Entry

2004年05月12日

0015-01

 おかしい。
 俺は確か、ルアムザの、冒険者専用の、(宿の主には悪いが)安っぽい木賃宿で、(これまた宿の主には悪いが)安っぽいシーツの敷かれた硬いベッドに潜った筈だった。その記憶は、確固たるものとして存在する。なら今、右頬に当っているこのふかっとしたものは、なんだ?
 思いつく限り、並べてみるか。
 1、チャクの毛…思考には入ったが数瞬で蹴った。冗談じゃない。取り敢えず、チャク本人のモノと思われる寝息が、隣のベッドの有るらしい位置から変なリズムに乗ってしっかり聞こえている。安堵と共に、再度解を蹴り飛ばした。
 2、枕が破れた…羽毛じゃない(多分穀物殻)ので外れ。敷き布も当てはまらない。
 3、……と、出してみたものの、さて一体後は何がある?
 そんな事をうつらうつらと考えながら眠気と理性との戦いが理性の勝利で終結しそうになった頃、観念して、目を開けた。するとそこには何故か、灰青の毛玉が、鎮座ましまし──…毛玉?
 腕を動かして、毛玉を少し転がしてみる。すると次に見えてきたのは真白い腹毛と、小さな爪。ああそうかと、まだ幾分寝惚けている頭は呑気に考える。俺は今ウサギを飼っていたんだった。
 いや、いたが。
 確かにウサギを部屋に入れた。それは覚えている。だがしかし、ウサギの寝床には、主に頼んで用立てて貰ったボロ切れを床に置いて、廻りに簡単な囲いを作って、エサと水を皿に置いて──思い返してみるに、随分マメに動いたな、俺は──そう、簡単な“ウサギ小屋”を作った筈だった。
 じゃあ何か、ウサギはそこから脱走して、自分の寝床を俺の顔の脇(しかも尻を俺の方に向けて、だ。クソ)だと決めたのだろうか?
 体を起こして元ウサギ小屋モドキを見やる。するとそこには何一つ変化のない囲いが残っていた。
 驚きの表情を浮かべながらウサギを見やると、俺の動きで目を覚ましたのか、鼻をぴすぴすと鳴らしながらじっと俺を見ている。
 ……まさかとは思うが、いや万に一つくらいの確率だろうが、このウサギはひょっとして、イーサ干渉で何か凄い事を──
「ぅぁふぁああぁぁぁああ、あ。あ~よく寝た。んん? あれ? あ~、なんだウサギそっちいっちゃったの? やっぱり飼い主は判るんだなぁもう。昨日あれだけぼくが横で寝ながら愛を送ってたのに効かなかったよ~。あ~おはようユキヤくん~。ん? どうかした?」
 擬音で表すなら多分、俺の首はぎぎぎぎぎと軋む音を立てていたに違いない。
「…………お前の仕業なんだな」
「ん? なにが? あ~おはようウサギ~。きょうもふかふかしてるねぇ~。このふかふか魔神~」
 ふかふかなんぞどうでもいい。俺の寝惚けた頭が勝手に走らせたこの思考の群れの責任をどう取ってくれるつもりだ。
 反射的にそう口にしそうになったが、その思考こそがまさに寝惚けた頭の産物以外何者でもない事を認識し、首をチャクから正面に戻した。とにかく顔を洗おう。一日はそこからだ。

