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2004年05月13日

0016-01 (0032)

 ガレクシンの山々は皆緑豊かであるのだが、このロックバイトだけは別だ。この禿げた岩山は昔、墓地として用いられていたらしい。そして、過去葬られた死体になんらかの作用が働いたものか、徒党を組んで周辺を襲っているのだという。
「んね、ユキヤ、くん」
 背後から聞こえてきた、息も絶え絶えといった声に、俺は首だけで振り向いた。
「あと、どれくらい、で、山、につく、のかな?」
「……いや、山はともかく」いくらこいつでも、ここまでの道程でこれだけ息を荒げるというのは、どう考えても。「お前、どこかおかしくないか?」
 さすがに立ち止まり、チャクの顔を覗き込んだ。熱は無さそうだが、目が充血しているし唇が青い。元々あまり良くない顔色も更に悪くなっていた。
 辺りを見回す。と、丁度、腰を下ろせそうな岩がすぐ側に有った。引きずる様にそこまで連れていき、荷物を降ろさせてから座る様に云う。
「突然風邪をひき始めたとかじゃあ…ないとも云いきれなさそうだが、寒気とかそういうのはないのか?」
「さむ、け? ん~、ええと、背骨と、腰骨の、番い目が、痺れるってゆか…ぞくぞくは…してそうな、してない、様な……あ」
「どうした」
「ひょっと、したら、さっきの」
「さっき?」
 山への道筋には、鬱蒼と木々の繁る森林地帯があった。直射日光に辟易していた俺達は、その森にいたく感激し、そちらへと足を踏み入れた。理想的な木漏れ日の中、しばし歩む。
 ──と。巨大な影が上空を過ぎった。俺とチャクは顔を見合わせ、空を睨む。すると聞こえてきたのは力強い羽搏きと、喉の奥から絞り出す様な鳥類独特の声。襲いかかられる。そう思った時には、俺もチャクもその場から飛び退いていた。数瞬後そこに舞い降りたのは、鶏を巨大化させた様な巨大鳥だ。
 と。鳥はごぅという音と共に、口からもの凄い勢いで呼気を吐き出した。俺は慌てて口元を押さえてから背後に回り、チャクはその場に立ちはだかったまま詠唱を完成させ精霊を操った。精霊に鶏が怯んだ隙に、俺の薙いだ爪(呪いの外套と共に鉄爪を買っていた)が足の腱を断つ。
 それで鶏はどうと横に倒れた。俺達も息を吐いて、じゃあまた山に向かおうと歩を進めたのだが──
「あれ、たぶん、コカトリスだった、んじゃ、ないかな。んで、ブレス、まともに受けた、し、そすると、今のぼく、の症状も」
「…毒か」
「たぶん、ね~」
 ねー、じゃない。俺もチャクも、毒消しなんぞ持っていないのだ。
「悪いが、俺は荷物とお前を同時には抱えられないからな」自分の荷と、チャクの荷を背負う。「なんとか街まで歩いてくれ」
「んね、そういう、時はさぁ、荷物を捨ててでも、ぼく、をこうさ」
「ああ、ウサギに移すなよ」
「移らない、よ~」
 血でも媒介しないととかなんとか、チャクはいちいち云い訳している。あれだけ口が回っているうちは死ぬような事はないだろう。出来る限りで急ぎガレクシンへ戻る。

