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2004年05月20日

0023-01 (0046)

 そもそもが。
「…有り得ないわよね」
 全く同感だ。
「外区で通り魔事件が多発。だから警備の人員を補充する。それはいいわよ。それにしたって、物には限度って物があるわよね。私が通り魔なら、絶対こんな時に人襲ったりしないわ」
 センリの言がもっともなのは、昇ってきた朝日が証明した。今日という日は、まるで何事もなく始まったのだ。
 ルアムザは同心円状の横路とその中点で交差し円を8等分する大通りとで出来ているわけだが、道をほんの一本隣に動いただけで俺達同様に見張りを行っている人間に鉢合わせる様なこの状況で、一体どんな通り魔が暴れるというんだろうか。
「ですけれど、犯罪の抑止にはなりますよね」
「根本的な所は見事にずれてるけどな」
「むつかしい事は偉い人が考えてくれるよ」
 チャクがふわわと大あくびをひとつしてから、むにゃむにゃと呟いた。
「ぼくらは云われた事きちんとやったんだし、いいじゃん。早く寝よ。依頼って2日拘束でしょ? 今日の夜中もやるんでしょ? だったら早く体力戻さないとねだよ。ああ眠いねむい。おハダが荒れちゃうよ」
 うんとこしょと口にしながら伸びをして「行かないの~?」詰め所へ戻ろうとするチャクに、俺達は肩を竦めて顔を見合わせた。全くもって奴の云う通りだ。無駄な事はせず、とっとと戻って今夜に備えるべきだろう。

0023-02

「買っちゃった! 見て! ねぇ見て!」
 喜色満面という単語以外思いつかない様な表情で、チャクが詰所の雑魚寝部屋(今日も夜間勤務である以上、宿を取るのは面倒だと考えた。一応男女別だ)に駆け込んできた。そのまま、体を伸ばすために俺が使っていた一角に向かって来ると、ばふっと音を立てて座り込んだ。
「…お前、もう少し人の迷惑顧みろよ」
 勿論、俺の云う“人”には、寝ていたところ騒がしさに起こされて憤慨していそうな辺りの連中だけでなく、そんな奴等の怨念籠もった目線を集める羽目に陥った俺自身も含まれる。
「まぁまぁまぁまぁ。ねぇほら。んね見てよ。凄いでしょコレ」
「なんだ…水晶か? 随分黒光りしてる玉だな」
「ん、水晶かどうかはわかんないけどね、これ呪われてんの! ついにぼくも呪われ仲間に入っちゃったよ!」
 わぁいと、およそ直前の台詞と合わない声を上げて「もぉこれ呪われてるから面白い位意識のすり替えが起こっちゃったりして他の杖とかを魔術の媒介に出来無くなっちゃうんだよぼく。んもどんな原理なのか全然わからないけどだからそれが面白くって」延々と喋りまくるので、ここで俺がその玉を叩き割ろうと引っ掴んで投げたりしたらどうなるだろうという辺りを想像しかかったのだが、慌てて思考を戻した。というか、もう既にこの思考の流れ方自体、大分こいつに汚染されてきている様な気がしないでもない。
 ちなみに“呪われ仲間”とは、俺・マリス・センリがそれぞれ、何某かの“呪われた装備品”をつけていた事による。俺は外套であったし、マリスは強力な魔力の籠められた短刀であり、センリは鎧であったりした。
「…まぁ、確かに色んな付加効果が有ったり、防御面やら攻撃面で優れてるのは実感してるが…そんなに呪われたかったのか、お前」
「だってダークプリーストだし。常時呪われてなくちゃ!」
 もう訳が判らない。
 とにかく廻りの迷惑になるから黙れとチャクに云い置いて、俺は詰所を出る事にした。あの視線の集まりっぷりに耐えられる程、俺の神経は図太過ぎやしなかったらしい。

0023-03 (0047)