0015-02

「いっそのこと、取り敢えずグローエスを横断してみるのも悪くないな」
 今日の朝食は宿で摂った。ルアムザに旨いモノがないというわけではなく、単純にウサギを考慮しただけの事だ。
「ん~なんかおのぼりさん全開だね」
 サラダに入った豆と格闘しながらチャクが云う。多分その豆はフォークで刺すよりスプーンで拾った方が早いぞ、チャク。
「ん~と、北から西がカルエンス、北東にクンアール、んで南東にオルスか。どっち行こうか? いっそダイスで決めようか」
「誰が持ってるんだ、そんなもん」
 そっか~、そうだよねぇぁぁぁあ。
 首肯の声と同時に勢いよく豆にぶつけられたチャクのフォークは。豆を見事にすっ飛ばし、チャクの奇怪な声と共に、ウサギの鼻面に当たって跳ねた。ウサギが床に落ちたそれを食う。
「あ~勿体ない。でもまぁウサギが食べてくれたから良いか」
「…そういえば」ふと考える。「俺はコイツが菜食なのか肉食なのか雑食なのかも全く判らないんだな」
「ん? ペットフードあるからいいんじゃないの?」
「例えば、人間には今お前が飛ばした豆も大して味は濃くないが、こんなウサギに喰わせて塩分過多になったら面倒だろうとか」
「ユキヤくん、ホント変なところ律儀だよね」
 失礼な。
 脚にじゃれつくウサギを爪先で弄りつつ、側にやって来た給仕に食後茶を頼むと、卓上の地図に視線を戻した。
「それで、どうする。お前どこか希望無いか?」
「ん~さっきのユキヤくんの聞いて思ったんだけど、タレスに行かない?」
「タレス?」
 地図を辿る。有った。カルエンスの首都ガレクシンから南、砂漠の中だ。オアシスによって発展した町か何かなのだろうか。
「そこに何か有るのか? 砂浴びでもしに行くのか」
「…どうもユキヤくんて、なぜかぼくに凄い偏見が有るよね。そうじゃなくて、調教師ギルドって、そこか、えーと、ルルフォモ…ちがう、ルルホメ…じゃなくてえ~と、ん~、まぁいいや、そのルル何とかにしかないんだって。時間的に考えて、ユキヤくんもそろそろ上位職終わるでしょ? ていうか多分ぼくと一緒くらいだと思うんだけど」
「…ああ、かもな」
「そしたらさ、ウサギの事も考えて、次テイマーになったらどうかと思うんだよね。テイマーの技術身につけたら、戦闘に役に立つ事してくれる様に出来るっていうし、ウサギ。んね、せっかくだし、どう?」
 …まぁ、確かにその提案は悪くはない。と、思いはするのだが。
「ところで、お前は次どうするつもりなんだ」
「ん、ぼく? ぼく預言者ギルド行ってくるよ。神蹟と魔術でのイーサ干渉式の違いも気になるし、両方修めて初めて就けるクラスにも興味有るし」
「…成程」
 つまりこいつは自分の興味で精一杯なので、楽しいふかふかを弄り続ける為にも、手近な人間にその辺の事を頼みたいと。多分意識してそこまで考えちゃいないだろうが、その辺りが奴の深層心理なのだろう。
 ――そうだな、今までこいつを壁だの盾だのにした詫びとでも考えればいいか。
「判った。じゃあガレクシンに向かって、そこで依頼の1つもこなしてから、タレスに向かうか」
 …決して、ウサギに絆された訳じゃあない。
「やった~。良かったねウサギ! これで捨てられそうにないよ!」
 チャクは屈んでウサギの両前足を取り、上下にぶんぶんと振った。多分、ウサギは何云われてるか判ってないぞ、チャク。

0015-03 (0030)

「あれそういえば、ユキヤくんそんな服持ってたんだ? ぼくそれ初めて見るよね?」
「…いや、先刻市場で落としたんだが…」
 俺達はガレクシン方面へ向かう荷馬車に乗っている。街道を行こうとしたところで丁度出会し、途中まで運良く載せて貰える事になったのだ。というわけで、荷台の最後尾、踏み台部分に腰を掛け、ゆっくりと遠ざかるルアムザの街並をぼんやり眺めている。因みにウサギは俺の膝の間に収まっている。なかなかどうして、こいつの耳の付け根を指でひっかくのは癖になるなという辺りを学んでいる最中だ。
 チャクの云う“そんな服”とは、今俺が纏っている外套の事だ。起毛革のような見た目の鈍色の布は、陽光に黒く光っている。朝飯を食べた後、入札会場まで行って引き取ってきたものだ。今まで纏っていた物よりも性能的に魔法防御に優れる物だったので、(少し勢いに乗って)大金を叩いた。…まぁ、大金といっても“普段の俺からしたら”という条件付き程度のものだが。
 …思えば、その時商品名で気付けば良かったのだ。
「…どうやらな」
「ん」
「この外套だが」
「ん」
「呪われてるらしい」
「ん…え? ええええ?」
 途端、チャクは俺の外套の裾を持って、ばたばたと振り始めた。その後表地を眺め、裏地をめくり上げ──
「どの辺がどう呪うの?」
 …俺に訊く質問として、その内容は些か間違っちゃいないだろうか。
「知るか。俺が作った訳じゃない」
「だって呪われたって判ってるんでしょ?」
「それと“どこがどう呪うか判る”ってのは別だろ」
 …このまま喋っていても禅問答になりかねないな。諦めてひとつ息を吐いた。
「チャクは朝起きたらどうする」
「え? 顔洗ってご飯食べて歯を磨くけど?」
「…判った。悪かった」訊きたい解答が欲しければ、大人しくそのものズバリを訊けという事か。「朝起きたら着替えるよな」
「ん、ユキヤくんはそうだよね。そのまんまで出たら痴漢行為になっちゃうしね」
 …こいつに何か説明をする場合は、逐次同意を求めるのではなく、ただ単に事例を事例として話す方が良いらしい。俺の精神衛生上にも。
「…取り敢えず、着替えようとする」
「うん」
「普通に着替えを済ませた後、例えば今まで使っていた外套を付けようと考える」
「うん」
「すると次に気付いた時には、これを纏っている」
「うん。──え? なにそれそれなに!? 嘘だぁ!」
「事実だ」
 実際驚いた。引き取ってから試着してみて、まぁただ街道を行くだけなら今まで着ていた物をそのまま使おう──と、着替えた筈なのに、何故かそのまま同じ物を羽織っていたのだ。全くの無意識で。
 当然俺は焦った。突然健忘症にでもなったのかと疑いもした。が、その原因が“呪い”にあるだろうと理解したのは、外套に付けられていた名称を思い出したからだ。
 商品名は、“エルアヴェルデの呪い(カースオヴエルアヴェルデ)”と云った。市場でろくに気にも留めていなかったのが、完全に裏目に出た。
「…道理で、性能の割に俺に手が出そうな金額で落とせるわけだよな」
 そう肩を落とす俺にチャクが向けたのは「へぇ~………今度ぼくも買おう」どう考えても、憧憬の眼差しだった。
 …まぁ、人の好みは人それぞれだから別にそれ自体を悪いとは思わないが、しかし呪いなんぞに興味を持ち、あまつさえそれを自ら体験したいと思う様なのが隣にいるというのは、なかなか居心地が宜しくない。