0016-02

「助かりました」
 俺は向かいの女性に頭を下げた。
「いえいえ、困った時はお互い様ですしね」
 女性はふんわりと穏やかに微笑む。
 ガレクシンに着いた頃、遂にチャクの足腰が立たなくなった。どうやってこいつと荷物を両方抱えようと迷っていたところに、この女性が荷運びの方を引き受けてくれたのだ。おかげでこうして、チャクを宿の部屋に叩っ込み(勿論毒消しも飲ませた)、一息吐く事が出来ている。現在、宿の1階部分(昼間は軽食屋だ)で、その礼代わりに飲物を奢っているところだ。
 聞けば、彼女は預言者ギルドにクラス登録を行っているクレリックなのだそうだ。現在サマナーとしてクラス登録をしている仲間が一人いるとの事。
「そういえば、あなたもペットを連れてるんですね」
 因みに現在、ウサギは俺の肩に腹這いになってぶら下がっている。
「わたしの仲間も、ペットを連れているんですよ。その子は猫なんですけど」
「その猫も卵から孵ったんですか」
 思わず言下に続けてしまった。
「…猫が、ですか? いいえ、そういう話は聞いてませんけれど」
 そうだ。普通どう考えたって、哺乳類(と思われる物)が卵から孵ることはまずないのだ。どうもこのウサギが現れてこっち、ついそういった常識を忘れそうになる。
 “猫も”ということは、その子は卵から孵ったんですか? そう聞かれ、かくかくしかじかと事情を説明してみる。あらまあ、私の仲間もその卵、持っているんですよ? というので、じゃあその人も船で──と聞こうとしたところで、声が振ってきた。
「もう、やっと見つけた、マリス」
「あらセンリ。お買い物終わったの?」
 現れたのは、蜜色の髪を短く切り揃え、薄茶のローブを纏った女性だった。足下に猫がいる事からも、多分この女性が彼女(マリスと云ったか)の仲間なのだろう。
 センリと呼ばれた女性は、何故か俺をじろっと睨むと(顔立ちが整っているので、凄みが妙に増した)、あろう事かこう云ってのけた。
「何、ナンパ?」
「は?」
 予想だにしなかった台詞だ。呆気にとられた俺に、センリは言葉を継ぐ。
「悪いけど、人の仲間勝手にナンパなんかしないでくれる? マリスはこの通りのほほんとしてるから騙しやすいとかなんとか考えたのかも知れないけどお生憎様、そう簡単にはいかないんだから」
「いやちょっと待て、何を勘違いしてるんだ?」
「何よすっとぼけて。全くアナタみたいなのってどうしてこうごろごろごろごろ良くも転がってるのかしらね、いい迷惑だわ」
 今現在いい迷惑を被っているのは、どう考えても俺だと思うのだが。
「大体──」
 と、更に続きそうな文句を止めたのは。
「ぅゎっ、猫! ふかふわ!」
 うわーうわーと叫びながらてててててと階段を駆け下りてくるのは、先程部屋に放り込んだはずのチャクだった。あれだけ今にも死にそうなほどの容態だったのに、もう毒素が抜けたとでもいうのだろうか。いやまぁ、アレを見ている限りどう考えてもそうとしか思えないが信じ難い。
 チャクは呆然としたままの俺達の卓へ来ると、そのまましゃがみ込んで、センリの足下に居た猫に向かい、またもうわーうわーとはしゃぐ。
 そして、一言。
「ユキヤくん、猫ナンパしたんだ!?」
 お前こそ俺の事をなんだと思ってるんだ。

0016-03

「…えーと、ごめんなさい」
「いや、判って貰えれば別に」
 チャクが現れたおかげで、マリスがセンリに事情を説明してくれ、そこでやっと話が正しく繋がった。そうしてそのままの流れで、(時間も丁度いい事だしと)4人揃ってその軽食屋で昼飯を摂っている。
「んも、ぼくてっきりユキヤくんが、毒を喰らって大変なぼくのために猫をナンパしてくれたんだとばっかり思ったのになぁ~」
 そう云って、“毒を喰らって大変だった人間”は、珍しく大盛りにしたパスタをもぐもぐと咀嚼した。こいつ本当に、数十分前に半死状態だった人間なのか。
 センリの猫(毛質が俺の足にしがみつくウサギとよく似ている)は、“雅”というのだそうだ。東方の文字で名前を付けたのだとセンリの説明を聞きながら、チャクは足下をうろうろしていた雅を撫でてみたりパスタを一本くれてやったりと忙しい。…しかし猫を触るというのは、飯喰ってる最中にやる事としてあまり宜しくはないと思うのだが。
「そういえば」センリが俺の足下を見やった。「そのウサギは? 名前、なんていうの?」
「ん、ああ、シフォーラビット、だったか」
「ユキヤくん、それはディオーズとしての名称だよ」
 チャクが、伸ばした俺のフォークから自分の皿を守りながら(惜しい、もう少しだった)云う。
「だからぼくが早く名前決めよう~って色々アイディア出したのに」
「決まってないの?」
 センリに疑問を投げられ、俺は鼻で息を吐く。
「こいつの出してくる命名案は、どれもこれも突拍子無いんだ」
「あら、例えばどんな?」
 全く崩れない笑みを湛えながら、マリスが問う。例えばか。…そうだな、一番インパクトの強かったのはやはり。
「アカフハフ」
「…それは…」
「まぁ、かわいいなまえ」
 ぇ、と小さく声を発し、思わずマリスを凝視した。横でセンリも同じようにマリスを凝視している。と。
「ほら~やっぱりぼくのセンスの良さってば、判る人には判るんだよ~」
 …まぁ、居るところには居てもおかしくないだろうが、こうもすぐ現れるとはさすがに思わなかった。マリスの言が世辞でも何でもなく素のままの気持ちなのかはさておいてだが、とはいえ、センリの表情からして恐らく後者だろう。
「んね」最後の一口を口にしてから、チャクが云いだした。「ぼくたち、これからタレスに向かうんだけれど、特に何も無ければ一緒にどう?」
「…お前はいつも唐突に切り出すな」
「んでも廻りくどくどくどって云って判りづらくなるよりはよっぽど良くない?」
 せめて切り出す前に俺に一言有ってもいいんじゃないのか、その内容は。
 ひとまず成り行きをみてからにしたのか、マリスもセンリも口を挟もうとはしなかった。それに気をよくしたらしいチャクは、いつにもまして張り切って口を動かす。
「ええと、ぼくはサマナーなんだけど、次クレリックになるつもり。てゆか多分ひょっとすると、もう今からいってもいいかもしんないなぁ、時間的に上位終わっててもおかしくないから。後で行ってこよっと。んでえっと、ユキヤくんは今ニンジャマスターだけど、次テイマーになるの。その為にぼくらはタレスに行くんだけどね。あ、取り敢えずテイマー関係ないか。だからそれはさておくとしても、えーと、これでメイジとスカウトが揃ってる訳だよね。んでマリスさんはクレリックで、センリさんはー……あれ、被った」
 つまりチャクはパーティを組むための切り口として、“能力を補えあえる”という点を前に出したかったらしい。
「惜しいなぁ~。もう少しで完璧で素敵な理論が出来上がったのに」
 どのあたりが完璧で素敵か全く解らないが、チャクはそのままに、俺はマリスとセンリの表情を窺った。
「こいつの云ったのはあまり気にしないでいい。どうせ猫が一緒だと楽しいとか何とかその程度だろうからな」
「あれっ、バレてる?」
 どうしたらバレてないと思えるのかの方が不思議だ。
「どうする? マリス」
「センリはどうしたいの? わたしはそれでいいわよ」
 二人の会話に、俺は軽く目を見張った。
「いや、だから気にしなくてもいいと」
 俺の言葉を遮って、センリは言葉を続けた。昨日まで迷宮を探索していたのだが、やはり二人では限度がある様に感じたのだという。
「ま、ホントは雅のエサが無くなったからなんだけれど」
 云って、センリは足下でウサギに歩み寄ろうか否か迷っている猫に目をやった。
 冒険者組合のパーティ登録制限は4人であるし、確かに2対2であるこの状況というのは丁度いいのかもしれない。現状、前衛らしいのが俺しか居ないのには不安も残るが、広範囲魔法を使えるのが2人居るというだけで、その不安は大分解消される。そして、回復役もこれから二人になる。
 と、そこまで考えて、俺の役目はなんだろうと考える。探索者ギルドに所属はしているが、目端を利かせる様なクラスではないし、前衛というよりも後衛からちくちくと攻撃を加えていく方であるし、そうなると。
「それにやっぱり」
 そうして、センリは俺の出した結論と、ほぼ違わぬ解答を出した。
「人数が多い方が、ダメージの分散も多いだろうしね?」
 これもやはり、今までチャクを壁にしてきた報いだろうか。