 そもそもが。
「…有り得ないわよね」
 全く同感だ。
「どうしてこの厳戒態勢というかやりすぎ態勢の状況で、通り魔を行うなんて気になるのかしら」
 昨晩。通り魔はしっかりと現れていた。居合わせた数名の衛士達(中には雇われ者も含まれていたが)を無惨な姿に変え、まんまと逃げおおせたという。
「じゃーぼくらのすることはひとつだよね」
 云うと、チャクはパンっと両掌を合わせた。
「…何の真似だ?」
「厄介事が振ってきません様に、神頼み」
 無神論者じゃなかったのか、お前。そう口を挟もうとした時。
 ごう、と。唐突に音が沸いて出た。
 一斉に振り向く。と、そこには巻き上がる枯葉、そして──もう一つ、上り詰めたその物体は、街路を形作る石畳に鈍い音を響かせて頭から潰れた。ああ、昔、あんな蟾蜍を見た。そんなどうでもいい情景が頭に浮かぶ。
「純白樺の杖」
 チャクがぽつりと声を響かせる。潰れて落ちたモノの先、ローブを纏った棒立ちの人間が、薄ら白く輝く杖を持っていた。それを持つ事を杖に許される為には、少なくともある程度の腕前が要求されるのだという。
 そんな物は先の竜巻を見れば判る。あれだけ大きな突風を魔力の干渉を感じさせずに(そちら側の感覚が鈍い俺だけでなく、マリスもチャクも何も感じ取っていなかったのだから)作り上げる能力を持っているのが明らかなのだ、こちらの身構え方も変ろうというものだ。
「イーサ干渉を弱める膜を張ります」
 マリスが云う。
「魔法使い相手じゃ、直接攻撃の方がいいかしら」
 センリが踏み込みの態勢を取る。
「んじゃぼくはなんとかアレの気を逸らせてみるよ」
 チャクが水晶を構える。
 …となると、俺に出来るのはいつも通りの小細工というわけだ。

「あー、だいじょぶ? ユキヤくん」
 まだ気分が悪い。
「びっくりしたなー。ぼくはああいうのもう楽しくて仕方ないんだけど、ユキヤくん全然駄目なんだねぇ。ちっちゃい頃なかった? 飛行願望みたいなの」
 願望を持つのと、実際体が耐えられるかという現実とは、常に一致するとは限らないに決まってるだろうが。
 憲兵が来るのを待つ間、魔術師であった塊を眺めながら、俺は石畳に座り込み無理矢理気分を落着かせようと努力していた。

 やけに機械的な緩慢さ(例えるならば、紐で手足を吊られた操り人形だ)で杖を振り上げた男は、それでも詠唱の速度だけは直前に見せた魔力同様優れていたのか、俺達が行動を起こす前に小竜巻を作り上げていた。センリとマリスが風に煽られたが、二人とも自身の行動を止めることなく、センリは男に殴りかかり、マリスは魔術防御の膜(イーサバリア)を張った。そしてチャクが雷を喚び、それに紛れて俺が男に襲いかかろうとしたところで、唐突に足場が消えた。
 いや、足場の方が消えたのじゃない。俺達が足場から離れたのだ。
 男は熱気を纏った風を巻き起こし、俺達を中空へ打ち上げた。内臓から自身が持ち上げられる様な感覚を初めて味わい、そしてその異質さをはっきりと脳が認識する前に、今度は冷気の塊が体に衝撃を与えた。落下を受け身でなんとかやり過ごしてから、せめて一太刀浴びせようと奴の首筋をかっ切った所で──異様な吐き気に襲われた。膝を突いた自分に叱咤を飛ばそうとした時、杖の立てたカランという乾いた音が響き、そのすぐ後に、どさりという重さを耳にし──
 思わず、安心して、吐いた。

「どっちかっていうと、持ち上がる時より落っこちる方がダメってひと多いけど、ユキヤくんは逆なのかな? それとも三半規管がああいう感覚全部に慣れてないのに突然また通常の重力用に引っ張り戻されちゃったっぽいからそれもでっかいのかもなぁ。いきなりあんなに動くんだもん、自殺行為っちゃ自殺行為だね。んね、具体的にはどんなだった?」
 具合の悪い人間を前に長文を聞かせるな質問を投げかけるなとにかくお前は黙る事を憶えろ莫迦が。
 他、思いつく限りの罵詈雑言を脳裏で展開させていたのだが(今考えればそれは十分気を紛らわせるという役目を果たしたのだが、精神衛生的には5割増でよろしくない)、チャクの服から逸らした目線の先、倒れている男の更に向こうに、俺と同じように肩で息を吐くセンリと、今漸く起きあがろうとしているマリスが見えた。
「あ、だいじょぶ。二人とも怪我結構あったけどそれは治したから。ただ体力の消耗は激しいっぽいけど、一晩寝れば治るんじゃないかな。てゆかさ、肉体的な部分ではユキヤくんが一番軽傷なんだけど、知ってる?」
 …皮肉でもなんでもなく、これがこいつの素の感想だというのがいい加減判っているからこそ、云い返し辛い事この上ない。

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