 そんな居心地の悪さを、荷馬車を降りた頃にやって来た隼(連れてるウサギをエサにするつもりだったのだろうか)と、おこぼれ狙いらしい大鴉を倒す事で晴らしながら、日暮れ前にガレクシンに着く事が出来た。
 公社に解呪を試したい人間の依頼でも有ればいいが…無理だろうな、やはり。

0015-04 (0031)

「ああ、お前に丁度良さそうなのがあるな」
「ん、ホント?」
 夕闇の濃くなってきたガレクシンは街の廻りを囲む山々の表情が昼間とは一変し、鋭い牙を剥いた様にも見える。
 ガレクシンは天然の要塞を持つ都だった。専有面積も五王朝随一を誇るこの国は軍事面においても抽んでている。なんでも通常の士団の他、最新鋭の機甲技術を用いた“銃士団”という物を備えているのだそうだ。
 とはいえそんな事態が気に掛かる様になるのは五王朝間(或いは隣国)で戦が起きた時くらいの物であり、もっぱら俺達にとっては、こうして公社で日々の糧の為の第一歩を踏み出す事こそが肝心なわけだが。
「……どの辺がちょうどいいの?」
「悪魔だ呪いだに興味を持ってる様だから、てっきりそっち側もお前の範疇かと」
「……あのさぁユキヤくん。ひょっとしてひょっとすると、ぼくに死体愛好の気があるんじゃとかまで思っちゃってない?」
 チャクはむぅと唸って俺を睨んだ。俺の差し出した依頼メモには《屍鬼討伐・動く死体の掃討》と書かれていたのだ。
 まぁさすがにそこまで思っちゃいないがと前置きして、それで死体関係はどうなんだと訊ねると、あんまりね~と、さほど興味を覚えていない様な声。一体悪魔だなんだとどの辺がどう違うんだ? すると一言。
「だってほら、蛆とか湧くし、死体(コープス)って」
 結局蟲絡みだけなのか。お前の興味を削ぐ要因は。

 晩飯を摂り、一風呂浴びて部屋に戻ってくると、ウサギはしっかり俺の布団の上を陣取っていた。せっかく作りかけていた囲い紛いに持っていこうかと思ったのだが、眠気と疲れの方がそれに勝った。
 仕方ないのでころころ脇に転がしてシーツに潜り込む。すると暫くして、(多分転がされて起きたのだろう)ウサギはもぞもぞと懐に入ってきた。くすぐったい。億劫だったので、片目を薄く開け、尻が俺の顔を向いていない事だけ確認してから、再度目を瞑った。

Pagination

  • Newer
  • Older
  • Page
  • 1

Utility

Calendar

04 2004.05 06
SMTWTFS
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

Tag Crouds