイア」に渡すと云っていた。…道具引き取りの人員に、メイアという人でも居るのだろうか。
 勿論、今の俺にはそんな事よりも服の修繕の方が大問題であったので、早々に部屋に引き籠もった。明日までにはなんとか形にしないといけない。

0003-04 (0007)

 昨夜あの会話を交わした次の日がこの講座だとはなと思いつつ、今日も今日とて客間で茶を飲んでいる。そろそろ全種類制覇しそうな勢いだが、つまりこの洋館の各客間に茶葉の種類が豊富な訳は、そして更にその豊富な茶葉にやたらハーブティーが多い訳は、出来る限り精神を落ち着けて貰おうという養成所の願望が滲み出ているのだろう。因みに今日は3時間待った。段々自分の忍耐力に感心する。
 …もしかすると、それを鍛える意図があるのか? …まさかな。ひとまず、明日は4時間なんて事が無いように祈ろう。そうでないと、ここに戻ってくる時間がいつになるやら検討がつかなくなる。いや勿論、精神衛生上の問題も多分に有るが。

 今回も、受付の女性は息を切らせていた。駆けずり回って貰うのは確かに申し訳ないが、こちらとて十分過ぎる程に時間をロスしているので、特にそれを気に病む事は無いだろうと勝手に決めつける。
 今日の講師はベルグと云った。ウィザードだ。客間に現れるやいなや何とも不遜な表情で俺を眺めやった後、時間が無いから急ぐぞと告げ、さっさと歩き出してしまった。受付の女性に軽く頭を下げた後、俺もその後を追う。

 パーティを組みたいのならば、と、足早に歩を進める中(どうやら海辺へと向かっているらしい事は判った)、簡単な講義が始まった。大抵、各街には冒険者専用の様な酒場が有り、パーティメンバーの募集はそこでかけられているそうだ。やりとりは主に、掲示板に貼られたメモ。その中から条件に合った物を探し、そのメモを交渉の意志として指定の場所で話し合いミーティング、そこで合意が取れればめでたく結成…という訳だとか。《虹色の夜》以降、所謂“冒険者”向けの設備やらの充実度が飛躍的に上がったのと同時に、こういったある種のシステムの確立もまた加速度的だったのだそうだ。つい最近この大陸に来たばかりの俺にとっては、そんな苦労話(とはまた違うが)を聞かされたところで「はぁ」としか云い様がないのだが。
「気のない返事だな。さて次はパーティを組む際の注意点だが……その前に来客だ」
 前方からやってくるのは、固い殻を持っているであろう青いザリガニ。向かってくるのに合わせて、俺は小刀を構えた。やられたら時やり返せればという位に、防御に目一杯気持ちを持って。

 果たして、俺の行動は正しかった。何故ならばベルグが放った激しい炎ヴォルカニックフレアによって、ザリガニ達は鮮やかな赤にその殻の色を変えていたのだから(多少火加減の問題で焦げ付いては居たがそれはそれは食欲をそそる色だった)。しかし重ねて云うが、この講師達が俺達ヒヨコに向けた意図というものが全く読めない。普通こういう時は、余程こちらがピンチにならない限りは、出来るだけ力量を弱い方に合わせた状態で闘う物じゃないか?
「何だ、何か云いたげな顔だな。……まぁ良い。今のブルーロブスターは……」
 刃物の立ちづらい、固い物質を持った輩を相手にする時は魔法が有効だ。だからと云って、魔法使いばかりをメンバーに集めてしまっては脆さが全面に出てしまう。つまりパーティというものは、個々の能力を旨く集め、バランスを取ることが寛容なのだ。
 ――云っている内容の重要性はとても解るのだが、果たして、俺がその「相手の硬さを認識する」前に、すぱかーんと(リトゥエ談)この男が焼き払ってしまう理由になるのだろうか。
「さて」
 暫く歩いた後に、ベルグはぴたりとその足を止めた。
「――何か、待ってるんですか」
「ああ。多分そろそろ来るはずだ。さっきアレを片付けたからな。――そら」
 遠目に、自然に生まれた波とは違うものを見つけた。アレはどうみても、海中から何かがやってくる前触れだ。