0016-04 (0033)

 足下には、毒々しい蜘蛛の死骸が2つ。ぱたぱたと砂埃を払う仲間が3人。そして、唖然としたまま直立している、俺。
「……さっきのは、一体?」
「さっきのって、どれの事?」
「いや、アンタが、杖で」
「別におかしくないじゃない。魔術の媒介にだけ使うなんて勿体なさすぎるもの。いい樹だわよ、これ」
 せっかく買ったのだから、無駄に劣化させる前に使わなきゃ。云って、センリはにっこりと笑った。

 タレスは砂漠に囲まれた街だ。正確には、《虹色の夜》により、砂漠に囲われる事となった街だった。であるからして、タレスに向かうには自然、砂漠の中を行かねばならない。
 幸い、先人が立ててくれた旗を目印に進む事が出来ていたので(砂嵐にも耐えうる様、旗は目立つ様に鮮らかな朱だ)そこに困りはしなかったのだが、一歩一歩毎に足を取られる為に、体力の消耗が激しかった。
 そこへやって来たのが、件の2体の蜘蛛であるのだが。

「センリは元々、戦士あがりなんですよ」
 タレスでの遅めの夕食の際に、マリスがそう教えてくれた。
 その蜘蛛は下手に触ると変な菌が移るから気をつけてね~と云うチャク(ちなみに、所属ギルドの変更は街をでる前に済ませた)の声に、どうせなら俺が動く前に云ってくれと胸の裡で毒突きながら蜘蛛の背後に回ったのだが、そこでもう一匹に目をやった際見えたのが、センリの一閃だった。いや一閃というよりも一発、いや、一殴りだろうか。
 魔法を撃つ為に掲げられた様に見えた杖は、もの凄い勢いで傾斜を瞬間的に90度以上下げた。ぼこりという鈍い音と共に怯んだ蜘蛛に、すかさずチャクの雷撃が突き刺さる。そして蜘蛛、昇天。
 ちなみにそんな光景が視界に入った俺は、呆然としながらも機械的に蜘蛛の頭を突き刺し、体液が触れる前に飛び退いていた。反射と習癖というものにここまで感謝した事はない。

「いやー、ねぇ、4人になると楽だよねぇやっぱり」えへへーと呑気に笑いながら、チャクはベッドで本にまみれている。「こう、安心感っていうの? なんかそういうのが上がった感じ」
 やっぱりぼくの読みは正しかったよ~と云うチャクを見ていると、奴の“上がった気”がしているのは、人任せに出来る率なのじゃないのかとぼんやり思う。
「んで、ユキヤくんどうするの、調教師ギルド」
「明日の朝イチに行って来る。その間に今後どうするのか決めておいてくれるか」
 云って、ウサギを引っ掴んで部屋を出た。俺もそうだが、このウサギも毛の間の砂埃の量はたまったものじゃない。

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