0003-03

 午前中は探索者ギルドの出張所へと足を向けた。

 養成所には、各種ギルドの出張所がある。テュパンにあった4ギルドだけでなく、他の街に行かねばないものも含まれているようだ。最も、この出張所では所属ギルドの変更(つまりクラス登録を根本から変えるわけだ)は出来ないので、現時点で自分が所属しているギルドにしか縁はないわけだが、
 自分の登録番号等を告げると、クラスチェンジですねと返された。驚きが口を衝いて出た。もうそんな力量(レベル)に達しているのかと。疑問をそのままぶつけると、下位クラスの場合であれば特に探索等をサボったりしていない限り、トントン拍子に中位に上がるのだそうだ。一体このシステムがどうなっているのか詳しい事は良く判らないが、大人しく倣って事にした。
 提示された中位クラスは4種。レンジャー、ローグ、ニンジャ、トレジャーシーカーだ。ここで希望した後、2~3時間の講義が行われる。選択したクラスに相応しい振る舞いを教わり、自身の認識を高めるというご大層な意義があるらしい。なんだかなと思わんでもないが、内容が案外面白かったから良しとしよう。
 俺が選んだのはニンジャだ。午後には講座を申し込んでいたので、余計な手間は掛けられない。その為にほぼ語感だけでクラスを決めたんだが、俺のこの選択は、俺の方向性ととさほどずれはない筈だという確信がある。
 まず宝物を発見してどうというところに食指が働かないので、トレジャーシーカーは論外。
 ローグなんていうと、小手先がどうとかよりもどうにも「破落戸」というイメージの方が強い。どちらかといえば破壊力よりだろう。
 レンジャーとニンジャで迷ったのだが、ふと浮かんだのが「遠距離攻撃」と「近接攻撃」という差違だった。この講座の序盤こそ俺は弓を使っていたが(以前多少なりと習った事があった)、実際の所、小刀で切り込む方のが性に合っている(というか、弓よりは心得がある)。実際、申請後行われた講義(因みに実践等は行われず、全くの聴講式だった。…それで本当にいいのかは、多少理解に苦しむ)を受けてみても、成程と納得する事の方が多かった。
 以上の事から俺はこれからクラス・ニンジャとして気持ちも新たに講座に向かうわけだが、やはりその時は勢いだけだった事を否定出来ない。今後はもう少し下調べという事に気を配ろう。そもそもこの出張所に足を向けた理由も、チャクからその辺りの仕組みを耳にしただけだという単純極まりないものだったからだ。

0003-02

 寝室には、何故か知らない男が居た。
「あ~、ひょっとして、同室のヒト?」
 昨日はツインのこの部屋を一人で使うなんて優雅な状態だった。しかし入れ替わり立ち替わり以下略の状態では、この状況の方が相応しくはある。
 先客(部屋を使用したという時間的には俺の方が先客ではあるのだろうが)は、片方のベッドにごろりと寝っ転がり、持参しているらしい本をベッドの上にあちこちちらばせながら、読書を堪能していた様だ。
「ああ。宜しく」
 答えて、自分の荷物を漁り始めた。替えの服とタオルを探す為だ。早いところ埃を落としたい。浜で大分砂が入った。
「宜しく~。ぼくはメイジのチャク。きみは?」
 目的の物を手に取ってから、振り向いて答えた。
「ユキヤ。スカウトだ」
「へぇ、あんまり聞かない響きの名前だね。よそから旅してきた人?」
「船で。着いたのは昨日…いや、日付が変わったな。一昨日の朝だ」
「そっか。じゃあひょっとしたら同じだったのかな。ぼくも船なんだよね~、や~長かったよ~。ぼくもえ~と、一昨日。一昨日だね。それで着いたんだけどね、一日テュパンを観光して来ちゃった。さっき講座の最初のやつ受けたばっかり。んも長いよね。ぼく午前午後で一個ずつくらいとか思ってたのに、当て外れちゃったよ」
 この調子じゃ何日かかるのかなぁと、チャクは指折り数え始めた。随分のほほんとした中身のヤツだ。顔立ちがそうのんびりにこやかという風合いでもない事に、少しギャップを感じる。
「ユキヤくんは、こっちに直接来たの? んじゃあ2個目が終わってたりする?」
「ああ、今し方」
「そっか~。んじゃあ終わるのそんなに変わらないよね。一日違いになるのかな。講座の後って、どっか行くとか決まってたりする?」
 別に、と答えると、チャクは「それじゃあ」と切り出した。
「ぼくとパーティ組んでみない? ぼくも取り敢えずどこに行こうとか決めてないから、暫くはテュパンをうろうろするんだと思うけど。どうかな。スカウトとメイジだったら、んまぁそんなにおかしくもないと思うんだけど~」
「…また、随分急だな」
 別に一人旅に拘りがある訳じゃあないから、その辺は構わないのだが。しかし出会って5分程度の人間に突然持ちかける様な話ではないだろう。
「んでも、街の酒場で募集かけるより、今だったらホラ、お試し期間ていうのかな? こう、行動を共にするにあたっての向き不向きみたいなものが実践の前に解って良さそうだな~って思うんだよね。だからえ~と、ユキヤくんが講座終わるのがあと3日後? くらい? それまでに決めてくれればいいよ。そんでぼくが同行に向かないなーと思ったら断ってくれればいいし。ぼくも“あ~キミとは居らんないな~”なんて思ったら前言撤回するし。その位の軽い気持ち」
 先の先を考えているのかいないのかいまいち掴めないのだが、確かにこの男はメイジ向きなんだろうなとは思う。この理論先行ぶりはなかなかだ。
「解った。軽い気持ちでな」
「そうそう。軽い気持ち。その荷物、お風呂? 行ってらっしゃ~い。ぼくはお休み~」
 見送りの言葉を背に、路上で漫才くらいは出来そうだなと妙な想像をしながら(実際に行動するつもりはさすがに無いが)部屋を出た。

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